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第一章 影と獣と人間喪失Ⅲ 再突入、裏影界

 『(えい)()』なる物を『徒影(トカゲ)』は誰しも使えるものらしい。


 『影歩』とは文字通り影や影の中を歩く技術だ。

 『裏影界』に入る為には『影歩』が必要で、『徒影』として生きていく為には『裏影界』に入る事は絶対に必須、『徒影』になった者がまず真っ先に習得すべき技術なのだそうだ。そして基本中の基本であるが故に『影歩』は奥が深く、発展すると影から影へ瞬間移動のように瞬時に移動したり、コンビネーション技で互いの位置を瞬時に入れ替わったり、様々な応用が利く技でもあるらしい。

 『影歩』を極めたモノは『徒影』を極めるとも言われていると何とか。


 練習という名のぶつけ本番で最初の二、三回は盛大に失敗してアスファルトに激突した梓だったが、四、五回目でコツを掴み、十五回目で何とか無事成功した。

 感覚としては、影の中を歩くと言うより影の中に落ちて潜り込むというような感じだ。

 すっと、意識を薄くし、地面と影との隙間に自分の身体を滑り込ませる……そんなイメージ。


 どちらにしてもとんでもなく感覚的な話の為、正直説明しろと言われて出来るような物でもない。

 自転車の漕ぎ方を具体的に説明しろと言われても困ってしまうのと同じだ。

 ようは理屈ではなく感覚……身体で覚えればいい。


「さて、今日はちょっと遠出するわよ」


 裏影界に入ってすぐさま茜はそんな事を言った。


「色々教えなきゃなんない事もあるしね。アタシが戦うのを見せてもいいけど、解説役がいないと結局意味ないし。だから少し危険だけど、他の徒影の狩りを見学させて貰いましょう」


 茜以外にも徒影がいるのか……などと言う質問は口に出す直前で何とか呑み込み踏みとどまった。

 よく考えれば当然だ。なにせ、鴻上梓でさえ徒影に成れてしまえたのだ。まさか自分が例外的に誕生した世界で二人目の徒影などと自惚れた事を考えるつもりはない。

 茜みたいな子が、世界で唯一の『徒影』だと言われたならまだ説得力があるが、梓のような凡愚にそんな特別性は無い。


 『裏影界』は現実世界――徒影達の間では『人間界』と呼ばれているらしい――と、似て非なる違和感だらけの世界だった。

 まず一つ。茜や梓以外に人が誰もいない。

 民家の中を覗けば、空腹を刺激する香ばしい匂いと湯気の沸き立つ食事がテーブルに並んでいる。ついさっきまでゲームをしていたのだろうか、据え置き型ゲーム機の繋がれたテレビは電源が付けっぱなしだ。生活感に溢れた室内。にも関わらず、本来そこにいるハズの住人の姿だけが見当たらない。

 まるでついさっきまでそこに居た全人類が、不意にどこか別位相へと消し飛ばされてしまったかのように。


 あまりにも突然過ぎる世界終末。

 そんな非現実的な物語(フィクション)を見ているような気分だった。

 おかしいのはそれだけではない。

 次に梓が気が付いたのが街中の看板や標識だ。

 その全てが文字化けしてしまっていて、とてもじゃないが読み取る事ができなくなっている。芸の細かい事に、コンビニに置いてある新聞紙や雑誌さえも文字化けしていた。

 他にも、よくよく目を凝らしてみると、人間界にあるものとは若干ディティールが異なっていたり、間違い探しみたいに部分部分が微妙に違っているのだ。

 そして最後に一つ。裏影界に入る前の時刻はまだ昼の十二時前くらいだったハズなのに、こちら側の空は墨汁で塗りつぶしたような不気味な黒一色に染まっていた。

 月まで浮かんでいる有り様だ。


 茜曰く、裏影界と人間界とでは時間が真逆になるらしい。

 つまり、裏影界での今の時刻は深夜の十二時前という事だ。

 梓の前を行く茜はビルからビルへと容赦なく跳び移り、かなりの速度で移動していく。

 徒影になりたての絶賛新人中たる梓への配慮など、微塵も感じさせない。


(……けど、その動きに何とか付いていけちゃってる僕って、一体どうなんだろうか……)


