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第5章 月に沈む


 今思うと、圭は人の心を読むのが上手かった。ホント、超能力かと思うくらい。まぁ、それが逆にあいつにとっては人嫌いっていうか、人間不信っつーか…とにかく、そうゆうもんになった理由だと思う。たしかに根本の考え方は一緒だったけど…あいつは淡泊過ぎたのかな、全てのことに対して。


 昼飯用の弁当片手に階段を登った俺は、片手を上げていつも通りの台詞を叫んだ。この日は梅雨入りのせいで雨が降っていたし、多分雨宿り出来る所で絵でも描いてんだろうと思っていた。


「圭ちゃ~ん、おっは~」

「…」


 いつもの、『誰が圭ちゃんだっ』っていう答えがない。俺はあたりを見回して、やっと圭の姿を見つけた。屋上のずっと奥。フェンスの、その向こう。

 一瞬、背筋が凍り付いた。雨音と視界不良の屋上で、フェンスの外数十㎝しか足場のない所に座って向こうを見ている圭の姿。

 いつからそこにいたのかと思うくらい、制服が濡れている。しかも、ご丁寧に靴を脱いで自分の隣に置いてあったもんだから俺はつい焦ってしまった。


「…あ、時雨。今日も遅刻…っ!」


 フェンスの編み目から手を伸ばして制服の襟を掴む。思いっきりこちら側に引っ張ったもんだから、圭はフェンスに頭をぶつけることになった。


「お前っ、何やってんだよ!」

「…お前こそ何すんだよ…」


 頭を押さえて抗議する圭。けれど俺は掴んだ襟を離さない。ここで少しでもバランスを崩したりしたら……想像したくもない。


「何考えてんだよ!間違ったら死ぬだろ!?」


 叫ぶようにそう言うと圭は一瞬きょとん、とこちらを見て首を傾げた。靴を手にとり、それを履きながらこう言う。


「今まで落ちなかったし…落ちたら落ちたで仕方ないことだろ?」


 さも運命まかせのような言い方をして圭はフェンスに手をかけて登り始めた。ここのフェンスは少し高くなっているから、手を滑らせたら一環の終わりだ。けれど圭は臆することもなく、こちら側へ降りてきた。

 俺は安堵して座り込む。


「はぁ~…心臓止まるかと思った…」


 気付くと俺達は仲良く雨の下にいた。しかもそろって制服を濡らしている。俺は溜息をついて、寝ころんだ。たまには、雨に濡れてもいいか。


「…雨宿りしなくていいのか?」


圭が上から見下ろしている。俺は笑って言った。


「たまにはいいんじゃね~?いい男度アップってことで」


 圭だけ濡れてんのは不公平だろうし。雨の下じゃ絵が描けないとか何とか言っている圭を無視して俺は雨粒を落とす暗雲を見上げた。湿った空気が気持ち悪いけれど、まぁ、いいとしよう。


「…な~、圭ちゃん」

「圭ちゃん言うな」


 やっといつも通りの答えが返ってきたことに安心しながら、俺は起きあがって圭の顔を見た。


「…さっき何してたんだ?」


 圭は別に言葉に詰まることもなく、さらりとビル街を見つめて言った。


「いい風景はないかなと思って…探してた」

「あんな危ないトコで?」


 頷く圭はどこかいつもと違う、空虚な瞳を校庭の方に向けている。なんとなく俺は、こいつが変わり者として有名になったワケを知った気がした。


「けどなぁ、『落ちたら落ちたで仕方ない』って…ほっといたら自殺でもしそうでヤなんだよなぁ…」


 こいつが干渉されるのが嫌いなのは知ってる。自分もそうだけど、こうゆう考え方されると、どうしても何か言わなきゃならない気がして…もう身に染みてしまった『生徒会魂』というやつか。

