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第四章 優しさの選択Ⅵ 最強の証明

 …ああ、身体が熱い。

 真っ先に感じたのは、我が身を襲う灼熱だった。

 無性に渇く。疼く。熱。足りない。不足。何が、足りない。身体……。

 認識が現実に追いつき、感覚を思考が追い越す。そうしてようやく、王我最命は己の身体が上下で真っ二つに別れ、真っ黒な影を多量にまき散らしながら地面に倒れ伏しているのだという事に気が付いた。


(そうか、オレは。あの女と餓鬼に、負けたのか……)


 目蓋の裏に焼き付いたのは、ほんの数秒前の出来事。王我最命の必殺を躱し、強烈な反撃の一閃(カウンター)を放った『徒影』の少女の凛とした姿。


 そう。

 王我最命はあの少女に敗北したのだ。


 敗北。

 勝者こそが正義であるこの世界において、敗北とは則ち悪だ。

 王我最命は負けた。ならば世界の(ルール)とやらが容赦をしないだろう。

 弱肉強食なこの世界では弱者は生きる事を許されないのだから。

 なのに。

 そのはずなのに。


(オレは、……本当に、こんなところで負けるのか……?)


 敗北。

 その僅か二文字に、心が震える。

 嫌だ。

 そんなのは、嫌だ。


 ――オレは、負けられない。

 心が、魂が、王我最命を構築する大切な何かが、敗北を認めない。

 王我最命は絶対強者として君臨せねばならぬのだと、強迫観念めいた警鐘が頭の中で鳴り響く。


(そう、だ。……オレは、証明せねば、ならぬのだ。正義を、あの女が正しかったのだと、オレが最強(せいぎ)であり続ける事で……オレを下した唯一の存在を、肯定し続けなければならない……!)


 ――絶対であらねばならない理由があった。


 思い出すのは一つの光景。記憶の彼方に霞む、遠い幻。

 それは男が王我最命と名乗る前、一国を治める王だった頃の記憶。

 武勇に長けた敗北を知らない乱雑で豪胆な気のいい王と、そんな王の愛した女。


 ただ唯一、男にとって不幸があったとすれば、男が愛したその女が敵国の間者であった事か。

 そして女にとって不幸だったことは、敵国の王を本気で愛してしまった事か。


 こうなる事は、分かっていた事だった。

 どちらかがどちらかを殺し、殺されなければならない。

 理解はしていた。納得できるかと言われれば、決してそうではない。ただ、運が悪かったのだと、女に笑ってみせた。

 生涯不敗である事の誇りも自負も、愛の前に投げ捨てた。

 自分が女に殺されなければ、任務に失敗したとして女が消される。そう分かっていたから。


 差し出された毒杯を煽り、愛の言葉を互いに囁く。

 愛していたと、女は笑いながら泣いていた。

 オレも愛していたと、胸の中のぬくもりを抱きしめて男も囁いた。

 それから、ごめんなさいと、女はそう言うのだ。

 生涯不敗だった貴方に、こんな卑怯な方法で泥をつけてしまい、その名を貶めてしまい、ごめんなさい、と。

 涙を流し、嘆く女に。けれど王は力強く笑った。

 オレがお前を卑怯者とは呼ばせはしない。

 最強たるオレを殺したお前の強さを、他の誰でもないオレが肯定しよう。

 強さに貴賤はない。オレは強き者全てを愛し認めてみせよう。

 俺を殺せたのはこの世で唯一人、お前だけだ。だから誇りに思え。その強さを。その正義を。

 そんな約束を、したのだ。


 そして死の直前――男が見たのは漆黒の顎と、悪魔のような両翼。鋭い鉤爪。そして、戦えと命じる遠き日の誰か……それが男の、最古の記憶。

 徒影として再びこの世に生を受けたとき、男は――王我最命は決意したのだ。


 ――この手に絶対を掴み取る。


 強さこそが正義で、勝者こそが善であるならば、オレはその頂点に君臨し続ける。

 オレを殺したあの女が卑怯者だと貶められる事がないよう、最強を張り続けよう。

 二度と敗北などしない、絶対強者になろう。

 最強であるこのオレを殺したただ一人が、あの女こそが真なる正義だったのだと証明する為に。

 そう、確かに己の胸に誓いを立てたのだ。


 だから。


(だから、オレは――)


