表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/21

第三章 絶望降臨Ⅲ 天羽茜VS王我最命

「ほう……、女。貴様『()(えい)召喚(しょうかん)』を扱えるのか」

 

 王我最命は素直に感心した様子でそんな声をあげた。

 茜としては、この程度で驚かれては舐められているようで心底心外ではあったが、その純粋な驚きも当然であった。


 ――『具影召喚』。

 それは『影断ち』のスペックを最大限に引き出した『徒影』の奥の手。最終攻撃の総称だ。

 『真銘解放』が、封印の綻びから漏れ出た上澄みの影力を使用しているのに対して、『具影召喚』はもっと直接的だ。

 その名の通り『具影召喚』の肝は影の具現化ならぬ具影化にある。


 『真銘解放』状態が『影断ち』に名を与え影獣の性質に合わせてその姿を変貌させるのに対し、『具影召喚』は『影断ち』の中に封印されている影獣の力を直接的に使役し、物質的に具現化させる物だ。

 影力の上澄みなどというケチな事は言わない。それはそのまま封印している影獣の力を、『影断ち』によって一〇〇パーセント以上引き出す事が可能となる。

 が、効果は莫大な分、当然リスクも高い。

 『具影召喚』を使用し影獣の力を直接使役する為には『影断ち』の封印を半分解除する必要があるのだ。 

 当然、影獣への相互干渉は高まる。

 実力不足の半端者の『徒影』が『具影召喚』を行えば、制御出来ずに影獣に封印を破られて食われてしまう事だって多々ある。

 『具影召喚』を使えるかどうかは、『徒影』として一流かどうかの分かれ目なのである。


 ちなみに今現在、『具影召喚』を行える『徒影』は全体の一割だとまで言われている。 

 そんな上位一割に含まれる実力者たる天羽茜は、逃げていく自分の『弟子』と『友人』の背中を見送って、『師』らしく不敵に笑っていた。


「心外ね。アタシが何の勝算もなく『隻腕』に挑むような愚か者だとでも? アンタをぶっ殺せる算段があったから、こうして馬鹿な弟子の尻ぬぐいに駆けつけたのよ……!」

「ふっ、あははははははははははは! これはいい、傑作だ。『隻腕の王』たるこのオレを殺すと来たか。近頃はオレの正体に気が付くと逃げ出す弱い『徒影』ばかりで辟易していたのだ。おい女、これは王命だ。オレを楽しませてみせろ」

「上から目線が……ウザいっての!」


 それこそ獣のように犬歯を剥き出し殺気を発する茜が、四足動物のように四肢を地に突き、背中を逸らす豹のような姿勢を取る。

 対する王我は不動。一辺の揺らぎも無く、堂々と茜を待ち受ける。

ダラリと脱力しきった構えで『絶対法を司りし王権(アブソリュート・ロウ)』の切っ先を地面に向け、美麗な顔を自信に満ち溢れた不敵な笑みで歪めている。

 合図はない。張りつめた空気を引き裂くように、天羽茜の姿が高速で掻き消えた――


「ッ!?」


 ――と、思ったその時には、既に王我の懐深くに天羽茜が飛び込んでいた。

 獣のように四本の脚で地面を蹴る茜が跳躍、跳びかかるようにして影の鉤爪を振るう。

 顔面めがけて振るわれた横薙ぎの一閃を、王我は強引に背中を逸らす事によって紙一重のところで回避。王我の燃える赤色の髪が数本切断されて空を舞った。


 先制の一撃は回避された。しかし、まだ終わらない。 

斬撃を回避された茜は、そのまま空中で脚を折り畳むようにして|溜め(、、)を作ると、王我のどてっ腹目掛けて勢いよく一気に解放。

 ドロップキック気味のその一撃に、王我の身体が吹き飛び建物の影へと叩きつけられ――沈み込むようにその身体が影の中へと消えて行った。


 裏影界へと叩き込まれた王我を追撃する為、茜も影の中へと勢いよく飛び込んでいく。

 視界が変わる。夜から朝へ。裏影界へと入り、時間が逆転したのだ。


(実力、経験はどう考えても向こうが上。なら短期決戦をしかけて経験の差が出る前に一気に叩くしかない……!)


