縁(えにし)
矢田町、二本目の通り、千鳥屋。
逸る気持ちを押さえながら、八雲は、伊折から教えられた組紐屋を目指した。
「八雲・・・?」
看板を見ながら歩いていると、横合いから覚えのある声が聞こえ、八雲ははっとして、首をめぐらせた。
「篝!」
篝が立っていた。
確かに篝だと、一目で分かった。
だが、記憶の中の彼女と微妙に違い、八雲はうろたえた。
元から、見目の良い娘ではあった。しかし、村にいた頃は、齢のわりに、瞳にあどけなさを残していた。小綺麗にはしていたが、化粧気はなく、衣は在り合わせ。古風な腕輪以外、身を飾る物はなかった。
今、目の前にいる篝は、年頃の町娘らしい鮮やかな地色の衣に、身を包んでいる。背中に流していた髪は、すっきりと束ねられていた。つややかな黒が、薄く紅を差して華やいだ顔を、縁取っている。
大きく見開かれた目が、いつかのように、真っすぐ八雲を見つめる。喪失の痛みを知った瞳は、憂いを含んで、深く―――美しかった。
押し黙ってしまった八雲に、篝の方から駆け寄って来る。
「八雲・・・よかった、会えた」
篝は本当に嬉しそうに、同時に泣きそうに、相好を崩した。その言葉を聞いた八雲も、安堵の息を吐きながら頷いた。
「俺も捜していた。無事で、よかった。篝が無事で」
少し、声が擦れた。篝の長い睫毛が震える。
「八雲・・・村は、焼かれてしまったの。早蕨と、木蘭と一緒に逃げたのだけど、ほかの皆は・・・」
「篝。稲荷様が、俺のところにいらっしゃる」
「稲荷様?」
予想外だったのだろう、篝が目を丸くした。
「それから、銀と、宵闇も」
「本当?」
篝がぱっと顔を輝かせた。
「よかった・・・」
そう言って、目尻を拭う。白い手首を目で追って―――八雲は思わず、その腕をつかんだ。
「腕輪をどうした!」
母の形見だと言った。大切そうに撫でて、笑っていた。
血相を変えた八雲に驚いて、篝は動きを止めた。
「あ・・・あの、ここにあるの。結ねえさんが、目立って危ないからって、紐を通してくれて」
おろおろしながら、組紐に通した腕輪を、取り出して見せる。
「・・・そうか」
八雲は拍子抜けして、ほっと肩の力を抜いた。
篝が、戸惑った顔で見上げてくる。腕をつかんでいたことに気付く。
「すまん」
その時、声がかかった。
「おや、篝ちゃん、捜していたお人と会えたのかい? なかなかいい男だねえ」
町の娘に、わざわざ武家の若者が会いに来れば、人目を引く。ましてや、周りの者は、新参の篝を気に掛けてくれているのだから、注目を集めるのも当然であった。もっとも、長屋の者たちは、よもや八雲が、家老の息子だとは、思いも寄らない。
見かねた結が、ひょこりと表に顔を出した。
「篝ちゃん、そんな所で立ち話してないで、よかったら、うちに上がっていただいたら? 狭いとこだけど」




