第二章 狂おしい程に優しくてⅠ 影の少女と夏色ワンピース
『徒影』は世界のバランスを保つ為、人の影を喰らう悪い『影獣』と日夜戦い続けている正義の味方だ――などという話は、全部鴻上梓が勝手に抱いたくだらない幻想だった。
『徒影』が戦う理由は徹頭徹尾自分のため。彼らは自分の為にしか刃を振るえず、立ち止まる事さえ許されない。自分以外の他者は全てが敵。馴れ合いなどそこには存在しない。
なぜなら、『徒影』が影獣を狩る事を辞めてしまえば、そこに待つのは『影獣化』という救いのない現実だけだから。
『徒影』は『影断ち』に影獣を封印し、その『影断ち』の力でもって影獣と戦う。
『影断ち』を使用するには『影力』と呼ばれる力が必要で、通常それは『影断ち』の中に封印された『影獣』から供給される。
……ここまではいい。問題はここから。
『徒影』は『影断ち』の中に影獣を封印している、が。その封印は完璧な物ではない。
あえて綻びを作る事によって、そこから漏れ出す影獣の力そのものや彼らがその身に宿す『影力』を利用できる作りになっているのだ。
だがそれは『影獣』側が『徒影』側に干渉できるチャンスが残されているという事でもある。
そう、例え封印状態であろうとも、影獣は自分を封印した『徒影』の影を食べる事ができるのである。
それを防ぐ方法は一つしかない。影獣に『餌』を与え続け、常に満腹にし、奴らが空腹になる事を防ぐ。
その為に、影獣が封じ込められた『影断ち』で他の影獣を斬って斬って殺しまくる。
『影断ち』を使用する為の『影力』の供給は、もちろん中に封印された影獣持ちだ。つまり、『影断ち』を使えば使うほど影獣は己の影力を消費しその腹を減らす。
結果、使用影力以上の餌を供給する事ができなければ、『徒影』自身の影がその代償として食われてしまう。
そして当然、影が全て食い尽くされればそこに待っているのは無慈悲な『影獣化』。
だから『徒影』は、戦って戦って戦い続けるしかない。それしか生き残る道は、自分が自分であり続けられる道はないのだから。
それに例え影獣を殺して殺して殺し続けたとしても、時間経過と共に経年劣化のように影獣に食われた部分から影は少しずつ剥離し消滅していく。つまりは『徒影』という存在は何をどう足掻いても最後の最後には『影獣』へと成ってしまうのだ。
救いなどない。
『徒影』の未来には、『影獣化』の道しか残されていない。
それでも、縋るように戦い続けるしかないのだ。
これはいわば延命の戦い。みっともなく恥を晒し、泥を啜ってでも一秒でも長く生き延びようとする生の亡者達の戦いだ。
自分意外の『徒影』など、同じ獲物である影獣を狙う邪魔な存在でしかない。
『掟』で徒影同士の戦闘が禁じられているのは、そうしなければ顔を合わせる度に獲物を巡って殺し合いが起きるからだ。
そして、考えてみれば『徒影』が『影断ち』で『影獣』を斬る事ができるのは当然だ。
だってそれは突き詰めてしまえば、影獣が影獣を食べているだけなのだから。
開示されてみれば実に簡単なギミック。
簡単すぎて笑ってしまうほど悪意に満ちた掟で、世界は支配されていた。
生き残る為、『影獣化』という死よりなお悍ましい恐怖から逃れる為に、永遠と影獣と戦い続ける。
終わりのない闘争を約束された者。世界から浄化装置としての機能だけを求められた、哀れな影の使徒。それこそが――『徒影』。
これが鴻上梓の知った、『徒影』という存在の真実だった。
そして今――徒影になってから五日目――鴻上梓は『徒影』である事を完全に放棄した。
――戦えない。
戦えない戦えない戦えない戦えない!! あれとは戦えない。戦いたくない、ではない。戦えない。
鴻上梓は、影獣と戦う事なんてできない。できる訳がない。
天羽茜が語った『徒影』の残酷な現実も、浄化装置としての生き様もその末路も、そんな些細な事はどうだっていい。
論点はそこではない。違う。本当に問題なのは、そんな事ではないのだ。