 落下する茜は、視界の先……およそ一〇〇メートル程先に同じように裏影界を落下していく王我の姿を捉えた。

 猫の前足と化した両手の影の鉤爪で、空気を搔くようにして落下速度を増す茜は、しかし次の瞬間あり得ない光景を見た。


「うそ」


 視線の先の王我が空中で『絶対法の王権(アブソリュート・ロウ)』を指揮棒のように軽く振るうと、それに呼応するかのように巨大な鴉の影獣が掻っ攫うようにして空中の王我をその背に拾い乗せたのだ。


「まさかコイツ、影獣を従えてるって言うの……!?」


 自分で言って自分の発言が信じられない。

 だが今まさに、茜の目の前ではそうとしか思えない事態が進行していた。


 こうして驚きに身を固めている間にも、茜と王我との距離はどんどん遠ざかっていく。 

 どうやら細かい事を論じるのは後回しになりそうだ。


「……チッ、逃がすかっ、――影歩」


 特殊な歩法の発動と共に、まるで磁力に引き寄せられる磁石のように、茜の落下軌道が捻じ曲がる。垂直落下から、今も悠々と空を舞う鴉の影獣へと一直線に。

 影から影へと渡り歩いたり、影の中を進む事ができる影歩だが、使い方次第では移動する『影』目掛けて引力のような力を借りて張り付くように移動する事も可能なのだ。

 もっとも、ここまで影歩を使いこなすに至るには、それ相応の時間と修行が必要ではあるが。


「捉えた……!」


 ザッと、靴底を滑らせつつも巨大な鴉の背に飛び乗った茜。それを見た王我は、しかし動じない。

 まるで初めからこの展開になる事を理解していたかのように、ダランとぶら下げていた長剣を肩に担ぐ。 

 トントンと、リズムを刻むように刀身で己の肩を叩いて、


「影歩の応用か。……対応が教科書然としてつまらんな。折角貴様が派手に暴れられるように裏影界に入ってやったのだ。もっと派手で面白い事をやったらどうだ?」

「随分な余裕ね。その言い草だとわざと蹴られてやった、とでも言いたげに聞こえるんだけど?」

「だからそうだと言っているだろうが。……ん? なんだ、気にでも障ったか? 女」

「……別に、ただその余裕ぶっこいたニヤケ面を何としてでも歪ませてやりたいと思っただけよ……!」


 額に青筋を浮かべながらそう毒づくと、鴉の背を蹴り、茜は再び王我へと肉薄する。

 ネコ科の猛獣のように四足で足元の低い位置を凄まじい速度で駆け回る茜は、取り回しの悪い長剣を得物とする王我にとってはただでさえ狙いが付けにくいはずだ。

 その上、『具影召喚』を発動した茜の圧倒的な速度に、王我の目は追いついていない。


(速度で攪乱して、足元から切り崩す!)


