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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第三幕 散舞 ~散れども終わらざりし時~ 下の巻 ー決戦編ー
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◇番外◇ 追憶

〝もうこれ以上は止めてくれ……、もう終わりにしよう!〟


 計画の総仕上げに入る時、私の脳裏で誰かがそう言った。

 あれは一体誰だったのだろうか。時々ふと、そんなことを考える。


「父上、今日はお加減はいかがですか」


 雪音の妖術ではない、自然に津々と降る雪を眺めながら、私は母屋から望む冬景色を呆然と眺めていた。陰陽頭《おんみょうのかみ》を辞してからも私は一向に気力が持てずにいる。

 そんな私の後継として今、陰陽頭を務めている息子の蒼士が、私の様子を伺いに母屋へと顔を出した。この頃の彼の表情は以前よりも生き生きとして見える。


「あぁ蒼士、特に変わりなくだ。其方《そなた》は今日は非番か?」

「えぇ。どうやら拓磨が代わりに寮へ出仕してくれるようでして」


 彼は私のすぐ隣に腰をかけてそう言った。


 私が完敗を喫した拓磨は、彼が新しく設置した魁守《さきがけのもり》という位に就き、朝廷に出仕していると聞いた。今や陰陽連は、蒼士と拓磨の二人が先陣を切って走っていると言って良いだろう。

 しかし今更私がどうこう言うつもりはないが、嘉納と安曇が今や共同しているとは、時代も変わるものよ。この二人とて少し前まではあんなに仲が悪かったのに。


「拓磨とは上手くやっておるようだな、競うのは止めたのか?」

「いえ、論争ばかりです」


 真顔で蒼士が即答し、私は思わず転びそうになった。……まぁ、確かに昔から水と油のような性格だからな。そう簡単には交わるはずもあるまいか。

 だが蒼士は、すぐに少し嬉しそうに笑いながら「でも」と続けた。


「拓磨は拓磨で、我々の在るべき姿を見据えて務めを果たしています。目指す先が同じであるからこそ、僕はあの男と本音を語ることができるのです」

「目指す先?」


 私がそう聞き返すと、蒼士はゆっくり頷いた。


「都のため、民のためにあるべき陰陽師の存在です。僕は町で貴族たちや民を、拓磨は朝廷で帝を脅威から守る。そのために何をするべきか意見を出し合う内に、ついお互いに熱くなり口論になってしまうのです」


 なるほど、目指す先……か。

 私もそれを考えていなかったわけではない。だがいつの間にかそんな熱い心はどこかに置いてきてしまった。それを忘れていなければ、今も善良な陰陽師としてあり続けていたのだろうか。


 私は一体、どこで間違えたのだろう。


「では、僕はこれで――」

「待ちなさい、蒼士」


 話の良いところで引き上げようとした蒼士を呼び止めると、彼は首を傾げて私を見つめた。今日は葵(妻)は歌の会か何かで大納言殿の屋敷へ出かけている。男同士の話をするのであれば、今が好機であった。


「其方……。私がしでかしたことを、どう思っておる」


 そう口にすると、蒼士は目を大きく見開いた。


 それは息子にずっと聞きたいと思っていたことだった。雷龍を言葉巧みに操り、帝を裏切って都を襲撃し、安曇を陥れるために拓磨を窮地に追いやった。私は人として恥じるべき暴挙に及んだのだ。

 本来であれば重罪・死刑にも相当するが、拓磨に心力を消されたことで陰陽師としての生命を絶たれた私は、それが私にとっては最も重い罰であろうとされ、刑罰を免れることとなった。これは拓磨から帝に対する進言あっての結果である。


 だが、それで私の犯したことが消えるわけではない。蒼士には〝大罪を犯した息子〟という烙印も押されているだろう。それに帝が責任を負って退位する事態にまで発展したのだ。