とにかくはっきりと一つ、分った事がある。
鴻上梓では、影獣を殺す事ができない。
それが、今日の朝を迎えるまでに鴻上梓が叩き出した、最終的な結論だった。
天羽茜とは決別した。
だがそれも当然だろう。全て悪いのは梓だ。
茜は、右も左も分からなかった梓に手を差し伸べてくれた。不安と恐怖の中から救ってくれた。そして、『徒影』となってからも彼女なりに必死で梓を導いてくれようとしていたのだ。なのに。
その手を振り払ったのは、他の誰でもない鴻上梓だ。
☆ ☆ ☆ ☆
時刻は数日前に遡る。
土曜の休日。身を溶かすような鬱陶しい日差しの中、公園のベンチに座ってアイスを舐める。
冷たい物を頬張りながら汗を流す、こんな贅沢が許されるのも、こっちの世界が何事もなく回っている証拠だ。
いつものスルメからコンビニで一本一〇〇円のモーモーミルクアイスにシフトチェンジした茜は、アイスを口に咥えたままだらりと脱力して空を見ていた。
基本、『徒影』は食事を必要としない。『徒影』になった時点で身体の成長も老化も止まるし、空腹感も特に感じなくなる。栄養を摂取する必要がないのだ。
だから本来必要のない食事は、『徒影』の数少ない娯楽の一つなのである。
ぼーっと、吸い込まれるように青い空を見上げる。何も考えたくないのに、何も考えないようにしようと思えば思う程、嫌な事ばかりが嫌がらせのように頭をつく。
中でも特に考えてしまうのが、一昨日の出来事だった。
「馬鹿だなー、アタシ……」
――絶賛自己嫌悪中。
感情に任せて物を言い、後になって後悔する。それは、何の力も無い人間の頃から変わらない天羽茜の悪い癖であった。
鴻上梓に告げた言葉は決して嘘ではない。『徒影』が自分自身の為だけに戦い続けるというのも、戦い続けなければ影獣化してしまう、という話も、その全てが真実だ。
だが、真実だからこそ、あんな風に自分の感情に身を任せた、ヒステリックな伝え方をするべきではなかった。
もっと慎重に丁寧に扱うべき問題だった。
だって、あの子はまだ徒影になってたった二日しか経っていないような状況だったのだ。
一寸先さえ見通せない中で、未来への不安と恐怖で一杯だったはずだ。自分の時はどうだったか考えてみろ。
いきなりあんな残酷な事実を突き付けられて、ショックを受けないはずがないだろう。
真実は優しくなんかない。いつだって嘘よりも酷く残酷だ。
だからこそ真実はその使い方を誤れば、人を傷つける凶器になってしまう。分かっていたのに、抑えられなかった。
自分が否定しようとした自分を肯定しようとしたあの少年の言葉が、茜の心の触れられたくない部分にあまりにも優しく触れようとしたから。
「……結局アタシはあの子の感情より私の感情を優先した」
……天羽茜は天羽茜が嫌いだ。
暴力を憎んでいた癖に、暴力以外の解決策を知らない自分が嫌いだ。
憎み蔑んでいた人間と、本質的に同じ事しかできない自分が嫌いだ。
嫌いだ。嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い……。
そしてなにより、こんな身体になってまでのうのうと生き続けている自分の、その醜い自己愛が、どうしようもなく嫌いだ。
「アタシは、優しいだなんて言われるような人間じゃない……誰かを助ける事なんて、できる訳ない。だって、アタシは……暴力しか知らない……アタシはアタシしか愛せない……」
あの日以来、茜は鴻上梓の元を訪れていない。一方的に自分が悪いと分かっている以上、顔を合わせ辛い。
こんな自分可愛さゆえの臆病さも、茜が茜を嫌いな要因だった。
今心配すべきは鴻上梓の事なのに。自分のくだらない感情と都合で、彼を放置してしまっている。師匠が聞いて呆れる。
こんな出来損ないの半人前の『徒影』に、新人を導く事など本当にできるのだろうか。
「きっと、怖くなっちゃったわよね。……アタシが、しっかりしてあげないといけなかったのに。こんなんじゃ、師匠失格よね……」
