トリック・ノット・トリート!
「トリック、オア、トリート!」
その家を標的にしたことに、意味なんてなかった。僕は友人たちと、誰がいちばんお菓子を貰えるかというゲームをしていて、そこそこ物怖じしない性格を活かし、目に付いた家のチャイムを鳴らしては出てきた人に手を差し出した。そこに載せられたお菓子を袋に詰めて、また別の家を目指すというのを繰り返して、そうやっているといつも僕らが遊んでいるのとは別の街までやって来ていたようで、初めて見るほど大きな家を見つけた。
僕はそれで初めて少し緊張しながらも、でもやっぱり高揚の方が大きな気持ちでチャイムを鳴らそうとして、そのタイミングでドアが開いた。出てきたのは背丈の低い男の人だった。この人もどこかのパーティーにでも行くのか、ミイラ男の仮装をしていた。男の人は固まる僕の身体を上から下まで見てポツリと呟く。
「ハロウィンか」
僕が頷くと、男の人はその場でしばらく唸った。それから、なら、と切り出した。
「トリートだ。俺はもう出ていくけど、鍵はあいてるから好きにいたずらしてると良い」
僕はぽかんとした。それはまるで想像していない答えだったからだ。けれど僕の反応なんて興味もない様子で、男の人はその場を去ったので、僕は仕方なく家に入ることにした。
家の中は、外観からわかる通りとても広くて、どこからどんないたずらをすれば良いのかがまるでわからなかった。とりあえず、リビングか台所を目指すことにして、家の中を探索する。そこならお菓子が沢山あるはずだとそう思った。
いくつかの部屋を、玄関から近い順に開けて中を覗き、僕はお菓子を探した。その道中でいくらかのイタズラもまたした。それは戸棚に掛けられていた鍵束から一本だけ隠してみたり、テレビのコンセントを抜いてみたり、カーテンを開けて部屋干しされている下着が外から見えるようにするようなことだった。
1階で最後に見つけた仏間には小さな仏様の像があって、その前にいくつものお供え物が並んでいた。僕は仏様にトリックオアトリートと唱えて、その中からお菓子をいくつか拝借すると、2階へ移った。
階段を上って最初に入ったのはふかふかのベッドがふたつ並んだ寝室で、枕元に何冊かの本と、穏やかな顔をした老夫婦とその娘らしき美人な女性を写した写真立てが置かれていた。僕は本に挟まれていた栞を別の場所に変えて、ベッドの上で何度か飛び跳ねてみた。想像よりもずっと柔らかくて、寝心地の良いベッドだった。あまりにも心地良いので、少しばかりうたた寝した程だった。
「泥棒だ!!」
それが覚めたのは、そんな声によるもので、僕はびっくりして目が飛び出すかと思った。意味を理解すると、心臓がバクバクと跳ねるのがわかった。
「これが落ち着いていられるか!泥棒だぞ!!」
それはまるで誰かと話しているようだったけれど、聞こえてくるのは男の嗄れた怒鳴り声だけで、僕の心はすっかり萎縮していた。
ドカドカバンバンと扉が開き、その度に何かしらの声が聞こえた。
「犯人はまだいるかもしれないんですよ、お爺さん!」
「うるさい!仏様の供え物まで盗んでいきおったんだぞ!」
どうやら男の声は、老人のもののようだった。たぶんそれは、あの温和な顔を浮かべる写真の中の人物なのだろうと思えば、なんだか不思議な気持ちだった。僕があの写真の中にあった平和を壊したのだと突きつけられているようで、もう何が何だかわからなくなって僕は布団に潜り込み声をなるべく聞かないようにした。
「金庫の鍵もない!」
これにはもうひとりの人物も仰天したのか、「えぇ!!」と声を張り上げた。鍵という言葉にドキリとして、それは隠しただけなのだと、今すぐ謝りに行きたい衝動に駆られたけれど、どうしてもそれを実行に移すことはできそうになかった。
そしてついに、寝室の扉が開けられたのがわかった。ドアが壁に叩きつけられて、その振動がベッドを介して僕にまで届いた。
お爺さんはそれまでに反して何も喋らなかった。僕は気づかれなかったことに安堵の息を漏らして、そしてそれが間違いであったことを知った。
「盗っ人め、そこにいるんだな!!」
お爺さんはそんな掛け声と共に、棒状のもので布団越しに僕を殴りつけたようだった。僕は「ぐっ!」と呻いて、けれどそれがお爺さんを止めることはなかった。お爺さんはその後も何度となく「よくも!よくも!」と棒を振り下ろした。その事が、叩かれている僕にはよくわかった。よくわからなくなるまで、そう時間もかかりそうになかった。




