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第三十八話 ノーガスの住人


 リンガルを出たオレ達は進路を西にとり、魔の森の奥地にあるという魔邪の洞窟(マージャケイブ)へと向かう。

 魔の森の結界に入る手前には小さな村があり、そこで馬車と御者を待たせておく予定だ。


 馬車内では、向かいにトム、その隣にリューグが座る。今日、マイクは御者台に座らせてもらっている。

 隣に座るアイラはラヴィたんを抱えたまま、外の流れる景色を眺めており、オレは早くセシリアを解放してやりたい気持ちを抑え、静かに目を閉じ、そして揺られていた。


「ずーっと、おんなじ景色が続きますね……セシリアさま、向かっている村のことは何かご存知なのですか?」


 話しかけられて、片目を開けると、足をぷらぷら揺らした隣のアイラが目に映る。――退屈しのぎに、なにかお話を聞かせて欲しいって雰囲気が見え隠れしていた。


「アイちゃん、暇だからお話してっ! って、顔に出てるわよ」


 そーっと、顔を近づけて。――むにゅっ! 両手で頬っぺたを隠そうとするアイラの手を掻い潜り、オレの手が頬っぺを素早く(つま)んだ。――ふんっ、オレに勝とうなんざ百年はえーわ! 


「はひ、おはなひをしてほひーのでしゅ」


 ぷにっぷにの感触に満足し、優しいオレは名残惜しくも、かわいいコイツために頬っぺたを解放してやった。


「そうね、向かっているノーガス村は狩猟民族の小さな村なの。魔物は神の恵みってことで、それを産み出す魔の森を神聖視してるって聞いたわ」


「ええっ? そりゃぁ、倒せれば美味い食糧っスけど、人間を喰らうヤツらっスよ、それを神の恵って、ヤバくねーっスか?」


 ギルーラ王国では魔物に襲われ、家族や親しい者を失った者も多い。そんな魔物を産み出す魔の森を崇める民族は、他の王国民から受け入れられるものではない。故に訪れる者も少なく、孤立し、閉鎖的である。


「そんな不気味なところ、できるなら寄りたくは無いですね」


 オレとは、と言うよりセシリアとは少し距離を置いた感のあるリューグが話に加わる。これでも徐々に、ではあるが話せるようになってきた。


「邪神教信者の村って感じっスか? 呪いとかかけてきたりしねーっスかね?」



 ――――――



 ノーガス村に着く頃にはもう十五の刻に近かった。

 ここに来るまでの街道は、王国内を走る多くの道に(たが)わず整備され、(まばら)に行商人達ともすれ違っていたが、枝分かれしてこの村までの道は細くなり、不気味なほどに誰ともすれ違わず、静かに樹々の間を抜けていくだけであった。


 村の入り口の馬車には御者と、念の為にマイクを待たせ、村の中を見回して歩く。


「森の中で急に開けたと思ったら、ここがノーガスの村なんスね。周りは山とか森ばっかだし、おまけに魔の森の(きわ)だし、寂れているのも当然っス」


「そうだな、すき好んで来るようなところでは無いな」


 トム、リューグが感想を漏らす。ここの建物は二階建てまでのものばかりであり、倉庫、なのか? というような板張りのものもあった。

 っと、その家のひとつから、背中にカゴを背負った女の人が出てきて、物珍しげにこちらを見て、話しかけてきた。


「おおっ? 旅のひとっちゃか、久しいっちゃねぇ。こん村に(なん)しに()よーとね?」


 聞き慣れない言葉に少し動揺してかアイラが、オレの袖を引っ張って、「セ、セシリアさま」と小声でどうしようか問うてきた。トムは住人に恐れてか、後ろの方で小さくなっている。オメーも一応はオレの護衛って建前だろーに、なにビビってんだよ……。