独りでいるとますます気が滅入る。でも、だからと言って天下孤独な『徒影』である茜には話し相手はおろか休日を共に過ごせる相手などいるはずもなく――
「――なにが失格なの?」
「ぴゃっ!?」
突如、青空で埋まっていた茜の視界に、女みたいな可愛らしい顔をした少年の童顔が一杯に広がった。
驚いた茜は叫び声を上げながら反射的に跳び上がって。
結果、ベンチの背に寄り掛かって頭上を見上げていた茜の顔と、そんな茜を上から覗き込むようにしていた少年の顔とが急接近して……ごぢんっ! と、額と額が正面衝突した。
「痛っ!? ……ってかアンタ、何で……」
ベンチの後ろで額を押さえて悶絶する少年――鴻上梓を見て、茜はそんな疑問の声を上げた。対して涙目の鴻上梓は、何を気にしたような素振りもなく、
「え? 何でって、茜が公園にいるのを見かけたから……だけど?」
どうして疑問を持たれるのか分からないとばかりに首を傾げて、まるでそれが当然の事であるかのように、そう言ったのだった。
べっどりとこびり付いたアイスをどうするか考えなければならないのだった。
「べ、別にこれくらい平気だって……」
「いや、でも流石に女の子がこのまま街を歩くのはどうかと思うよ?」
アイスを口に咥えている時に口を開けば、そのアイスが零れ落ちるのは自然の摂理だ。
そんな訳で、唐突すぎる梓の出現に驚いて奇声を上げた茜の口に咥えられていたミルクアイスは、かなり絶望的な有り様になっていた。
簡単に言うと、地面に落ちて蟻さんの餌確定である。が、そんな事よりも由々しき問題が今この場で生じていたのだった。
茜の胸を(気休め程度に)覆い隠している黒のサラシに、べっとりと牛乳系アイスのクリームがこびりついてしまっていたのである。
何というか、幼い少女の黒のサラシに付着した乳白色のべとりとした液体……この字面だけで、犯罪臭しかしない。
「……というか、そもそもサラシにジージャンっていうのが、もう僕はおかしいと思うんだけど。おへそもお腹も丸見えって女の子としてどうなのさ」
「べ、別にいいじゃない! こっ、これが一番動きやすいのよ……。 それに、女の子って……アタシ『徒影』だしそういうの関係ないし……」
「……ええっと、その。恥ずかしくないの? 常識的に考えて」
「アンタにその無神経な問いかけされるまでは恥ずかしいなんて思った事なかったわよ!」
若干ヤケクソ気味に叫ぶ茜は、夏の暑さにやられているのか顔が真っ赤だった。
そんな様子に梓は心の心配事項メモに熱中症を追加しておく事にした。水分補給は大事なのだ。
何にしてもこのままの状態にしておく訳にはいかない。
梓は、うーんと、何かを思考するように唸って、それから閃いたようにポンと手を打つと、
「そうだ! じゃあ、買い物行こうか」
「は? え? 何言って……」
「実はこれから瑞葉ねえのバイトがてらショッピングモールに洋服を見に行く約束をしててさ、この先のバス停で待ち合わせなんだ。茜は……見るからに暇そうだし。折角の機会だ。いつかは瑞葉ねえにも紹介しなきゃとは思ってたしね、よし行こう!」
言うが早いか梓は茜の手を掴むと、少女の小さな身体を引きずるようにして走り出した。
「ちょっ、まだ行くなんて一言も言ってな……っ、ていうかアンタ、いつものナヨっちさはどこ行ったのよ!? さっきからちょっと強引すぎないーっ!?」
☆ ☆ ☆ ☆
感激の涙を目尻に溜める瀬戸瑞葉に手をぎゅっと握られ、天羽茜は困惑していた。
「私の知らぬ間に、あの梓にこんなに可愛い女友達が……成長したんだね、梓。……ああ、手のかかる弟が巣立っていくような感覚。お姉ちゃんは何だか嬉しいような寂しいようなだよ。……茜ちゃん。梓は弱虫で泣き虫だけど、優しくてイイ子なの。だから、ね? これからも梓と仲良くしてあげてね?」
「……瑞葉ねえは僕の事を何だと思ってるのさ。友達くらい、別に一人でも作れるよ」
