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第三十七話 穏やかな準備


 氷に覆われた訓練場、皆が魔法の余韻にざわめくなか、集まった面々に指示を出す。各ギルドへは王都の束縛からの解放し、自主性を尊重する代わりに、商業ギルドには他国との流通管理の強化を約束させた。

 王国騎士団員にはリンガル監視の任を解き、この地で訓練に励み、指示を待つ、ことを伝えてある。元ギルーラ騎士団員も(かよ)いではなく寮生活が必要なものもいるため、寮は共同で使うことになる。

 全員が個室というわけにはいかないが、不満の出ない程度に収まるはずだ。


 元ギルーラ寮騎士団員と顔を合わすことが多くなり上手く付き合えるか心配だが、喧嘩しないように祈るしかない。


 用件が済めば、長居は禁物。こちらに取り入りたい者がこちらの様子を窺っている。早々に寮の支度部屋へと戻ることにした。


「セシリアさま、ドロドロの訓練場をきらっきらの氷にするの、もう一回やって欲しいのです。すーっごくかっこよかったのです」


 両手を広げてアイラが満面の笑みでアイラがおねだりをしてくる。そんな笑顔をされたらやって……いや、いかん! これ以上、ここで魔力を消費するわけには。


「無駄な魔力を使わせないの、それに見せ物じゃないしね」


 おそらく、魔力を半分近くは使った感覚だ。と、いうより魔法であれだけの事象干渉をしても、半分も使っていない。

 オレの体なら使い切っていてもおかしくはない、このセシリアの体が異常なのだ。


「見せ物――、ではなくても集まったヤツら、姐さんの(ちから)啖呵(たんか)ですっげービビってやしたっスよ」


「うおぉーっ、そうでしたとも。陽光を受け燦然と輝く麗しき金色(こんじき)の髪に、全てを包み込む深い海の様な瑠璃(るり)色のお優しい瞳。そして、凛とした振る舞いから紡がれる、皆に勇気と希望を授ける、涼やかなお言葉。まるで天の御使いと見紛う存在に、恐れ(おのの)かぬ者はいないでしょう。皆、魂を抜かれたかのようでした!」


 トムが訓練場で見たままの様子を話すと、マイクが感涙を顎から滴らせ、両手を広げ。無駄に大きな声で言い表す。正直、大袈裟過ぎてウザい。


「えっと、マイク。変な感想は持たなくていいから、早く戻りましょうか」


「おおおぉぉーお! セ、セシリア様がわたしの名を呼んで下さるこの栄誉を…………」


 聞いてねーな、コイツ。全員、寮に入る前に、水ぶっかけて魔法で綺麗にしてやろうと思ってたんだが、やーめた。余計にうるさくなりそうだし。


「マイクはここへ馬車の手配、リューグは検問所に預けた武器をこの割符(わりふ)で引き取り、その場で待機していてちょうだい、馬車で迎えに行くわ。お願いね」



 ――――――



 今もまだ、セシリアの他を寄せ付けない魔力のことで(ざわ)つく訓練場から支度部屋に戻り、オレ達はようやく落ち着くことができる。トムは部屋に入らず、扉の外に待機してくれている。


「アイラ、時間作ってくれてありがとな。この町を動かすのはギルド連中に任せておけば領民も活気を取り戻していくはずだ」


 この町の懸念をオレの都合のいいよう強引に解消した。このことで今後どう転ぶか予想し辛いが、一時的にも心配ごとが会社されたのはオレにとって精神的にでかい。セシリアがこの町を見ても要らん首を突っ込まなくても済むだろう。


 まぁ、この姿でオレの地を皆に出してしまったことは、忘れよう。心配はストレスにしかならんし、この体に悪影響だからな。うん、忘れてやるのがセシリアのためだ。

 オレはうんうんと力強く頷く。


「納得できたのならそれで良いのです。早く準備して、セシリアさまを迎えに行きましょう」


 あとは、ギルド連中で暴走しないよう領主やその周辺で全体を見る役目なのだが……、新しい領主が必要だな。主人(あるじ)の居ないあの丘の屋敷にどんな人物がやってくるのやら。


 準備といっても特にすることはない、このままの格好で出発するつもりだし、荷物もこの部屋に纏っている。暫くすると、馬車が乗り入れ場に用意できたと連絡が入る。

 オレとアイラは手荷物を持って馬車へと向かう。アイラがしっかりとラヴィたんを抱えてくれている。トムは支度部屋を片付けてすぐ来るだろう。


 乗り入れ場。そこに、昨日の御者が苦笑いで、泥で汚れた御者台ぎょしゃだい乗っている。そして、泥でカッピカピになったマイクが御者台(ぎょしゃだい)の側に立っていた。


「おぉーっ! セシリアさま、相変わらずお美しゅうございます、大急ぎで戻って参りました」


 相変わらずってオメー、半刻も経ってねーだろ。

 それより、泥も落とさず急いだのはわかるが、そのまま乗り込まれるのも困る。……仕方ない、綺麗にしてやるか。門番にお願いして、水を持ってきてもらった。


「マイク、ちょっと後ろ向いてて、ちょっと冷たくするわよ」


「はっ! 仰せのままにっ!」


 なんか、いちいち声がでかくてウザい。オレは練った魔力を掌に寄せ、桶を持った門番に目で合図した。


 バッシャーッ!! オレはマイクの背に手を当て、マイクに付いた泥や汚れを水に包み込む。ある程度はそのまま汚れと共に地面に流れたが、残った水分に冷却魔法を流し、パッキーン! マイクは汚れを包み込んだ氷で全身を覆われ、――そして、氷を割って落としてやる。


 陽光降り注ぐ青空の下、ピッカピカのマイクのできあがりだ。


「うおぉぉーーっ! セシリアさまの魔力の温もりがっ! わたしの背にーーっ!! おぉ、なんたる……」


 あー、メンドくせー。やっぱこうなるだろ、だから嫌だったんだ。


「どうどう、――マイクさん、ちょっと落ち着くのです」


「マイク、わかったから、荷物運び込むの手伝って」


「お任せくださいっ! ご期待に沿うよう全力を持って運ばせていただきます!」


 マイクはドカドカと支度部屋まで走っていった。


「まだ、少しぬかるんでんだから、泥まみれになるなよ……」


「ほんっと、面倒臭いひとなのです。ラヴィたん抱っこしてきて良かったのです」


 アイラはやれやれと片手を天に向け、肩をすくめる。


 門番からの知らせを受け、見送りに来たダグラス・ハミルトンには「任務が終わり次第、早ければ明日の夕刻、遅くとも明後日には戻れると思います」と、余裕を持たせて伝えておいた。もう一度、ここには戻ってやる必要があるだろう。


 王都を出て三日目、十二の刻。いまのところ予定は順調に進んでいる。


 その後、みんなで馬車に乗り込み、ムーアの武器屋でラヴィたん用に出来そうな間に合わせの剣を調達し、リューグを拾って町をあとにした。



——————————————————


★ 後書き


御者台 御者さんが馬車の馬を操る台、座席ですね。泥の付いたままマイクが御者さんの隣に座ったので、カピカピの泥が台に残ってます。

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