第一章 影と獣と人間喪失Ⅱ 異物混入・世界はそれでも回り続ける
夏の日差しが肌を焼く。
「あつい……」
色素が薄く、肌が弱い梓にとって、この時期の紫外線は天敵だ。
日焼けで肌が火傷みたいになるから、というれっきとした理由があって日焼け止めクリームを塗っているのに、女々しいだのオカマだの女もどきだのと周囲の男子にからかわれる。
そんな理由もあって、夏の陽射しばかりは好きになれない。
嫌でも気力を奪っていく陽射しに耐えながらカメのようにゆっくりと歩みを進める梓は、自分の僅か後ろを何食わぬ顔で――けれどスルメを食べながら――歩く少女に、無駄だと知りつつもこう問いかけた。
「ねえ、君」
「ねえ、でも。君、でもないわ。天羽茜。昨日名前教えたのに、もう忘れたの?」
「ええっと、天羽さん……」
「アタシ、その苗字嫌いなの。茜でいいわ」
「じゃあ、茜ちゃん?」
「……ちゃん付けとか舐めてんの? つーか面倒くさいわね! 茜で良いって言ってんだから遠慮しないでそう呼びなさいっての! ヘタレか」
逃げ道が完全にゼロになってしまい、梓は思わずため息をついていた。
「ねえ茜、どうして僕に付いてくるの?」
「なに? なんか不都合でもあるのかしら」
茜は梓の問いかけに興味もなさそうに、指先にサイドテールの先端をくるくると巻きつけて遊んでいる。
指遊びが好きなのかもしれない。
いや、単に梓に興味がないだけか。
「いや、そういう訳じゃないけどさ……」
「だったらいいでしょ別に。それに、アタシだって別に好きでやっている訳じゃないわ。アタシがこんな事しなきゃならない責任は、むしろアンタにあるんだから」
「ストーカーする側の言い訳みたいに最高にロックな責任転換だね……」
やる気も覇気もない返しにふん、と少女は鼻を鳴らして、
「だってアンタみたいな軟弱者、放っておいたらどこで死ぬか分からないもの。だからこうして見張ってやってんの。この教育係兼監督役の、このアタシがね」
「昨日からずっと気になってたんだけど、それはなんなの……?」
「要するに師匠と弟子の関係みたいなモンね、次世代に『徒影』という力を受け継いでいく為の教育管理システムみたいな物かしら。ま、そういう訳でアタシはアンタの『師』なの。アンタが死んだらドヤされるのは私なんだからせいぜい気を付けてよね」
「おせじでも僕の心配してるって言えないのかな……」
「あいにく、そんなオプション機能はないわ。実装したければ課金なさい」
「これ以上僕から気力を搾取するのはやめてよ……」
「とりあえずそうね……スルメ一年分とか」
「さらに色んな意味でげんなりしそうなんだけど……!」
例え明日、日本が滅びようが、世界の半分が氷漬けになろうが、変わらず明日はやってくる。
それが、昨日の騒動で鴻上梓が学んだ全てだった。
例えどこかの歯車が狂って、鴻上梓が今日学校に行けなくなるような未来がやって来ていたとしても、変わらずに朝日は昇るのだ。
母の死んだあの日みたいに。
(結局、生き残った……んだよな、僕は……)
結局何が何だか良く分からないまま、『影獣』の封印には成功した……らしい。
天羽茜からもらったあの太刀――『影断ち』という名称――の中に、梓の影を食べたあの兎の化け物は封印されている……らしい。
らしい、というのは、梓が未だに茜の説明を理解できてないからであって、全くもって実感も何も湧かないからである。
影獣を封印したその後の事は、正直よく覚えていない。
今日の朝、目が覚めた時には自分の部屋のベッドで横になっていたので、あの後何とか家まで辿り着いた事だけは確かだ。
梓は疲れの残る頭をフル回転させ、足りない記憶を埋めようとする。
(確かあの後は……)
……そうだ。あの直後、へたり込んで動けない梓を尻目に、急に目の前の少女が胸に巻いていた黒いサラシを取り外し始めたのだ。
