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第33話:大人の対応




 私はいつもの如く後悔していた・・。


(・・何であの時、可憐さんの言う通りになんてしてしまったんだろう・・。)



 あの日の翌日の夜・・。


 寝ようとすると・・可憐さんがニコニコ笑ってベッドの上で手招きしていたー。


 私はのこのこと彼女のそばへ行くと、案の定・・ベッドの中に引きずりこまれたー。



「・・な・・何をしているんですか・・!?」


「・・アハハ。 抱き枕~♪」


 彼女はそう言って私をきゅ~っと抱きしめた。


(・・ま、枕・・!? 私は枕じゃなくて人間ですっ!!)


 そう思い暴れると・・


「だって私昨日、美月さんに抱きしめてもらって寝たら・・ものすごく快眠できたんだもん!


 ぐっすり眠れてお肌もぷるぷる。 触ってみてよ、このお肌~♪」


 可憐さんは私の右手を彼女の頬に触れさせた。


 触ってみたら確かにぷるぷる・・って違う!! そういう問題じゃない・・!!


「・・そういう問題じゃなくて・・」と、抗議すると・・


「何よ・・。 私は女優よ? 美しくある事が仕事なのー。


 美月さんは私の付き人でしょ? 私が常に綺麗でいる様に最善を尽くすべきだわ。」


「・・いや・・だからそういう事じゃなくて・・。」


 つぶれた状態で再度抗議すると・・彼女は少しキツイ調子で言った。


「うるさいわね。 付き人の仕事はタレントがベストな状態を保てるように身の回りの世話をする事でしょ?  


 黙って枕になってなさい・・!」


 そう言って、私の頭頂部に頬をスリスリしたー。


(い・・いや・・。 これは・・パワハラ・・いや、セクハラだよ、セクハラ・・!!)



 回された腕をはずそうと奮闘していたら・・


「・・美月さん、ひどい・・。


 私は美月さんのために毎朝心をこめてお弁当を作っているのに・・美月さんから好かれるように努力してるのに・・。


 なのに美月さんは、私の・・こんな小さなお願いも聞いてくれないのね。 ただ黙って寝ているだけでいいのに・・。」


 彼女はそう言い、ホロホロと泣き始めたー。



 私はそれを見てギクリとしたー。 ・・演技だと分かっちゃいるけど、こんな風に目の前で泣かれると困る・・。


「・・いや・・。 可憐さん・・。あの・・。」


 私がオロオロしていると彼女は大粒の涙を流しながら呟いたー。


「・・他の事は何もしなくていい・・。 私・・疲れているの。 朝から晩まで仕事漬けで・・疲れきっているのよ。


 とにかく家でぐっすり眠りたいの・・。


 美月さんと一緒だと、今までにない位ぐっすり眠れるのよ。 お願い。 美月さん・・。」


 彼女は・・潤む瞳で私を見つめたー。


 NOと言えずに困りきって(うつむ)くと・・


「・・本当・・?」と、可憐さんが目を輝かせて私を見たー。


(・・え、え・・!? 今のはただ俯いただけなんだけど・・。)と思いあせっていると・・


「ありがとう美月さん。 大好き♪」


 そう言って、彼女はギュッと私を抱きしめた。


「あ~私子供の頃、犬を飼うのが夢だったんだ~♪


 オールド・イングリッシュ・シープドッグとかグレートピレニーズとか・・。」


 ・・だから私は物でも犬でもないんだって・・! ・・しかもその二匹、セントバーナード並みの超大型犬でしょうが・・!!


 子供の頃に犬の図鑑にハマッた時期があって知ってんだから・・!! くそっ・・


「ZZZ…」


 ああ・・寝た!! 寝やがった・・!!


 断るタイミングを完全に逃した私は、彼女の腕の中で呆然としていた・・。


 

 昨日の夜・・私は確かに彼女を抱きしめた・・。 ・・だけどそんな事に慣れるはずもなく・・またしても心臓が暴走を始めたー。


 背中に回された両腕や、目の前にある・・ちょっと細めの両肩や、私の頬にあたっている・・やや骨ばった胸元や、耳元にかかる温かな寝息や・・。


 そういった一つ一つのものが・・私の心をかき乱してぐちゃぐちゃにしたー。


 心臓は早鐘を打ち・・体は震えていた・・。


 なのに目の前のこの人は・・涼しい顔で熟睡しているー。


 ・・不公平だなと思った・・。


 この人にとっては何でもない事が、自分にとってはこんな一杯一杯なのが悔しかったー。


(・・人の気も知らないで・・。)


 恨みがましい思いで・・熟睡する彼女の顔を睨みつけたー。



 ・・でも、可憐さんはやっぱり可憐さんだったー。


 その日を境に、彼女は私と寝る時・・必ず私を抱き枕にして寝るようになったー。


 一度受け入れたらこうなると分かっていたのに、受け入れてしまった自分がバカなのだった。


 しかも今まで彼女は・・仕事がそんなにキツくない日は5日に4日位の割合で馨さんの所に泊まっていたのに、最近は・・二日に一度、私と寝るようになったー。


 しかも毎回爆睡しているから腹が立つ。 ・・こっちは寝不足気味だというのに・・。





 彼女と住み始めてから一ヶ月程たったある日の事だった・・。


 私と可憐さんはいつも通り、夜に渚さんの車でマンションに戻ったー。


 二人で部屋に戻った時、私の携帯が鳴ったー。


『・・美月ごめん、渡し忘れてた書類があったわ。 ・・駐車場にいるから取りにきてくれない?』


 私は可憐さんを部屋に残したまま、一人で駐車場に戻った。


 そして渚さんから書類を受け取った後、一人でエレベーターに乗り込んだ。


 一階まで上がった時、一人の人物がエレベーターに乗り込んできた。 その人物を見て・・私はギクリとした。



 背の高い私が見上げる程の長身・・サングラスをかけて、誰だかわからない服装をしていても・・間違えようのない程均整のとれた容貌・・。

 