俺はなが~く息を吐いて、こう言った。


「圭。…お前さぁ、なんの為に生きてる?」

「死ぬ理由がないから」


 来ると思った。俺は予想していた返答にそう思いながらも、その返答に返す言葉がないと自嘲する。濡れた猫っ毛に指を絡ませてつまらなそうにしている圭に俺はもう一つだけ聞いてみた。


「お前、干渉されるの嫌いだろ?」


 一瞬、圭の表情が強ばった。ビンゴだと俺は思いつつ、次に来る言葉を予想する。


「…それはお前もだろ」


 上擦る声で切り返した圭の言葉。予想通り、俺の話を出してきた。俺はそれを無視して話を続ける。


「お前絵以外にしたいことないワケ?勉強もしてるっぽいけどさぁいかにも義務ですって感じだし…」


 圭の表情の変化に気付きながらも俺は知らないふりをして返答を待つ。こうなったらヤケだ。自分ばっか人に干渉するのは反則かもしれないけれど、…もう決めた。


「…それはお前に関係…」

「関係ないって?へぇ…」


 俺は冷静を装って圭を見た。せめてこの、生きることに対して淡泊すぎる所をどうにかしたい。らしくもない、溜息をついて圭の目を見る。雨音が耳の中で雑音として響き回る。怒れ。せめて俺が、こいつの中で怒りの感情を起こすくらいの存在であってくれ。

 どうかいつもの、皆の怒りを買う、あの人を小馬鹿にする笑みが出来ていますように。


「…逃げんの?」

「!」


 相手が何か言う前に俺はさっさと立ち上がり、階段への出入り口のドアを開けた。圭が何か言ってるけど、それを無視して俺は言った。


「なー、圭!俺と賭けしねぇ?」

「はぁっ!?」


 俺は雨の中で立ちつくす圭を指差して、叫ぶ。雨音にかき消されないように、淡泊なあの考えを吹っ飛ばせるように。


「生徒会選挙、俺が会長に信任されたらお前のその考え、改めること!…もし俺が落ちたら、俺はお前の考えに干渉しない」


 俺の信頼度が校内で一気にダウンしていることは、圭も俺も知っている。会長立候補はかなり難しい。無理かもしれない。けど、やってみないで逃げるのよりはマシだ。

 圭は少し下を向いて、考えているようだった。けれど、すぐ顔を上げて言い返す。


「…分かった。賭ける」

「よっし、そんじゃ、選挙んときは絶っ対集会出ろよ。絶対だからな」


 あの時はノリで言ってたけど…今思うとすんげー賭けをしたなぁ。無謀、無謀。似合わないことはしないほうがいいな、マジで。

 まぁ…この時から、選挙の日まで俺は圭とは会わなかった。その間に圭が何を考えてたかは分かんねーけど…。





「それで?あなたは信任されたの?」


 カンバスを返し、美術室を出ると時雨は廊下を歩きながら笑った。


「…俺、生徒会長に見える?」


 私は謙遜するでもなく、時雨を下から上まで見直して、言った。


「見えないけど」

「…お世辞でも見えるって言って欲しかった…」


 時雨の栗毛色の髪は染めたままであるし、髪も多分、来栖 圭と出逢ったときから切っていないだろう。髪の長さからしてもそう思える。私はあの幽霊の気配を探しながら、隣を歩く時雨を見上げる。


「その様子をみると、髪もそのままで選挙に出たようね」

「ぴーんぽーん。鋭いね、君」


 どうも、と軽く答え、私は廊下を見渡す。ここの近くに気配はない。けれど行動範囲からしてこの学校内にいるはず。


「…古栖はいつも屋上にいた?」

「ん?まぁ、屋上にいないときは美術室だったけど…」


 人は生前自分が過ごしていた場所に捕らわれやすい。多分、あいつも屋上付近を彷徨っているのかもしれない。


「屋上に、案内してくれる?」


 時雨は笑って頷いた。人の良さそうな笑みだった。


「おっけ~」





 久しぶりに、集会に出たような気がする。何百人と生徒の並んだ体育館に俺は人酔いしそうな感覚を覚えながらも自分のクラスの一番後ろに座った。クラスメイトや他のクラスの奴らの視線が集まっているのは知っていたけれどあえて無視していた。