確かに鴻上梓はこんな見た目をしているが、それでも間違いなく男の子だ。
だから当然、女の子が目の前で突然服を脱ぎ始めたら慌てふためくに決まっている。
『なっ、いきなり何してるの!?』
なんて叫びながら視界を掌で覆い隠すのも、一瞬確かに見えた少女の一糸纏わぬ裸体が脳裏に焼き付いて離れようとしないのは、思春期男子としてのサガである。
だからこの場合おかしいのは、
『何って、今の戦闘で汗搔いちゃったから取り換えるだけだけど……?』
などと極めて呑気な態度で、控えめな――けれど間違いなくある――胸を堂々と外気にさらしながらキョトンと首を傾げていた少女の方であって。
『だ、だからって、何も僕の前でやる必要がどこにあるんだよ!』
『は? なんで同じ女の前でわざわざ隠す必要があんのよ』
『……え?』
『……え?』
こんなやり取りを経てようやく事態に気が付いたらしい少女の顔が真っ赤に火照って、
『ま、まままっまさか、アナタ。お、男……?』
こくこくと、顔を覆いながら必死に頷く梓に、熟したトマトみたいになった少女は混乱しているのか今の状況を理解する事を放棄してしまったのか、絶賛ポロリ中の胸を隠す事も忘れて目を回して、
『ぶ、ぶぶぶ、ぶっ殺してやるこのヘンタイっ!!』
『なんで僕が……ッ!?』
どう考えても悪いことなどしていなかったハズの鴻上梓が、やり投げのように飛来した『影断ち』の鞘でぶっ飛ばされる事になった――ここまでが昨日の事の顛末。
こんな結末になったのは今でも間違っていると思うのだが、今更掘り返しても藪蛇過ぎるのも確かだ。あと、梓が男だと分かってから茜の態度が心なしか冷たくなった気もする。
……だいたい梓はあの時男子用の制服を着ていたのだから、それで男女の区別はつくと思うのだが、日夜戦いに生きる『徒影』は、服装やファッションに関しての意識がとんでもなく低いらしい。
そもそも相手の衣服を意識して見る事がないのだとか。
そう言われてみれば彼女の服装も、動きやすさに重きを置いた機能性重視の物だった。
あんなにお腹やおへそを出していたし、そもそも下着どころか胸にサラシって今時どうなのさ……と、そんな事をさらに重ね重ね思い出し――
「――ねえ。ねえってば」
「ッ!? なに? や、やましい事なんてななにも考えてないよ。ホントに」
「……あのね、アンタそれ自分にやましい所がありますよって自白してるのと同じだから。……てか、そうじゃなくて。アンタ、本当にこのまま学校に行くつもりなの?」
「そりゃ、行くに決まってるでしょ」
ジト目で聞かれて、梓は迷わず、何かに意地を張るようにそう即答した。
鴻上梓は十六歳の高校一年生だ。平日に高校生がやる事と言えば、学校に通うくらいしか選択肢が思い浮かばない。
ここでヤンチャな生徒なら選択肢に学校をサボる、のコマンドが入るのだろうが、生憎と鴻上梓は今まで一度も学校を休んだ事がない優等生なのだった。
とはいえ、『徒影』やら『影獣』やら訳の分からない事情に巻き込まれても変わらず学校に行こうとする辺り、自分の帰巣本能というか、いつもの日常に戻ろうとする力も相当な物だな、とは梓も思う
それでも梓の返答は、極めて常識的な物のはずだった。
だと言うのに、天羽茜は心底不思議そうに梓の顔を見つめている。徒影の少女は勝ち気な釣り目を真ん丸と見開いて、
「……変なの。もう人間じゃないのに、学校に行って何になるって言うの?」
「……!?」
ズキリ、と。胸の奥が痛んだ。
「だって、意味ないじゃない。人間でも無いアンタが学校に行って、それでどうするの? 後々自分が辛くなるだけよ?」
鴻上梓は『徒影』になった。
未だにその実感は全く湧いてこないし、『徒影』になるという事がどういう事なのか、そもそも『徒影』とは何なのかもよくは分かっていない。
