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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第三幕 散舞 ~散れども終わらざりし時~ 上の巻 ー魁争奪編ー
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第五十七話 変わりゆく心

 選抜試験ももうすぐ終局を迎える。昨日試験を受けた討伐班の陰陽師はよくやっていたが、二次試験の時点で心力しんりょく量は限界瀬戸際だったため結果は見えていた。

 案の定、彼は心力切れを起こし最後まで式神を討伐することができなかった。それに相侮そうぶの関係もあまり理解できておらず、敢えなく敗退。


 想像を超えてきたのが息子の蒼士そうしである。

 期待をしていなかったわけではないが、思いのほか健闘しているのだ。


 ああ見えて一次試験の暴走を素直に反省した彼は、その後は謙虚な姿勢を見せた。二次試験では五行気の掌握も速く五芒結星ごぼうけっせいを完璧に使いこなし、最終試験も目を見張る術捌きであった。寮に籠もっての追い込み修行の賜物か。

 心力量こそ拓磨たくまには敵わぬが、あれは拓磨の方が化け物であると言える。五芒結星は彼は最後まで心力を切らすことなく、私が「もう良い」と打ち切ったほどだ。


 確かに蒼士はまた力をつけた。だが残念ながら拓磨の方が実力が備わっていることは、火を見るより明らかだ。恐らくは帝や幹部たちも満場一致で太鼓判を押すだろう。嘉納家としては屈辱の限りだが、これも計画のためならば耐えるしかあるまい。


 幹部の意見が一致しなければ、最悪()()方法がある。

 準備は既にできている。どうやら皆も、あの美酒を気に入ってくれたようだしな。


 ご所望にはお答えしなければ、失礼とも言えるであろうに。




 部屋の主の了解を待たずして入室すると、その中は見事に荒れ果てておりましたわ。私が見る限り過去最高記録、何が何処にあるか分かったものではありません。

 これだけ暴れれば多少は気が済んだのでしょう。部屋の主は隅っこのほうで拗ねたように膝を抱えて座り込んでおりました。


 恐らくは自分でも見境がなくなって、出るに出られなくなったのだと思います。

 果ては私がこうして訪れるのを密かに待っていたのか。


 とりあえず赤子のような姿に、私は無意識に壮大な溜め息が出ましたことよ。


『暁、もう十分でしょう。いい加減、自分を変えたらどうですの?』


 そう声をかけるも、顔を上げようともせず彼女は黙ったまま。

 まるで子供な態度に私の怒りも頂点でした。


『分かっているでしょう。私たちは式神、拓磨様のご命令に従うのみの存在です。あなたが拓磨様を想う気持ちは理解しますが、それ以上の関係にはなり得ませんわ』

『――ない』


 少し厳しくした言葉に弱々しい暁の応答があった気がしましたが、よく聞こえなかったので『何ですの?』と聞き返したところ、大粒の涙をこぼし、お世辞にも〝綺麗〟とは言えない顔つきで暁は私を見上げました。


『華葉だって……華葉だって()()だったじゃない。何であの子は特別なのよ、何であの子のために拓磨様はご意志を変えたのよ。そんなこと今までなかったのに!』


 あまりにも大泣きするので、私は思わず拍子抜けしてしまいました。華葉に庭の掃除を頼んでいて良かったですわ、こんなの本人に聞かせるわけには参りませんもの。


 何故、拓磨様はさきがけの試験をお受けになったのか。

 そんなの私にだって分かりませんわよ。


 けれどもあの方の中で、きっと何かが変わりつつある。華葉という不思議な存在に出会い、共に過ごしたこの短い期間で、拓磨様に()()が芽生えた。

 あの方にはこの先、お支えしてくれる存在が必要なのです。私たちのようにお世話をする存在ではなく〝心〟をお支えしてくれる誰かが。


『私たちは所詮、拓磨様によって生かされている作りモノですわ。暁』


 彼女にとっても、自分にとっても辛い言葉を投げる。

 でもこれはどんなに足掻いても変わらない、受け入れなければならない事実。


『私たちでは拓磨様を真に幸せにすることはできません。華葉はきっと、その役目を担うために現れたのです。生かされる者ではなく、生ける者として。例え妖怪であろうとも、彼女には生きた血が流れていますわ。私たちにはない温もりがある』


 暁はイヤイヤと駄々をこねるように首を横に振り、耳を塞ぎました。それに私は心が軋むのを感じながらも続けましたわ。

 拓磨様が一歩を踏み出した以上、私たちも現実を見なければいけない。


『私も拓磨様が大好きです。でも、私たちの想いは華葉に託すべきですわ』

『違うッ、そんなの嫌! 私だって拓磨様を幸せにできるもん……っ!』


 そう啖呵を切ったかと思うと、彼女は瞬時に燃えるような色の鳥に姿を変え、部屋を飛び出し颯爽と舞い上がってしまいました。慌てて呼び止めるも暁は空の彼方へと消えてしまった。

 都合が悪くなると、いつもこうして逃げてしまうのです。翼があるあなたには、逃げる場所はどこにでもあるのでしょうけれど、帰る場所はここしかないではありませんか。逃げても仕方がないと分かっているはずなのに。


