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獣と王子  作者: ひかりばこうじ
13/19

第13話

 遥か遥か西の果て、七つの山に囲まれた場所に、王子は辿り着きました。

 とても険しい道のりを、王子は懸命に歩いてきたのです。

 赤い山と橙の山の間を抜けると、開けた視界の上空に、まんまる丸い虹が見えました。


 王子にはここが何処かが、すぐにわかりました。


「風の始まり」


 旅の途中で出会った者達は、みな口を揃えて、この場所を悲しく歌いました。


「七つの山に囲まれた、七つの光の輪の中心。そこから風は生まれるよ。生まれてその輪を潜れれば、風は風として、生きてける。

 あぁ、あぁ悲しき始まりは、帰りし風と交わりて、何処へも行けない。何処へも生けない」


 王子は何度もその詩を聞きました。しかし、実際にこの場所に来るまで、この詩が意味していた事を、理解していなかった事を知りました。


 王子は初めてそれを見た時、宙に車輪が浮いているのだと思いました。

 回転する車輪は、ネズミの滑車の様に忙しく回っているのだと。

 縦に回る車輪、横に回る車輪、斜めに傾いた車輪、いくつかの車輪が、その白い円をくっきりと映していました。


 支点無く回る車輪に目を凝らした王子は、息を飲みました。

 それは車輪などでは無かったのです。

 白い車輪に見えたそれは、知らせ鳥でした。一羽二羽などという半端な数ではなく、千、万という圧倒的な数でした。


 風に絡まった鳥。そうとしか表現出来ないものが目の前にありました。

 生きることも、死ぬことも許されず、生まれなかった風の輪に絡めとられた知らせ鳥の末の姿が、そこにありました。


「これじゃ、まるで」


「風の墓場」


 王子は背後からの声に驚きました。そしてその声は、王子が思っていたことを的確に言い表していました。


「そう。ここは風の始まりで、風の終わりでもある」


 一人の少年がそこに立っていました。


「風の便りを運ぶ知らせ鳥は、風そのものであって、風ではない」


「君は誰」


 王子は歌うように話す不思議な少年に聞くと、


「紡ぎ」


 と短くも耳に残る声で答えが返ってきました。

 あまりにも素っ気ない言葉に、王子は何も言えませんでした。

 しかし少年はそれを気にする事もなく、言葉を、それこと糸を紡ぐように話しました。


「獣の便りは受け取った。しかしそれらは西風にならなかった。運命を変えるほどの風に至るには、想いが強すぎた」


 王子には少年の言葉の意味がわかりませんでした。しかし、その意味を訊ねた所で、王子がわかる言葉で答えが来るとも思えませんでした。


「ここは始まりと終わりで、終わりと始まり間。王子の望みは魔女から届いた」


 少年はまるで独り言のように呟き、歩き始めました。

 それはまんまるの虹の中心の下。

 王子は少年の後に続くように、その背中を追いました。


 虹の中心で少年は立ち止まりました。

 少年は不意に王子の胸に触れると、そのまま王子の胸を貫きました。

 王子は何が起こったのかわかりませんでした。

 ただ、少年と視線がぶつかり、そのまま暗い暗い闇が王子の視界を塗りつぶしただけでした。


「どうして」


 王子の声が実際に出ていたかどうか、それはわかりません。

 視界が黒に塗りつぶされる最後の瞬間に、少年の無機質な声が響いただけでした。


「ここは終わりを告げる場所。始まりを鳴らす場所」


 もう、王子に何かを考える事は出来ませんでした。



 深い深い森の奥に、美しい小さな国がありました。

 そこには優しい人々が暮らしています。

 しかし悪い森の魔女がいるので、平穏な生活は時々崩されてしまうのです。

 王様と王子が森の魔女に、人間の心を奪われてしまいました。

 悪い森の魔女は恐ろしい存在です。

 ですが、人々は優しい王様と王子を、この国から奪った森の魔女を、とうとう殺すことを決意しました。


「魔女を殺せ」

「魔女を殺せ」


 誰が悪いのかわからぬまま、人々は武器を手に歩き始めたのでした。

 これは王子が西の果てで、少年に胸を貫かれた時の話。

 遥か西の果てで、車輪の鳥は激しく鳴きわめいていました。


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