 基本的に体力に自信がなく、運動が苦手なはずの梓だったが、まるで曲芸師のような茜の動きにもなんとかついていく事が出来ている。

 学校での件といい、『徒影』になった人間は身体能力が異常な程に上昇するものらしい。


「さて、着いたわ」


 前を走って――というか跳躍していた茜が、とあるビルの屋上でその脚を止める。

 現実世界……『人間界』の地理と照らし合わせると、軽く二十キロほど進んだだろうか。


「ギリギリアタシの縄張りの外ってとこね」

「縄張り……? そんな物があるの?」

「そ、『十の影の掟』……言いにくいから『徒影の掟』で通す事の方が多いんだけどね。とにかく、その『掟』でアタシら徒影同士の戦闘は基本的に禁止されているのよ。で、極力無駄な接触と戦闘の発生を避ける為に、それぞれが縄張りを決めてそこを独自の狩場にしているって訳。獲物の競合が起きないようにね。他に九つの『掟』があって、それを破ると身体の一部位を欠損するうえ指名手配されたりと、まあ色々細かいルールがあるわ。ま、『掟』についてはおいおい話すとして、今はこっちに集中なさい。少しでもこっちに入ってきたら尻蹴っ飛ばしてやる所だけど……。ほら、あそこ。見てみなさい」


 クイっと彼女が顎で指し示した先、地上で男と全長一〇メートルはあるであろう巨大なカナヘビのような影獣とが殺気を滲み出させて対峙していた。

 徒影と影獣の戦闘。梓がそれを見るのは、これで二度目だ。


 その手に大きな鎌を持った男は、間合いを測るようにじりじりと影獣との距離を詰めている。

 対する影獣は、チロチロと舌を出したり引っ込めたりしながら『徒影』の男を観察するように、微動だにしない。この距離から見ていても、緊張感が高まるのが分かる。

 そして、


「動いたわね」


 先制を取ったのは、大鎌の男だった。

 右斜め前に大きく踏み込むと、男はそのまま横薙ぎに鎌を振るう。が、短い。鉤爪型に曲がった刀身の内側に刃がある鎌で決定打を与えるには、ある程度の距離まで近づく必要がある。鎌の間合いはその見た目に反してそこまで長くは無いのだ。

 己の得物の特性を見誤ったのか、男と影獣とは少しばかり間合いが開きすぎていた。男の攻撃はカナヘビ型の影獣には届かない……はずだった。


「鎌の柄が……伸びた……!?」

「そ、あれがあの男の『影断ち』の『(しん)(めい)解放(かいほう)』時の力って所ね。リーチを操作する力。特別強力って訳でもないけど、シンプルで扱いやすい。極めれば強いし、そうでなくても十分戦える。ま、ビギナー向けね」


 『真銘解放』……確か、茜の『影断ち』が太刀から双剣へと変わった時に発していた言葉だ。

 この男の場合は大きな鎌、という事は、真銘解放時の『影断ち』の形状は『徒影』個人個人によって変わる、という事なのだろうか。


「じゃ、あいつの戦闘でも見ながらおさらいでもしましょうか。そもそも『影獣』ってのが何なのか……なんて話を始めると時間が足りないから、ざっくり行くわね。要するにあの影の化け物共は、人の影を食って世界の陰陽(いんよう)のバランスを崩す害獣って訳。誰かが退治しないと、それこそ最終的に世界を壊してしまうような類の、ね」


 鎌による斬撃で尻尾を切り落とされたカナヘビが、甲高く耳障りな咆哮を上げる。スタン効果でもあったのか、それとも一撃与えたことによる慢心か、鳴き声に怯んで一時的に男の動きが鈍る。そしてその隙をカナヘビは見逃さなかった。切断された尻尾がジタバタと一人でに動き、大鎌の男へと凄まじい勢いで突っ込んでいったのだ。