 どうやら、会長立候補は時雨だけらしい。信任か不信任かを問う選挙になるらしいが、最近の時雨の変わり様に校内での不信感は高まっている。

副会長立候補は2人。常葉と氷室。身長が低く、女顔なのが常葉で、眼鏡をかけていて物静かそうなのが氷室。ちなみにどちらも男子。そして会計監事が…この間時雨の説得に来ていた日和という女子生徒。こちらも信任、不信任を問うらしい。

 最初に会計監事立候補者と副会長立候補者の演説があった。あの日和という女子生徒は人を惹きつける様な話し方で演説も上手く、後ろにいた教師達の感嘆の声が小さく聞こえた程だった。副会長立候補者の2名も公約を提起した上での演説、常葉という女顔の生徒にいたっては、『会長のサポート役として…』という言葉まで使っていた。

 立候補者4名のうち、時雨を除いた3名は信任されるだろうという空気が、俺にも見てとれた。ただ、時雨は立候補者の中で1人だけ不利な状態に立たされている。

 ふとそんなことを考えていた自分に気付いて、俺は1人頭を振った。数週間前に時雨に言われたあの一言を思い出すと、時雨なんか不信任になれという半分ヤケのような感情も入り交じっていた。


『…逃げんの?』


 逃げてなんかいない。それはお前の方だ。時雨が落ちたら、そう言い返してやろうと心に決めていた。選挙の為だけに外見だけ取り繕って真面目に見せてもどうせ、いままでの時雨の生活を皆知っている。どんなに頑張ったって信任されるわけない。

 そう思った俺の耳に、館内のざわめきが木霊し始めた。どうやら、時雨の番が来たらしい。一体時雨はどんな演説をするのだろうか?たとえどんなに真面目な話を持ってきた所で、結果は変わらない。そう笑ってやろうと、思っていた。

 けれどやはり時雨は俺の予想を何倍も裏切った。初めて会話をした時…迂闊にも素で返答を返してしまった、あの時と同じように。

 登壇した時雨の格好に、館内のさわめきが一層強まった。少しはマシな格好をしてくるだろうと予想していた生徒や、教師、そして俺を裏切って、あいつは今までと変わりのない、いつも通りの姿で現れた。Yシャツを出して、上着のボタンをかけず、栗毛色に染めた長髪はそのまま、しかも手ぶらで演説用に用意した紙さえも持っていない。

 前代未聞の格好で現れた会長立候補者に、生徒達は動揺を隠しきれないようだった。俺はもう動揺以前の問題で、固まってその様子を見守るしかなかった。教師達も同様。こんな異様な空気の中、笑顔でいられたのは時雨の『作戦』を知る生徒会役員達だけだったのかもしれない。

時雨はマイクのスイッチを入れ、ざわついている館内の生徒にまず一言、こう言った。


「生徒会長に立候補しました、柳谷 時雨です」


(…柳谷?)


