第十九話 いざ、出発
ロイドによると、魔邪の結晶柱は元ダンバー領内にある魔の森の深部、魔邪の洞窟に存在するらしい。かつては自由に行き来できたものの、ある時を境に封印されたという。
「よっし! いまから助ける準備だ、行くぞ、アイラ」
「おー、セシリアさまを助けに行く準備するのです!」
アイラはタタタっと給仕室へ駆けだし、袋を持って戻ってきた。
「セシリアさま、きっとお腹空かせてるのです。このお菓子貰っていきますね、ロイドさま!」
ザバーっと、袋にお菓子を入れていく。
雑だ。雑すぎる。流石はセシリアの側仕えだ。一応、複数の袋にお菓子の種類別に分けてはいるが、もう少し丁寧に扱えねーのかよ。
「アイラ、多分だけどよ、オレがセシリアの体で飯食っときゃ、アイツが戻ったとき、腹減ってねーんじゃねーのか?」
アイラは首を傾げ、少し考えたように見えたが――突然、パンっと胸の前で手を叩いた。
「……――! おー、ジェシリアさま、食べたいのなら素直におっしゃってくれれば良いのにです。もぉ、仕方のない人ですねー」
軽くため息を吐き。はいっと、クッキーを口元へ近づけてきた。
「ちげーよ! オメーと一緒にすんな。そんな口ん中パッサパサになんのは今要らねーから、それにさっき食べたし、甘すぎずサクッとした口当たりで地味に美味しかったし!」
そんなやり取りを生暖かい目で見守っていたロイドが、ゆっくりと近づき、話しかけてくる。
「それにしても……良いのですかな? ジェリド殿。本来の体を失ったいま、そのセシリア様の体を手に入れる絶好の機会なのでは?」
ロイドの言葉は一見冷静だが、その視線はじっとこちらを見据えていた。おそらく、オレの行動がまだ理解しきれないのだろう。自由に行動できる体を失った身なら、他人の体を奪ってでも自分のものにする。そう考えるのが普通かもしれない。
――だが、セシリアに対して、そんなことはできそうにねー。
「ん? あぁ、そう言われりゃそうだな。でもな、どこかでピィピィ泣いてるあいつを放って、この体に居座る日々なんざ、どんな地獄よりもオレを壊してしまうことぐれー心の奥底で理解してんだわ。これ以上、罪悪感なんて抱えきれねーよ」
言葉にすると思った以上に重く響いた。ロイドは小さく頷きながら、その冷静な瞳をさらに細めた。
「罪悪感、ですか。過去に何があったのかは詮索いたしませんが、セシリア様に危害を与えるつもりが無いのならば、それで良いでしょう」
ロイドの言葉が意外と優しく聞こえたのは、気のせいだろうか。
「わたしはジェリドさまがセシリアさまを取り戻したい気持ち、理解しているのですよ。ですので、早く洞窟へ行きましょう!」
突然のアイラの一言に、場の重さが少し和らぐ。ほんの一瞬、張り詰めた糸が緩むようだった。
「魔邪の結晶柱の眠る洞窟、我々は魔邪の洞窟と呼んでいますが、そこまで三人の騎士を護衛に付けましょう」
「王国騎士団副団長の救出なのです。三人って少なくないのですか?」
「オレとセシリアの現状を公表する訳にいかねーからな。本当は付いて来られても足手纏いでしかないが、監視も必要なんだろ」
こころの内をよんでやったつもりで、チラリとロイドを見てやるが、動じることもなく、少しの間が空いただけだった。
「…………。六日後迄に護衛の三人と無事にここまで帰還すること。馬車と御者はお付けします。お約束いただけるならば、魔邪の洞窟の封印の鍵をお預けしましょう」
「封印ね。そんな封印されるような地元の洞窟を、オレが知らなかったとはね」
「わたしも今日、初めて聞いたのです」
ずっと王都に居たアイラが知らねーのはわかる。そもそも、人の話聞いてねーだろーし。
洞窟の封印。ロイドが鍵を預けるのは容易な決断ではないだろう。それでも、ここでの交渉が成立しなければ、セシリアを救う道は閉ざされる。