 光の消えかけていた瞳に、輝きが戻る。 


「――絶対なる勝者として、王として、君臨し続けねばらならんのだ!!」


 揺らいでいた命の灯が、再び力強く燃ゆる。

 そして、


「――具影召喚――『王権執行(アブソリュート・ロウ)死の軍勢(エインヘリヤル)』!!」


 最終影臨(ラストアヴァタール)によってすべてを放出したはずの王我最命の影力が、再び膨張した。


 異変に気が付いたのは、全てが終わった事による安堵に身も心も包まれた二人が、ほんの僅かとはいえ気を抜いた、そんなタイミングだった。

 急速に萎んでいたハズの王我最命の影力が、爆発的な勢いで膨れ上がったのだ。


「な、嘘でしょ!? あれでまだ戦えるって言うの、アイツ!」


 以前として王我最命の身体は上半身と下半身に分かたれたまま。

 意識を保つ事さえ難しい程の、すさまじい激痛が王我を襲っているハズだ。

 だと言うのに、隻腕の王は『絶対法の王権(アブソリュート・ロウ)』を握りしめ、敗北を拒絶するかのように、手負いの獣のような咆哮を上げ続けている。


 『王権執行(アブソリュート・ロウ)影臨(アヴァタール)』で世界から喰らって奪った莫大な影力はもう残っていないハズ。

 それなのに、際限なく膨れ上がるその圧倒的な影力に、梓の心が挫けそうになる。


「あいつ、まさか……足りない分は自分の影を……」


 思い至った自分の考えに、背筋が薄ら寒くなった。

 もし梓の予想が正しければ、王我最命の影力はまだまだこの程度で収まるものじゃない。

 だって、影獣の影を自ら喰らい、己の影の総量を増やし続けた男の数百年分だ。下手をすれば、先ほどの『王権執行(アブソリュート・ロウ)影臨(アヴァタール)』で周囲から喰らった影力さえも上回る可能性がある。


 そして梓の嫌な予想は、見事に的中していた。

 王我最命は数百年の捕食によって蓄えた膨大な量の自分の影を、己の『影断ち』に食わせる事で影力に変換し、使用していたのだ。


 そして、王我最命の具影召喚が発動する。

 最初に聞いたのはとぷん、という水音。地面から湧き出るように生じた黒い水滴が、まるで逆再生される雨粒のように、頭上の空へと消えていく。

 そして――


 次の瞬間、全てを呑み込むように、漆黒の底なし沼がその大口をグラウンド上に開いたのだった。

 最初に水滴の生じた地点を中心に、大口を開けるように広がる黒々とした影の沼は、全周一キロはくだらないような、巨大な沼だった。

 そして底の見えない沼の中から、黒々とした牙や爪が、獣の身体の一部が、新鮮な餌を求めて顔を出す。

 沼のヘリを掴み、粘性の液体の中から重たい身体を持ち上げて、陸にあがる。

 そのすべてが、影を喰らい世界のバランスを崩す人だった化け物。影獣だった。

 これが王我最命の具影召喚。その効力は、影獣の使役――否、これは……。


「影獣の、創造と……召喚……?」


 呆然と梓の隣に立ち尽くす茜が譫言のようにそう呟いた。

 沼の中にぎっしりと詰まっている物、これ全てが影獣? そんなの馬鹿げているとしか言いようがない。

 だがもしそれが事実ならば、その数は最初の比ではなくなる。一〇〇〇体など優に上回るだろう。文字通り規模からして桁違いだ。 


「マズイ! 王我の具影召喚が完全に発動しきる前にトドメを刺さないと、あの量の影獣がもし王我の命令を無視して動くようなタイプだったら、アタシ達だけじゃない。本当にこの街が持たない!」


