付喪神
蒼い光が溢れた。
瞬きひとつの後、篝の前に、巫女装束の女が立っていた。
蒼い髪が翻る。彼女の全身が、淡く、蒼い光を放っている。篝を庇うように、両腕を広げたその体に、刃が突き立っていた。
ぱきん・・・と、乾いた音が響く。
女が、茫然としている篝を振り返った。湖面のような瞳が、優しく細められる。
彼女は微笑しながら、篝の頭をひと撫でして―――すうっと消えた。
篝と術者の男の間に、小太刀と、砕けた腕輪が、虚しい音を立てて転がる。
硬直している篝を、八雲は、半ば引きずるようにして、術者の男から遠ざけた。
梓、お前はまた、私を邪魔するのか。
また、私を拒むのか。
せめて、お前の娘を道連れにと思ったのに、お前は死してなお、それを阻むのか。
純白の獣が、大きくあぎとを開いて、がくりと膝をついた術者に踊りかかる。
八雲は、とっさに篝を抱きしめ、彼女の視界を塞いだ。
・・・血の臭いが、たゆたっている。
『人の子よ』
洞窟の奥から響くような、深い声がして、八雲はゆるゆると顔を上げた。濡れた琥珀の瞳が、彼を見つめていた。
『我を解き放ってくれたこと、礼を言う』
己を縛っていた術者を、噛み裂いた獣は、八雲にそう告げて、巨体を翻した。
白い大きな影が、二本の尾を揺らして、いずこかへと消えた。
足の力が抜けてしまい、篝はそのまま、へたりと座り込んだ。八雲が、それに合わせて膝をつく。篝は呆けたような顔で、間近に自分を見つめる温かな目を、見返した。
「八雲」
いろいろな感情が、ないまぜになって、一気に押し寄せる。
「・・・八雲」
たくさんの、言葉にならない想いは、涙となって溢れた。
「篝」
泣きじゃくる篝を、そっと引き寄せる。震える背を、優しく叩きながら、八雲は囁く。
「さっきの、腕輪の付喪神・・・君に、よく似ていた」
髪も目も蒼かったが、顔立ちは、篝がもう少し大人びれば、ああなるだろうと想像できるものだった。
「あの姿は、きっと―――」
むせび泣く声が、大きくなる。
「篝の、母君だ」
肩口に顔をうずめて、篝が幼子のようにしゃくりあげる。八雲は、彼女の嗚咽が夜風に溶けるまで、その背をあやし続けた。
*****
「銀」
庭に下りた八雲は、夜空を見上げて佇んでいる銀に、声をかけた。彼は、無表情な顔を、少しだけ八雲の方に傾けた。
「あの時は、助かった。ありがとう」
「・・・いや」
「・・・刀だったんだな」
どことなく、そんな気はしていたが、八雲は彼が何の付喪神なのか、聞いていなかった。
銀は、しばらく横目で八雲を見ていた。そして、ふいとあらぬ方を向いた。どこか遠くを見る目をして、ぽつりと呟く。
「・・・妖刀、月牙」
「え?」
「そう呼ばれていた。はるか昔のことだ」
整った横顔は静かだ。
「羨ましかった。―――お前の刀は、人を殺めたことがない」
八雲は、はっとした。
隠れ村で、刀を振る自分を眺めていた、白銀の瞳。
「折れてしまって、惜しいことだな」
日ごろ抑揚のない彼の声には、微かに、哀悼の響きが含まれていた。