「そんな事言って、梓ってば。一学期の始めの方はクラスに友達一人いなかったじゃない」
「それは、隣のクラスには瑞葉ねえが居たし、それに六月頃には友達だってちゃんと……」
「そんな梓が他校の女の子と仲良くなるなんて、大きな成長よ。今日はお赤飯かしらね~」
「も、もうっ。いちいち大袈裟なんだよ瑞葉ねえは……」
集合場所に知らない女の子を連れてきた梓に、瑞葉は最初この世の終わりが訪れた幻覚を見たかのような、驚愕と混乱に満ちた表情を浮かべていた。
しかしそれも、梓が茜の事を塾で偶然仲良くなった他校の子だと紹介し、ここに来る途中に偶然会ってアイス事件が発生して折角なので替えの洋服を買う為に同行を勧めたという経緯を説明すると、警戒心を一気にそぎ落としてこんな感じになっていた。
勿論、同行も即刻オッケーである。
「い、いや。あの……アタシ、別に、こんなのと仲良くなんか……」
茜はというと、予想外に好意的にぐいぐい来る瑞葉に困惑し、何やらボソボソと呟いているが、取り合って貰えそうになかった。
「さ、それじゃあ行きましょうか茜ちゃん。女の子がお腹やおへそを出すのも、あまり良くないと思うし。お姉ちゃんが可愛いのをばっちり選んであげるから。ほら、行こ?」
人懐っこく微笑んで茜の手を引く瑞葉。
いつもの勝気な茜はなりを潜めて、どこか照れるように視線を逸らしながらも、自分の手を包む感触を拒絶しようとはしなかった。
近所のショッピングモールへは最寄りのバス停からバスに乗って十分足らずで到着した。
買い物慣れしている瑞葉の力もあって、茜に合う店もすぐに見つける事ができた。
店員さんも最初は茜の半裸じみた格好に引き攣った笑みを浮かべていたが、すぐさまプロ魂を発揮して、何事もなかったかのように接客を再開したあたりは流石と言うべきか。
「色々と納得いかない所はあるけれど、それにしたってこれは納得がいかない……」
瑞葉と梓が見繕った良さげな洋服を山ほど押し付けられて、茜はぶすっとフグみたいに頬を膨らませていた。
子どもみたいにへそを曲げている茜は不機嫌な猫みたいだ、と梓は思った。
「なんでアタシがキッズ用コーナーで洋服を買わなくちゃいけないのよ……」
「だって、茜はどっからどう見ても小学生だし……」
「失礼ね! これでも一応身体は十四歳よ!」
「ご、ごめんごめん。分かったよ。じゃあ訂正する。……だって茜はどう見ても小学生の幼児体型だし……」
「んぬぐぐ……ムッカツク~~~ッ!! このっ、バカ! アタシの……その……見て、興奮してた癖に……!」
「……ええっと、その発言は色々な誤解を生むっていうか、こういう場で茜ちゃんてば大胆すぎって言うか……そもそも言ってる本人が一番顔真っ赤ってどうなのさ」
「な、なによ! あああんたが悪いんじゃない! っていうかちゃん付けするなーっ!」
「いや、ほんと。無理しない方がいいよ? 自分で自分の黒歴史を掘り返す事はないからね」
「ていうか何でアンタが一番落ち着いてんのよ! 納得できない!」
あははーと適当に笑って受け流す梓と、鼻息荒く憤慨する茜。
実は梓は内心心臓バクバクなのだが、変に慌てると茜の発言が事実だと周囲に認めているのと同義である為、ここはポーカフェイスに徹する。
年下の少女の裸を見て興奮したという評判が独り歩きし出したら、高校一年生男子としてはもう色々絶望しかないのだ。
「ふふ、二人はホントに仲がいいわね。お姉ちゃん妬いちゃうかもだ」
と、選んだ茜の洋服を沢山抱えてやってきた瑞葉が、ギャーギャー言い合う二人を見て嬉しそうに笑う。
それからお得意の世話焼きスキルを発揮して持ってきた服を茜に押し付けるように試着室に突入し、茜の悲鳴をバックミュージックに強引にお着替えをさせると、
「うん。やっぱり可愛い服が似合うわねー、茜ちゃん。私はこういう可愛い服はサイズがあんまりないから着れないし、ちょっと羨ましいなー」
「どど、どこ見て言ってんのよこのっっ!?」
