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篝(かがり)  作者: 涼玉兎
二 烽火(のろし)
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12/29

晴れぬ靄

「すまなかった」

「景雪様」

 八雲は、主に頭を下げられて、狼狽した。

「私が、至らなかったのです。油断しました。もう、このような失態は致しませぬ」

 頭を上げたものの、景雪の表情は晴れなかった。

「至らなかったのは、私の方だ。気軽に頼みごとをして、徒労どころか、お前を危険に晒してしまった」

「・・・やはり、あの噂と関わりがあると思われますか」

「ほかに、お前が命を狙われる理由があるのか」

「思い当たりませぬ」

「そうであろう」

 景雪は、暗い溜め息をついた。顎を撫でながら、思案気に続ける。

「噂を追っていたお前を、人を雇って、消そうとした者がいる。しかも、跡を辿られぬよう、野盗たちを使い、失敗すれば殺した・・・」

 これ以上、首を突っ込むなという、警告にも受け取れる。

「危ぶまれるのは、獣の妖を、操っている者がいるのかもしれぬ、ということだ。何か、もっと大きな思惑があるのか・・・」

 そう、八雲が気にかかっているのも、それだった。暗躍する妖の裏に、人の思惑が絡んでいるとしたら。

「景雪様、もう少し、調べてみてもよろしいでしょうか」

 景雪は、渋い顔をした。

「しかしな」

「不覚は取りませぬ」

「・・・一人で城下を歩くな」

 思わず苦笑が漏れた。景雪に言われていたのに、「気ままに城下をふらついた」結果がこれだ。

「皆に、言われております」

「笑いごとではないぞ」

 景雪が、呆れたようにそう言った。

 


    *****


 

「・・・現れる時刻は、黄昏から深夜にかけて。大きさは、推察するに、八尺から一丈ほど・・・大きいな。形は、犬や狼に見えたという者も、虎に見えたという者もいる、か。・・・実際、虎を見たことのある者は、そうはおらぬだろうから、虎のようだというのは誇張か?」

 景雪が眉をひそめた。

 慧四郎や、螢火、鬼灯の助力も受けて、情報を聞き集めている。目撃者も怪我人も、増える一方であったが、獣の実態はなかなか掴めずにいた。待ち伏せようにも、出没する時刻は幅があり、場所に至っては、予想も付かない。

「さて・・・ほかにも、牛やら猪やら、様々に言われています。四足の獣だということは、一致しているようですが。黒い(もや)のようなもので体が覆われているので、実際の姿はよく見えぬと聞きます」

「黒いというのは、その靄が黒いということか」

「はい。それから、その獣に襲われた者は、数日熱を出して寝込むのだというのですが・・・関連はあるのでしょうか」

 景雪が頷いた。

「飢饉以前まで、記録を遡ってみた。黒い妖魔は、邪気を纏っているのだという。妖魔が現れると、邪気にあてられて、不調を訴える者は多い。・・・だから、国はますます傾く」

 普通の獣ではなく、異形のものだということは、間違いない。

「城内でも、囁かれ始めている。・・・火種の小さいうちにと、思ったのだがな」

 始めは、(くりや)の他愛ない噂話であったのに、深刻な問題になりつつあった。いずれ、父の耳にも入るだろうか、と景雪が微かに呟く。

「気になるのは、襲われても、未だ命を落とした者はおらぬというところだ。死人が出ていないのは幸いなことだが、なぜ、襲われたのに、助かるのだ?」

 景雪は、頬杖をついて、じっと宙を見つめた。

「・・・今のところ、考え得るのは、ふたつだ」

 ひとつ、獣に人を襲わせることは、真の目的ではなく、ほかに狙いがあるのではないか。

 ひとつ、獣は、襲うべき人間を、選んでいるのではないか。

「捜している、と言っても良いかもしれぬ。国のあちこちに現れて、殺すべき人間を捜している・・・」

 景雪は、ふうと息をついた。

「分からぬな。目的も分からぬし、お前を襲った黒幕も、見当が付かぬ」

「・・・はい」

「さて、どうするか・・・」

 しばし、二人の間に無言の時が流れた。

 八雲は、ぽつりと言った。

「景雪様、妖魔というのは、どうして生まれるのでしょう」

「ん?」

「妖とは、皆が皆、悪しきものではありませぬ。邪気を纏って妖魔になるものは、元から、悪しきものなのでしょうか。邪気とはなんでしょうか」

 八雲の脳裏で、深草の髪が揺れる。翡翠の瞳が笑う。

 彼らが、黒い邪気を纏っている姿を、八雲は想像できない。

「・・・お前がそういうことを言うのは、珍しいな」

 景雪が、頬杖から頭を浮かせた。少し目を瞠っている。

「珍しいですか」

「いや、そういったことには、あまり興味がないかと思っていた。私と違って」

 景雪も、八雲の話に乗ることにしたらしい。

「妖にも、害のないものはいるだろう。袖を引いてみたり、道に迷わせてみたりな。子どもの悪戯のような、他愛ないものだ。・・・私は、書や記録で知るばかりで、まだ逢うたことはないが」

 八雲の目が、僅かに泳ぐ。

 あの森で出会った者たちのことは、誰にも、景雪にすら話していない。結界に守られた、隠れ村での出来事を、口に出して良いものか、八雲には判断が付かなかった。

 景雪に話せば、きっと信じるだろうし、目を輝かせて、話をせがむだろうと思ってはいるが。

「邪気というのは、妖の本質ではなく、つまるところ、恨みや嫉みや・・・そのようなものなのかもしれぬな」

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