第11話 ヴィヴィ(V.I.V.I.)
「……終わった、のか……?」
全身打撲でボロボロの獅狼が、へたり込みながら鉄屑の山に背中を預けた。
「あはは、お疲れ様〜。凄いお掃除だったねぇ」
のどかさんはどこからか見つけてきた比較的綺麗なドラム缶の上に座り、足をブラブラさせている。俺も液状化させていた肉体を元に戻し、深く息を吐きながらその場にどさりと腰を下ろした。
周囲には、真っ二つになった数十メートル級の廃棄戦車や、粉砕されたチタン合金の隔壁が散乱している。まさに地獄絵図だ。だが、その中心には「スゥ、スゥ……」と幸せそうな寝息を立てる、ボロボロの服を着た黒髪の少女が一人。
俺たちは誰からともなく黙り込み、ただ荒い呼吸を整えながら、奇妙な休息の時間を過ごしていた。
もうもうと立ち込めていた土埃もすっかり風に流され、戦いの熱気も引き始めていたころ。
「んんぅ……おいしかったぁ」
壁に縫い付けられていた黒髪の少女が、身をよじって目を覚ました。
彼女の肌に触れていた、俺の体でできた拘束具は、眠っている間にすべて彼女の中に吸収されていた。
少女は瓦礫の上に飛び降りると、俺の姿を見てパァッと顔を輝かせた。
「あ! さっきの、すっごく美味しい魔力の人だ!」
彼女は何の躊躇いもなく俺に駆け寄り、血塗れの俺の腕にガバッと抱きついた。
「ねぇねぇ、さっきは魔力いっぱいありがと! めっちゃお腹いっぱいになったよ! 私、防衛局の開発コード『V.I.V.I.』……ヴィヴィっていうの! あなたの名前は!?」
「……は?」
俺は硬直した。獅狼も口をポカンと開けている。
「お、おい……お前、さっきの暴走の記憶は……」
「暴走? うーん……ずっとお腹空いてて意識飛んでたから、よくわかんない! でも、君の魔力が美味しいことだけはバッチリわかってるよ!」
ヴィヴィは俺の体に抱き着いて、頬をすりすりと擦り寄せる。
「あはは、すごいねぇ。自我を再構成したのかな」
のどかさんだけが、楽しそうに拍手をしている。
俺がヴィヴィのあまりの変貌に頭を抱え、彼女から話を聞き出そうとしていた、その時だった。
空から何かが落ちてきた。
ズガァァァァンッ!! と土埃を上げて廃棄区域の中心に着地する影。
「………これは一体どういう状況?」
純白のコートを少しも汚していない蛍が、煙の中からひどく不機嫌な瞳で俺たちを見下ろしていた。
蛍の視線は、周囲の異常な破壊痕を正確になぞり、そして最後に俺に抱きついてデレデレと笑っている黒髪の少女に行き着いた。
「第一区画まで警報を鳴り響かせた特級クラスの異常事態の正体が……その薄汚い子供であっているかしら?」
蛍が呆れたように、だが警戒を解かずに目を細める。
「あはは、そうだよ隊長〜」
のどかさんがドラム缶の上で足を揺らしながら、ニコニコと解説を始めた。
「あの子は、防衛局が作ろうとして失敗した自律再編型・疑似生命体デバイスの成れの果て。飢餓で暴走してこの惨状を作ったんだけど、黎くんの魔力でお腹いっぱいになったみたい」
「……アレが。かつて局員を何人もミイラにして葬ったデバイス……」
蛍はゆっくりと歩み寄り、ヴィヴィと、彼女にまとわりつかれている俺を見下ろした。そして、小さくため息をつく。
「……ひっ」
俺の背中に隠れていたヴィヴィが、小さく悲鳴を上げて俺の服の裾を強く握りしめた。振り返ると、彼女はブルブルと震えながら、恐怖で顔を青ざめさせている。
さっきまでチェーンソーや大砲を乱射し、俺の肉体を削り取っていた最悪の兵器が。まるで巨大な肉食獣の前に引きずり出された小動物のように、蛍から目を逸らして怯え切っていた。
彼女の疑似生命体としての本能が、警鐘を鳴らし続けているいるのか。
目の前に立つ純白のコートを着た女が、自分より圧倒的な強者であることを、細胞レベルで理解しているのだ。
「いいわ。そのデバイスは、あなたの管理下として特別に部隊への持ち帰りを許可する。……ただし」
蛍の氷点下の瞳が、俺と、そして俺の背中に隠れるヴィヴィを射抜く。
「その兵器が再び飢餓で暴走し、周囲に少しでも被害を出した瞬間……私が直接、あなたごと解体して焼き捨てるわ。いいわね?」
「……う、うぅぅ……」
ヴィヴィは涙目で俺の背中に顔を埋め、完全に震え上がっていた。
俺は彼女を庇うように一歩前に出ると、蛍を真っ直ぐに睨み返した。
「……上等だ。俺が責任持つ」
純白のコートが瓦礫の向こうへと歩き出す。
その背中が完全に見えなくなってから、ようやくヴィヴィは「ぷはぁっ!」と息を吹き返し、へなへなとその場にへたり込んだ。
「……マジで持って帰るのかよ、そいつ。っていうか、アイツ隊長にはめっちゃビビってんな」
獅狼がドン引きしつつも、呆れた顔で俺とヴィヴィを見た。
「あはは。隊長の強さは兵器でも本能で分かっちゃうんだねぇ」
「……こ、こわかったぁ……っ」
ヴィヴィは涙目になりながら、俺の脚にしがみついてきた。
「なんなのあの女の人!? 私より全然ヤバいよ!? 私、ちょっとでも逆らったら一瞬で殺されるってわかったもん……!!」
「お前、あんな災害レベルで暴れ回ってた癖に、妙なところだけ勘が働くんだな……」
俺はため息をつきながら、脚に縋り付いてくるヴィヴィを引き剥がそうとした。
「いつまでくっついてんだお前」
「えぇ~いいでしょ~」
「歩きづらくてしょうがねぇよ」
「んじゃこれならどう?」
ヴィヴィの体がの液体に崩れたかと思うと、一瞬で黒猫の姿へと変身した。
「は……? 猫!?」
驚く俺の隙を突き、ヴィヴィはピョンと軽やかに跳躍すると、そのまま俺の肩へと飛び乗った。
「にゃーん! これなら足引っ張らないし、歩けるでしょ!」
彼女は喉をゴロゴロと鳴らしながら、俺の首に尻尾を巻きつけてピタリと張り付いてくる。
「まぁ、さっきよりは歩きやすいけど……って、おい! お前、どさくさに紛れて俺の首筋から血吸ってねぇか!?」
チクりとした痛みの後、首筋に立てられた小さな牙から、ちゅぅちゅぅと微弱ながら確実に魔力を吸い取られている感触があった。
「にゃはは〜、バレた? ほんのちょっとだけ、おやつ感覚だから気にしないで!」
「気にするわ! 吸血鬼かお前は! 降りろ!」
「あはは、完全に懐かれちゃったねぇ、黎くん。可愛いペットができてよかったじゃない」
「ペットじゃねぇよ! 血を吸われる呪いの装備の間違いだろ!」
「うわぁ……」
獅狼がドン引きしたような顔で、俺と肩のヴィヴィを交互に見ていた。
灰原小隊に、とてつもなく面倒くさくィデバイスが正式に俺の仲間になったのだ。