 意識の外側から超重量の突進を受けた男の身体が吹き飛び、轟音と共に手近なビルに大穴を開ける。


「だから、その害獣どもをぶっ殺して世界のバランスを取る役目を担っているのが、アタシ達『徒影』って訳。『徒影』がどうやって誕生するかは……アンタももう知っているわね」


 間を開けずにすぐさま大穴から飛び出してきた『徒影』の男と影獣との熾烈な戦いが、再び再開される。見る限りでは実力は拮抗している。どちらに勝負が傾くかは、現段階では判断しようがない。


「もしかして、僕みたいに『影獣』に影を食われた人が……?」

「そ、自分の影を食った影獣を『影断ち』に封印する事でのみ、人は『徒影』になることができる。でも影を食われたその全員が『徒影』になれる訳じゃないの。『徒影』になれる資格を有するのは、影を食われた時に『影獣』を見る事が出来た者だけ。……アンタやアタシみたいにね」


 要するに、影獣を見る事が出来る人間は限られている、という事。

 しかも見る事ができる人間も、自分の影が影獣に食われない限り影獣の存在を知覚する事はできないのだと言うから驚きだ。

 梓はその説明を聞いて腑に落ちた事が一つあった。

 だから茜はあの時、『アナタはまだ運がイイ方だ』、などと言っていたのだ。

 梓は、影獣を見る事ができた……つまり、徒影になる資格のある人間だった。

 では、もし梓が影獣を見る事ができていなかったら? その時は一体どうなっていたのだろうか?


 ホットパンツのポケットから新しくスルメを取りだした茜は、口の端にそれを咥えると実につまらなそうな顔で梓の疑問に答える。


「ま、予想は出来てると思うけど。影を食われた時に『影獣』を見れなかったヤツ……つまり『徒影』になれない人間の末路は割と悲惨ね。影を食われた時点で、精神はゆるやかに崩壊し始める。殺人、詐欺、誘拐、クスリ、放火、窃盗、自殺、強姦、近親相姦までなんでもあり。最近狂ったような事件とかよくニュースでやってるでしょ? 親が子を殺すだの子が親を殺すだの、連続通り魔殺人とか連続失踪事件とかもよく聞くわね。……一部では『魔が差した』とか言われたりもするけど。あれの半数以上は『影獣』に影を食われて頭が狂った人間の犯行よ。本来ならそんな事は絶対しないような心性の人間の、ね。んで、影を完全に食い尽くされた時点で、その人間は心臓が止まって肉体的には死亡。精神は崩壊して魂は成仏する事さえも許されずに影獣化……。ま、基本救いはないわ」


 どう、案外簡単なもんでしょ? とスルメを食べる……というより飴のようにしゃぶりながら茜は梓の方をチラリと冷めた目で一瞥した。


 ……ちょっと待ってほしい。 

 軽々とここまで言ってのけた茜だが、今の話にはとんでも無い内容が含まれていなかったか? 

 絶対に無視してはならないような、そんな言葉が。


「え、ちょっと待ってよ。精神の崩壊? 影獣化? それって、それじゃあ、あの化け物は……元は人間だったって事?」

「案外察しが悪いのね。そうよ。影獣に影を食い尽くされた人間は、もれなく奴らの仲間入りって訳。目に見えない、存在に気づきもしない吸血鬼なんて、とんでも無く性質が悪いわ。吸血鬼映画のハリウッドスターもお手上げね。……ん? ハリウッドならゾンビかしら?」


 今日何度目かも分からない今日一番の衝撃に頭を打たれ、梓はパクパクと口を開閉する事しかできなくなる。

 だって、こんな馬鹿な話があるか? 『徒影』は世界のバランスを守り、悪い影獣を倒す存在だ。なのに人の影を喰らう悪の権化たる影獣が、元は何の罪もないただの人間だった?

 だって、そんなの。そんな話があっていいのか? 

 『徒影』とは、世界のバランスを脅かす悪い影獣を退治する正義の味方ではなかったのか? 

