第二十一話 ふれあい
セシリアとマージャは周りを鮮やかな緑の山々に囲まれ、色とりどりの花々に包まれていた。
二人とも両膝を曲げ、手を後ろに着けて同じ様な格好で並んで座っている――。
「あ、そうそう。いまの……パァーッと、こーんな素敵な景色になったのって、――マーちゃんがしたの?」
「うん、綺麗っちゃろー。外の世界を思い描いて作ったっちゃ」
マーちゃんの声はどこか誇らしげだったが、その瞳は何処か遠くを映しているようで……、その言葉にかすかな翳りを宿しているように感じた。
「外の世界?」
「せっちゃんが住んじょった世界、こんな感じやち聞いちょったば……だよ?」
「うん、景色だけじゃなくって、草の匂いも感触も、風や空気の心地よさまで全部そのまんま、なんだか懐かし……ん?」
マーちゃん、言葉に気を使ってくれてるっぽいのが、ちょっと嬉しい。思わず口角が上がってしまう。――でも、
「ちょ、ちょっと待って。外の世界とか住んでた世界とかって、ここって、わたしが居た世界とは違うってこと? さっきマーちゃん、この精神世界の主って言ってたわよね? なんでわたしが此処にいるの?」
「せっちゃん、ちょっと落ち着きぃ。――んー、なんでっちゃろね? 此処に来た殆どの子は、何処かにある、この世界の欠片から送られてくるっちゃけど、なんでかは知らんっちゃ」
欠片……欠片……。わたし何かやらかしたかな? ――あっ! セシリアの胸にざわりとした感覚が広がる。
「マーちゃん! あなたの名前って、マージャ・リング!」
「マージャ・シ・リ・ン・グっちゃ!」
魔邪の指輪を壊しちゃった罰として、ここに連れてこられた、とか?
――なんにしても、やっぱり団長から貰った指輪が関係してそう。ジェリドも確かあの指輪は呪われててとか、人間を混ぜられるとか、頭の中がおかしくなるとかなんとか言ってた気がするし。
あーっ、やっぱり指輪、無理矢理外して壊したのがいけなかったんだわ。
「マーちゃんっ! 壊しちゃってごめんなさいっ!」
マーちゃんに両手を合わせて、わたしは謝る。そして、おそるおそる片目を開けると……。真面目な顔したマーちゃんが、わたしを下から覗き込んでいた。
「――あんた、急になん言いよんかちゃ」
あれ、違ったのかな? マーちゃんが怒って連れてきた訳では無さそう。わたしは団長から魔邪の指輪を預かったこと、外す時に石を壊してしまったことを話してみた。
マーちゃんは時折り、うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれて――、
「そう! きっとそれっちゃ! その指輪の石、その石、うちん世界の一部やき、ここと繋がっちょるんよ。あーね……そんで、せっちゃんは、リングを嵌めて魔力使った。だから此処に来たっちゃね。うん、うん、わかったっちゃ。でも……、マージャリングち名前紛らわしいき、やめて欲しいっちゃ」
だんだん声のトーンが下がってきて……マーちゃんは俯いて少し拗ねてる、のかな? まるまって小さくなってる姿が、ちょっと可愛い。
マーちゃんを後ろから、そっと覆い被さるように抱きしめた。
小さな体は柔らかく、じんわりとした暖かさが伝わってくる。
さらさらの薄紅の髪が、可愛い顔を隠している。
「んー? 拗ねてるの、マーちゃん?」
わたしは髪を掻き分けて、頬っぺた同士をそっとくっつけてみた。柔らかくて、もっちりとしていて、なんだか心地良い。
名前を気にして拗ねているマーちゃんに囁くように慰める。
「そんなの気にしないの。マーちゃんはマージャ・シリングって可愛い名前貰ってるんだから、マーちゃんはマーちゃんだよ」
マーちゃんの肩がピクリと跳ね、彼女は慌てて顔を両膝にうずめた。
「あうぅぅ……こしょばいーき、やめーっちゃ。それに、だいだい最初にうちの名前、マージャリング? ち言うたん、せっちゃんやき! 酷いっちゃ」
ん? そうだったかしらね……。ふふ、でも、お話するのちょっと耳元過ぎたのかな。――髪を可愛いお耳に掛けてあげて、わたしはそーっと体ごと前に傾けて、マーちゃんの顔を覗き込んでみる。
表情は膝に隠れてよく見えないけど、頬っぺがほんのり赤く染まってて、すーっごく可愛い。つい、回した手を、ぎゅーってしてしまう。
「マーちゃんって、可愛いね」
「ひゃぅぅう」マーちゃんから変な声が出てきた。
あ、ごめ、今のはわざとじゃないんだよ……。
マーちゃんは身を捩ってわたしの腕から逃れた。そして、お尻を軸に半回転、両手を空に突き上げて、座ったまま足をバタバタさせる。
「もーっ! なんか、背中がぞわわーってくるき、やめるっちゃーーっ!」
プリプリ怒っている表情を作っているが、涙目なところがとーっても可愛い。ニマニマしてしまう顔をわたしは抑えきれない。
「ごめん、ごめん。わざと、擽ったくしたわけじゃないから許してね?」
「もう! 次やったら怒るきねっ!」
ふふっ、さっきは怒ってなかったんだね。ちょっとしたやりとりが、とっても楽しい。
「そういえば、マーちゃんって、いつもは何してるの? 他に誰か居るのかな?」
「今は……せっちゃんだけちゃね。みーんな精神力、魔力ち言う方がええかな。使い果たして姿が保てんようになったっちゃ。こんな風に――」
マーちゃんの周囲を、淡い光がふわりと漂い始めた。それは彼女がこの景色を生み出した時と同じ、あの光だ。
「この子たちは元々、せっちゃんみたいに此処に来た精神たちっちゃ。さっきも言うたっちゃけど、服を出すのも自分を維持するのも、精神を削って作ったり維持したりするっちゃね。……この世界で削られた精神は彷徨い巡ってきて、うちに補充されるき、うちは消えんちゃけど……削られきった精神は、そのうち姿も思考も保てんようなって、最後に残るのが――この淡い光っちゃ」
マーちゃんの周りを漂う光は、ひとつひとつが小さな命の欠片のように見えた。それらは互いに寄り添い合うように揺らめき、まるで静かな会話を交わしているかのようだ。
その光はどこか寂しげで、けれども暖かく、淡い輝きの中に儚さを秘めていた。
セシリアはその光景をただ見つめる。
――この光たちも、きっとかつては誰かだったんだわ。
セシリアの思いに答えるように、ひとつの光が彼女のそばを漂い、ゆっくりと彼女の指先に触れる。その瞬間、ほんのりと温かさが広がり、まるで懐かしい誰かに触れられたような気がした。
マーちゃんは目を伏せ、静かに囁く。
「みんな、ずっとここに居るっちゃね。……もう、帰る場所もないっちゃけど」
光の粒たちは舞い上がり、青い空へと溶け込んでいくように見えた。
マーちゃん……。
セシリアは何かを言おうとしたが、その言葉を飲み込む。
静けさの中で、ふたりはただ、淡い光の行方を見送っていた。
――――――
「――あんた、急になん言いよんかちゃ」 = 「――あなた、急になん言ってるの」
こしょばいい = くすぐったい
です。口語体で書いてて、もしかしたら方言? 通じない? って不安に思えてきたので、念のために記しておきます。




