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篝(かがり)  作者: 涼玉兎
三 灯火(ともしび)
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19/29

若君と刀鍛冶

 篝は、八雲が家老の子息と知ってもなお、変わりなく「八雲」と呼ぶ。

 かつては自分も、そう呼んでいた。―――つい一年前の、あの日までは。

 忘れもしない。八雲が元服して、久方ぶりに鍛冶場に顔を見せた、あの日。

―――おめでとうございます、若様。

 八雲は、引っぱたかれたような顔をした。しかし、一瞬でその表情をかき消して、彼は、「若様」の顔で微笑んだ。

―――ありがとう。

 その表情を見た時に、自分は間違えたのだと悟った。

 城に上がるようになる若君に、職人風情が、友人面をしてはいけないのだと、子どもの戯れは終わったのだと、自分に言い聞かせたつもりだった。

 結果、彼を突き放し、傷付けたのは自分の方だ。―――兄を亡くしたばかりの彼に、追い打ちをかけるかのように。だが、一度こちらから引いてしまった線を、どうすればいい。

 もやもやとした思いを抱えながら、伊折は結局、篝の真っすぐな懇願にほだされ、結に押し切られ、明くる日の夕刻、朝桐の武家屋敷の門を叩いたのだった。

「父、草加(くさか)重吉郎(じゅうきちろう)名代(みょうだい)で、参りました。伊折と申します。若君にお会いしたいのですが」

 父が、最近祖父から受け継いだ号を出して、内心ひやひやしながら名乗ると、屋敷へ入れてもらえた。畳の部屋に通されて、恐縮しながら八雲を待つ。

 父の名代で、というのはもちろん方便だったが、八雲はすぐに部屋へ来てくれた。一人で訪ねて来てくれるとは珍しいな、と驚く八雲に、伊折は突然の来訪を詫びた。




「篝を知っているのか?」

 反応が大きくて驚いた。

「俺の、許嫁の家にいるんです。それで、知り合って」

「どこだ。無事か?」

 勢い込んで尋ねられ、慌てて頷く。家を焼け出されたという話は、本当らしい。

「矢田町の、二本目の通りの、千鳥屋っていう組紐屋です。元気にしてましたよ」

「そうか」

 八雲は、安堵の表情で息をついた。この分だと、預かり物は、必要なかったかもしれない。

「あの・・・もし、分からないようだったら、これを渡してくれと、言われました。要らなかったみたいだが」

 八雲の前に、篝から預かっていた扇を置く。紫色の上品な扇だが、若い娘が持つには、少し古びているという気がする。八雲はそれを見て、何かに思い当たった顔をした。

「報せてくれて、ありがとう。捜していたんだ。・・・あちらから、見つけてもらえるとは、思わなかった。朝桐を名乗らなかったのに」

 複雑な表情の八雲を見て、息が苦しくなる。―――彼が、姓を名乗らなかった理由を、勘繰ってしまう。

 伊折は、汗ばむ拳を握りしめた。迷う心を奮い立たせて、口を開く。

「・・・八雲!」

 自分で思っていたより、大きな声が出た。目を瞠った八雲に向かって、そのままの勢いで、頭を下げる。

「すまなかった! あの時は・・・いや、あの時から、今までずっと、すまなかった!」

―――とても大切な物だと言っていたわ。

 それが本当なら、八雲の方も、伊折と同じようなつもりで、受け取ってくれていたに違いない。

「篝ちゃんが、小刀を持っていた! 八雲から預かった、大切な物だと。あれは」

「あれは、お前にもらった物だ」

 八雲が静かに、後を引き継いだ。

「・・・ずっと、持っていたのか。あんな物」

 名家の子息が、あんな、無骨で未熟な小刀を。

 しばし無言の時が流れ、伊折の額から、冷や汗が滴った。自分は、また、間違ってしまったのだろうか。

「わりと使い勝手がいいんだ。ちょうど、手に馴染む大きさで」

 顔を上げると、八雲にしては珍しく、端正な顔に、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「八雲・・・」

「あれを見て、俺だと分かったのか。縁とは不思議なものだな、伊折」

 八雲が笑う。

 如才ない若様の顔ではなく、心からの笑顔で。

 ・・・思わず、頬が緩んだ。

「伊折、日取りは?」

「え?」

「結婚するとは、聞いていなかったぞ。式はいつだ。祝いの品でも贈りたい」

「い、いや、それは」

「遠慮するな、ちょっとした物だ。―――友人なら、構わないだろう」



    *****



 伊折が去って、人の気配がなくなると、八雲は、目の前に置かれた扇に、視線を落とした。確信を持って口に出す。

「・・・木蘭」

 瞬きひとつの後、扇のあった場所に、紫染の衣を纏った女が座していた。

「あんた、本当に、武門の名家の若様だったんだねぇ」

 扇の付喪神が、ふわりと楽しげに笑う。

 微かな白檀の香りがした。

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