 ――アイラも別に言葉に動揺せんでも良いだろうに。ちょっとしたせなまりじゃねーか。


「こんにちわ、近くを通ったので、万が一のために宿屋さんの場所を見ていこうかなぁって寄りました。ここは長閑(のどか)で良いところですね」


 じーっと、女の人がオレ達を見つめている。そして、ため息をついた。


「いや、よう見たら、まーた、王都の騎士のひとっちゃか。もう森を荒らすのはやめりーよ」


「また、ですか?」 話を聞くと、どうやら最近、三十人程の騎士が村に寄らず魔の森に入ったらしく、迷わぬ為か木を手荒に傷つけながら入っていったとのことだ。森の木は年に二回、この村の熟練した木こり達が材料調達と間引きを兼ねて行っていて、木を倒す際も森の恵みに感謝し、祈りを捧げて行うのだそうだ。


 ――オレはその辺りのことはよくわからんが、彼らが大切にしている物を踏み(にじ)っていったということらしい。


 荒らされたという時期からすると、おそらく団長らの一行だろう。好かん奴ではあるが森で迷わぬよう木に目印を付けることは、騎士団が魔の森の調査をするときに、当たり前にしてきたことだ。だが――、


「森に入るのに、そこの森を神聖視しているノーガス村のことを理解しようともせず入ったのか。愚かなことを……」


 思わず、素の言葉が口をついて出てしまう。マルコム団長は子爵の三男、貴族出身者は自分でも気づかず、庶民を(ないがし)ろにしてしまっている者も多い。貴族社会の弊害だ。


「やけん、王都の騎士の多くが魔物の(にえ)になりよったっちゃろ。帰りは四人やったっち、聞いたっちゃね。裁きは森がくだしよるき、うちらはなーんも言わんっちゃけど、そんでも良い気はせんっちゃね」


「そうでしょうね、うちの騎士がそんなことを……。ごめんなさい」と、謝っていると、ヒソヒソ声で「姐さん、なんて言ってんスか?」「お話がわからないのです」と、オレに助けを求めてきた。


「森を(はぐく)む木を無闇に傷つけちゃダメ。同じく水を汚しちゃダメ。森で魔物や山菜など食糧を頂いたら、森に感謝して残さず食べること。――じゃないと、バチがあたりますよって言ってるのよ。でもね、前に来た王都の騎士はそれをしなかったから、森に入った三十人の内の四人以外全員、森に罰せられて魔物の餌食になったんだって」


「なんだか、当たり前のことなのです。わたしは美味しいものにちゃんと感謝して、残さず食べるから大丈夫なのですよ」


「おぉ、おぉ、良い子っちゃね。感謝する気持ちは大事やきね。それで、毎晩この村の祭殿で恵みをもたらす森の神に感謝して、お祈りを捧げてるっちゃよ」


 話を聞く分には至ってまとも、というより寧ろ、自然を大切にする清い住民にも思えた。その後、他の住人、話好きのおばさまも加わり、ここの事を色々聞くことができた。

 魔物に襲われもするが、自分達も相手の命を奪って食べるのだから、魔物が食うのもあたりまえだ。そうすることで、また森の恵が豊かになる、と、考えるのだそうだ。

 悲しみはするが、魔物や森を恨みはしない。


 また、こんな場所柄、家族を亡くした者も多いそうで、内心悲しみに暮れる日も続く。しかし、皆で助け合い日々を過ごし、また感謝して生活することで、悲しみを懐かしさに変え、懐かしさを心の温もりに昇華させる。――らしい。


 そこまでいくと、考えに着いていけないが、そんな考えもあるのだなと、心に留め置いた。――オレには、できそうにねーわ。


「これから魔の森に入る前に、この村の祭殿でお祈りをさせてもらおうと思うわ。森の神様に感謝して、無事を祈るのも大事だから」


 おばさまたちはその言葉に目を輝かせ、「おぉ、良い心掛けっちゃ!」と頷いた。

 一方で、トムは少し気まずそうな顔をしてつぶやく。


「姐さん、魔の森の神様って……そういうの、信じるタイプっスか?」


「信じるかどうかじゃないの。この村の文化を尊重するのが、ここを通らせてもらう条件よ」


 そう言うと、トムはしぶしぶ納得したように頷き、再び黙り込んだ。


 おばさまたちが「用事済んだら案内しちゃるき」と言いだし、オレは宿屋の場所を聞き、御者さんと馬車を預け、再度、合流して祭殿へと向かうことになった。


「三十人の騎士が森に入って戻ってこれたのが、四人だけか……」


 リューグの呟きは風にかき消された。

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