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第十一話 目覚め


 窓から柔らかな光が差し込み、小鳥たちのさえずりが耳をくすぐる。次第に蝉の大合唱が重なり、朝の空気が部屋を満たしていく。


「あー、朝からうっせーなぁ……」


 オレは頭の上に掛かっていたガーゼケットをずらし、体を起こした。


「ん? いつの間にセシリアのベッドに?」


 船酔いしているような感覚に、昨日の経験を思い出しながら首を左右に振って視線を下に落とす。胸を下から手で包んで、ぷにっと揉んでみた。

 そして、柔らかい感触の残る手のひらをゆっくりと持ち上げ、目の正面に見た。剣ダコはあるが白くて細い指が付いている。


「……まーた、セシリアの体に入っちまったか」


 原因もわからないまま、オレの精神がセシリアの体に宿る――。これはあまり良い状況とは言えないな。


「うーん、眠りに就くと戻っちまうのかねー? ……さて、っと」


 オレはゆっくりと飾り棚の上のラヴィたんを手に取り、耳や手足の位置を丁寧に整え直した。


「よし、これで完璧だな」


 満足げに頷きながら、心の中でセシリアに向かって叫んでみる。


 ――早く起きろ、セシリア! いつまで寝てやがる、オレをラヴィたんに戻せ、このやろー。


「…………」


 だが、返事はない。胸に小さな苛立ちが広がる。


 ちっ、まだ寝てやがるのか。顔でも洗ってりゃ起きるだろ――と、自分を誤魔化すように洗面台へ向かった。


 パチャパチャ適当に顔を洗って、ふんわりタオルでゴシゴシしていると、扉がノックされる音がした。振り返ると、アイラが元気よく部屋に入ってくる。


「セシリアさま、朝食のお迎えにあがりました!」


 ――マズいな。セシリアのやつ、まだ起きてこねーぞ。


「えっと……アイちゃん。今日はちょっと調子が悪くて、まだ準備できてないの」


「おぉー。では、今日は久しぶりに、わたしが髪を編んでもよろしいですかー?」


「うん、お願い」


 ――よーし、よしよしよし良い子だアイラ、(ちこ)う寄れ。オレは胸の中でガッツポーズを取る。これで朝の準備を乗り切れる、と。


「ありがと、アイちゃん。助かるわ」


 アイラはニコニコしながら髪を編み始めた。オレは鏡に映る自分の姿をぼんやりと見つめた。セシリアの体でセシリアを演じるこの状況に、居心地の悪さと焦りがじわじわと広がっていく。


 調子が悪いという口実で、朝の準備を全てアイラに任せる。その間のオレはというと、セシリアが目覚めない理由をひたすら考えていた。


 ――単に疲れているだけならいいが、もし……もしオレがこの体に居座るせいでアイツが目覚めないんだとしたら? ……いや、考え過ぎだ。ヤツのことだ、そのうち勝手に、ぎゃーすか言いながら起きてくるだろう。


 考えているうちに支度は終わっていた。――アイラになにか勘付かれてはいないだろうか。オレは無理やりアイラに笑顔を向けた。


 彼女は辺りを見回し、飾り棚で魅力を振り撒いているラヴィたんを突っついたり、声を掛けてみたりしている。


「うーん、ラヴィたん、おとなしいですね、もしかして魔法を解いちゃいました?」


「ううん、解いたというよりは、解けてたって感じ、かしら。朝起きたらこんな状態だった、の」


 セシリアの話し方を真似してはみるが、どうも話してて首筋がむず痒くなる。アイツが喋ってるときは自然だったし、なによりアイツが話をしているだけで、オレの見る景色が明るくなった。


「そうなのですね。このままでも可愛いのですが、動いてるラヴィたんって、生意気な感じなのですけど、それも含めて、ずーっと見ていたくなるくらいに愛らしかったので、残念なのです。……えへへ」


 笑って見せているが、アイラは少し寂しげな表情をみせる。


 準備を終えたオレたちは朝食を摂りに、食堂へと向かった。



 ――――――



 朝食の場に移動しても、セシリアの意識が戻らないことに焦りを隠せなくなってきた。フォークを手にしても食が進まず、アイラの心配そうな視線に気づいては適当に返事を繰り返す。