 茜が慌てて、片腕が欠けた状態のまま臨戦態勢に入ったその時だった。

 トン、と。

 いつのまにか下半身を取り戻した王我最命の身体が、鴻上梓の眼前に躍り出ていた。


「……え」


 思わずそんな声が漏れた。

 やけにスローモーションに流れる世界の中、『絶対法の王権(アブソリュート・ロウ)』の切っ先が梓の身体を肩から反対側の腰にかけて綺麗に両断する光景が見えた気がして、


 『影歩』を駆使して殺戮の斬撃に割り込んだ天羽茜が、その予言を少し別の形で再現した。

 袈裟切りに走る斬撃。

 飛び散る黒い影。

 軽く、胸を手で押される感覚に梓の身体が茜から遠のいていく。無意識のまま手を伸ばすが、その指先が少女の温かい手を掴むことはない。空を切る感触のみが伝わって、直後。

 時間を取り戻した世界に、自分の悲鳴が木霊した。


「あ、うっあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」


 切り捨てられた勢いのまま、転がるように茜の身体が地面を跳ねる。まるで壊れた人形のようにぐちゃりと倒れた茜から、すさまじい勢いで真っ黒な影が流れ出ていく。

 自分の頬に返り血の如く多量の影が付着している事を気にも留めず、梓は転がるように茜に駆け寄った。

 どくどくと、血のように流れ出る影が止まらない。

 傷口を抑えなきゃ、そう思うのに、右肩から左の腰まで身体が裂けていて、脱いだ上着を当てがおうにも、流れ出る影を止めるには至らない。

 そうしている間にも、茜の影はどんどん減っていく。

 彼女の真下にできた真っ黒い水溜りが、いよいよ不吉な予感を梓に叩き付ける。


「茜、ねえ茜! 嘘だよね、なんで僕を庇って……こんなの、だって、僕を置いていかないって、そう言ったじゃないか。それなのに、こんな……嘘だって言ってくれよ! 茜ぇぇええええええええ!」


 何か、何かないのか。この危機を脱するだけの方法が。

 梓は、必死に頭を働かせる。茜を助けるための手段がまだ残っているハズだ。そう信じて、そして。


「そうだ、『徒影』は、影力さえ補充できれば、身体の傷ぐらい簡単に治せるって……!」


 茜が言っていた言葉だ。

 徒影は腕の一本や二本が千切れても、影力を補充して影の形を元通りに整えてやれば、それで傷を回復させることができる、と。梓の顔にパッと希望の色が浮かぶ。が、


「ダメ、だ。……僕には、影力を補充する方法が、分からない……っ」


 影力を補充する方法も、他者に影力を分け与える方法も、何一つ分からない。鴻上梓は、天羽茜がいなければ徒影として生きていくことさえできないのだ。

 よしんばそれが出来たとして、今の梓に残る影力で茜を回復させることができるのか?

 既に相当量の影が流出してしまっている。梓の影だけでは、おそらくもう足りない。


「あ、ずさ……」

「茜!? 良かった、気が付いたんだね!」


 普段の茜からは想像もつかないような弱々しい声に、梓の胸の奥が切なく痛んだ。

 影を失った茜は顔面蒼白で、瞳に宿る光も弱々しい、そのあまりにも痛々しい姿に、胸が張り裂けそうになる。


「ご、めんね……梓」


 絞り出すような、声。喋っちゃ駄目だ、という梓の静止の声も無視して、茜は必死に言葉を重ねようとする。


「アタシ、ね。本当はすごい悪いヤツなのよ。アンタはっ、アタシの事を、優しいだの、お人好しだの、馬鹿みたいな事言ってくれたけど、アタシ、人を……殺したの」

 懺悔するようにそう告げた茜は、苦痛に歪む表情の中にどこかすっきりとした晴れやかな色を浮かべていた。 


「アタシの両親は、さ。中一の頃に一度離婚してね。……お母さん。が連れてきた、新しい男は、アタシがきっと……疎ましかった、んでしょうね。陰でお母さんに、バレないよう……アタシの事を殴ったり、蹴ったりしたわ」    


 茜の言葉に梓は頭を鉄パイプで殴られたような衝撃を感じた。

 虐待。DV。家庭という暖かい愛を育むための場所で振るわれる、冷たい暴力。

 痛かったはずだ。怖かったはずだ。悲しかったはずだ。泣きたかったはずだ。助けを求めたかったはずだ。それがどれだけ酷な事か、梓には想像する事しかできない。

 返す言葉を見つけられず押し黙る梓に、茜は言葉を続けた。


「……お母さんは、幸せそうだった。だから耐えたわ。暴力で相手を……自分の思い通りに、従えようとする、あの男の事は憎んでいたし……心底軽蔑していたけど。それでも、殴られるのがアタシだけ、なら。……我慢できたから。でも、」