 鋭い鉤爪をスパイクのように使い、急転換と急加速を繰り返し、茜が王我を翻弄する。


「――シッ!」


 無駄のない鋭角な動作で繰り出される一撃に、王我の肉が裂け、墨汁のような黒――王我の影が、鮮血のように飛び散る。

 遅れて王我が応戦しようとした時には、既に茜はそこにはいない。

 王我の傷口から噴出する影の黒霧を切り裂くようにして、茜の姿がまたも王我の視界から掻き消える。


 その挙動はまるで吹き抜けるつむじ風のようで、切り裂く一撃は鎌鼬の如く鋭く冴えわたる。

 すれ違い様に一撃、また一撃と、ボクシングのジャブのように隙の少ない必要最小限の攻撃動作で切り刻む。

 決して大ぶりではない茜の一撃に、大地を打ち砕くようなド派手さはない。

 しかし、その威力は絶大。

 圧倒的な切れ味が王我の鍛え上げられた肉体を、まるで紙ぺらのように触れる端から切り裂いていく。


 まさに一刀両断。

 触れたモノ全てを断ち切る圧倒的な切れ味が、王我最命の命を――その影を削りに削る。

 深追いはしない。

 王我の一撃の重さは最初の一撃を受けた時点でその身で体感している。

 斬れ味ならともかく、単純な筋力、一撃の破壊力では王我に分があるのは明白。打ち合い、組合い、力比べになれば茜に勝ち目はない。


 ならば、速度と手数、そして鋭さで圧倒し、攻撃させるタイミングを与えなければいい。

 相手が格上ならば、自分が勝っている部分で勝負する。

 やる事は単純だ。ヒット&アウェイで削りきる。ただそれだけ。

 主(?)の危機を感じ取ったのか、足場である巨大な影の鴉が、茜を振り落とそうと錐揉み飛行や百八十度の鋭角ターンなどの曲芸飛行を繰り返す。

 が、茜は驚異的なバランス感覚と、するどい鉤爪でしっかりと大鴉の背中を捉えて離さない。

 逆に曲芸じみた予測不能の挙動でさらなる猛追をしかけ、王我の命を削り取っていく。


 目で追う事を諦めたのか、茜から視線を外したままの王我がどこか感心したように呟く。 


「速いな。それにその切れ味。このオレの肌を貫き、切り裂くか」

「いつまで涼しい顔でいられるのかしらね。これ以上の影を流せば、いくらアンタと言えどもヤバいんじゃない?」


 脚を止める事なく返した茜の言葉に、王我はふむと顎に手を当てて。


「確かに、些か影を失い過ぎたな」


 既にこの時、王我の身体には無数の切り傷が刻まれていた。しかもその傷の一つ一つが致命傷になりうる程に深い。

 あんなにも軽い一撃に、ここまでの威力が備わっている事に王我も純粋に驚いているようだった。

 王我は逆立つ金髪を鬱陶しげに掻き上げて、億劫気に一言。


「――王命だ。その身を捧げ血肉と成れ」


 ポンッ! と、二人が載っていた大鴉の影獣が粉々に弾けた。


「……っ!?」


 同時。茜も王我も唐突に足場を失い、大空に投げ出された。驚愕に声が詰まる。

 再び落下を始める茜が目にしたのは、またも衝撃的な光景だった。


 爆発四散した大鴉の残骸――つまり影の欠片が、王我へと吸い込まれていくのだ。

 まるで影獣の影を吸収しているかのように、みるみる内に茜が与えた決して少なくはない裂傷が全て閉じ、回復していく。

 そして、変化はそれだけではない。否、もっと見過ごせない重要な事に茜は気が付いていた。


「なっ、冗談でしょ! 『影断ち』を経由せずに直接影を食べて影力を回復させてる……? いや、それだけじゃない。こいつ、そもそも『影の総量』がおかしい……!?」


 『徒影』は戦闘において傷を負うと、そこから真っ赤な血潮ではなく真っ黒い墨汁のような『影』を流す。

 それは勿論己の影だ。

 大きな傷を負って、傷口から全ての影を流し失えば、影獣に影を食われるのと同じように『影獣化』してしまう。


 ただ、負傷し傷口から流れ出る『影』は影獣に食われて消滅するのとは違い、空気中に流れ出て世界に溶け込んでいるだけだ。ようするに負傷によって失った影は後から回復が可能なのだ。


 この二つの違いは水の入った器を想像してもらえば分かりやすいと思う。

 影獣に影を食われ消滅した場合。それは、器の破損だ。器が破損し欠けてしまった場合、注ぐことの出来る水の総量は確実に減少する。

 しかし傷口からの影の流失はそうではない。これは器の中身を零してしまっただけ。

 新たに水を注ぎ足せば、また元通りの量の水を器に入れる事ができる。器が破壊された訳ではない為、総量自体が変わってしまった訳ではないのだ。

 だから単純に傷の回復事態はそう珍しい力でも何でも無い。

 極端な話、影力の補給さえできてしまえば誰にだって出来る事だ。


 だが王我最命は……この男は違う。

 本来、影獣に一度でも食われた事のある影は、食われた部分から少しずつ、零れ落ちる砂時計の砂のように影を失っていくものだ。

 人間の寿命と同じように、『徒影』の影にも寿命がある。『徒影』が特別何をしなくても残っている影の総量は少しずつ減少していき、最終的には影を喪失し『影獣化』する。


 なれば当然、長寿の『徒影』であればあるほど、影の総量は減少しているハズなのだ。

 それだと言うのに、この男の『影の総量』は不自然に多すぎる。

 まるで、影を食われた事のない普通の人間のように。いや、普通に考えて一般的な人間の何十倍……否、それ以上の『影の総量』を持っているようにさえ感じる。

 本来、影獣に捕食された分や経年劣化によって消滅しているハズの影を、回復させ増大させる事に成功しているとしか思えない。


 いよいよ目の前の男が、『徒影』の中でも異端の存在なのだと思い知る。

 猫のようにしなやかな着地を決めた茜は、同様にして威風堂々と地面に降り立った王我から飛びずさるように離れ、距離を取る。


(でも、そんな事が本当にあり得るの? 原初の徒影、『一の影』ですら影の寿命はあると言われているのに……これじゃあこいつ、本当に不老不死みたいなモンよ)