「……リア……セシリアさま!」


「え? あ、なんだ?」


「もぉーっ! また、聞いてないじゃないですかぁ」


 アイラが頬を膨らませて睨んでくる。小柄な体でこちらをじっと見上げるその姿に、一瞬たじろいでしまったジェリドは、慌てて笑みを作った。


 ――いかん、セシリアのことが頭から離れん。


「ごめんね、ちょっと考え事してて。気にしないで」


 なんとか取り繕うように言ったが、アイラはじっとこちらを見つめたまま、眉をひそめて首を傾げた。


「……ぜんっぜん大丈夫そうに見えないのです。今日は訓練をお休みした方が良いのではないのですか?」


 その真剣な目に、ジェリドはわずかに気圧される。が、すぐに首を横に振った。


「そういうわけにはいかない、の。副団長が見てるだけで、みんなの訓練の熱の入り方が……違ってくるから」


 言葉を選びながら話していると、次第に自分の声がセシリアのものに似てきたように思えた。それでも、どこかぎこちなさは拭えない。


「そうなのですか……セシリアさまは本当にいろいろ考えていて凄いのです。でも、もしまた私の話を聞いてなかったら、絶対にお休みしてもらうのですからね!」


 アイラに小さな拳を握りしめながらそう言われると、オレは心配させないように笑顔で頷くしかなかった。


「そ、そうね。わかったわ」


 強がりながらも、頭の中はセシリアのことでいっぱいだった。――早く起きろ。オレにできることは、せめてこのことがバレないように演じ切ることだ。


 そう言い聞かせ、怪しまれないようにセシリアの仕草を思い出しながら真似をし、朝食を済ませた。


 朝食を終えたオレたちは、そのまま屋外訓練場へと向かった。


 ――――――


 訓練場に足を運び澄み切った青空の下に身を置いても、オレのこころは暗雲が立ち込んでいた。若手たちの稽古を眺めながらも、ほとんど集中できない。


 その中で、ひときわ目立つ剣士がいた。濃い赤髪の青年リューグ・サンダース。相手を次々と薙ぎ倒す姿に、視線が自然と引き寄せられる。


 ――ほう、なかなか良いな。剣に迷いが見られず、流れるように滑らかで、動きに無駄がない。セシリアにはほど遠いが、今日、ここに居る若手の中では相手になる者がいないだろう。


 暫くすると、彼の周りの相手全員が、一本を取られていた。


「セシリア副団長、よろしければ一手、御指南お願いできますか?」


 リューグが真っ直ぐにこちらを見つめ、声をかけてきた。周囲の若手たちがざわつく中、オレはふっと苦笑しながら剣を手に取った。


 ――いいだろう。手持ち無沙汰だったところだし、ちょっと付き合ってやるか。


「そうね、他に相手も居ないようだし、わたしも体を動かしておきましょう」


 剣を握り直しながら、オレは頭の中のもやもやを振り払うように一歩前に出た。

 ――セシリアが戻るまで、この体でできることをやるだけだ。


「面白そうだな」「副団長、頑張ってください!」


 若手たちの視線が集まる中、オレはは小さく息を吐き、構えを取った。






——————————————————


★ 後書き


☆ この世界での照明や加熱、水を運んだりする動力は魔力で補っています。

☆ 王都や町など、そこに生活する人口に似合った数の魔石を用意し、魔力持ちが魔力をその魔石に注ぎ、そこから各家庭にミスリル鋼線で必要魔力を供給しています。王都や主要都市ではインフラが整備されていますが、行き届いていない田舎もまだまだあります。

☆ 各家庭は土地を治める領主に税を払い、その一部を魔力を供給している魔力持ちに支払っていますので比較的に裕福に暮らせます、

☆ 魔力は庶民一般全ての人が持っていますが、魔力持ちと呼ばれるような魔力を扱うことのできる人は10人に1人ぐらいです。

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