 そんな生活が一年続いたある日。あの男が、アタシを……犯そうと、したの。

 静かに、天羽茜はどこか遠くを見ながらそう告げた。


「怖かった、苦しかった、悲しかった、憎かった、感情なんて、ぐちゃぐちゃで、とにかく目の前の男が……恐ろしくて、悍ましくて、堪らなかった。だからアタシは……必死に男から逃げようとした。初めて、自分の身を守るために、抵抗したわ。それで、気が付いたら――その手に握った包丁で、男を…さ刺し殺していた」

「……」


 笑っちゃうわよね、と茜は自嘲するように言った。


「暴力を盾に、他人を支配しようとするあの男を……あんなに毛嫌いしていたのに。あんな人間にだけは成りたくないって、そう思っていたのに。結局のところ…さアタシもあの男と、何も変わらなかったんだから。最後の最後で、暴力で人の運命を……捻じ曲げて、気に食わないモノを、殺してしまった。……むしろあの男より性質が悪いわ」


 結局自分は、自分の憎んだあの男と何も変わらなかった。その事に天羽茜という少女は、

深く深く絶望した。絶望して、その場から命からがら逃げ出したのだ。

 そんな風に己を蔑む少女の告白に、鴻上梓は声を荒げた。


「そんなことない! 茜は、茜は何も悪くなんかないじゃないか。その一年、茜がどれだけ辛く苦しかったか、僕には想像するくらいしかできない。でも茜は、自分のお母さんの幸せの為に、その人からの暴力を耐えたんだ。そんな事、そうそう出来る事じゃないって事くらいは分かる。それに僕は、君が僕に優しくしてくれた事を、君が僕の為にしてくれた事を覚えている。だから断じて違う。天羽茜は優しい女の子だ。自分の欲望の為に家族に暴力を振るうようなヤツとは、絶対に違う!」


 まるで自分の事のように怒り、否定する梓を見て、茜は少し嬉しげな笑みを作った。

 茜は残った右手で怒りに肩を震わす梓の頬にそっと触れようとして、けれど、右手はわずかに震えるだけで持ち上がりもしなかった。


「梓、やっぱりアンタは……優しいね。でも、アタシは違う……アタシが『徒影』になった原因は、心の底から憎んだ、義理の父と同じことしか、できなかった自分自身への……深い絶望と、それでも自分可愛さに、その場から逃げ出した……気持ちの悪い自己愛。それが、あの時アタシの抱えた、自己矛盾だと思ってた。でも、違った。アタシはただ……誰かに、愛されたかった……」


 天羽茜が欲したのは、愛。

 愛されたかった。愛して欲しかった。

 自分を傷つけるばかりの義理の父親も、義理の父親ばかりで自分を見てくれない母親も、茜を満たしてはくれなかった。天羽茜を心の底から愛してくれる人間なんて誰もいない。

 それが悲しくて、もっと、もっと愛してほしくて、自分だけを見ていてほしくて、自己愛よりもなお醜い、誰かに愛されたいという、そんな願望を抱いた。

 誰よりも嫌いなアタシを、誰かに誰よりも愛して貰いたかった。

 それこそが、天羽茜の抱えた歪な自己矛盾。


「アンタに優しい人間だと言われて、大嫌いなアタシを肯定してくれるアンタに、心がざわついた。優しい言葉に、困惑した。言いようのない喜びと、心に触れた暖かさと、なにより何かを期待する自分自身の在り方に、怯えた」


 優しい言葉で茜の柔らかい部分に触れる梓が、恐ろしかった。諦めていたはずの物を、再び求めてしまいそうで。

 だから否定した。厳しい言葉で辛い現実を叩き付けて、心の何処かではいっそ、幻滅して欲しかった。暴力しか知らなかったから、そんな乱暴な方法しか取れなかった。


「無理やり連れてかれたショッピングモール。……まるで人間に戻ったみたいで、楽しかった。アンタがアタシを普通の女の子みたいに扱ってくれて、嬉しかった。本当はすごく、すごく。泣きそうなくらいに。あの時言えなかった『ありがとう』を、だから今言うわ。ありがとうね、梓。……でも、同じくらいにやっぱり怖かったのよ。希望は残酷だから。次に裏切られたら、アタシはきっと壊れてしまう。アタシの独りよがりな感情が、梓をいつか傷つける」


