行間Ⅱ
くすっ、くすくす……
妖艶な嗤い声が響く。心も脳みそも、身体全てを蕩けさせダメにさせる、甘い甘い砂糖菓子のような、ピンク色の声。
惨めで愚かなかわいい坊や。私達影獣なんて化け物相手に優しさを無駄遣いして、本当に守りたい物は何一つとして守れない。本末転倒って言うのかしらね、こういうの。ふふっ、なんて愚かなのかしら。あぁ、でも絶望に暮れるその顔も、私好みで可愛らしいわぁ。
――うるさい。
跳ね除けようとした柔らかな手が、少年の頬に触れる。暖かい感触に、心が溶け出しそうになる。抵抗できない。明らかに侵食が強まっている。
あら、ようやく人間みたいな事を言うのね。うふふ……狂い、終わってしまったアナタでも、今度ばかりは心に響いたのかしら。でも、今更もう遅いわ。アナタの選択が、善悪好悪を越えて全てに優しくあろうとしたその傲慢にも似た慈愛が、アナタを大切に思う人を滅ぼしたのよ? アナタのせいだって本当は分かっているのでしょう?
――煩いっ、うるさいうるさいうるさいっっっ!!
聞きたくなかった。何も、何も聞きたくない。そんな事は分かっている、全部自分のせいだなんて事はとっくに理解していた。していたからこそ痛いのだ。言葉が、まるでするどい剣であるかのように次々と少年の心や身体に突き刺さる。傷口から赤い血は出ない。けれど、もっと大切な何かが流れ出していく予感がした。
人は誰かを害さなければ生きてはいけない。ならアナタは、一体何なのかしらね。誰も害す事なく、誰も彼もに優しくあろうとするアナタは、一体何なのかしら。人間? 徒影? ……いいえ、アナタは単なる化け物よ、坊や。気持ちの悪い、人のフリをした化け物。
――僕、は。別に化け物でも構わない。それで優しい人になれるのなら、僕はそれでいい。人間じゃなくても、徒影になれなくても、それでいい。
そう、なら私と一緒ね。
――一緒? 僕が、君と?
ええ、一緒。坊やも私も似た物同士、同じ穴の貉。ただの化け物。醜悪な利己主義者。
艶やかな声が、耳元で囁かれる。ふぅっと、資金で甘い吐息がかかり、なんだかこそばゆい。
――僕は、利己主義者なんかじゃ……
否定しようとした少年の言葉を、女の声が遮る。優しい声色で、しかしはっきりと。
何を言っているのかしら。ちゃんちゃらおかしくて笑っちゃうわ。坊や程のエゴの塊は、そうそういないと思うのだけれど。だってそれって、結局は坊やの自己満足でしょ? 坊やが満たされたいから、人に優しくするんでしょ?
――僕は……。
ほら、答えられない。本当は分かっているのね、自分がどんな化け物か。だって、本当に人の為を思うのなら、私なら殺しているもの、あの影獣。……影獣として生き残って永劫の苦しみを受けるより、消滅という救いを与えてあげた方が彼は幸せだったハズよ?
――それでも、あの人は生きる事を望んでいたんだ……。
……つまらないわ。全くもって理由になっていないわね。でも、まあいいわ。アナタがこのまま狂った妄執の優しさに囚われ続けるか、それとも本物を手にするのか、私が見届けてあげる。もし、くっだらねー自己満足に囚われ続けるようなら、その時は私が殺してアゲル。苛烈に激しく、一夜ばかりの思い出と共に気持ち良く逝かせてあげるわ。ご主人サマ? ……なんでそこまでするのかって? 言ったでしょ。気に入ったのよアナタが。




