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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第三幕 散舞 ~散れども終わらざりし時~ 上の巻 ー魁争奪編ー
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第五十六話 魁選抜・最終試験

 七月一日、季節は秋に踏み入る文月。

 澄み切った日中の空には、夏色を残しつつも哀愁の雰囲気を感じる。今はまだ青々としている草木も、直に情熱の色に染まることだろう。


 そんな秋の気配に胸を躍らせながら、僕は内裏の紫宸殿ししんでんを目指していた。

 目的は勿論、魁最終試験を受けるためである。


 僕が魁になったら華葉かようを正室に貰う、と拓磨()に宣言してから一ヶ月以上が経った。偶然か必然か、あれから僕は拓磨とは顔すら合わせていない。

 昼夜問わず修行に任務と没頭し、遊んでいる暇がなかったのも理由の一つ。寮の者が拓磨に教わったという五感鍛錬も聞き出し、取り入れた。これであの者たちだけが五感において有利となることはない。そうすれば拓磨は不参加だと聞いてから、僕の圧勝だと思ったのだ。


 だが蓋を開けてみれば「最強の称号などいらぬ」とぬかしていたはずの奴は、あっさり発言を覆し密かに受験しており、抜け目なく二次試験も突破した。


 そんなに華葉を手離したくなかったのか?

 式神でもないくせに、意外と過保護なのだな。


 それとも……お前も華葉に惚れているのか? 人に興味のないお前が。

 笑わせてくれるわ。お前のような輩でも現を抜かす女なら、尚更魅力的だ。


 一応言っておくが、僕は女のことで頭がいっぱいの下劣な男ではない。一番大切なのは魁としての自覚だ。僕ならば第一者の位として恥じない立ち振る舞いをし、どんな任務もこなしてみせようぞ。

 この思念が拓磨にあるものか。奴は妖怪討伐にしか関心を示さない孤高の陰陽師だ。確かに心力の値だけは奴に追いつくことは到底難しいが、それだけで僕は奴より劣っていると思われては困る。心力など後からいくらでも増やせよう。


 やはり個人の力だけ見て魁を決めるのは生温いのではないか。僕としては真っ向勝負で、奴とどちらが魁に相応しいのか帝に見せつけたい。

 だが既に規則違反をしている僕は、今は甘んじて規定の試験を受けるしかないのだ。あれは帝は勿論、流石の父上もお冠であった。頭に血が昇るといつもこうだ。まったくもって不甲斐ない。


「魁選抜の最終試験を始める。一人目、嘉納蒼士は中へ」


 これまでどおり門の向こうから父上の声がかかり、僕はその敷居をくぐり抜けた。早いものでここへ来るのも三度目となる。

 二次試験を突破したのは三名。最終試験は一日一人ずつ、その力を帝に見せることになっている。初日が僕で、明日は討伐班の別の者、そして最終日に拓磨だ。


 ここで傲って落としては話にならない。まずは確実に通過を目指すとしよう。


「試験もいよいよ最終となる。心してかかれよ」

「はっ」


 監督としてか、陰陽頭おんみょうのかみとしてか、それとも父上としてか。いずれかは分からぬが、その言葉に僕は真っ直ぐと見つめて返事をした。


「最終試験に残った者は、二次で気の察知力は示してもらった。今日はその察知力の瞬発性、心力の制御性、そして術の正確性を見せてもらう」


 父上が言い終わると、僕の周りを五体の式神が取り囲んだ。一次試験では受験生たちが五角形の形に整列したが、今回は逆にこの式神たちがその隊列を組んでいる。

 感覚を研ぎ澄ませれば、各々の式神には気の波動が見て取れた。それも五体ずつ別の気を纏っている。正面からもくの気、右隣にの気……これは、まさか。


「気づいたか? この式神たちは、各々五行の気をそれぞれに纏わせてある。この試験のため、鍛錬の末に身につけた技術だ。其方そなたにはこの式神たちを倒してもらうが、いくつか制限を設ける」


 父上、試験のためだけにそんな鍛錬をしていたのか。

 心の中で尊敬の意を表しつつ、僕はその制限を傾聴した。


 一つ、結界術は禁止であること。

 一つ、式神の核である人形ひとかた一点を狙うこと。

 一つ、各式神の気に対して相侮そうぶさせる術で討伐すること。


「式神が動いた瞬間になるべく早く討ち取れ。討伐した式神の位置と其方との距離で術の発動速度を見極める。忠告しておくが、あれは私の多量の心力を使って作り上げた式神だ。己の心力量を見誤るなよ」


 その全てを聞いた途端に「正気か?」と言いそうになった。流石は最終試験、かなりの難問だ。どれも繊細な技術が問われる内容ばかりである。

 一つ目、二つ目は問題ない。だが三つ目は通常では有り得ない術の選択だ。更にそれらを即座に判断して術を早く繰り出さなければならない。急に全身に緊張が走り、思わず手に汗を握った。


「それでは、始め!」


 息つく暇もなく父上は開始の号令を発した。その瞬間に、左側の水の式神が僕に向かって突進してくるのが分かった。

 すいの気。水を侮り、多量の気で打ち勝つ関係にあるのは――〝〟!


