Act.9-512 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜到着! 呪われし無人島〜Vol.2 scene.8
<三人称全知視点>
森の中、木々の間を縫うように伸びる悪路とすら呼べない獣道擬きを、ミレーユとアモンは進んでいく。
木の根が顔を出し、ボコボコとしている上に、土の部分も微妙にぬかるんでいて、ミレーユは幾度となく足を取られそうになった。
「昨日ボク達が寝ている間に一雨降ったみたいだね。足元に気を付けて」
そういって手を差し伸べてくれたアモンの手を強く握り締め、ミレーユは笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。アモンはやっぱり紳士ですわね」
ミレーユの言葉を聞いて、アモンは微妙に視線を逸らした。
「こっ、転んだら大変だからね。大したことはしていないよ! そ、それより、今年はよく雨が降るね」
また少し鈍色になりかけている空を見上げながらアモンが言った。
その言葉でミレーユは思い出す。アモンにも話しておかなければならない大切なことがあったことを。
「そうですわね。……アモン、カラックさんには既に言ったことなのですけど、貴方にもきちんとお話しておきますわね。近いうちに大きな飢饉が来ますわ」
ミレーユはあえて淡々とした口調で話しをする。
正直な話、ライズムーン王国はどうなろうと知ったことではないが、プレゲトーン王国は心配なのだ。少し前に革命騒ぎが起きているし、それに何よりアモンの故郷でもある。
できれば、平和であってもらいたい。
故にあえて大げさではなく事実を伝えるようなさりげない口調で告げたのだ。
それを聞いたアモンは少しだけ驚いた顔をしたが……。
「それは、確かなことなのかい?」
「圓様から裏付けも取れましたし、確かな情報ですわ。数百年のサイクルで発生する五年から十年程度の異常冷夏による不作……ルードヴァッハにお願いして調査をしてもらいましたが、実際に同じような周期で不作が起こっているみたいですわ」
「でも、その予兆に先に気づいて確認を取ったんだろう? やっぱりミレーユは凄いなぁ」
尊敬の篭った眼差しをアモンから向けられ、なんとも言えない顔になるミレーユ。
飢饉について知っていたのは、些細な予兆に気づいていたからではない。既に起きた未来の出来事の知識をミレーユがそのまま言葉にしただけである。それを手放しで褒められるのはなんか少し違うような気がしたのだ。
「この島から出られたら信用のおける者達に話して、それから父上にも話を通しておこう。ルードヴァッハ殿にお願いして資料をもらえると嬉しいな。口で説明するよりも、やっぱりちゃんとした論拠があった方がいいからね。……勿論、例え確証がない話だったとしても、ボクはミレーユ、君の言葉を信じるつもりだったよ。君がボクを騙す理由がないしね。それに、もしも飢饉が来なかったとしても、ミレーユの言ったことだ。何か意味があるのだろう。或いは、例え意味がなくっても……君が優しさから警告してくれたのだとボクは信じるよ」
「えっ、あっ……はぇ……?」
自らを真っ直ぐに見つめてくるアモンに、その澄んだ視線に、ミレーユは言葉を失った。
アモンが合理性ではなく、ただ純粋にミレーユへの信頼からその言葉を受け入れると言ってくれたから……そのことを理解して嬉しいやら、何やらで頭がポオッーとしてしまったのだ。
「――さぁ、行こう」
ミレーユの方から目を逸らし、真っ直ぐ前を向いて足を進めるアモン。どうやら、彼も言った後で自分の言葉が恥ずかしくなってしまったらしい。
その耳が少しだけ赤くなっていることに、変な時だけ目敏いミレーユは気づいた。
(――ああっ、アモン! ぐいぐい来すぎですわ!! でも、そんなアモンも素敵♡ ですわ♡)
ミレーユの脳内はお花畑と化していた。何とも緊張感のないお姫様である。
そんな幸せ気分を満喫していたミレーユの目の前に昨日も見た岩場が現れた。
森の緑がこの場所だけ唐突に失せ、茶色っぽい地肌が剥き出しになっている。地面の岩には無数のヒビが入り、砕けていて実に何とも歩き辛そうだ。
「……ここには流石に入っていかないんじゃないかな?」
「確かにいかにも危なそうですわ。進む意味などなさそうですし、無駄な労力といえるかもしれませんけれど……だからこそ、エメラルダさんなら敢えて行きそうですわ!」
そもそも、ミレーユが知る限りエメラルダという人は自分より目上の者、例えば親などに言われた言い付けはしっかりと守る癖に、自分と同じか下だと思っている者の言葉には積極的に逆らいたくなる厄介な性格をしている。
そんな彼女ならば、カラック達の言い付けを破って危険を冒す可能性もあり得なくはない。
そんな天邪鬼な性格のエメラルダならばこの危険な岩場を突き進んだ可能性も否定できないのではないかとミレーユは考えていた。
ちなみにミレーユ自身も手を出すなと言われている茸にこそ、積極的に手を出したくなってしまう性格である。更に変に茸に対する知識をつけてしまったため「これくらいなら致死量にならないし、きっと大丈夫な筈」とより最悪な方向に進化を遂げてしまっている訳だが……。
まあ、要するに何が言いたいかというと、人は、自分の欠点にはあまり目がいかないもの――二人はある意味、似た者同士なのだということである。
「昨日、わたくしの口からきちんと注意しておけばよかったのですけど……カラックさんに説明を任せたのは失敗だったかしら……?」
イケメンの話ならきちんと聞くかと思っていたが、甘かったかもしれない。
「先がどうなっているか分かりませんが、注意しながら行きましょう」
そういって足を踏み出そうとして、ガラリ、バリン……と何かが崩れる音がした。
一体どこで、と視線を彷徨わせたミレーユは嫌な予感を抱きつつ足元に視線を向ける。
ゴロゴロと音を立てて岩が崩れ、真っ黒な穴がぽっかりと口を空けていた。そして、重力という物理法則に支配される世界で、当然穴の上に立てばどうなるかというと……。
「…………はぇ?」
ミレーユは一瞬にして浮遊感に支配され、そのまま下へと落下していく。
(ああ、この感じは……久しくなかった浮遊感。また、わたくし落ちるのですわね……。あの時はレナードさんのせいでしたわ。……あら? でもこれ、下が川とかじゃないと死んじゃうんじゃ?)