けれどそれが、『徒影』になったという事実が、人の道から外れる事であるのは確かだ。
梓を救ってくれた目の前の『徒影』の少女のように、日夜『影獣』などという化け物と戦う日々なんて、梓には想像もできない。
自分にはそんな恐ろしい事は無理だという諦観もあるし、彼女のように誰かを救える力が自分にも宿ったのなら、それは少し素敵かもしれないな、などと能天気な事を考える自分もいる。
だが、そんな梓の微妙な理解の中でも、共通して言える事がある。
鴻上梓は、もう以前のように平凡な人間としての生は歩めない、という事実だ。
きっともう、クラスメイトや幼馴染の瀬戸瑞葉とも、決定的にその道を違えてしまっているのだろう。
だから茜は言うのだ。関われば関わるほど、後から辛くなる、と。
もう二度と自分が戻れない景色を至近距離で眺め続けるのは、きっと心に優しくはない。
ゆっくりと回る神経毒は、やがて立ち直れなくなる程に深く心を傷つける。
それが予め分かっているのなら、避けるのが賢明だ。
それが正しい防衛反応なのだ。
それらを、全て理解し呑み込んだうえで。
「……それでも、僕は行くよ。例え僕にとって意味がなくても、僕が急にいなくなったら、それを悲しむ人がいるから」
それが、鴻上梓の答えだった。
十六年間という短い年月を生きてきたうえでその掌に残った価値観。鴻上梓が鴻上梓である事を、揺るがないでいられる考え方。
そう望まれたなら、鴻上梓はいつも通りの鴻上梓でありたい。
「……随分と傲慢なのね。そこまで自分が他者に求められていると思っているの? 気持ち悪くて退屈で思わずあくびが出るわ。さぞかしちやほやされてたのね。お家は豪邸の執事つきかしら、お坊ちゃま」
「別に、僕が僕に価値を感じている訳じゃないし、僕に価値があるとも思っていないよ。ただ、僕に価値を感じてくれている人がいるっていう事を確かな事実として知っていて、僕はその人を悲しませたくない。ただそれだけだよ」
鴻上梓はそう断言した。何度でも、たとえ何があってもそう断言できる自信がある。
その答えを聞いた茜は、やはり心底つまらなそうに鼻を鳴らして、
「歪ね。自分を肯定するのに他者に依存して、それじゃアンタ、まるで他人の為に生きているみたいじゃない。根本的なところで間違っているわよ、それ」
「そう、なのかな……。でも、僕がここにいる事が誰かの為になるのなら、それってとっても嬉しい事なんじゃないかって思うんだ」
そう言った時の梓は、にこやかに笑ってすらいた。
自分が無価値でも、その無価値な自分に価値を見出してくれる人がいるのなら、それでいい。
茜の言う通り、それは他者に依存したある種歪な生き方なのかもしれない。
でも、これが歪だと言うのなら、それはそれで構わないと梓は本心から思っていた。
だって、それが誰かの為になるのなら、それはとっても素晴らしい事だから。
けれど、天羽茜は梓の考えを認めなかった。
震えるほどに拳を握りしめ、まるで親の仇を見つけたかのような鋭い視線が梓を射抜く。
「……アタシはッ! ……アタシは、そうは思わない。そんなの、都合のいい押し付けじゃないっ、他人に自分の在り方を押し付けられて、無理やり引かれたレールの上を歩くだけの人生なんてまっぴらゴメンよ! 考えただけで虫唾が走る……ッ!!」
彼女が全てを吐き出し後に残ったのは、興奮しきった茜の荒い息遣いだけだった。
「茜……? 急に、その……どうしたの?」
怯えたような梓の問いに、ようやく自分が何をしたのか理解したらしい茜は、後悔に顔を歪ませると、ゆっくりとかぶりを振った。
「……ううん、いきなり大声を出してごめんなさい。なんでもないわ。でも……案外それがアンタの抱える『自己矛盾』なのかもね」
