第二十話 箱庭
セシリアは困っていた。みんなが心配しているはずだし、早くここから抜け出したかった。時間の感覚も掴めないから、抜け出したところで、どれ程の時が経っているのかもわからない。それに、ここから抜け出したときに、自分の精神が耐えられるのかもわからない。
わからないことだらけで、不安が更に増幅される。
そして――
「もうっ! うちの魔力しばらく集まらんき、こっから出したくても出せんっちゃ!」
目の前でフリフリ衣装の女の子がプリプリ怒っている。
はぁ……なんでこんなことになっちゃったのかしらね。
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数刻前、元ダンバー領・封印されし洞窟にて――
「ん、んんーーっ、よく眠れたわ。昨日はバタバタしまくってたし、よーっぽど疲れてたんだわ」
両手を頭の上にあげて、バンザーイ。ぐぐっと思っきり背伸びをする。そこで不思議な感覚に気づく。
――ん? 体に何も触れていない不思議な感覚、なんだか体が宙に浮かんでいるよう、な? ……まだ真っ暗だし、ふわふわした感じだし、やっぱりわたし、まだ疲れてるのかな?
うん、もう少しだけ寝とこ。
昨日はなんだか楽しかったなぁ。動いているラヴィたん可愛いかったなぁ……うーん、中身はジェリドだったけど。
ホーンミラージも久しぶりに見ることができたし、つよーい魔物のキャコタウルスもなんとか倒すことができたし。晩ごはんのステーキも美味しかったぁ。今日も晩ごはんお肉だといいなぁ。えへへ。
寝ている体勢で丸くなり、右へ左へゴロゴロしながら昨日のことを思い返していると、――目が覚めてしまった。
「うん、目が覚めちゃった。やっぱ起ーきよっと」
ガーゼケットをめくって……あれ?
凄く暗くて見にくいんだけど、わたし、お布団もなーんにも被っていない。それどころかベッドすら無い。寝転んだ体勢でふわふわ浮かんでいる。
それでも構わず、ベッドの端っこがあるつもりで、横から足を出し、わたしは座った状態を作ってみた。そして、おそるおそるつま先から、そーっと地に着けてみる。
すると……、足にぴとっと触れる地面の感触があった。そのまま立ち上がり――、
「やったぁ、地面だわ、地面があるっ!」
足を肩幅に開いて仁王立ち、そして両手を天に築き上げ、ガッツポーーズ! ……ん? わたし何でこんなことで感動してのるのかしら?
「――さっきから、なんしようと?」
正面から女の子の声が聞こえてきた。暗いなか目を凝らして見ると、なんとなーく、小さい女の子が首を傾げて立っているようにみえる。
「えっ? なに?」
「やけんね、素っ裸でなんしちょる? ち言いよっちゃろ」
「はだか?」
「うん」
「え、えぇぇーーーっ!? 暗くって分かりにくくって……でも、確かに、なぁんか、すっごーく開放的な感じはしてたんだよねぇ」
「ばぁり訛っちょるきぃ、あんた裸族っかちゃ? ばってん、いつまでん裸やのーて、はよー服着ちゃり」
えぇっと、……わたしの使ってた言葉って訛ってるの? どうしよ、わたし、この子が何言ってるのかよくわからないよ。――服着なさいって言ってるのかな。
「わたしの服、どこかで見かけなかったかな? それと、――話し言葉がわかり難いの、色々間違えてたらごめんなさい」
「んー、良いっちゃ。うちが、あんたんとこの言葉に合わせちゃるきね。……うん、この言葉でわかるっちゃろ。――あんた、ここに来たばかりっちゃね? 服はね、自分で自分が着てる服を想像してみると良いっちゃよ」
目を瞑ってお気に入りのワンピを、わたしは想像してみる。――ふわりと緩やかな風が触れ、服の感触が全身を包む。
「わぁ、――不思議ねぇ。これって、好きな服、いつでも着られるのかな?」
「うん、着れるっちゃ。でもね、これって、じしょーへんか? っち言う魔法なんだけど、使いすぎに気をつけて。使う度に、あんたの精神、んー? 魂って言った方がいいのかな? それが削られていくから。ここは、精神世界やきね」
ん、言葉使いは、こっちに合わせてくれてるつもりなんだろうけれど、ときどき顔を覗かせる方言が、なんか可愛いわね。でも……、話の内容は可愛くなさそう。
「――あ、そういえば、ここはどこ? わたしは……うん、セシリア……セシリア・アルデレッテ。記憶はちゃんとしてるけど、なんでこんなところに居るのかしら?」
「こんなとこち、失礼っちゃね。まぁ、良いっちゃ。うちの名前はマージャ・シリング。ここの精神世界を統べる主っちゃ」
マージャが言い放つと同時に、彼女とわたしの間に、上空から光の雫が水滴の様に垂れ落ちてきた。
静かに水面に触れる音色を奏でながら、雫がそっと地を打つと、まるで波紋が広がるように、黒の世界が色彩豊かに塗り替えられていく。
足元には草原が芽吹き、多彩な花々が咲き乱れる。
風がそっと優しく草花を撫でるように、景色は更に広がりを見せた。遠くには、蒼翠として滴るが如し夏の山々。雄大な山並みが重なり合い、遠くの景色は霞んでいく。
更に奥深く世界を彩っているのか、しばらくしてから遠く山々の陰から青空が立ち昇り始め、徐々に速度を増し天を覆い尽くした。何処からともなく白い雲が現れ、心地良さげに浮かんでいる。
「――――」
移り行く景色を、目で追い終わる。
しばらく心を奪われ、わたしは動くことができなかった。
目を閉じて、大きく息を吸い込んだ。この幻想的な出来事を、わたしの胸に仕舞い込むように。
遊泳していた心を、目の前の少女に戻す。
薄紅の髪を腰の丈まで伸ばした十歳ぐらいの少女が目を閉じ、両手を広げてふわり、立つ。その姿はまるで、――花の妖精。
時折、彼女の周りを漂う淡い光が、現実離れした世界を助長させていた。
「ついさっきまで、ここで寝てて、真っ暗だったのに、これ、マージャちゃん……言いにくいわね、マーちゃんって呼んで良いかな?」
マーちゃんは片方の瞼をそっと開け、澄んだ青い瞳を覗かせながら、ゆっくりと小さな声で呟く。
「マーちゃんち……言うちょっけど、うち、あんたより年上やきね」
「……だめ?」
セシリアが首を傾げると、マーちゃんは少し俯きながらも首を横に振った。
「ううん、良いっちゃ。じゃ、うちもあんたのこと、せっちゃんち言うきね」
その言葉に、セシリアは小さく息を吐き出した。――せっちゃん……すこーし微妙な感じね。
そのとき、やわらかい風が二人の間をすり抜けた。そよ風が草花を撫で、淡い緑の香りが鼻をくすぐる。
透き通るような肌を持ち、首を傾げる薄紅の髪がさらさら揺れる。揺れ動く隙間から差す光が、やさしい色に染まって見えた。
――でも、まいっか。マーちゃんは嬉しそうにしてるし。目の前のマーちゃんが嬉しそうなら、それだけで十分。わたしもそのうち自然に慣れてくるでしょ。
「うん、じゃあ、よろしくね、マーちゃん」
セシリアが少し笑うと、マーちゃんも恥ずかしそうに微笑んだ。
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★ 後書き
マーちゃんは、セシリアの言語に合わせている(つもりな)ので、彼女の方言としてみても、セシリアの言語からみても、どっちつかずで違和感のある話し方になっちゃっています。
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