第28話 力の使い方
遅くなりました、第28話投稿です。
「馬鹿野郎……完璧だよ……」
親父が血まみれの口元を歪めて笑う。
周囲に立ち込めていた粉塵が徐々に晴れていく。
どす黒い体液と鉄骨が散乱する中、かろうじて生き残った数体の敵が、混乱したように蠢いている。
「――無茶苦茶やりやがって、この大馬鹿野郎がッ!!」
頭上の大穴から、獅狼が瓦礫を蹴立てて降りてきた。続いて、のどか先輩もふわりと着地する。
「黎くん, 敵の残存反応、まだフロアに散ってるよぉ!」
「獅狼、のどかさん……!」
獅狼は手に持った得物を鋭く振るい、敵を睨みつけた。
「殲滅はこっちでやっておくから、 のどかさん、手伝ってください!」
「りょーかいっ!」
頼もしい背中を見せ、二人は即座に残った化け物たちへと躍りかかっていく。
激しい戦闘音が遠ざかるのを確認し、俺は右眼に刺さっていた神経系のリンクを解除して、親父のもとへ駆け寄った。
「親父、怪我は――」
「俺はいい、こっちが先だッ!」
親父の背後、ひしゃげた防壁の陰には数人の研究者たちが身を寄せ合っていた。皆、満身創痍で震えているが、親父の足元に倒れ伏している一人の研究者は様子が違った。
腹部を深く抉られ、夥しい血が流れ出している。顔面は蒼白で、意識が混濁していた。一刻を争う重症だ。
「止血帯じゃ間に合わねぇ。魔力で血管ごと塞ぐぞ。黎、手伝え!」
「わかった!」
親父が研究者の傷口に手をかざし、術式を展開して患部の状態を解析していく。だが、その顔がみるみるうちに絶望へと染まった。
「クソッ……内臓が欠けてる。主要な血管も神経もズタズタだ。俺の治療魔術じゃ、欠損したパーツの再生までは追いつかねぇ……!」
命がかかった極限状態。親父は血まみれの手を震わせながら、俺へと鋭い視線を向けた。
「黎! 今のお前の銀色は、どこまで複雑な構造を維持できる!?」
「……俺の体には内臓なんてねぇ。だから、人間の体の正しい構造なんか知らない」
俺は簡潔に事実を返す。だが、言葉を切ることはしない。
俺の体と人間の体は違う。だが、やるべきことの理屈は同じだ。
「だけど――血液を通すパイプを繋いで、電気信号の神経を張って、足りないパーツの代用品を削り出すだけなら、さっきのデバイス構築と同じだ。……出来る!」
「なっ……人間の臓器を造り出す気か!?」
「俺の銀色は脳内の知識をもとに材質を変換することができる!最初に体の一部をもらうがそこから解析して模造品を作り出せる!!」
俺の異質な提案に、親父は一瞬だけ絶句した。だが、すぐに現場の顔へ戻り、自らの魔術を俺の眼球のデバイスへと強引に同期させる。
「……狂ってやがる……が、理にかなってるな! よし、俺の解析した正しい人体の設計図を直接お前の右眼に送る!模造品の製造はお前に任せた、3分以内に組み上げろ!」
「ヴィヴィ、親父の設計図をなぞるぞ! 同時に患者の組織をサンプリングして、材質変換解析する」
『了解ッ! 生体解析開始――模造パーツ、解析するよ!』
俺は即座に右腕の銀色を解き、極限まで細く、柔らかく変質させる。
無機質な銀色の流体が傷口へ滑り込み、研究者の千切れた肉片と血液をほんのわずかに取り込んだ。
血液の構成、内臓の細胞、神経の配列、あらゆる情報が頭に入ってくる。
これじゃ足りない、もっと深く、もっと繊細に内部の構成をもっと忠実に再現する。
傷口の奥で蠢く銀色が、無数の極細の糸へと爆発的に枝分かれしていく。
冷たい金属の質感が、サンプリングした情報に合わせて急速に変異を始めた。生温かい粘膜の湿り気、筋肉のしなやかな弾力。銀色が赤黒く染まり、細胞構造を模倣した疑似生体へと変質する。
まずは一番の欠損箇所――抉り取られた内臓の復元だ。
親父から送られてくる設計図を道標に、臓器が消失した巨大な空白へと、赤黒い銀色を何層にも塗り重ねていく。ただの肉の塊ではない。血を送り出すための柔らかな空洞、不純物を濾し取るための極小の網目。失われた臓器の役割を、極小の細胞レベルから緻密に紡ぎ出し、肉の器として形作っていく。
『臓器のベース完了! 次、血管を繋ぐよ!』
臓器の形が組み上がると、次は造り上げた肉と患者の身体を繋ぐ血管の縫合だ。
引き千切られた太い動脈と静脈の断面に銀色を滑り込ませ、繋ぎ合わせる。それだけではない。巨大な臓器を生かすため、視認できないほど細かな毛細血管を、植物が土に根を張るように周囲の肉へとびっしりと広げていき、血の流れる道を完全に確保する。
最後は、これらを感覚と連動させるための神経の修復だ。
途切れた神経の末端を探し出し、銀色の微細な糸で橋渡ししていく。脳からの命令を新しい臓器へと正確に伝えるため、幾千もの細い糸を紡ぎ、一つの命の形として完全に縫い合わせた。
俺の脳を焼き切りそうなほどの莫大な情報処理。脂汗が目に入り、視界が滲む。
だが、肉を編む手は一ミリたりとも止めない。
残り、三十秒。
「……ッ、親父! 肉の器は作り上げた! 完全に定着させたぞ!」
「三分の制限で本当に内臓から神経まで細胞レベルで編み上げやがったのか……!」
戦慄すら混じった親父の呻き。
だが、その手は迷うことなく、俺が組み上げた赤黒い肉塊のど真ん中へと押し当てられた。
「よくやった! あとは俺の魔力で意識を呼び戻す!!電撃術式、解放!」
一瞬の大きな破裂音と共に電撃が走る。
ビクンッ、と。横たわっていた体が大きく跳ね上がり――そのまま力なく床へと落ちた。
一秒。二秒。
焦燥が場を支配する、永遠にも似た静寂。
「……ガ、ハッ……ぁ、ぁ……」
完全に沈黙していたはずの口から、空気を求めるかすかな喘ぎが漏れた。
ドクン、ドクン、と。俺が造り出した赤黒い肉の器が、電撃のショックを起爆剤として、本物の命と同じように力強い脈動を始める。
「……心拍再開。自発呼吸も戻った。……峠は越えたぞ」
親父が血まみれの手を下ろし、深く、重い安堵の息を吐き出した。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳を支配していた極限の集中がプツンと途切れた。
「はぁっ、はぁっ……!」
限界を超えた情報処理の反動で、激しい眩暈が襲ってくる。膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、患部を固定していた銀色を解き、元の無機質な状態へと戻した。
「……よくやったな、黎」
親父が、まだ荒い息を繰り返す俺を見て、短く、だが確かな声で言った。
「お前がいなけりゃ、こいつは死んでいた」
「お前が、救ったんだ」




