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篝(かがり)  作者: 涼玉兎
三 灯火(ともしび)
20/29

縁(えにし)

 矢田町、二本目の通り、千鳥屋。

 逸る気持ちを押さえながら、八雲は、伊折から教えられた組紐屋を目指した。

「八雲・・・?」

 看板を見ながら歩いていると、横合いから覚えのある声が聞こえ、八雲ははっとして、首をめぐらせた。

「篝!」

 篝が立っていた。

 確かに篝だと、一目で分かった。

 だが、記憶の中の彼女と微妙に違い、八雲はうろたえた。

 元から、見目の良い娘ではあった。しかし、村にいた頃は、齢のわりに、瞳にあどけなさを残していた。小綺麗にはしていたが、化粧気はなく、衣は在り合わせ。古風な腕輪以外、身を飾る物はなかった。

 今、目の前にいる篝は、年頃の町娘らしい鮮やかな地色の衣に、身を包んでいる。背中に流していた髪は、すっきりと束ねられていた。つややかな黒が、薄く紅を差して華やいだ顔を、縁取っている。

 大きく見開かれた目が、いつかのように、真っすぐ八雲を見つめる。喪失の痛みを知った瞳は、憂いを含んで、深く―――美しかった。

 押し黙ってしまった八雲に、篝の方から駆け寄って来る。

「八雲・・・よかった、会えた」

 篝は本当に嬉しそうに、同時に泣きそうに、相好を崩した。その言葉を聞いた八雲も、安堵の息を吐きながら頷いた。

「俺も捜していた。無事で、よかった。篝が無事で」

 少し、声が擦れた。篝の長い睫毛が震える。

「八雲・・・村は、焼かれてしまったの。早蕨と、木蘭と一緒に逃げたのだけど、ほかの皆は・・・」

「篝。稲荷様が、俺のところにいらっしゃる」

「稲荷様?」

 予想外だったのだろう、篝が目を丸くした。

「それから、銀と、宵闇も」

「本当?」

 篝がぱっと顔を輝かせた。

「よかった・・・」

 そう言って、目尻を拭う。白い手首を目で追って―――八雲は思わず、その腕をつかんだ。

「腕輪をどうした!」

 母の形見だと言った。大切そうに撫でて、笑っていた。

 血相を変えた八雲に驚いて、篝は動きを止めた。

「あ・・・あの、ここにあるの。結ねえさんが、目立って危ないからって、紐を通してくれて」

 おろおろしながら、組紐に通した腕輪を、取り出して見せる。

「・・・そうか」

 八雲は拍子抜けして、ほっと肩の力を抜いた。

 篝が、戸惑った顔で見上げてくる。腕をつかんでいたことに気付く。

「すまん」

 その時、声がかかった。

「おや、篝ちゃん、捜していたお人と会えたのかい? なかなかいい男だねえ」

 町の娘に、わざわざ武家の若者が会いに来れば、人目を引く。ましてや、周りの者は、新参の篝を気に掛けてくれているのだから、注目を集めるのも当然であった。もっとも、長屋の者たちは、よもや八雲が、家老の息子だとは、思いも寄らない。

 見かねた結が、ひょこりと表に顔を出した。

「篝ちゃん、そんな所で立ち話してないで、よかったら、うちに上がっていただいたら? 狭いとこだけど」

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