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12.「ごめんなさい。本当に無理なんです」

 紅茶を吹き出すかと思った。

 驚いて王子の方を見ると、どこかうっとりとした目で私を見つめている。

 また頬がひきつった。


「で……殿下?」

「アウグスト、だよ。兄上の前で呼べとは言わないから、こうやって二人の時くらい、そう呼んでほしいな。駄目?」

「……二人の時なら……」


 もう二度と二人きりになどなるものかと思いながら頷く。

 私の気持ちも知らず、彼は「よかった」と口元を緩めた。

 そして後ろに控えている侍従に合図をし、私の方を向く。


「この絵を君はどうみる?」

「え?」


 侍従が持ってきた絵を私の目の前に置く。

 私の目はその絵に釘づけになった。

 それは天使の絵。天使が何者かに向かって手を伸ばしている絵だ。

 だが、その絵を見た時、私の中にぴんとくるものがあった。


「……これはもしかして、教会に寄贈された絵の対……ですか?」


 恐る恐るそう尋ねると、アウグストはその通りだと首肯した。


「やっぱり君は分かってくれるんだね。……教会に寄贈した絵の評価がいまいちで、これも捨ててしまおうかと思っていたんだ」

「そんな、勿体ない。すごく……素敵なのに」


 そして気が付いた。

 この絵が、第二王子ルートへ行くための鍵「うちすてられた絵」であるという事に。

 このままなら三年後、この美しい絵は、あのゲームのように無残な形になってしまうのだ。それは嫌だなと思った。


「私、そんなに絵に詳しいわけじゃないけど、それでもこれがとても素晴らしいものだという事は分かります。アウグスト殿下、やはりあなたは描き続けるべき人だと思います」


 私の言葉を聞いたアウグストは、すこしばかり目を見開き、それから心底嬉しそうに笑った。


「ありがとう。やっぱり破いてしまう前に君に見せてよかった。ねえ、よかったらこの絵、もらってくれないかな」

「え……でも」

「そうしてくれると嬉しい。僕は、僕の絵を好きだと言う人に持っていてもらいたいんだ。駄目?」


 真摯な目を向けられてしまえば断ることはできなかった。

 それに彼の言葉が嬉しいと思ったのも事実だ。

 だから頷いた。


「ありがとうございます。こんな素敵なものいただけると思わなかったから……すごく……嬉しいです。大切にします」

「うん、そうしてくれると僕も嬉しい。……こうやって喜んでくれる人がいるのなら僕は頑張れる。これからもたまにこうやって僕の描いたものを見てもらってもいい?」

「はい」

 

 アウグストがとても真剣な顔をして頼むので、私もまた頷いた。

 私が絵を見る事で、彼のモチベーションが上がるというのならそれくらい協力したいと思ったからだ。つい先ほど、もう関わらないで置こうと決めたばかりなのに、私はすっかり彼につられてそのことを忘れていた。


「よかった。まだ兄上と結婚するまで数年以上あるしね。これから何が起こるかわからない。その時まで仲良くしていよう?」

「え……」

「婚約、なんて言ったってどちらからでも破棄できる、その程度のものだ。これから先兄上が君を見る保証なんてない。違う誰かを見るかもしれない。それに……君は兄上の事好きではないみたいだしね?」


 さらりと吐き出された言葉に瞠目した。


「……でん……か、なに、を……」

「アウグストだってば。君の態度を見ていればわかるよ。前も今回だって、君の目は兄上を映していない。兄上と一緒だ。それなのに先ほどの態度。一体何を考えているの?」

「それは……」


 言葉に詰まってうつむく。まさか見られているとは思わなかった。

 完全に私の失態だ。


「別に言いたくなければ言わなくてもいいよ。誰だって何か抱えているものだしね。でも、それなら僕は遠慮しない。君の気持ちが兄上にないと分かっているのなら、これから君を全力で口説かせてもらう。君が兄上との婚約は嫌だ。僕がいいって早く言ってくれるようにね」

「何を……」

「君の事は兄上には言わないであげる。だからこれからも僕に付き合ってね、っていう話。簡単でしょ?」


 アウグストの言葉の真意を測りかねていると、彼は困ったように微笑んだ。


「わからないかな? 君の事が好きになったからだよ。君が欲しいから、君に僕と同じように好きになってもらいたいから……少しでもそばに居る機会と理由が欲しい。わかりやすいでしょう?」

