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近未来的幻想料理研究会の日常

 


 かつて人類は知恵の果実を二度たべた。それは、かの有名な『エデンの証明』の著者マスク=ハナカクース氏が提唱した、エデンの実在を証明する要素の一つである。

 彼は歴史学者としては在り来りにも、フィールドワークに熱を上げる質だった。そんな彼は、どこだかの島国である偉大な発見をした。それが、特定の時代を境にして、人類が鼻を隠し始めたということだ。

 マスク=ハナカクース氏はこの事実を知ったとき、ひどく興奮してマスクを血に染めたというのはこの界隈ではあまりに有名な笑いの種である。彼の名誉のために補足するなら、それは別に、青空の下に鼻を晒して歩く人々の姿を想像したからではない。もちろん夢のような光景であるのは、僕も認めるところだが。


「つまりハナカクース氏はそれこそが知恵の実の影響であると考えたわけだ」


 僕が言えば、幻想料理研究会の面々はみな真剣な顔で頷いた。これもまた彼の名誉を担保する身として言っておくなら、もちろんそれは僕の認めた情景ではなく言葉についてだ。そもそもそこのところに関しては言いたかったのをぐっと堪えた。

 幻想料理研究会には、僕を含めて四人のメンバーが参加している。その中にはフレデリカというちょっと潔癖な女の子だっているのである。もしも僕にそのところの自制心がなければ、きっと彼女は烈火の如く怒っていただろう。


「それで、どうやって再現するんでしょうか?」


 噂をすればなんとやら、フレデリカが問いを投げる。僕はうん、と頷きを返すとそれに対する答えを口にした。


「この幻想料理にはひとつ絶対的な決まりがあるのがわかっている。それは食べたのと同じ種の生物が須らくなにかしらに恥ずかしさを覚えるということだ。逆にそれ以外はわかっていない」


 人類ではじめてそれを食べたのは、もう名前も忘れられてしまった人類の祖であったという。だから僕らは今日に至るまで当たり前のように服を着て生きている。ハナカクース氏がこの世紀の発見をするまでは、それは子々孫々まで効果を及ぼす食材であったと考えられるのが通説だった。

 けれど次に食べたときは人類はもっと爆発的に増えていて、一人や二人が食べてもそれは僕らが揃ってマスクをつける理由にはならないのである。それなら、種に対して満遍なく行き渡る仕組みがどこかにあるはずだった。そして、そんな複雑怪奇な現象を起こす組成を持った食材などそうあるものではない。

 そうであるならば、その効果さえ再現できてしまえば、その形や味というものは自ずと導き出されるのは自明であった。


「故に、それを以て再現の完了とする」


 フレデリカは悩ましげに、けれど了解の意を示した。困難な道程であることを改めてよく理解したのだろう。眉間にシワが寄っている。

 その肩を抱いたベックの手はパシリと払い除けられた。やれやれと首を振り、ベックが言う。


「フレディ、もうちょっと気楽に行こうぜ?俺らはこれまでもドラゴンの肉や神の餅を再現してきたじゃねぇか。この実績は国内でも有数だぞ」


 それは正しく事実であった。この研究会が発足して以来の快挙でもある。僕らの世代になってから再現できた料理の数は、既に先輩諸氏が再現してきたものをひっくるめた数にだって勝っていた。

 ただ、ストイックな彼女はそれでは納得しないのだろう。それに彼女は物事の真髄というのをよく見ている。


「それは先輩方の努力の結晶あってこそよ。あの莫大な研究データがなければ私たちはまだ一品だって再現できていなかった。違う?」


「違わねぇよ。けど実際にそれがあるんだ。なら今回だって条件は同じさ」


 ベックとフレデリカの間に火が飛び交う。いや、この場合はフレデリカが一方的に火を吹いていると表現すべきか。ベックは肩を竦めて受け流している。

 この二人は何かと反りがあっていない。お気楽で軟派なベックと他人に厳しく自分にはなお厳しいフレデリカ。そこには水と油よりも大きな隔絶があった。ベックに際しては些か不憫だけれど。


「まぁまぁ、落ち着いてくださいよフレデリカさん。それに噛み付かれるのわかっててからかうのはよくないですよ、ベック先輩」


 仲裁に入ったのは、この研究会最後の一人にして僕の心のオアシスことオシリスくんだ。彼は僕らの初めての後輩だった。

 それゆえか、みんな彼のことをよく可愛がっていて、こうやって間に入られるとどんな混ぜるな危険も見事に調和されてしまう。

 僕はオシリスくんの目配せにハッとして、パンと手を打った。


「それじゃ、そろそろ研究を始めようか。分担はいつもどおりで。オシリスくんは二人の補佐をお願い」


 返事は不揃いに。各自がバラけて作業を開始する。僕の仕事は食べることなので、ここからはみんなを信じて人事を尽くす時間だ。試食係と侮るなかれ。未知の料理の実験台というのは、被験に近しい覚悟を用いる。

 引いてはまず、特性の調合をした下剤ともしもの際の毒抜きの準備をしておこう。AEDも欠かせない。人工呼吸が必要ならそれはフレデリカに頼みたいところだが。いやよそう、これは天命に任せるに限る。


「さて、今回はどんなゲテモノができるやら」


 僕は椅子に腰掛け料理の完成を刻と待った。

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