「大丈夫。サイズだけが女の子の武器じゃないわ、茜ちゃん」
満足げに頷き、茜のとある部分を微笑ましげに眺める瑞葉に、茜が真っ赤になってキレ気味に叫ぶ。
瑞葉はそれをさらりとあしらって、まるで大人とそれにじゃれつく子供だ。
そんな二人のやり取りを見て、店員さんが思わずと言った感じで軽く吹き出した。それにつられるように、梓に、そして瑞葉、最後に少しだけ茜にも――笑顔が伝播していった。
屈託のない笑顔を浮かべる茜は、それだけを見ていると年相応の女の子にしか見えなくて、それは鴻上梓の知らない天羽茜の姿でもあった。
「じゃあ、次は梓が選んだのを着てみましょうか」
「ちょ、待って。アタシはまだこんなの着るだんなて一言も……そもそも欲しくな――」
「まあまあ、僕だってちゃんと茜に似合いそうなのを選んだんだ。とりあえず着てみてよ」
往生際悪く未だに抵抗の意志を見せる茜。そんな少女の様子に梓が瑞葉に目配せをする。
静かな首肯が一つあって、瑞葉はイタズラげに微笑み往生際悪く逃げようとする茜を背後から羽交い絞めにして確保すると、そのまま手際よく試着室へと連行していく。
茜の悲鳴をバックミュージックに、少女の着せ替えファッションショーが本人の意志とは無関係に再び開催されたのだった。
「はい。これで良しと。……可愛い、凄い似合ってるわよ、茜ちゃん」
しばらくすると、瑞葉のうっとりしたような声と共に試着室のカーテンが開かれた。
爽やかな清涼さを感じさせる白が、視界一杯に飛び込んでくる。
恥じらいの表情。少女は自分に向けられる視線が耐えられないのか、頭に被った麦わら帽子を少し深く被り直す。
「じ、自分で選んでおいて、そ、そんなびっくりしたような顔で呆けないでよ。馬鹿……」
「……あぁ、ごめん。そうじゃなくて、凄い、似合ってると思って。茜にぴったりだよ」
茜は、至ってシンプルなノースリーブの白いワンピースに身を包んでいた。
何の飾りもないそのシンプルさはしかし素材を引き立てて、天羽茜という少女に魔法を掛ける。
ノースリーブの肩から覗く、健康的な腕のラインが眩しい。
自己主張の控え目な胸の膨らみが、少女的な愛らしさを白のキャンバスに描き出す。
今までの他者を威嚇し威圧するような棘とげしさは無く、見ているだけで小川のせせらぎと彼女の笑い声を想起させるような、そんな柔らかさを印象づける。
『徒影』として、誰よりも強く、孤独に戦い続けなければならなかった彼女は、きっと虚勢でもハッタリでも自分の強さを誇示するしかなかったのだ。
でも、こうしていればなんて事はない。
やはり彼女は他の皆と何ら変わらない。気が強くて口が悪く多少強引で、でも意外な事に予想外の方向からの押しには弱かったりする、そんな何処にでもいるただの女の子でしかないのだ。
梓はそう確信する。
黒のサラシにジージャンスタイルと比べて、明らかに露出は減ったはずなのに、茜はやはり恥ずかしげに自らの身体を搔き抱いていた。
その普段とのちぐはぐさが何だか面白い。
色々と試してみたが、やはりこれが一番彼女に似合っている。うん。間違いない。
何度も頷く梓に対して茜はやはり落ち着かないのか、やけにそわそわとしながら、姿見に映っている自分と、現実の自分とを何度も見比べたり、スカートの裾をびよんびよんとひっぱったりしていた。
店内はしっかりと冷房が効いているはずなのに、茜の顔は真っ赤だ。
やはり熱中症なのだろうか?
「やっぱり。に、似合わないわよ。こんなの……」
「そんな事ないよ。ちゃんと似合ってる」
断言できる。伊達に梓は瑞葉の買い物に何度も付き合ってきた訳ではないのだ。
同意を求める梓の声に、瑞葉もにっこり微笑んで頷く。
「もっと自分に自信持っていいのよ、茜ちゃん。アナタはとっても可愛い女の子なんだから」
「……よ、それ……」
ぎゅっと、縋るように下げた麦わら帽のつばが邪魔をして茜の表情は見えなかった。
けれど、きっと嫌な顔はしていない。そう思った。