それってどういう意味……? 茜にそう尋ねようとした時だった。
「おーい、梓―っ!」
声のした方へと振り向くと、そこには元気よく右手を振る幼馴染の姿があった。
瀬戸瑞葉。
美しく流れる亜麻色のロングヘアーと、制服の上からでも分かる程に胸部を押し上げる高校一年生とは思えない程に大きな胸。化粧など必要のない整った顔立ちに、くりっとした大きな瞳。明るく穏やかでほんわかとした柔らかい笑顔がよく似合う優しい雰囲気の少女だった。
そして、梓が急に居なくなればそれを悲しむであろう少女でもある。
瑞葉は包容力の滲み出るその容姿と明るく優しい性格から、男子から絶大な人気を誇っているらしい。 ……らしい、というのはその手の話に梓が疎いからでもあるが、それと同時に、幼い頃からずっと瑞葉と一緒に過ごしてきた梓にとっては、その手の見てくれだけの評価がどうしてもうわべだけのどうでもいい物に思えてしまうからだろう。
人として、友達として、何より、沢山の時間を共に過ごした『家族』として、梓は瑞葉が大好きだった。
梓が未だに瑞葉ねえと呼んでしまうのも、幼稚園生の頃の名残である。
弱虫で泣き虫だった梓を、よく瑞葉がいじめっ子から助けてくれたものだ。まるで弱い弟を守る強い姉みたいで、優しく頼もしかった。……その関係が今もあまり変化していないのは男である梓にとっては多少悲しいところだが。
瑞葉とは家が近所という事もあり、こうして毎日登下校を共にしているのだ。
「おはよー瑞葉ねえー」
いつも通りの朝の挨拶。遠くから梓の事を見つけるのはいつも瑞葉で、そして梓を見つけた途端に嬉しさに尻尾を振る犬みたいにタッタと走り寄ってくるのもまた瑞葉の方だった。
(ええっと、どうしよう。茜の事、なんて説明すればいいんだろう……)
駆けよってくる瑞葉を笑顔で迎えつつ、内心やや困り顔で梓が思案していると……。
「あれ?」
後ろを振り返ると、天羽茜の姿がない。
「ん? どうしたの? 梓」
「いや、さっきまでここに……ううん、やっぱりなんでもないよ。瑞葉ねえ」
瑞葉はどこか歯切れの悪い梓の様子に訝しげに首を傾げたが、それ以上何かを追及する事もなく、「まあいいや、行こ?」とニコッと笑って梓の少し前を楽しそうに歩き出す。
(茜、いきなり消えちゃったな。もしかして、気を使ってくれたのかな……?)
確かにここで茜と瑞葉がかちあっていれば面倒な事態になっていただろう。こう見えて瑞葉は頑固なところがある為、こんな朝早くから見たこともない少女がピタリと梓に付いていたら、茜について答えるまで梓が質問攻めにされるに決まっている。
とりあえず未然に危機を回避できた事に内心ホッと息を吐く。
『徒影』や『影獣』などという物騒な物から頭のピントを切り替えつつ、梓は瑞葉と並んで学校へと歩く事で、ようやくいつもの日常に帰還できたような気がした。
☆ ☆ ☆ ☆
今日の三限目は体育の授業だった。種目は梓の苦手なサッカーである。
「……嘘、だ……」
カラカラの口の中で呟いた言葉が、どんどんと現実味を失っていくのを感じた。
突然の話ではあるが、鴻上梓は運動が得意ではない。それはクラス内でも周知の事実であって、誰もが認めるものだったハズだ。
「鴻上ー、お前秘密の特訓でもしてきたのかよー」
「バーカ、鴻上だぜ? ありえないって。にしてもすごい偶然だよな」
「せんせー、いきなりボールがパンクしましたー」
「マジかー。それ買ったばかりのボールだったんだけどなー……しかも先生の自腹で……」
先生が困ったように額を搔くのを見てクラスメイト達に笑顔と笑い声が伝播する。
だが梓は己の足元を見たまま固まったように動けない。
そんな梓の肩に周囲に居たクラスメイトの一人がポンと手を置いた。
