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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第三幕 散舞 ~散れども終わらざりし時~ 下の巻 ー決戦編ー
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第六十一話 我々の計画

 偶然に暁と鉢合わせになった出来事で、私の怒気は多少和らいでいた。お陰で雷龍とは落ち着いて話をできそうだ、暁には礼を言わねばな。


 そんなことを思いながら私は例の洞窟に到着して早速、雷龍の元へと足を運んだ。奴は人の姿を見るなり、さもここへ来ることを読んでいたかのように、にやりと不気味な笑みを浮かべた。

 ……やはり少々腹が立つな、この操り人形め。まぁ、人形でなく龍だが。


「私が来ると察知していたようですな、雷龍殿。では、ご説明いただきましょうか。何故なにゆえ、時期尚早に拓磨に奇襲をかけたのか」


 以前に来た時、奴は熱心に妖怪の融合生産に精を出していたのだが、今日は一転して完全に寛ぎ体勢であった。もしかして、もう飽きたとは言うまいな。


『あれは残念ながら我のせいではないぞ、雅章。お主も見たであろう、我が作った最高傑作を。あの二人が勝手に桛木を焚きつけたのだ』


 雷龍が言う()()()()には、当然心当たりがあった。

 拓磨が追い詰め、蒼士が捉えた妖怪・桛木かせぎを討ち滅ぼし、都の季節を冬へと変えた子供の姿の妖怪。あの二人からは雷龍に匹敵するであろう、過去に類を見ない巨大な妖気を感じた。


 雷龍が言うには、今回は雷龍が桛木に命令して襲撃したのではなく、あの子供たちに囃された奴が逆上して暴挙に及んだだけのようだ。

 まったく、何を言われたかは知らぬが、子供の言うことを真に受ける奴があるか。


「ほう。では此度こたびのことは、あの子たちが勝手にやったこと、と」

『そのとおりだ。あやつらはお主が望んだ〝完璧な人〟の妖怪。人に近づければ、それだけ人に匹敵する知能がつくのは至極当然』


 まるで悪びれる様子もなく、寧ろ私に反論するような態度で、雷龍はその溶岩のような色をした瞳でギロリと私を睨みつけた。だが奇しくも奴の言うとおりで文句も言えない自分がいる。何故ならそれは私が命じたものだからだ。


『妖怪を人の生活に擬態させ、都を占拠すると言ったのは貴様であるぞ』


 それが雷龍に()()()()持ちかけた、我々の計画。

 当然その裏で私自身の計画も動いている。


 いずれこの結託は解消されるのだろうが、今はまだその時ではない。


「……分かりました、この件は不問といたしましょう。実際、魁は問題なく拓磨に決まりましたしな。ここまで来ればあとは壊すのみ、丁度良い餌も見つかったことだ」

『それなら良かったではないか。ならば、いよいよ最終段階だな』


 雷龍と私は洞窟の入り口の方まで移動し、眼下に広がる平安京を見下ろした。拓磨の力を手に入れ、雷龍を更に最強に押し上げ、人に擬態した妖怪を放つことで都を占拠する。最後に雷龍の力を私が奪えば、都の全てが私のものとなる。

 そうだ、雷龍は恐らく最後の最後に私を殺そうとしてくるであろうが、逆に私がその力を奪ってやるのだ。それが私の全ての計画。


 都を支配し、嘉納の力の偉大さを示す。安曇などには断じて負けぬ。

 私の手で安曇は全て潰す。


『もう行くのであろう。最後にあやつらと顔を合わせていくか?』


 雷龍にそう声をかけられ、完全に余所事を考えていた私は現実に引き戻された。「あやつら?」と首を傾げると、ホレと視線を山の奥へと導かれてみれば、そこでは二人の子供が無邪気に雪と戯れていた。

 例の雷龍の最高傑作にして一番配下、子供の男女の妖怪である。私はこの辺り一帯の妖気を結界で隠してあるが、その範囲を超えないか心配になる飛び回りぶりだ。


雪音ゆきね氷雨ひさめは我が名付けてやった。あやつらは元々は以太知イタチの姉弟だ。仲良く並んで朽ち果てていたところを拾ってきたが、よほど人間に恨みを抱いておるようでな……怨念から強い憎悪を感じた』


 そこで雷龍はその怨念に期待して術にかけてみたところ、完全なる人の姿をした妖怪ができたらしい。なるほど、今後もそうゆう動物を見つけてくれば、人の完全体した融合妖怪を作れるというわけか。

 恐ろしいことだ、私は恨まれないように気をつけないと。――人は知らぬがな。


 しかし見た目に反する、とんでもない妖気だ。まともに戦っては今の私では勝ち目がない。事実、あの妖気に当てられて私は身震いをしているのを感じている。

 雷龍の妖気にはすっかり慣れてしまったのもあるが、あの二人の妖気は凍り付くように冷たい。流石は雪と氷を司る妖怪である。


「折角ですが、遠慮しておきましょう。私まで呪われては敵いませんからな」

『ふん。調子の良い奴め。なら我は暫く休ませてもらうぞ』


 雷龍は鼻息を吹くと、再び洞窟の奥へと消えていった。奴には最終決戦に向けて力を温存してもらう必要がある。傑作品も出来上がったことだし、暫く妖怪生産はしないという魂胆であろう。飽きたと言われずに安心したわ。

