表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/97

[弐]雫の想い (第五十九話 柔能く剛を制す、後談)

 その日は、拓磨様が魁の最終試験にお出かけになりました。私はその間に部屋に籠もりっぱなしの暁を訪れたのですが、説得している内に彼女はムキになって、飛び出してしまいました。


 しばらくして今度は強烈な妖気が出現したかと思うと、庭の掃除をしていた華葉が血相を変えて飛んできて、拓磨様の元へ行くと言い出したのです。

 そして彼女は私が止めるのも聞かず、暁と同じように屋敷を飛び出していきました。まったく、どうして誰もかれも自分勝手なのでしょう。心配する私の身にもなってほしいものですわ。


 仕方ありません。私にできることは皆が帰った時に、安らげる場所を用意することのみです。私は皆が無事であることを願い、夕食の準備に取りかかりました。



 拓磨様と華葉がお戻りになったのは、すっかり日も沈んだ黄昏こうこんの頃(およそ十九時頃)でした。拓磨様は全身傷だらけで酷く憔悴のご様子でしたが、傷は既に医師くすしの方に治療を受けた後のようで、安静にすれば良いとのことでした。

 でも妖怪の奇襲に遭ったため、魁の試験は実施されなかったようです。その対応については、お上とのご相談の上、後ほどお知らせが来ると拓磨様は仰いました。


『そうですか。何はともあれ、お勤め、お疲れ様でした』

「ありがとう。ところで暁はどうした? この敷地内にはいないようだが」


 流石は拓磨様、暁の気を感じないことに直ぐに気づきましたわ。

 私は正直に事情を説明しました。


『申し訳ございません、私が不甲斐ないばかりに』

「いや、やむを得まい。気の済むまでそっとしておいてやろう」


 そうして私たちは夕食を取った後、華葉は疲れて眠ってしまいましたが、拓磨様は珍しくひさしで杯を片手に外を眺めておりました。

 七月に入ってゆっくりと秋が訪れるはずだったのに、雪の妖怪の術で都の季節は一気に冬へと変わってしまいました。辺り一面の雪化粧をじっと見つめて、拓磨様は物思いに更けておいでです。


『……暁の帰りを待っているのですか』


 そう尋ねると、彼は苦笑して私に視線を移しました。


「本当に雫には敵わぬな。お前は読心術でも心得ているのか?」

『見ていれば分かりますわよ、何年ご一緒させていただいているとお思いですの』


 そう。あなたに助けられた遠いあの日から、ずっとあなたの傍におりました。

 あなたに尽くすことだけが、私ができるご恩返しと思って。


 そんな私よりも暁はずっと拓磨様と一緒に過ごしてきています。お二人を結ぶ絆は、私が入る隙間などないと思うほど固いものですわ。


『拓磨様、聞いても良いですか? 暁との出会いを』

「……そうか、雫には話したことなかったのか」


 私の願いを快諾した拓磨様は、彼女と式神の契約を結ぶまでを話し始めました。


 幼き頃、修行に明け暮れていたある日、烏に襲われる山鳥を見かけたこと。

 助けに向かったものの、すでに山鳥は虫の息だったこと。

 お父上・尊様の助言で山鳥が精霊化を望んでいるのを知り、拓磨様にとっては初めてとなる式神として、彼女を召喚したこと。


 亡くなった生ける者の魂を、この世に縛り付けることに疑念を抱いていた拓磨様は、それまで式神召喚に反対の意を示していたようです。

 暁を式神にする時も〝自分が死ぬまで、君は私に縛られることになる〟と訪ねたようですが、彼女はそれを望み受け入れたのです。


「今になっても、暁が何故式神になることを望んだのか分からぬままだ。本当に、昔から変わらぬお転婆なものよ」


 拓磨様は笑いながらも、懐かしむように杯を口にしました。

 勿論、中身は白湯ですことよ。


『拓磨様が烏に追われる暁を見つけたのは、運命だったのかもしれませんね』

「そうかもな。そういえば、山鳥を助けたのは暁で二羽目なのだ。その何年か前に、罠にかかった山鳥を救ったことがある。山鳥には縁があるやもしれぬ」


 そう仰る拓磨様の話を聞き、私はいつもの直感を感じました。


 もしかして、それは()()()()だったのではないでしょうか。

 山鳥は滅多に人里に下りないと聞きます。そんな山鳥が拓磨様のお屋敷の上空を飛行していた。きっと彼女は助けられた御礼がしたかったのです。その途中で不運にも烏の襲撃に遭ってしまったのでしょう。だから式神になることを望んだ。


 分かりますわ。だって私も彼女と同じ思いなのですから。


『あの、拓磨様――』

「……ん?」


 それはきっと、と言いかけて私は言葉を飲み込みました。

 これは私の口から言うべきことではない。いつかきっと暁の口から語られることでしょう。それまでは私の心に大切にしまっておきますわ。


『いえ、何でも。私も暁も、拓磨様の式神となることができて、幸せ者ですわ』

「私もだ、お前たちが式神で……いや、家族となってくれて嬉しく思っている」


 ささやかな私にとっての幸せな夜は、そうして更けていきました。

 この先もずっと暁と共に、あなたと……華葉の二人を、支えていけますように。



 ――ついにその日は、彼女は帰ってこなかったのですけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓↓↓ランキングに参加しております。よろしければ応援お願いいたします!↓↓↓
小説家になろう 勝手にランキング
cont_access.php?citi_cont_id=645757984&size=88    ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