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外伝2・最終話 自分の決めた道を

暗殺者の正体は、あっさりと割れた。


ルシェヌ王国を通り抜け、海を越えたバリー王国と貿易を始めていた地方貴族が後ろにいた。

王女にダンスを申し込んでいた、あの令息の侯爵家である。彼の馬車の椅子に忍んで偽の給仕係が入り込み、王女を誘惑できそうになければ消せばいい――そんな身勝手な動機に、情状酌量の余地はない。


表向きは不正、実のところは外国からの賓客を暗殺しようとした罪で、(くだん)の侯爵一家は爵位を取り上げられて死ぬまで出られない地下牢につながれた。


事件が片づいた翌日、王女からの使者が騎士団長室に現れた。


「このたびの団長様の働きにつきまして、王女様よりお礼を差し上げたいとの仰せです」


「私は自分の仕事をしただけですが……そうですね、せっかくのお召しですので、参りましょう」


使者とともに来たメリーアンは、オーウェンが笑っていたのが気になっているようだ。


「……奥様になるかもしれない方だから、ですか?」


「ん? いやいや、私も話したいことがあるだけだ」


ははは、と笑い声を上げたオーウェンに、メリーアンは難しい顔になった。


✦ ✦ ✦


聞きたいことがあると顔に書いているようなメリーアンは、黙ってついてきた。

客間の前で警護の騎士とともに待つように言い、オーウェンはひとりで王女が滞在する部屋へ入った。


「失礼致します。オーウェン・ランカスター、お召しにつき参上致しました」


オーウェンは片手を胸に当て、一礼する。

フランシス王女はソファーに座っており、傍らに立つ侍女に扇で口元を隠しながら何か話した。


「ランカスター騎士団長、ご足労いただき申し訳ありません。

先日は助けていただき、まことにありがとうございました、と王女様がおっしゃっております」


侍女が言い、オーウェンは再度頭を下げる。


「お気になさらずに。わたくしの役目にございます。それにしても……」


オーウェンはふっと笑って、わざとらしく天井を見上げた。


「お国も必死なようですね。……いもしない王女殿下を側妃にしようなどと。

レオニード殿下がロゼッタ妃殿下以外顧みないことを逆手に取って、ということでしょうか」


オーウェンの言葉に王女は刮目し、侍女は叫んだ。


「無礼な! この方は間違いなく、ルシェヌ王国の……」


そこで、王女が侍女を制するように手を出して止めた。


「お、王女様?」


王女は扇を下ろし、オーウェンに尋ねた。


「……なぜ、わかりました?」


女性とは思えない、低い声。


オーウェンは微笑む。


「これでも、王国有数の騎士と呼ばれておりまして。気配には敏感なのですよ。

――フランシス王子殿下」


「はは、なるほどな」


おろおろする侍女の横で、フランシス王女は顔の下半分を覆うベールを取った。しっかりとした鼻筋に口元、顎のラインまで見えれば間違いようがない。

美女ではなく、美青年である。


「失礼したな、騎士団長。私はフランシス。名は偽っていないが、れっきとした男だ。

兄弟は数多く、父上ですら子供の名を間違えるほどだ。私のように身分低い側妃の子など、王国内でも知られていない。

これでも、王子として育ってはきたのだがな。細身でどちらかといえば女顔、何も言わず顔も目元だけならばごまかせるだろうと、父上に送り込まれてしまった。

レオニード王太子と聖女のロマンスは、ルシェヌでも有名だ。側妃になったとて、寝所をともにすることもあるまいと踏んだわけだが」


「なんとも、大胆なことをなさいますね」


「大胆どころか、馬鹿なことをと思うだろう? 私自身、そう思っている。

だが、国を護るためと言われては――」


王子は、自嘲気味に笑った。


「しかし、やめた。私は、国へ戻るつもりだ」


「暗殺者を口実になさいますか?」


「ああ、それはいい建前ができた。

……あの舞踏会の折、貴国のアシュフォード公爵。彼女に言われてね。

『生きる道はご自分で決めるものでしょう、王子殿下』と。公爵にも、ひと目で見抜かれていたらしい」


シルヴィアーナも、フランシス王女が王子とわかっていたのか。

オーウェンは、それには内心驚いた。


「隣国のサーヴェルトでは女性が公爵になり、自分の道を生きている。

ひきかえ王子の私が、王女として一生自分を殺して生きるなどありえん」


「――まったくですね」


「それに、ランカスター騎士団長。卿の剣技はまこと、素晴らしかった。

私も、剣を持つのは好きでね。このようなナリ(ドレス)でなければ、対戦してみてほしいと思ったよ。

おそらく、相手にならぬであろうが」


フランシス王子は、吹っ切れたように楽しげに笑った。


✦ ✦ ✦


やがてフランシス王子は正体を伏せられたまま、ルシェヌへ帰っていった。


暗殺騒動を盾として、縁談は立ち消えた。

代わりに同盟は、縁組ではなく領地の割譲で話がついた。国境付近の一帯を、ルシェヌからサーヴェルトへ譲る。

その対価に渡されたのは、ドラゴン水晶の欠片である。


サーヴェルト王国でも希少であり、他国からは羨まれる宝を託されたとあっては、土地を多少渡しても釣りが来る。

同盟強化には十分な結果だ。フランシス王子が責められることも、まずあるまい。

もっともルシェヌの王は、サーヴェルトの王家が大量のドラゴン水晶を保有しているとは、夢にも思わないだろう。