 蒼士は私を恨んでいるのではないのか。

 なのに彼は私を常に気に掛けてくれる。


「……僕は」


 そう呟いた蒼士の唇が、僅かに震えた。


「僕は父上をどうしたらよいのか、今も分かりません。父上は我々嘉納の将来を重んじるあまり道を誤った。僕だってこれまで、拓磨に追いつけずにどれほど悔しい思いをしてきたか。だからとて、同じ陰陽師として許すわけにもいきません」


 蒼士は両膝の上に置いた拳を固く握りしめる。

 私は彼の話を黙って聞いていた。


「でも僕は……僕に陰陽のイロハを教えてくれた優しい父上を、その全てが偽りであったとは思いたくないのです。父上とて、陰陽を愛していたのではないのですか」


<ちちうえっ! それはどうやったらできるのですか!?>

<父上! 心力がやっと掴めました! 陰陽術を教えてくださいますよね!?>

<父上、僕も嘉納に貢献していきます。共に陰陽連の未来を担いましょう!>


 父上、父上と。私の後ろを付き回って、修行に明け暮れていた蒼士を思い出す。蒼士は幼い頃から本当に陰陽に関わることが好きだった。才能があるとは言い難いが、地道な努力でこうして陰陽頭まで上り詰めたのだ。


 私にもそんな頃があった。父に修行をせがむ遠い昔の私だ。

 陰陽が大好きで、来る日も来る日も鍛錬に没頭した。


 そう。私も嘉納がどうとかの前に、陰陽が好きだった。


〝もうこれ以上は止めてくれ……、もう終わりにしよう!〟


 あれは、若き日の私だ。

 あの頃の私から、今の汚れてしまった私に対する嘆きだったのだ。


「……父上?」


 黙り込んでしまった私が心配になったのか、蒼士が肩を揺らしながら顔を覗き込んだが、その瞬間彼は驚いたような表情を見せた。

 蒼士の顔を見るまでは気づかなかった。私の目から一筋の涙が零れていたことに。


「すまん、何でもない。其方の気持ちはよく分かった、本当に悪いと思っている」


 慌てて涙を拭いながら私は彼に詫びた。息子が反応に困っていると、丁度外出先から葵が戻ってきて騒々しく母屋に入ってきたので、それ以上の話はできなくなった。

 だがこれ以上は無用、蒼士のお陰で自分がどうするべきか分かった気がする。


 蒼士は苦手な母が現れたことで、適当な理由を述べて母屋から出ていった。嫌いというわけではないようだが、すぐに女子《おなご》の話を持ち出されるのが不満らしい。

 あの子は華葉に惚れていたのだったが、彼女はあの後に消えたと聞く。まだ彼の人生は長い、この先蒼士にも良い人が見つかるとよいのだが。


「殿、蒼士とどんな話を? 随分と深刻そうでしたけど」


 興味深そうに葵がそう訪ねた。彼女は私がしでかしたことを何も知らない。拓磨に負けた後は目覚めたら屋敷にいて「共に強敵と戦った」という話になっていた。

 だがいずれは彼女にも真実が耳に入るだろう。その前に私の口から話さなければ。


 私を抜き、あっという間に陰陽頭に就任した尊に酷く嫉妬したことを。

 奴の妻・吉乃に惚れ、側室として手に入れたくなったことを。

 その彼女に振られ憎しみに変わり、安曇の全てを壊したくなったことを。


 そして雷龍と手を組み、都を巻き込む壮大な計画を練った。

 全ては私の勝手な感情の暴走が引き起こしたこと。


「葵……、私は出家しようと思う」

「――今、何と?」


 それで全てが許されるわけではないが、ここにいても邪魔なだけだ。

 早々に退場して全てを蒼士に譲ろう。あの子には良き仲間がいる、彼は私のように道を踏み外すことはないだろう。母と二人になり蒼士は嫌がるかもしれぬがな。


 津々と雪が降る真っ白な空を見つめる。

 都は、今日も静かだ――。


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