 ただ青だけが広がる景色を眺め、ふと懐に入れた一枚の紙を取り出しました。

 これは先日、華葉から渡して欲しいと頼まれた、拓磨様に宛てた文。


―― 君がため 命はあたらしからねど 長く共にあらばや 許さるる限り ――


 桜のように儚げな歌ですわ。とても妖怪が書いたとは思えない、美しい歌。この豊かな感受性は誰の影響なのか。彼女が元々持っている才能なのか。

 拓磨様はもう、ご自身が気づかない内に彼女が持つ力に惹かれているのです。妖力などではなく彼女自身が持つ力に。私はお二人は結ばれるべきだと思っていますわ。


 きっともう、家族として三人ひっそりと過ごした日々は戻ってこない。

 全てが終わった時、新しい生活が始まる。でもそれは今よりももっと明るく楽しいものだと、そう願わずにはいられなかった。


 私はそう、願っていたのです。




 魁選抜最終試験、最終日。

 自分の屋敷で起こっていることなど露知らず、私は紫宸殿ししんでんにいた。


 どうやら最終選抜の一人は既に脱落したようで、今日の私の結果次第で魁が決まるらしい。私か、それとも蒼士か。

 蒼士は雅章まさあき殿が思う以上に健闘したと聞いている。どんな試験内容かは今から聞かされるのは承知の上だが、あの男が私の試験を見に来ることは初耳だ。


 そう、その男がそこにいるのだ。

 余裕の表情で腕を組み、〝お手並み拝見〟と言わんばかりの姿で。


「久しぶりだな、拓磨。今日で全てが決まるぞ。約束は忘れておらぬだろうな」


 奴は平然と話しかけてくるが、私は睨みを利かすだけで何も言わなかった。すると奴も不機嫌そうに顔を顰めるが口をつぐんだ。

 外野が大人しくなったところで、雅章殿は軽く咳払いをすると人形ひとかたを五枚取り出して全てを式神へと変化させた。私の周りを取り囲む式神たちからは、それぞれより五行の気を感じた。


 ほう、式神としては珍しい造りで構成されている。式神には独自の気を持たせるのが普通で、五行の気を纏わせることはない。このために雅章殿が開発したものと思われる。それもあの男の渾身の心力が込められている。

 この試験中、雅章殿は心力の消耗が激しかったであろう。相生そうしょう循環生成をすれば楽だが、残念ながら教えられぬことだ。


「では試験の説明を……」


 そう雅章殿が口にした瞬間だった。

 特化して強靱な結界で守られているはずの内裏。そして我々がいるこの紫宸殿の庭園に、一本の稲妻が耳をつんざく音を鳴り響かせ落ちたのだ。その衝撃で五行気の式神は全て破壊された。


 何事かと皆が目を眩ませる間に強風が吹き荒れ、澄み渡った空は瞬く間に濁水を溢したが如くに暗転した。

 更に、次第に立ちこめる妖気。それは即座に犯人と思い浮かんだ雷龍らいりゅうのものではなかったが、その強さはこれまでの妖怪よりも遙かに突出している。


「何者だ!?」


 私が叫び声を上げると、視線の先に一筋のつむじ風が流れ降り、その中に人影が浮かび上がった。私は勿論のこと蒼士も、そして雅章殿も呆然とその様を伺っている。

 舞い上がった白砂の埃が引くにつれ、その姿が鮮明になった。


 頭部には扇のように広がった角が生えている。鼻から口先にかけて前方に伸びている顔面から、鹿のような印象を受けた。

 しかし首から下はほぼ人に近しい姿である。何だ、この強い違和感は。和邇ワニと対峙した時から不思議に思っていた。どいつもこいつも容姿が妖怪らしからぬ形に変貌してきている。


 まるで人に近づくような……。


「我が輩は桛木かせぎ、安曇拓磨を抹殺しに参った」


 ご丁寧に自己紹介と目的を告げたかと思うと、奴は頭を大きく一振りし、その扇のような角で突風を引き起こした。白砂は全て吹き飛び、帝がいるであろう紫宸殿を飲み込もうとしている。


「安曇式陰陽術、土流波濤どりゅうはとう……!!」


 結界では間に合わないと踏み、高波のように土をせり上げて、間一髪で紫宸殿への直撃を塞いだ。雅章殿は先ほどの式神の発生で既に心力を使い込んでいる。今この場を守れるのは、私と……蒼士しかいない。


「蒼士、手を貸せ! 我々で奴を打ち倒す」

「戯言を言うな、奴の目的はお前だ。奴がお前をなぶっている隙に僕一人で――」

「ふざけているのはお前だ、今はそんなこと言っている場合では……」


<お前の過去に何があったかは知らぬが、今はそんなこと言っている場合ではないだろう>


 驚いた、自分の口からあの時の彼女と同じ言葉が出るとは。

 他人の力など当てにしなかった私が。ましてや敵対している蒼士などに。


 これほどまでに私はお前に影響されているのか、華葉。


「……言っている場合ではないだろう。帝の御前だ、今だけ手を組んでくれ。頼む」

「……ふん、仕方ない。今回だけだぞ」


 どこか満更でもない顔をして、蒼士は意気揚々と護符を手にするのだった。


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