 我に返った俺は、性格に似合わず緊張しているらしい時雨の顔を見返して首を傾げる。あいつの名字は水無月だったはず…。

 時雨は、生徒を右から左まで見渡しながら一つ一つ白状していった。苦笑いを浮かべながら、時雨は言う。


「多分皆知ってると思うけど…俺はいままで、授業サボってました」


 まさかこの場でそんな悪事の白状があるとは思わなかった生徒達の混乱は、増す一方だ。教師達の数人が頷いているのが見える。


「まぁ、見ての通り髪も染めてるし、伸ばしてるし…センコー達から見たら問題児にしか見えないと思う。…あ、それは皆にも言えるだろうけど」


 ばつの悪い子供のような表情をしながら、時雨は頭をかいた。


「…犯罪行為まではしてないけど、人の弁当の中身盗ったりはしまシタ」


 いや、それは言わなくていいだろと、どこまでも俺の予想を裏切る時雨の発言に、俺はつい、つっこんでしまいそうになる。

 けれどそんな時雨の言葉は少しづつ生徒達のざわめきを鎮めていった。


「生徒会の仕事もサボりっぱなしで…なんかもう手のほどこしようもないくらい反抗してました…ガキみたいだけど」


 時雨の言葉に生徒会役員達が苦笑する。あの日和という後輩は盛大に頷いてみせる位だ。時雨は続ける。


「まぁ、それには事情があって…クラスの奴とある1名は知ってると思うんだけど俺、前は水無月 時雨って名前でした。…言わなくても意味は…分かる、よな」


 時雨のクラスの数名が、ざわざわと何かを囁き始める。それが他の生徒にも伝染して、また館内に雑音が木霊していく。


「…多分…」


 時雨の言葉に、雑音が一気に途切れた。


「…多分『これ』は、俺のただの悪あがきなのかもしれない」


 いつの間にか時雨の表情の中から消えていた笑顔。名字が違うというのは、多分親の離婚とかそうゆうことだろう。俺は黙ったまま、講壇を見上げる。


「けどやっぱり、急にこうゆうことになると…予想してたより自分が脆いなって気付いた。…けどさ、おかしな事に妹はグレてないんだよな」


 俺ってダメ兄貴?とか冗談混じりに演説しながら、ふと真剣な表情に戻り、話を続ける。この時雨ならではの演説の仕方に、他の立候補者達とは違った人の惹きつけ方がある。俺はこのとき、確かにそう思った。


「急に片親になって、それで混乱してんのは俺がガキなせいか、それとも」


 はっきりと、時雨の視線がこちらに向けられたような、そんな気がした。


「……怖くなったのかもしれない」


 いつの間にか全校生徒が、教師達が、登壇したその立候補者の演説に視線が釘付けになっていた。悔しいけれど、俺もその中の1人になっていて。

まるで、自分のことのようだったから。


「片方の『親』って存在に見離されたような気がしてたのかもしれない。だから、人と関わるのが嫌になった…。…だからこうやって反抗して」


 今まで誰も信じなかった。…信じられなかった。干渉されるのを拒絶して授業をサボって、ずっと絵を描いていた。それは、きっと


「怖かったんだ…けど、反抗してみて分かったこともあって。まぁ、何があったかは皆の想像に任せるけど」


 悪戯そうな笑顔でニッと笑うと時雨は館内を見渡した。1人1人の顔を見るようにしながら、語りかける。


「…それじゃあ、誰とも関わるのが嫌だっていう人間に必要なものって何だと思う?」


 時雨の問いに生徒達は顔を見合わせ始めた。首を傾げ合い、『なんだろ?』と互いに考えを探す。生徒はおろか、教師も首を傾げていた。時雨はその様子を確認して少し間を取ると、微笑って言った。


「…まぁ、色々あるとは思うんだけど、俺の意見としては…『信じられる人間』だと思う。だって、信じられる人間がいなきゃ人生やってらんないじゃん?」


 前列の奴らが時雨の言葉に笑う。時雨も笑って流そうとしたけれど、その一言に俺は反応してしまった。


「…信じられる人になる、信じられる会長になる、信じられる生徒会にする。当たり前のことだけど、これって一番大事。だろ?…だからこれが俺の公約」


 公約。そう言われて俺はやっとこれが演説だったことを思い出した。周りの奴らも同じだったらしく我に返ったばかりのような顔をしている。時雨は最後にこう付け足した。


「…少し暗い話題になったけど、俺の言いたいことはこんな感じかな。…たしかにさ、いままで色々迷惑かけてた奴なんかに会長はさせない方がいいかもしれないけど…」


 あいつの笑みは無敵だった。俺はこの言葉を聞いた瞬間、負けたと確信した。


「人生長いんだし、これくらいの賭け、しときたいじゃん?」


 初めて会った時と同じように、時雨はあの悪戯好きそうな笑顔を浮かべていた。

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