「嘉納式陰陽術、火柱弾かちゅうだん!」


 火柱を長く伸ばし一点を打ち抜く術を発動。いつもの倍以上の心力を上乗せし、見事に水の式神の人形を射た。そう、本来なら水に不利である火で打ち抜いたのだ。


 通常、火は水に劣る相剋そうこくの関係にあるが、水の力を凌駕する火の力をぶつければ、逆に火が水を侮ち打ち勝つ。これが〝相侮〟の関係である。

 つまり父上が式神にかけた気に対し、弱い関係にあり且つ多量の気で討てというのだ。いつもの相剋とは真逆の発想が必要になり頭まで使う。しかも使用する心力の配分を誤れば、当然心力切れを起こす……なんと鬼畜な試験か。


 続いて間髪入れず背面の火の式神が動き出す。少し間を置いて、隣の土の式神も早々に突撃を開始した。休む間も与えぬか。


 面白い。僕とてできぬことなどないと、今ここで証明してやる。


「嘉納式陰陽術――」


 金剣山こがねけんざんッ!

 水砲丸すいほうがん……!!


 連続で二術、それも金の気を瞬刻で掌握。ここ最近で特に注力して鍛錬した成果が出ている。畳みかけて背後から木の式神が放った矢を察知、これを紙一重でかわし撃破。最後に強力な金の式神を渾身の術にて制勝。


 全て寸秒の内に見事にやってのけた。しかし大技を連発した反動で、僕は膝から崩れてその場に座り込んだ。

 あまりの速さに皆が度肝を抜かれたのか、紫宸殿の庭園は静まりかえっていた。その中を数人の兵士が走り抜け、残された人形と僕の距離を計測し始めた。より距離が遠ければ、それだけ術を速く打ち出したということか。


「蒼士よ、見事であった。其方の記録が残り二人の基準となろう」


 そう言って父上は「帰って良い」と続けると、兵士たちから記録を記した紙を受け取り、紫宸殿の中へと入っていった。

 何とか立ち上がって門をくぐるが、緊張の糸が切れたせいか、もしくは全てを終えた安堵からか、急に吐き気を催しその場に嘔吐した。あんなに属性の異なる術を繰り出したのも初めてで、身体が萎縮しているのであろう。


「心力も限界目前か……だが僕はやったぞ、拓磨」


 父上も見事だと褒めてくださった。場の静寂は圧巻の武の舞であったという証拠。

 お前はどう魅せるのか、お手並み拝見といこうではないか。




「なぁ、拓磨。……もしかして、またいないのか?」


 このところ顔を合わせていない男の元へ意を決して飛び出してきたのに、肝心の相手は既に出かけた後だった。

 というか最近の拓磨は、早朝から夕刻まで連日妖怪討伐で出かけっぱなしなのだ。そんなに妖気を感じないのだが、余程軟弱な妖怪が頻発しているのか。


『昨日はお休みだったのに、どうして出てこなかったのです? 華葉』

「あー……いざ顔を合わせようと思ったら、息が苦しくなるのだ」


 不思議そうに尋ねる雫にそう答えると、彼女は柔らかい微笑みを見せた。こんな話をできるのは雫だけだ。


「なぁ。次、拓磨に会ったら、これを渡してくれないか?」

『それはできませんわ。身内なのですから、お文なら自分でお渡しなさい』


 私が差し出した紙を見るなり、雫は即座に突っぱねた。

 彼女の言うとおり、これは文だ。正確に言えば、拓磨に宛てて書いた歌。先日雫にも見せてお墨付きをもらったものだが、私は未だこれを彼に渡せずにいた。


 早く読んでもらいたいのに、いざ渡そうと思うと勇気が出ない。

 あの日、正室とは何かと教わった時から、余計に拓磨の顔が見れないのだ。


 これも〝恋〟の作用か? なんて厄介なのだ。


「頼むっ、どんな顔をしたら良いか分からぬのだ。このままだと一生渡せぬ」

『……仕方ありませんわね、今回だけですわよ』


 観念した雫は小さく溜め息を吐きつつも、私が差し出した文を預かってくれた。

 とりあえず私の気持ちが伝われば、今はそれで良い。


「ところで暁はまだ閉じこもったままなのか? もう一週間以上経っているぞ」


 そう言いながら私は暁の部屋がある方を見た。式神は食事をしなくても問題ないと聞くが心配ではある。声をかけたところで怒られそうなのは目に見えており私は何もできないが、雫は何か知っているだろうと思った。

 すると彼女は、さっきよりも心底深い溜め息を吐き、眉間に皺を寄せた。


『えぇ。もうそろそろ私も限界ですから、様子を見てきますわ』


 あぁ、雫もかなりご立腹である。

 怖い怖いと思いながら部屋に戻ろうとすると、彼女に呼び止められた。


『華葉。私たちに何かあっても、拓磨様のこと、よろしく頼みますわよ』

「は……? どうゆう意味だ?」


 聞き返したが、彼女はいつもの優しい笑顔を浮かべただけだった。


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