 鴻上梓なら、天羽茜を愛してくれるかもしれない。

 そんな仄かな願望を、期待を、独りよがりに思ってしまう自分を嫌悪した。


「瑞葉の事だってそう。この結末を、本当は分かっていた。もう、何もかも手遅れな事くらい。アンタの事を思うのなら、やっぱり無理にでも引き留めるべきだったのよ。なのにアタシは、アンタがアタシから離れて行ってしまう事を恐れた。瀬戸瑞葉の死と向き合い、アンタが全てを乗り越えれば、きっと同じ『徒影』として、これからもずっと一緒に歩いていける。そう思ったから。ズルくて最低よね。……ほんと、どこまでも利己的で自己中で、自分の気持ちしか考えていないのよ、コイツは。アタシはそんなアタシが大っ嫌いだ……っ!」


 気持ち悪いでしょ? と同意を得るように首を傾げる茜の顔は、溢れ出る涙と鼻水でぐしゃぐしゃに滲んでいた。


「だからさ、嬉しかったわ。アンタが『徒影』として、アタシと共に歩きたいって言ってくれた時は。あぁ、ようやく何かが報われたんだなって。それと同時に怖くなった。アタシは今、自分の意志で他者の運命を捻じ曲げた。あの男と同じように、誰かを自分の意のままに操ろうとしてる……ってね。だから、もういいの。……アタシは多分もう助からない。アンタはここから逃げなさい。今ならまだ間に合う、この街が消える前に、どこかに」

「馬鹿、言うなよ!」


 拳を地面に叩き突けて、叫んでいた。

 梓が大きな声を出したのが意外だったのか、茜は驚きに目を見開いている。

 それでも鴻上梓は、言わなければならないと思った。この馬鹿な少女に、伝えなければならない事がある。

 絞り出すように、梓は己の胸の内の感情を吐き出していた。


「見捨てられる訳ないよ。だって、僕にはもう何も無い。お母さんも、瑞葉ねえも、皆僕を置いて死んでしまった。茜、言ったよね? 僕を置いて行かないって。僕の横に、並びたってくれるって。茜がいなくなったら、僕はまた独りぼっちだ」


 ぽたたっ、と。みっともなく零れ落ちる涙が、茜の頬に数滴落ちる。

 泣き虫は相変わらず治らないまま。瑞葉が見たら、呆れたように笑って、そして子供のように抱きしめるのだろうか。

 でも、いつまでも弱虫のままではいられない。鴻上梓は、少女のような徒影になると誓ったのだ。

もう、大切な人を目の前で失うのはこりごりだったから。


「茜、君が愛を求めるのなら、僕は君を愛す為に生きる。僕が君の不足を、矛盾を埋める代替品になる。だから君は、僕の生きる理由になって。僕と共に、生きて欲しい」

「梓、アンタ。い、いきなり何を言って――」

「優しい人になりたかった僕の、なりたかった理由になってほしい。僕には必要なんだ、隣で笑っていてくれる人が。僕を照らす、太陽が。僕らは惨めでちっぽけで一人じゃ生きていけない弱虫だ。君も僕も変わらない。だからきっと、僕らは互いの求める誰かになれる。代替品でも、贋物でも構わない。茜の隙間を埋められるのなら、それで茜が生きようって思えるのならそれでいい。だから約束して。死なないで。生きる事を、諦めないで」


 依存し愛、依存し合う。そんな歪で、どこか破綻したような関係でも構わない。

 『徒影』なんて生き物はひどく利己的で自分勝手だから、互いに互いを利用し、自分勝手に凭れ掛かるような、それくらいの関係で丁度いい。

 何より、天羽茜とここでお別れだなんて結末を、鴻上梓は死んでも認めたくなかった。

 天羽茜が今を生きる事ができるのなら、どんな約束だってしよう。そう思える。


「梓、あ、その……あたし、アタシ、は………………」

「僕が茜を救ってみせる」


 ――例え君がそれを望まなくとも。


 鴻上梓は、本当の意味でその人の事を思い、その人の為に戦うのだから。


「……茜、影力がたくさんあれば、流れ出た茜の影を取り戻す事もできるんだよね?」

「……影力をアタシの『猫剥ぎ』に食べさせる事さえできれば、多分。でも、そんな影力なんてどこにも……」  

「あるさ」


 梓は言って、真正面を見る。梓の視線の先にいるのは、片腕を無くした一人の『徒影』。

 王我最命。莫大な影力を持つ、徒影の王。


「王我最命は――僕が倒す」


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