「ミレーユ!」
直後に聞こえたアモンの声。次の瞬間、ミレーユは自分が力強く抱きしめられたことに気づく。アモンがミレーユを守るべく自らも虚空に身を投じてくれたのだ。
「きゃっ、あ、アモン!?」
アモンの胸に頬を押し付けるような形になりながら、ミレーユは思った。
――あれ? これって、死に方としては結構ありかもしれませんわ!
死に際に考えることとしてはかなりしょーもないことを。
(うーむ、生きるべきか死ぬべきか、これは大変な問題ですわ)
過去最高に素敵な死に様を前に、哲学的なような、そうでもないようなことで頭を悩ませつつもミレーユは落ちていくのだった。……まあ、ミレーユにもアモンにも生死の選択権は無い訳だが。
◆
「ああ……お仕事、終わっちゃった……」
フィレンに指示されていた野草の下処理をすべて終えてしまったライネは、何度目か分からない溜息を吐いた。
まさか、こんな風に島に取り残されるなんて想像もしていなかったから何をすればいいのか、イマイチ定まらないのだ。
ミレーユがいるならば、彼女の髪や肌の状態のチェックやケアなどやるべきことはある……が、今のライネは一人だ。たった一人でライネにできることはない。ただ、いつ帰ってくるか分からないみんなを拠点で待つことだけだ。
「それにしても、エメラルダ様はどこに行かれてしまったんだろう?」
ライネ自身は別にエメラルダのことは好きではない。寧ろ苦手だ。
しかしだからと言って命を落として欲しいとか、怪我をして欲しいとかそのようなことは思わない。
無事で見つかってくれればいいな、とごく自然に思っていた。
ミレーユがなんだかんだ言いつつも友達扱いしているから、尚のことそう思う。
だからこそ、エメラルダの行方はライネも気になった。
「本当に森の中に行ったのかな……」
ミレーユ達は洞窟以外の可能性を潰すために各所の探索に向かった……が、実のところ一番エメラルダがいる確率が高いのは洞窟の中だ。
「一人で森の中を歩くような勇気があるようには見えなかったけどな……」
無茶をするにもそれなりに勇気がいるものなのだ。もし、いじけて出ていくとしても暗い夜の森を一人で歩くのは相当な勇気がいることである。
果たして、それがあのエメラルダという人物に可能なことだろうか?
「ミレーユ様ならまだしも……あの方がそんなことをするとは思えない」
ミレーユは怖がりだが、必要とあらば闇の中にだって踏み出す勇気を持っている。
そうライネは信じている。現実はどうかは別として……まあ、結局やらざるを得なくなったら覚悟を決められるので大体合っているような気がしないでもないが。
しかし、エメラルダにそこまでの勇気があるとは思えない。だとすると……何故、エメラルダの姿が洞窟内になかっただろうか?
最初にライネが考えたのは、洞窟のどこかに身を潜めて皆が慌てるのをこっそりと眺めているという何ともお騒がせな行動だった。
それは、実にエメラルダというお貴族様に合っているような感じがして、ライネは少しだけ腹を立てながら洞窟の中を探してみた……が、エメラルダの姿は見つからなかった。
となると、もう一つ残された可能性は……。
「洞窟の深いところに行って、戻って来れなくなった?」
洞窟から離れて暗い森を歩くよりは、皆が寝ている洞窟の奥の方に行く方があり得るような気がした。
洞窟はかなり広く、探索もほとんど進んでいないことがリオンナハト達の調査で判明している。
「行くなって言われてたけど……駄目って言われてることをやりたがるのは大貴族様っぽいし」
貴族や王族の中にも立派な人がいることを、ライネはよく知っている。
けれども、やはり貴族様といえば、高慢ちきで他人の進言をあまり聞かない人間という印象は拭えない。
一人で洞窟の奥を探検してみようという無謀な行いもまたエメラルダのイメージに合致する。
「いずれにせよ、外はミレーユ様達が探しているんだから……」
ここで一人で待機しているのも立派な役割だ。しかし、何もせずここで待っていることは耐えきれなかった。
みんなが島中を歩き回って捜索しているのだから自分も何かかの役に立ちたかったのだ。
しばしの逡巡の末、ライネは決意する。
「私だけがここで休んでる訳にはいかない」
それから、ライネは念のために地面に文字を残した。
万が一エメラルダが戻ってきた時のために。そして、ミレーユ達が戻ってきた時のために。
「後必要なものは……」
ライネは目的のものを手に入れるため、一度洞窟を後にすることにした。
◆
「……ライネ様も動き出しましたね。全て、我らが主人様のシナリオ通りに。……同僚の要らぬ暴走で変な方向に行きかけたものの、なんとか予定通りに進めそうですね」
洞窟を後にするライネの姿を一人洞窟の影の中から眺めているものがいた。
ライネの姿が完全に消えると、その影は徐にスマートフォンを取り出す。仄かなブルーライトが洞窟を淡く照らした。
「そろそろ臨時班の皆様にもご移動願った方が良さそうですね。とりあえず、まずは圓様にご連絡致しましょう」
ライネを密かに見守っていた諜報員は圓にメールを一通送ると、再び洞窟の影に溶け込むように姿を消した。
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