表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空に描く自由の軌跡 〜翼なき魔法使いの夢〜  作者: kchan
空を夢見る少年
8/88

第8話「翼の記憶」

暗い風の中を、ぼくは飛んでいた。



地上が小さく見える。家も、人も、木々も、点に近い形で流れていった。

風を切る音が耳に響き、身体の周囲を淡い光が包み込んでいる。背中には羽のような感触があり、自分の意志だけでその向きと速度を自在に操ることができた。



(急がなければ!)



誰に向けてなのか――なにに追われているのかも分からない。ただ、夢の中のぼくはひどく焦っていた。

目の前には何かがある。遠く、空の向こうに見える影に向かって、ぼくは手を伸ばしていた。



景色は信じられない速さで流れていった。山を越え、川を越え、雲を突き抜け、さらに高みへと昇る。身体は息つく暇もなく加速していく。



(間に合ってくれ……!)

後ろには何人かの仲間のような影がいた。見たことのあるようで、思い出せない顔。彼らは必死に追いかけてくるけれど、誰もぼくには追いつけなかった。遠くで何かを叫んでいる。それは悲鳴のようでもあり、祈りのようでもあった。



胸の奥が張り裂けそうになりながら、ぼくは再び手を伸ばした。届かない。あと少しなのに、距離が縮まらない。風は冷たく、光はまぶしく、指先がかすかに震えた。



その瞬間だった。

ぼくの視界が急に暗転した。

世界のすべてが、すぅっと沈み込むように消えていった。


──静寂。






次にぼくが気づいたとき、部屋は静かだった。鼻に触れるのは布の香り、耳に届くのは涙をこらえるような、小さなすすり泣き。



ぼくは重い瞼をゆっくり開けた。

視界には母――ルーネの顔があった。涙に濡れた頬、震える唇、そして何より、ぼくの手をしっかりと握っているその姿が、強く心に焼きついた。

「ラクス……ラクス……よかった……」



母の瞳は泣いているけれど、そこには安堵の色もあった。ぼくは、自分の指先に少し力が戻っていることに気づいた。身体はまだ重い。でも、母の手が温かくて、心は不思議と落ち着いていた。



夢のことは、全部覚えていた。

空を飛んだこと。焦っていたこと。仲間たちが叫んでいたこと。

そして……なにか大事なものを取り戻したいと思っていたこと。



(あれは夢だったのか……?)

記憶ではない。だけど、幻とは思えなかった。ぼくの中に、空の振動と風の感触が確かに残っている。

あれは“知っている感覚”だった。今までずっと忘れていたものが、ぼくの魔力の奥底で眠っていたのかもしれない。



母は何度も、ぼくの体をさすった。冷たくなった肌を少しでも温めるように、手のひらで背中と胸を優しく包んでくれる。

(ありがとう……)

言葉にはならない。けれど、気持ちは確かに伝わっていると思った。母の涙が、ぼくの頬にぽたりと落ちた。その熱さが、心を照らした。




ぼくは、夢の中で見た“翼”の感触を思い出していた。あれは……現実だったのか? 幻だったのか?自分にはわからない。ただ、ひとつだけ確信している。ぼくは、空に還る者なのだ。



そして今、母の腕の中にある命の温もりこそ、空よりも確かなものなのだと。



その夜、ぼくは再び目を閉じた。あの夢の続きを見るためではなく、母のぬくもりを覚えて眠るために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