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篝(かがり)  作者: 涼玉兎
四 炬火(たいまつ)
27/29

付喪神

 蒼い光が溢れた。


 瞬きひとつの後、篝の前に、巫女装束の女が立っていた。

 蒼い髪が翻る。彼女の全身が、淡く、蒼い光を放っている。篝を庇うように、両腕を広げたその体に、刃が突き立っていた。

 ぱきん・・・と、乾いた音が響く。

 女が、茫然としている篝を振り返った。湖面のような瞳が、優しく細められる。


 彼女は微笑しながら、篝の頭をひと撫でして―――すうっと消えた。


 篝と術者の男の間に、小太刀と、砕けた腕輪が、虚しい音を立てて転がる。

 硬直している篝を、八雲は、半ば引きずるようにして、術者の男から遠ざけた。




 梓、お前はまた、私を邪魔するのか。

 また、私を(こば)むのか。

 せめて、お前の娘を道連れにと思ったのに、お前は死してなお、それを(はば)むのか。




 純白の獣が、大きくあぎとを開いて、がくりと膝をついた術者に踊りかかる。

 八雲は、とっさに篝を抱きしめ、彼女の視界を塞いだ。




 ・・・血の臭いが、たゆたっている。

『人の子よ』

 洞窟の奥から響くような、深い声がして、八雲はゆるゆると顔を上げた。濡れた琥珀の瞳が、彼を見つめていた。

『我を解き放ってくれたこと、礼を言う』

 己を縛っていた術者を、噛み裂いた獣は、八雲にそう告げて、巨体を翻した。

 白い大きな影が、二本の尾を揺らして、いずこかへと消えた。

 足の力が抜けてしまい、篝はそのまま、へたりと座り込んだ。八雲が、それに合わせて膝をつく。篝は呆けたような顔で、間近に自分を見つめる温かな目を、見返した。

「八雲」

 いろいろな感情が、ないまぜになって、一気に押し寄せる。

「・・・八雲」

 たくさんの、言葉にならない想いは、涙となって溢れた。

「篝」

 泣きじゃくる篝を、そっと引き寄せる。震える背を、優しく叩きながら、八雲は囁く。

「さっきの、腕輪の付喪神・・・君に、よく似ていた」

 髪も目も蒼かったが、顔立ちは、篝がもう少し大人びれば、ああなるだろうと想像できるものだった。

「あの姿は、きっと―――」

 むせび泣く声が、大きくなる。


「篝の、母君だ」


 肩口に顔をうずめて、篝が幼子のようにしゃくりあげる。八雲は、彼女の嗚咽(おえつ)が夜風に溶けるまで、その背をあやし続けた。



    *****



「銀」

 庭に下りた八雲は、夜空を見上げて佇んでいる銀に、声をかけた。彼は、無表情な顔を、少しだけ八雲の方に傾けた。

「あの時は、助かった。ありがとう」

「・・・いや」

「・・・刀だったんだな」

 どことなく、そんな気はしていたが、八雲は彼が何の付喪神なのか、聞いていなかった。

 銀は、しばらく横目で八雲を見ていた。そして、ふいとあらぬ方を向いた。どこか遠くを見る目をして、ぽつりと呟く。

「・・・妖刀、月牙(げつが)

「え?」

「そう呼ばれていた。はるか昔のことだ」

 整った横顔は静かだ。

「羨ましかった。―――お前の刀は、人を殺めたことがない」

 八雲は、はっとした。

 隠れ村で、刀を振る自分を眺めていた、白銀の瞳。

「折れてしまって、惜しいことだな」

 日ごろ抑揚のない彼の声には、微かに、哀悼の響きが含まれていた。


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