「いやー、すごかったな鴻上、まるでお前のキックでボールがパンクしたみたいなベストタイミング。しかもその拍子に驚いて尻餅着くとか、面白すぎかよ。MVP級だな!」
持ってるなー、お前。と、面白がるようにケタケタ笑うクラスメイトに、梓はどうにか同調するように頬を笑みの形にする事ができた。
「せ、せんせい……」
「ん、どうした鴻上?」
「ちょっと、気分悪くて……保険室に行ってきます」
☆ ☆ ☆ ☆
そのまま梓は学校を早退した。
四時限目からは授業に参加するつもりだったのだが、梓の顔色の悪さを見てこれまた顔を青くした心配性の保険室の先生が半ば強引に帰宅させたのだ。
実際に体調が悪い訳でもない梓は自宅のベッドの上で膝を抱え、何をするでもなく虚空を眺めていた。
ベッドの下にはピンポン玉サイズにまで丸められた、ジュースの空き缶だった残骸が転がっている。
弱々しい梓の握力で、軽々と握りつぶせてしまった空き缶が。
「……」
天羽茜は言っていた。
『徒影』になったアンタは、もうまともな人間じゃない、と。
その言葉の意味が、今頃になってようやく分ってきたような気がした。
昨日抱いた恐怖とはまた別種の恐怖が、梓の心に根を広げている。
このまま、どんどん自分が人から乖離した化け物に……それこそあの『影獣』のような得体の知れない怪物になってしまう、そんな想像さえ頭に浮かんだ。
「僕は、僕の身体は……一体どうなっちゃったんだよ……」
あの時梓は、いつも通りにサッカーボールを蹴ったつもりだった。
それなのに、足の甲が触れた瞬間にボールが破裂するなんて……。
「――ようやく分かったみたいね」
梓以外は誰もいないハズの部屋の中で、不意に少女の声が響いた。
「あ、茜!?」
「なによ、そんなに驚く事? いちいちリアクションが鬱陶しいわね」
どんな方法を使ったのか、天羽茜はいつの間にか梓の勉強机に腰掛けていた。
手持無沙汰だったのかお腹が空いていたのか、茜は口先にスルメを一切れ咥えている。
茜が何かしゃべる度に、スルメが咥えたばこみたいに上下に揺れ動いた。
「ここ、僕の家なんだけど……」
「知っているわよ、そんな事」
だから何? とばかりの返答に梓は頭が痛くなりそうだった。
梓は頭を抱えたくなる衝動をなんとか抑えて、
「どうして勝手に入ってるんだよ。……というか入れるんだよ」
「徒影を相手に戸締まりなんて意味があると本気で思ってんの? その気になれば影を伝って銀行の金庫にだって侵入できるわ」
いっそ堂々と胸を張って答える茜。梓はドッとその場で脱力したくなった。
「そんなに堂々と犯罪の自慢されても……」
「やったわね。これでアンタも女風呂に侵入し放題じゃない。長年の夢が叶った感想は?」
「そんな事しないよ! 茜は僕を何だと思っているんだ!」
「女のふりして女子更衣室に入り込む覗き魔とか?」
「その発言には随分私怨が籠ってる気がするんだけど、というか僕を女だと勝手に勘違いしたのは茜の方じゃん」
「そ、それは……ふん、紛らわしい顔に生まれたアンタが悪いわ! 生まれ直して来なさい」
「……酷い、僕に人権はないのか……」
「人権? 何言っているのかしら」
茜は、どこかきょとんとした真顔で、
「だってアンタ、もう人間じゃないじゃない」
ズキリ、と。胸に痛みがさす。ピンポイントで傷口を抉られた気分だった。
朝も同じ言葉を言われたはずなのに、その重みが何倍も大きくなったような気さえする。
それくらい、今日の出来事は梓にとっては衝撃的な物だった。
あるいは昨日の兎の化け物との邂逅よりも。
そんな梓の心境を見抜いたのか、茜はあえて気軽な調子でこんな事を言った。
「さ、これで少しは自分の置かれている状況ってヤツを真摯に受け止める気になったでしょ。って訳で、そろそろ行くわよ」
「行くって、どこへ……?」
「そんなの決まっているじゃない。『裏影界』よ」