 それなのに、徒影が殺すべき敵が何の罪もないただの被害者だったなんて……。


「これじゃあ、まるで人殺しだ……」

「馬鹿ね、そんな事考えてたらアンタ真っ先に死ぬわよ。だいたい『影獣』に影を食われるような人間に碌なヤツはいないわ。影獣が好むのは『陰の気』に偏った影。つまりね、どんどん募穴を掘ってネガティブな思考に陥るような大馬鹿が大抵食われるのよ。ドン底から這い上がろうとする意志も無いような、自分こそが不幸の最上級だって勝手に決めつけて何の努力もせずに絶望してるような、そんなくだらない負け犬ばかり。ホント、馬鹿みたい」


 くだらない。碌なヤツがいない。

 茜は影獣に影を食べられた哀れな被害者達を、そう評して蔑んだ。その声色からは彼らを憎んですらいるように感じる。

 けれど梓には、その乱暴な言葉を言った彼女自身が一番その言葉に傷ついているように思えてしまったのだ。

 まるで、自分自身を戒めるような、自傷と自虐の言葉に。

 瞳に複雑な色を湛えている茜の顔を、思わず覗き込む。


「……アタシ達も一緒。アタシらと影獣になっちゃった奴らとの違いなんて、大きな『自己矛盾』を抱えていたか否かでしかない」

「自己矛盾……?」

「ええ、己の中で莫大に膨れ上がった陰の気……マイナスな感情やネガティブな思いを、覆す事が出来るような強い思い。自分を否定しながら肯定するような、自己矛盾。そんな歪に捻じ曲がった気持ち悪い人間だけが、『徒影』になれるの。……アンタやアタシみたいにね」


 どう、『徒影』ってやつは本当に碌でもないでしょ?


 そう皮肉気に口を引き裂き笑う茜は、自嘲するようにそんな事を言った。

 短い付き合いの中で梓が見てきた茜は、いつも強気で理不尽なほどの強引で、けれど凛々しくて男の梓から見てもカッコ良いそんな強い少女だった。


 けれど今の茜は、遠い国で迷子になって今にも泣き出してしまいそうな子供のような顔をしている。

 悲しげな、自分の無力さに打ちひしがれる子供のような、絶望した者の顔だ。

 ……それは、違う。

 うまく言葉にできないけれど。

 この子がこんな悲しい言葉を吐いてこんな顔をするのは、間違っている。


「僕は……、違うと思う」

「え?」


 こういう時、なんて声をかけてあげるべきなのか梓には分からない。でも、何か声を掛けるという行為が、その思いやりこそが、きっと大切なのだ。

 だから梓は、思った事をそのまま伝える。


「茜がどんな負の感情を抱えているのか、どんな矛盾を抱えているかも、僕には分からないし、きっと分ってあげられない。でも、茜は気味の悪い人間なんかじゃないよ。だって、君は僕を助けてくれたじゃないか。人を助けられる君は、くだらない奴でも、碌でもない奴でもない。少なくも僕はそう思う」

「やめて。アタシがアンタを助けたのは、アンタが偶然アタシの縄張り内で影獣に食われたから、そのうえ『徒影』の資格を持っていたからよ。アタシは『掟』に従っただけ。もしアンタが『徒影』になる資格を持っていなかったら、アタシはアンタを助けなかったわ」

「それでもだよ。茜はたとえ何かのルールに従って僕を助けただけだったとしても、僕は嬉しかった。救われた。そう思ったんだ。それに、かなり強引だったり、時々怖かったりはするけど、こうやって一生懸命僕に色々な事を教えてくれようとしている茜は、僕からしてみれば十分『優しくて』凄い人だ」