――巡り巡って、またあの方と……あの男に助けられたようなものか、とオーウェンは苦笑した。


団長室の椅子に座って両腕を上げ、伸びをしていると、書類を持ってきたメリーアンがオーウェンをじっと見つめた。


「なんだ?」


「フランシス殿下が本当に王女だったのなら、縁談を受け入れるおつもりでした?」


「……さて、どうだろうな。

誰とも、結婚する気などなかったが……もし、レオニード殿下の御為(おんため)とあれば、考えたかもしれん」


「はっ!?」


メリーアンは書類の束をオーウェンの机の上にどすんと置き、ずい、と顔を寄せてきた。


「ご自分の人生を犠牲にするのは王の剣、盾としてではないのですか! 騎士団長!?」


猛烈な剣幕に、オーウェンは目を丸くした。


「それは、そうだが」


「でしたら、おかしなことを考えずに、しっかり仕事をなさってください!

……冗談じゃありません」


赤い顔をしたメリーアンは、怒って団長室を出ていった。


取り残されたオーウェンは、しばし呆然となった。


『生きる道はご自分で決めるものでしょう』


フランシス王子に聞いた言葉が、シルヴィアーナの声で脳裏に再生される。


「自分の道は、自分で決める……か」


騎士団長になったのは、自分が決めたことだ。侯爵家を継いだことも。

爵位は姉の子である甥に譲れば、自分は未婚でいいとも。


だが現状は、自分の望みと言えるのだろうか?


「――ふむ」


オーウェンは立ち上がると部屋を出て、訓練場に向かった。



場内では、ちょうどメリーアンが第五部隊の隊員たちの訓練を見守り、ときどき厳しく檄を飛ばしているところだ。

彼女はしっかりと、自分自身で道を定めて、あの場所にいる。


自分で決めたのだ。

美しい伯爵令嬢がドレスを脱ぎ捨て、騎士服に身を包み、剣を取って。

誰になんと言われようとも。


「なるほどな」


――どうも自分は、強い女性に弱いようだ。

オーウェンは我知らず、笑みをこぼした。


「もう少し、真剣に先を考えてみるか」


遠い思い出になっていた人が、思い出させてくれた。

自分が選ぶ大切さを。


オーウェンが見ているのを、メリーアンが気づいた。


「騎士団長、そんなところで見学されているほどお暇なら、稽古をつけてくださいませんか」


団員たちがざわついたが、オーウェンは訓練場の中に入った。


「団員の訓練もいいが、模擬戦の相手をしてくれるか?」


「私が、ですか?」


メリーアンが、薄いブルーの目を見開く。


「ああ。本気を見せてくれ」


オーウェンの言葉に一瞬むっとして見えたあと、不敵に笑ってみせる。


「隊員の前で、恥をかきませんようにお願い致します」


「怖いな」


「私が勝ったら、第五部隊員全員に奢っていただけますか?」


おおっ、と隊員たちから声が上がる。


「ああ、いいだろう」


オーウェンの答えにさらに湧き上がり、「ええっ!?」「隊長お願いしますよ!」「いやいや、無理では……ああいえ、隊長、頑張ってください!」と声が飛び交う。


メリーアンは隊員たちをひと睨みすると、練習用に立てかけてある木剣を手に取った。

オーウェンも、木剣を手にする。


隊員が退いた訓練場の中央で、オーウェンとメリーアンが向かい合う。


「全力でいきますよ、団長」


「望むところだ」


二人が、剣を構える。

オーウェンと対峙するメリーアンの瞳が、輝いて見えた。


――メリーアンが勝ったら、約束通り全員に好きなだけ飲み食いさせてやるが。

私が勝ったら、彼女一人に付き合ってもらうとしよう。


きっと、美味い酒が飲める。


「――始め!」


隊員の声を合図に、メリーアンが突進してくる。

アッシュ・ブロンドがふわりと舞い上がり、きらめいていた。


✦ ✦ ✦


「母上、お休みなさい!」


「お母様、おやすみなさーい」


「はい、お休みなさい。二人とも、いい夢を見てね」


小さなジェイクと、小さなシルヴィアーナに見える可愛い子供たちが、大きなベッドの中で目を閉じる。

シルヴィアーナは二人の額にキスを落とし、しばらく横で眺めていて寝息を確認すると、部屋を出た。


廊下には、ジェイクが立っていた。


「あら、お帰りなさい。子供たちはもう寝てしまったけれど」


「ええ、今顔を見せると寝る時間が遅くなりそうなので、待っていました」


「優しいお父様ね」


商談の仕事から戻ったジェイクが、いつものようにシルヴィアーナの頬にただいまのキスをする。シルヴィアーナもキスを返して、ジェイクの腕の中で小さく笑った。


「どうかしましたか、シルヴィア」


「いいえ。ただの思い出し笑いよ」


――ルシェヌ王国の王子が使者に来る話は、第二王子ティオドールルートのレアイベント。フランシス王子を見た瞬間に、思い出した。


ずっと忘れていた、前世のゲームの記憶。

またすぐに忘れてしまうだろうけれど……でもそれは、今が幸せだから。


夢を叶えたわたくしの願いは、ひとつだけ。



この世界に住む大切な人たちが、みんなずっと幸せでありますように。


(完)

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

評価やご感想などいただけると嬉しいです。


これにて、この小説は完結です。

外伝までお付き合いいただいた方々には、感謝いたします。

本当にありがとうございました!

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