「……っ」

「それともこんな短期間で言われても信じられない? 初めて会った時から可愛いって思ってた。僕の絵の事を知っててくれて……目を輝かせて語ってくれる君から目が離せなくなった。独り占めしたいって思った。……だってきらきらした君は可愛くて、なのに兄上の婚約者であることが悔しくて……すぐに気づいたよ。これが人を好きになる事なんだって。恋に落ちるって事だって。時間なんて関係ない」


 心情を吐露する直接的な告白に頬が赤くなった。

 自分好みの人からこんな風に告白されて、何も感じないとかさすがにあり得ない。


「あ、赤くなった。可愛い。でも、そういう反応をしてくれるって事は脈ありって考えていいのかな。勿論、諦めるつもりなんてないけど」

「やめて下さい」


 聞きたくなくて首を振るもアウグストは止まってくれない。


「ダメだよ。初めて欲しいって思ったんだ。だから君には悪いけど遠慮するつもりはない。君さえ頷いてくれるのなら父上も納得させる。障害は全て取り除くと約束するよ? だから、ね。好きでもない兄上なんてやめて、僕に堕ちてきて」

「無理……です」

「どうして? 君も、兄上もお互い何とも思っていないのに? それなら君の事が好きな僕で何がいけない?」


 必死で首を振った。

 そうじゃない。そうじゃないのだ。

 ただ幸せになりたいと思っていたころの私なら、それもありかと考えたかもしれない。

 でも今は何より優先すべき問題がある。

 私はあの男に復讐したい。そのためにはヒロインに王太子ルートに行ってもらわなくてはいけなくて……そしてルート分岐の為に婚約破棄イベントを起こしてもらわなければいけないのだ。少なくとも三年。私は彼と婚約を続けている必要がある。

 この人の手は取れない。


「ごめんなさい。本当に無理なんです」


 座ったまま深く頭を下げる。

 好意は嬉しかった。うっかり第二王子のルートに入ってもいいかなと思う程度には。

 でも、私の復讐に彼を巻き込むわけにはいかない。

 じっと頭を下げていると、目の前でため息をつく音が聞こえた。


「……顔を上げて。ごめん。僕も急ぎ過ぎたね。君が何らかの問題を抱えているのは分かっていた事だ。ねえ? それはいつか解消されるのかな?」

「……はい。数年のうちには」


 愛を告げてくれたこの人に嘘はつけない。

 私は顔を上げ、ゆっくりと頷いた。


「うん。ならいいよ。僕はその時まで待つ。だから、お願いだから僕を避けたりしないで。絵を見てほしいというのも本当の事なんだ」

「わかり……ました」

「ありがとう」


 了承した私をみて、アウグストがほっとしたように息をつく。

 そこで初めて彼も緊張していたのだと気が付いた。

 当たり前だ。本気で告白して、緊張しない人間なんているはずがない。

 真面目に告白してくれた彼に対して、私はなんて酷い事をしているのだろうと思ってしまった。


「ごめんなさい」

「謝らないで。僕はこれでいいんだから。むしろ君を口説く時間が出来て良かったよ。僕がどれほど君を欲しいと思っているのか、これからじっくり教えてあげる」


 そう言って妖しく笑むアウグストに私は慄いた。

 第二王子ルート、ひたすら甘く、押してくるアウグストのシーンをうっかり思い出してしまったからだ。これから彼との付き合いが続いて……それで私は本当に彼から逃げきる事ができるのだろうか。

 

 でも――――。

 アウグストと目が合った。

 嬉しそうに笑ってくれる彼の姿にとくんと胸が高鳴ったのがわかる。

 ……口説かれるのは……嫌じゃない。

 捕まってしまうのも、それはそれでありなのかもしれない。

 そこではっと我に返った。


 駄目だ私。さっそくほだされてどうする。


 一瞬でも馬鹿な事を考えた自分に泣きたくなった。





 王太子に嫌われようとしたデートにて。

 結果――――何故か第二王子のフラグを立てた。



 



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