王都からダンバー領まで、今から準備して出れば、明日の日暮れまでには着きそうだ。洞窟へはニ日後の朝に向かい、四日目にダンバー領から王都へ向かえば五日後夕方には間に合う――予定通りに事が進むなら、だが。
ロイドは三人の騎士を呼び、しばらくして部屋に入ってきた。
オレンジ髪の癖っ毛のトム・リーガス。黒髪短髪の大男、マイク・バランス、そして一人は今朝稽古を付けてやった赤髪のリューグ・サンダース。
「若手の中でも力のある有望な三人でしてな、お好きに使い、どうぞ鍛えてやって下さい。料理はトムに任せるのが良いでしょう」
―― リューグは相変わらず澄ました顔で、妙に視線を送ってくる。なんだよ、言いたいことがあるなら言えっての。
「おぉ、セシリア様にご同行させて頂けるとは、このマイク・バランス、至福の至り! 全力をもってセシリア様の剣となり盾となりましょうぞ! うぉぉおおお」
―― 大男マイクは号泣しながら仁王立ちだ。セシリア親衛隊を作ったくらいだ、気持ちは分かるが、ちょっと落ち着けよ。
――あの癖っ毛のオレンジ頭のトムは人懐っこい雰囲気を出してはいるが、頼りなさげで騎士として大丈夫かよ。
もしかしてロイドのヤツ、面倒くさそうなヤツばっか選んでんじゃねーか?
「なんだか面倒くさそうなメンバーですね、セシリアさま」
気持ちは分かるがアイラ、オメーは黙っててくれ。
「アイちゃん、そんなこと言わないの。一緒に調査しに行くのだから仲良くしましょうね」
セシリア役するのも、我ながら気持ち悪い。笑顔が引き攣っていないか少し心配になってきた。六日といわず一日でも早くセシリアを取り戻さねーとな。
三人の騎士には魔邪の洞窟の極秘調査任務だと伝えてあるらしい。とっとと出発するため、段取り説明しとくか。
「今日、明日は宿に泊まります。それ以外の兵站の準備、トムは兵糧、調理具。食事はニ日分、肉は現地調達でいくわ。マイクとリューグは協力して野営設備の支度。十五刻に馬車乗り場集合。すぐに出発します。では、解散!」
呼ばれた三人の騎士は速やかに部屋を出ていった。部屋に残るのは事情を知っている者だけであり、空気の緊張が解ける。
「では、わたくしめも馬車の準備をしてまいりましょう」
「団長の件での様々な後始末が待っているのに、色々ありがとな。それにしてもロイド、馬車の貸出しはともかく、洞窟の封印を解くやら簡単に言ってるが、あんたどこまで決定権持ってんだ? なんか騎士団長と比べ物にならん程、王国管理の内部に入ってそうで怖いくらいだ」
「――長く務めております故。まあ、些細なことです」
ロイドは短く答えるだけに留め、洞窟の位置や道のりの注意事項を伝えてくれた。オレとアイラと三人で部屋を後にし、それぞれ準備に取り掛かりる。
――――
全員で馬車に乗り込み、アイラはラヴィたんを片腕に抱え、もう片方の腕を突き上げて――
「さぁ! しゅっぱーーっつ!」
「おーーっ!」
なんで騎士見習いのオメーが出発の音頭を取ってんだ。
――まぁ良い、あいつも!結晶柱で寂しい思いをしてんだろうし、早く行ってやるか。
▼△ ▼△ ▼△ ▼△
その頃、元ダンバー領では
「えーっと……早めに戻らなきゃ、いけない。かな」
「なん言いようと! うちの友達、びっくりしてみーんなどっか散ってったき、早めに戻りたくても、うちの魔力が足りんっちゃね!」
賑やかそうだが、なんだか大変そうなことになっていた。
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★ 後書き
王都からダンバー領までは約140km
札幌-釧路 東京-静岡の距離
通常馬車旅で一日で80km、魔石利用馬車で120km、移動可能です。
(魔石利用馬車は数が少なく、今回は普通の馬車です)
マーちゃんの言葉は分かりにくいかもしれませんが、なんとなくの雰囲気だけでも、大丈夫だと思います。




