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篝(かがり)  作者: 涼玉兎
二 烽火(のろし)
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14/29

焼け跡

 笠見山の麓の森が、燃えている、という騒ぎを聞いた時、八雲はまだ城にいた。

 近隣の農民たちが避難し、消火が続けられる中、折しも、夜に降り出した雨によって、森を焼いた野火は、田畑まで広がることはなかったという。皆、季節外れの野火に首を傾げつつ、事なきを得たことに、安堵していた。

 夜が明けてもなお、東からの風が、煙と焦げた臭いを、城下に運んで来ていた。

 未だ(くす)ぶるその森に、八雲が行きたいと言うと、案の定、慧四郎は困惑した顔を見せた。

「なぜですか」

 飛び出して行きたいところだが、景雪に、一人で城下を歩くなと言い渡されているし、屋敷の者たちも、許してはくれない。

「行かなくてはいけないんだ。確かめたいことがある」

「何を確かめるのです」

 八雲は黙り込んだ。

 山火事など、滅多に起こらぬこの時節に、よりにもよって、あの森が燃える。

 ・・・自分のせいかと、疑わずにはいられなかった。

 稲荷の結界は、炎をも阻めるのだろうか。妖とはいえ、付喪神たちの本性は、道具だ。炎にまかれた彼らは、無事でいられるのだろうか。そして。

(篝・・・)

 彼女は、無事でいるだろうか。―――また会いに行くと、約束したのに。

「若が、どうしてもとおっしゃるなら、俺がお供しますよ」

 口を挟んだ鬼灯の顔を、八雲は真摯に見返して頷く。

「どうしても」

 慧四郎は溜め息をついた。

「分かりました。私も、お供致しましょう」



    *****



 気付くと、もうひと月近くも前になるが、この森を駆けた時は、木々が生い茂り、草の匂いに満ちていた。

 今では、焼け焦げた木が立ちつくし、あるものは倒れ、行く手を阻む。どんよりと曇った空の下、風が時折灰を舞わせ、煤けた臭いが鼻につくばかりだ。

 変わり果てた森の中で、あの村があった場所に辿り着けるのか、八雲には実のところ、自信がなかった。しかし、ほどなく、黒い木々の間に、何軒かの家屋の残骸が見えたのだった。

 見えるということは、結界がなくなったのだ。

 無残な姿の村の前に、愕然とする八雲の様子を見て、慧四郎と鬼灯は、悟ったようだった。

「もしや、ここで、傷を癒されたのですか」

 八雲は声もなく、ゆっくりと頷いた。

 瞼の裏に思い出される村の姿は、もはやない。存在しないことになっていた村は、名実ともに、消え去ってしまったのだった。




 三人で手分けして、村を見て回る。

 八雲はふと思い至って、椚の大樹を捜した。

 焼けてしまっても、巨木はなお、堂々と立っていた。ただ、降るように揺れていた枝葉は燃え落ち、太い幹だけが、黒い炭となって黙している。そして、その根本、祠があった場所には、崩れた石と、屋根だった物の一部が、やはり黒ずんで散乱していた。

 その中に、白い物を見つけ、膝をついて手を伸ばした。黒い破片をどけて、手に取ってみると、それは、ちらりと見たことのある、ご神体だった。

 煤を払うと、狐の顔が現れる。黒と金で塗られた目鼻に、朱で描かれた頬の紋様。なぜか、不敵に笑っているように見える。

(稲荷様・・・)

『なんだ、八雲か』

 ぎょっとして、危うく像を取り落としそうになった。

 金色を探して、辺りを見回すが、誰もいない。再び、覚えのある声が耳に響いた。

『ちと、力を使いすぎてな。良いところに来た』

 くつくつと、稲荷の笑う声がする。八雲は、手の中の白い獣を見下ろした。

「何があったのですか。皆、無事ですか」

『まあ、あいつらのことは、あまり心配するな。妖はしぶとい』

「・・・篝は」

『さてな。―――八雲、俺を連れて行け』

「連れて、行く? どこへ・・・」

『篝のもとへ』

 絶句した八雲を残して、またもや一方的に、稲荷は会話を終わらせる。

『ここにはもう、守るものがなくなった。少し眠る』

 それきり、狐の像は、沈黙してしまった。




 ぽつぽつと、雨が降ってきた。足音が聞こえて、八雲は顔を上げる。

「若。一通り見て回りましたが、誰もおりませぬ。・・・遺体も、ありませぬ」

「そうか」

 遺体がないのは救いだ。篝のもとへ連れて行け、ということは、彼女は生きて逃げ延びていると、考えて良いのだろうか。

 八雲は立ち上がり、二人の姿を見て、少し笑った。

「付き合わせて、すまなかったな。二人とも、煤だらけだ」

「それは若も同じです」

 鬼灯が笑って応じる。

 慧四郎と鬼灯は、ちらりと目配せし合った。野火が起こってから、八雲がずっと、思いつめた顔をしているので、皆案じていた。この村を見に来て、僅かだが、表情が和らいだようだった。

 もう一度、村を眺めやった後、彼らの主は口を開く。

「・・・雨脚が強まってきた。帰ろうか」

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