 茜は、懸命に首を振るう。

 何かを恐れるかのように。恐れを振り払おうと、繰り返し繰り返し首を横に振る。


「やめて。やめてよ。……違う、アタシは……。アタシはそんな人間じゃ……」


 茜の足が、たたらを踏むように一歩下がる。

 眼前では、大鎌の男と、カナヘビ型の影獣の戦いもいつの間にかクライマックスを迎えていた。

 この戦いで右腕を失ったらしい男は、切断面からドバドバと真っ赤な鮮血……ではなく墨汁のようなドス黒い液体を垂れ流している。

 一方の影獣の方も、尻尾を失い、胴体には無数の切り傷が刻まれていた。

 おそらく、あと一撃で決着がつく。が、梓達が両者の結末を見る事は叶わなかった。


「――ッ!?」


 のそり、と。

 梓と茜の眼前に真っ黒で無機質な存在が、殺意を振りまきながら現れたからだ。


「……ふんっ、獲物の匂いに釣られてやってきたか。……馬鹿なヤツね。そんなにアタシの餌になりたいのかしら」


 足音の主へ、茜はゆっくりと振り返ると鋭い視線でもって出迎えた。

 それは都合八本もの触手を躍らせた、ひょうたん型の化け物だった。

 現実世界でいうタコを黒で塗りつぶして、三百倍ほどに巨大化したナニカ。

 顔がどこについているのかも分からないのに、その巨体のどこかから突き刺さる視線だけで、梓は息が止まりそうになる。


 ガチリ、と。何かが切り替わる。

 茜は、またも何の収納スペースも無いジージャンの懐からのっぺりとした太刀を抜き取ると、鞘を投げ捨てるように乱雑に抜刀する。


 その瞳に、強い戦意と闘争心が宿るのを、梓も知覚した。

 空気が震える。

 先ほどまでの弱気さなど微塵も感じられない程の殺気を漲らせ、戦場の鬼と化した少女は口元に凄惨な笑みを湛えていた。


「……眠気を誘うつまらない講義の時間はお終い。こっから先は、殺し合いで学びなさい」


 タコのような姿をした影獣と、『徒影』としての圧倒的な力を扱う天羽茜。

 睨みあう両者の視線は真剣そのもの。

 それも当然。これよりこの場で行われるのは、命のやり取りなのだ。たった一手のミスが、小さな選択の間違いが、積み重なって致命的な敗北に繋がってしまうような、そんな繊細で予測不能な戦場。


 ピクリとも動かずに対峙する両者。真っ先に沈黙を破ったのは……タコ型の影獣の先制攻撃だった。まるで墨を吐くように、真っ黒で悍ましいナニカを吹き付けられたその瞬間。 

 茜の口が滑らかに動き言葉を紡ぐ。


「――(しん)(めい)解放(かいほう)。狩りの時間よ、起きなさい『(ねこ)()ぎ』……!」


 ボッ!! と、莫大な何かが少女の内側から巻き起こり、小柄な身体を呑み込もうとしていたドス黒い液体全てを巻き上げ吹き飛ばす。


 茜の身を包むそれは、またたく間に一陣の風へと変わり少女の身を包み覆い隠すヴェールと化す。

 視界が晴れるとそこには、二振りの双剣を持った『徒影』の少女が君臨していた。

 茜は視線を影獣から逸らす事なく、意識だけを一度梓に向けると、低い声で告げた。


「……それとね、子供みたいな幻想を抱いてるアンタに一つ教えてあげるわ。アタシ達『徒影』が戦い続けるのは、『正義』の為でも『世界』の為でも無い。影獣を殺すのも、徒影としての力を振るうのも、全部が全部自分自身の我欲の為よ」


 天羽茜は何も知らない幼い子供に現実を突きつけるように、突き放すようにこう続けた。


「アタシ達『徒影』は『正義の味方』なんかじゃない。『影獣』を殺して殺して殺し続けなければ『影獣化』してしまう、ブレーキの壊れた暴走列車。立ち止まる事は絶対に許されない。死ぬまで影獣を殺し続けるだけの存在、それが『徒影』。この世界にとってアタシ達はね、都合の良いただの『浄化装置』に過ぎないのよ」


 吐き捨てるような言葉の直後。爆発的な加速を得た少女が、たった一撃のもとに対峙した影獣を真っ二つに両断した。


 夜の裏影界に、漆黒の雨が降り注いだ。 

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