「おい女、名は?」

「……天羽茜よ」


 唐突に尋ねられ、面食らう茜ではあったが、僅かな間を経て答えを返す。

 思えばこちらだけ殺し合う相手の名前を知っているのも不公平という物だ。

 茜は、そういう事を律儀に気にする稀有な『徒影』だった。


 もっとも、この場合『自分を殺す敵の名も知らずに死ぬのでは余りにも不憫だろう』という強気な自信からくる配慮ではあるのだが。


「そうか。なかなかに良い名だ。それで? 天羽茜よ、先ほどからお前は何かを気にしているな。何がそんなに気になるんだ?」


 噛み砕けんばかりに奥歯を食いしばる茜の、そんな思考を読んだかのように王我が低く嗤う。

 この男は『具影召喚』まで使用した本気の茜を、完全に弄んでいる。

 弄べるだけの実力差が、両者の間には存在している。


「……アンタ、その影……一体、何なんのよ。どう考えたってソレは明らかに異常よ、とてもじゃないけどまともな状態だとは思えない」

「ああ、これか。くくく……オレは五〇〇年もの長きを生きてきた『徒影』。ましてや『欠損持ち』と呼ばれるような存在の一人だぞ? 尋常な方法で生きてはいない事など、想像ぐらいつくだろう。だいたい、この『隻腕の王』が何故片腕を失ったかを知らない訳でもあるまい」


 五〇〇年以上もの間『裏影界』にその名を轟かせ、『隻腕』と呼ばれ恐れられてきた『欠損持ち』の徒影、王我最命。

 彼が『十の影の掟』の内、どの掟を破ったかは有名な話だ。

 王我が破った掟は十あるうちの五つ目、『徒影の力を用いて表世界の住人を殺傷する事を禁ず』。という物。


 殺人。

 つまり彼は、徒影でありながら影獣では無く人を殺した徒影なのだ。

 そしてその事を思いだした途端、電撃的な考えが茜の思考を突いた。


「アンタ……まさか、人を……影断ちで斬った人の影を食ったの!?」

「ふん、正確には斬って影獣に変えた物の影を、だがな。オレの『王権執行(アブソリュート・ロウ)徴影レヴィ』は完全消滅した影をも回復させる優れものだが……なにせ一回当たりに回復できる影の量がどうにも少ない。それこそ一〇〇や二〇〇では事足りず、大量の影を食す必要があった」


 徒影でありながら影を食らい、己が血肉とする。


 聞いた事がない話だった。おそらくはこの男のみの固有スキルのような物。他の徒影が同じ事を真似しようとしても、再現する事はできない代物だ。

 余りにも悍ましい才能に恐れを覚える茜。

 だが、それ以上に、茜の胸の内には抑え切れない激情が渦巻いていた。


「なによ、それ……。アンタ、自分が何したか分かってんの? 関係ない人間まで影獣化させて、それで自分一人だけ長生きしようって? 確かにアタシら『徒影』は利己的なヤツばっかで正義なんざ誰も掲げちゃいない、そんな自己中な連中の集まりだけど……。けど、アンタのソレは自分勝手にも程がある……ッ!」

「くっくくく……、あっはははは! 恐ろしいか? 既知を越えた未知が。常識の埒外の存在が。己の信じた世界の掟(ルール)が崩壊していく事が。だがな、貴様ら凡愚の信じる世界の掟(ルール)など、オレにとっては何の意味も持たないママゴトだ。この世界では強き者、すなわちこのオレこそが絶対強者(ルール)。それを否定したければ絶対たるオレを倒してみせろ! そうすれば、貴様が今日から新たな絶対強者(ルール)だ! 天羽茜!!」

「ふざけるな。本当にッ、ふざけるな……ッ!」


 両手を広げて天高らかに嗤う王我最命。

 この男のしている事は、同じ『徒影』として許せない。


 天羽茜は、疾風をも超越する速度で裏影界の大地を駆け、脇目も振らずに王我最命へと突っ込んでいく。


「……さて、いつまでも相手にばかり攻撃させては王として無礼と言う物だ。全身全霊の一撃には、こちらもそれ相応の力でもって応えなければな」


 ジャラン、と。

 肩に担いだ長大な『絶対法の王権(アブソリュート・ロウ)』を、音を鳴らして天高くへその切っ先を突きあげた。


「――王命だ。我が下僕共よ。敵を蹂躙せよ」


 瞬間、天羽茜の視界が一面の漆黒に染めあげられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