第9話「流れるもののかたち」
あれから何度も気絶した。
魔法を使って、意識を失い、目を覚ますたびに母は泣いていた。ぼくが目を開けると、涙のあとが残った頬をなでて、必ず「もう無理しちゃだめよ」と言ってくれた。その言葉が、少しずつぼくの中に残っていった。
気絶するたびに、魔力のことを考えた。
(魔力って、なんなんだろう? どうしてぼくはこんなにも苦しくなるんだろう?)
魔法を使うとき、ぼくは指先ばかりに意識を集中させていた。最初に火を灯したときも、風を吹かせたときも、全部指だった。でも、ふと思い立って、肩や足、背中にも意識を向けてみた。
(……出てる。魔力が)
それは、熱でも冷たさでもなく、“流れ”だった。血が通るような感覚とは少し違う。皮膚の下を何かがすっと通っている。魔力は、体のどこからでも出せるらしい。
けれど、場所によって量が違う。
頭のてっぺんや足の裏、肘の内側から魔力を出そうとしても、ほんのわずかしか出ない。指先から出すとスッと流れるのに、他の部分では、絞り出すような感覚になる。出力を上げれば出せるけど、そこまでの集中力と消耗が伴う。
(出口にも得手不得手があるのか……)
魔力の“出口”――そんな言葉が、頭の中に浮かんだ。
おそらく、ぼくの身体の中にはいくつかの“得意な管”がある。その管を通すように魔力を練った方が、ずっと効率が良い。
属性もまた、ぼくを悩ませた。
風と土は素直だった。風は、指先に意識を向けるだけでスッと流れる。土は、家の中に砂を撒いてしまうほど“広がる”力を持っていた。
(あのときは……)
母が父に怒っていたのを思い出す。
「ちゃんと足の汚れ落としてから家に入ってって言ってるでしょ!」
父は「えっ? おれ?……」と困った顔。ぼくは布団の下でそっとうずくまった。
(ごめんよ、パパ……あれ、ぼくの土魔法でした)
一方で、水は厄介だった。
魔力を多く使う割に、出る量は少ない。水の塊を浮かせるだけで、気絶寸前になる。出力の調整も難しく、少しでも意識が外れると魔力が暴れてしまう。
(これは、ぼくの魔法適性のせい……なのかもしれない)
まだ確かなことは分からない。けれど、風や土に比べて水は明らかに“重い”。もしかしたら、水は精神の安定や感情に左右されるのかもしれない……そんなことも考えていた。
それでも、魔力の“総量”は確実に増えていた。
最初は指先だけの微々たる感覚だったのが、今では胸の奥――心臓の周辺に何か“熱源”のようなものを感じるようになった。
(ここが……魔力の源なのか)
鼓動と共に魔力が流れ、全身に伝わる。それは生きているという実感と、とてもよく似ていた。
ぼくは、もう無茶な使い方はしない。母を泣かせたくない。だから、気絶するギリギリで魔力を止めるようにした。出力の限界を探りながら、魔法の使用時間を調整している。
魔力制御とは、筋力と同じだと思うようになった。力を入れすぎてもだめ。抜きすぎてもだめ。ちょうど良い“支え”が必要。
ぼくは、まだ赤ん坊だ。誰にも話せないし、何も記録できない。それでも、魔法の感覚だけは、確かにぼくの中で育っている。
(きっといつか、魔法で空を駆け巡るんだ!)
その日まで、ぼくは静かに。布団の中で、小さな手を空へ向けて魔力を練り続ける。
広い大空を夢見て。