「・・馨さん・・。」


「・・どうも・・。」


 彼はそう言うと、10階のボタンを押して私の横に並んだー。


 沈黙を乗せたまま・・エレベーターはぐんぐん上昇した。


 10階で扉が開いた時、私は安堵の息をもらした。 ・・でも次の瞬間・・私の背中に手が回され、私はエレベーターの外に押し出されていた・・。



 10階のエレベーターの前の廊下で・・私と馨さんは向き合っていたー。


「・・何ですか・・?」


 口から心臓が飛び出そうな程動揺していたが、それを悟られないよう・・平静を装って呟いた・・。


 両手がブルブル震えているが・・それを見られないように後ろの方で組んだ。


「・・・。」


 彼は無言で佇んでいた・・。 サングラスの奥の表情は見えないが、私を観察しているのが感じられた・・。


 震えが肩まで上がってきて、私は自分が情けなくなった・・。 確か彼はまだ24歳。 ・・6つも下の子になんてザマだろう・・。



 

「・・美月さん・・あいつとはもう・・寝ました?」


「・・・!!」


 

「寝る」って・・私がいつも可憐さんと寝ている・・あの「寝る」じゃないよね・・。



 私は自分の頬が燃えるように熱くなるのを感じた。 一瞬彼を凝視した後、目を逸らした・・。


「・・その様子じゃまだみたいですね・・。」


「・・・。」


 ぐらぐらと眩暈がしてきた。 すぐにその場を逃げ出したかった・・。


 でもまるで・・足から根が生えたみたいに一歩も動けなかった・・。


 

「・・美月さん。 あなたはこの先本当に・・可憐の願いを叶えるつもりがあるんですか?」



 ・・私は何も答えなかった・・。というか、固まっていたー。


「・・美月さんがあまり人と話すのが得意じゃないって事は聞いています・・。 だから、俺が一方的に話しますね。 ・・俺の話を聞いててもらえますか?」


 私はこくりと頷いた・・。



「俺とあいつは一緒になります。 いろいろ問題があるから時間はかかるけど・・必ず一緒になる・・そう断言できます。


 あいつは女性になるんです。 本人も・・周りもそう望んでいる・・。


 ・・あいつとの関係を進めてしまったら・・一番傷つくのはあなただー。」



 ・・彼はサングラスを取り、それをケースにしまった。 そして私の目を見て続けた・・。


「もし仮に・・本当に子供ができたとしたら、なおさらだ・・。 子供が物心ついて、もし自分の父親があいつだなんて知ったら・・どれだけ傷付くか分かりますか?


 あなただって本当に子供を生んだとして・・あいつがその先自分と同じ性別になって・・友人として生きていく事になるなんて耐えられないでしょう・・? ・・いや、耐えられなくなるはずだ・・。」



 私は俯いて何も答えなかった・・。



「美月さん。 あいつは話せばわかる奴です。


 あなたが大人として毅然とした態度をとれば、あいつは必ずあきらめるはずだ・・。


 あいつは高望みしすぎなんだ・・。 普通の人間が決して手にできない物をこれだけ手にしているのに・・そのうえ自分の子供まで欲しいだなんて・・。


 しかも”子供”だけだー。 あなたの事はどうでもいいと思っている・・。」



 彼の口から一語一語発せられるたびに・・私の心はズキズキと痛んだ・・。



「・・あなたのこの先の人生なんて何も考えちゃいない・・。 ”自分”の事だけだー。


 ・・あなたにも女性としての”プライド”があるでしょう・・?」



 私は耐えられず・・エレベーターのボタンを押し、彼に背を向けた・・。


 でも彼は私の手首を掴み、もう一度彼の方に向き合わせたー。



「・・離して下さい・・!」


 私は彼を睨み付けたー。 彼は私から手を離し、もう一度繰り返した・・。


「美月さん。 もう一度言います。 


 あなたがあいつをきちんと拒絶してやれば・・あいつは必ずあきらめます。 ・・あなたの口からはっきり拒絶されない限り・・あいつは絶対にあきらめない・・。


 ・・それを忘れないで下さい・・。」



 チャイムの音がしてエレベーターの扉が開いた。 ・・私は慌ててそこに駆け込んだー。


「・・可憐には俺と話した事を言わないで下さい。 ・・俺も言いませんから・・。」


 扉が閉ざされる直前に声がして、私はこくりと頷いた・・。


 上昇していく空間の向こうに・・無表情な馨さんが佇んでいたー。




 部屋に戻ると可憐さんが駆け寄ってきた・・。


「・・遅かったじゃない。 ・・心配したんだから・・。」


 彼女はそう言って私の顔を覗き込んだー。


「・・何かあった・・?」


 私はふるふると首を左右に振った・・。


「渚さんに書類の説明をされたんですけど疲れちゃって・・。 着替えてきますね。」


 そう言ってクローゼットのある寝室に向かったー。


 

 閉ざされていく扉の向こうでは、可憐さんが・・じっとこちらを見つめていた・・。







 


 






 























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