第2話 出会い1
「おい黎、その基板の配線は逆だ。またショートさせる気か!」
「……悪い、親父。この時代の規格は、どうも頭に入ってこない」
薄暗いトタン屋根の隙間から、錆びついたような陽の光が差し込む。
ガラクタの山に埋もれた小さな工房。油と鉄の匂いが染み付いたこの朝霞回収店というジャンク屋が、俺の世界のすべてだった。
俺を拾い、育ててくれた養父――朝霞鉄は、油まみれのタオルで顔を拭いながら大きな溜め息をついた。白髪交じりの無精髭に、筋骨隆々の体躯。不器用だが、その手はどんなガラクタも直してしまう魔法の手だ。
「お前なぁ。スラムのゴミ山で記憶喪失になってたのは百歩譲っていいとして、生活の常識までスッポ抜けてるのはどういうこった。……まあいい、今日は店仕舞いだ。飯にするぞ」
親父がコンロに火をつけ、鍋を温め始める。具材は出汁の出きった野菜の切れ端と、少しばかりの人工肉。それでも、俺にとっては世界で一番美味いご馳走だ。
「……親父」
「ん?」
「俺、また自分の血を見た。やっぱり、赤くなかった」
俺の言葉に、親父はコンロの火を止めることなく、ただ少しだけ背中を強張らせた。
俺の身体の中には、人間の血は流れていない。皮膚の下に蠢いているのは、冷たくて眩い銀色だ。痛みは感じるが、怪我をしてもすぐにその銀色が傷口を塞いでしまう。
自分が何者なのか、どこから来たのか。本当は人間ですらない、ただのバケモノなんじゃないか。
その不安を口にするたび、親父は決まってこう言うのだ。
「馬鹿野郎。血が銀色だろうが泥水だろうが、俺の作ったスープを美味えって言って食う奴は、等しく人間だ。お前は俺の息子で、この店の従業員。それ以上でも以下でもねえよ」
「……親父」
「ほら、食え。冷めるぞ」
差し出された凹んだアルミの器。そこから立ち上る湯気の温かさが、俺の空っぽの胸の奥をじんわりと満たしていく。
食事を終え、俺は店の外に出た。
スラムの澱んだ空気の中、遥か遠く、分厚い防衛壁の向こう側にそびえ立つ中央タワーを見つめる。
そのさらに奥深く、誰も立ち入れない中枢に鎮座しているとされる絶対的な存在――神の死骸。
誰もその本当の姿を見たことはない。だが、そこから発信される未来予測システムによって、この世界は完璧に管理されている。
計算上、無価値とされた人間は防衛壁の外側――このスラム街へと追いやられ、日々の命をすり減らして生きるしかない。
『……廃棄区画アラート。対象エリア、第十三スラム街。生存推奨値、2.4%』
「な……っ」
警報が鳴り響く。逃げ惑う人々の悲鳴。
未来予測システムが、このスラム街の命を損切りした瞬間だった。
――ズズンッ……!!
ジャンク屋の裏手。強固なはずの防衛壁を内側から紙くずのように食い破り、それが這い出してきた。
ビルをも飲み込む巨大な肉塊。蒼白く変色した鱗と、水と泥が混ざったような粘液がジャンク屋へと降り注ぐ。