 ここはあの以太知の妖怪に期待しつつ、私は私でやるべきことを成さねば。


 そう思い山から下ろうとした時、脳裏で若い男の声が響いた。


<もうこれ以上は止めてくれ……、もう終わりにしよう!>


 ――誰だ? 何処かで聞いたことのある声だ。

 もしかしてお前か、安曇 尊(あずみのたける)。残念だがそうはいかぬさ。このまま地獄から私が都を支配する様を見ているが良い。


 さぁ、まずは上手くやってくれよ。

 私の可愛い娘。愚かにも主である陰陽師に恋をした悲しき式神、暁よ。




 魁選抜試験も終わり、季節が冬へと激変したことを除いては、いつもどおりの陰陽寮での朝を迎えていた。凍てつくような寒さに身を震わせながら、僕は広間にある火桶ひおけの炭に火を付けた。


 雪音および氷雨と名乗る妖怪の小僧どもの襲撃を受けてから、我々陰陽師たちは一層総力を挙げて奴らと雷龍の行方を追っている。しかしあの巨大な妖気は周到に隠されており発見には至っていない。むしろ最初に雷龍が都に降り立って以降、未だ手がかりすら掴めていないのである。

 あれほどの妖気をどうやって隠しているのか。もはや結界術を使っているとしか思えない。


 だがそうなれば、誰がそんな強力な結界を?

 妖怪どもにそんな繊細な術が使えるとも思えぬ。


 思い当たるはただ一つ。陰陽師の中に雷龍側に加担している者がいる。


「ふざけおって……、何の目的で我々を欺くのか」


 真っ赤に燃える炭を眺めながら膝を抱えて呟く。そんな不満を口にする元気はあるものの、なかなかこの場から動く気になれずにいた。

 しばらく魁試験に心血を注いでいたせいか、僕は抜け殻のように気力が落ちていた。その肝心の魁も自ら志願して辞退し、あの拓磨に譲ってしまったのだ。


 後悔をしていない、といえば嘘になる。だが拓磨の力は本物だ。先日の桛木との戦いで、僕はそれを目の当たりにした。

 拓磨は体力は勿論、恐ろしいまでの心力量とそれを操る技術を持っている。僕が気絶している間も奴は桛木と戦い続け、次に目が覚めた時に見たのは、拓磨が敵の風の術に対して劣るとされるの術を放つ瞬間だ。奴はそれを桛木の術を遙かに上回る威力で圧倒し、打ち勝ったのだ。


 それは紛うことなき、五行思想〝相侮そうぶ〟。

 魁の最終試験で披露されるはずであった技術だ。通常、戦闘の中で我々の頭にはないその思想を、拓磨は戦いの最中に冷静に判断し取り入れた。奴はまだ試験内容も聞かされずにいたというのに。


 震えたさ、正直。お前はいつだって僕の遙か先を進んでいる。

 今回の試験のために今までにないほど鍛錬を積んだのに、まだ追いつけやしない。


 あの戦いで奴こそが魁であるべきだと思った。だから僕は辞退したのだ。


「情けない、この僕がここまで落ち込むとは」


 そりゃそうだろ。負けたくない相手に完敗した挙げ句、女にまで振られたのだぞ。これで無気力に陥らずにどうしろと。

 盛大に溜め息を吐き、僕は懐から一枚の紙を取り出した。開くとそこには見慣れた文字で一つの歌が書かれている。


 ―― おぼつかな 君知るらめや 音もなく うつろう春花の結ぶ心を ――

(知らぬであろう 音もなく散る春花のように ひっそりと貴女を想ってるなど)


 正真正銘、僕が綴り彼女に送った和歌である。

 簡単に言うと、僕はこの文を彼女に……華葉に突き返されたのである。


 恐らく華葉は知らぬであろう、僕が彼女の告白を聞いていたなど。実は華葉の不思議な術で心力が回復した僕は、拓磨の火の術を見る少し前より意識を取り戻していたのだ。そして寝ている僕に語りかける華葉の言葉をはっきりと聞いた。


〝私が好きなのは、この先もずっと拓磨だけだ。だからすまないが、この文はやはり受け取れない〟


 そう言って彼女は僕の懐に文を忍ばせた。


 寝たふりをするのに必死だったが、あんなに衝撃を受けたことはない。ようやく久しぶりに会えたと思ったら、間接的に失恋させられたのだ。

 だから少しくらい気落ちさせてくれても良いではないか。


 案ずるな。次の土曜と約束した魁様直々の鍛錬の日までには、元の僕に戻るから。


「僕は諦めの悪い男だからな。ほとぼりが覚めた頃、またお前を口説きにいく……華葉」


 今だけは君の記憶に甘んじることを、どうか許してくれ。

 柔らかな膝の感触と、華やかな優しい香りに。


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