第十七話 活路を探せ!
翌日は朝からしっかり授業に参加した。もはやこうして授業に参加することは私の日常になりつつある。授業をしていると日本の会社のことも忘れられる。それは今の私にとって何よりもありがたいことだった。
四時間目は空き時間。私は保健室に向かった。空き時間に保健室に行くことも毎日の癒やしになりつつあった。
ガラッと扉を開けるといつものようにリプロートがいた。ナターシャはいなかった。体育や召喚の授業で怪我人が出ることが多く、意外にもナターシャは保健室にいないことが多い。今日もそうなんだな、と思いながら部屋に入った。
「……何で昨日来なかったの」
リプロートに話しかけられて私は思わず口を開けてしまった。普段リプロートから話しかけられるのは勉強のわからないことだけで日常会話を振られることがなかったからだ。
「ちょっと王城に呼ばれててさ」
私はそう答えてリプロートの前の席に座った。
「ふぅん」
リプロートはそう言うと教科書に目線を戻した。リプロートなりに私の事を気に入ってくれているのだろうか。そうだとしたら嬉しい。
「何かわからないことでもあった?」
つい顔がニヤけてしまう。
「別に」
リプロートは照れ隠しか、教科書から目線は上げなかった。
「今日は何の勉強してるの?」
「召喚の勉強」
「召喚……」
リプロートに召喚の能力が発現しなかったことが頭をよぎった。
「精霊の種類とかできることとか、能力が発現しなくても覚えなきゃいけないことはあるの。テストあるし」
私の心の中を読んだのかリプロートは赤茶の瞳を鋭く輝かせて言った。
「そうなんだ」
私は気のない風を装って相槌を打った。
「ねぇ、佳菜は異世界送還でいつか日本に帰るの?」
「うーん、どうだろうね」
私はリプロートの真っ直ぐな視線から逃れるように天を仰いだ。
「日本に帰っても居場所ないし」
「そうなの?」
リプロートは意外そうな顔をした。
「仕事もなくなっちゃったし家も退去するだろうから」
「仕事辞めちゃったの?」
「うん、まぁいろいろあってね」
さすがにこんな子供に愚痴をこぼすわけにもいかない。
「ふぅん」
リプロートは私をじっと見つめた。そういえば居場所がないのはリプロートも同じか。
「異世界送還で人が行き来できるようになったら私も日本に連れて行ってくれないかな?」
「え?」
子供の冗談か、と思ってリプロートを見るとすごく真剣な表情をしていた。
「日本に行って何するの?」
「暮らす」
リプロートは端的に答えた。
「それは難しいかもしれないね。日本は身分制度がしっかりしてるから戸籍がないと何かと不便だと思う」
「戸籍って?」
「身分を証明するもの。どこで生まれて誰と誰の子供で~ってやつ。日本人なら必ず持ってる」
「そう…なんだ」
リプロートは明らかに落胆した表情を浮かべた。そんなにここで生きていきたくないのか。
仕事がなくなってしまった私は今のリプロートの気持ちが少しわかる気がする。居場所がないことの辛さ。
特にリプロートはやりたい仕事があるのにそれが叶わない。それは努力してもどうにかなる問題でもないらしい。やるせないだろう。
どうにかならないんだろうか。リプロートが希望の職につける方法。生まれ持った能力がないというだけで夢が閉ざされてしまっていいのだろうか。
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放課後。私は再び保健室を訪れた。ナターシャは笑顔で出迎えてくれた。昨日のことは何も聞かない。もしかしたらニグリスから何か聞いたのだろうか。
「前にもちょっと聞いたけど、日本の研究者になるためには異世界召喚の能力がないと難しいの?なかったら研究者になれないの?」
挨拶もそこそこに私は本題を切り出した。
「リプロートのこと?」
私は無言で頷いた。
「日本研究者は異世界召喚の座標を探して鏡に設定するっていう重要な仕事があるの。新しい場所が設定できれば新しいものも手に入るかもしれない。その仕事は異世界召喚ができないとダメなの」
それはそうだろう。そんな仕事をしていたんだな。
「その他に日本から召喚した物を研究する仕事もあるわ。作物を育ててみたり本から日本文化を研究したり。それは確かに召喚能力がなくてもできる仕事ではあるんだけど、召喚能力があれば自分で研究材料を持ってこれるわけだし、日本の様子も観察できるから召喚能力がある方が有利なことに違いないわね」
「なるほど……」
合理的な理由だ。
「それに研究するにはやっぱり知識が不可欠だわ。初等科の知識じゃとてもじゃないけど足りない。そうなると日本研究学校に通う必要が出てくる。それにはお金が必要だから……」
ナターシャは顔を曇らせた。
「召喚能力があれば王城に入って座標の設定の仕事をしながら学校に通う補助金も出るの。そうじゃなくお金を貯めてから学校に行くとなるとどのくらいかかるか……」
聞けば聞くほどどうしようもなく思える。やっぱりリプロートは夢を諦めなければならないのだろうか。
「日本研究だけが仕事じゃないわ。日本料理屋で働くとか本屋さんで働くとか日本に触れる機会はいくらでもある。リプロートの気持ちがそっちに無いてくれればいいんだけどね」
ナターシャは悲しそうに笑った。ナターシャもリプロートの事、すごく心配してるんだな。保健の先生という立場で最大限に想ってあげている。そんなナターシャだからこそリプロートも安心して保健室に通って来れるんだろうな。
ナターシャの薄緑色の綺麗な髪の毛が揺れた。窓から射し込む光でキラキラと輝いている。
ナターシャは女の私から見てもすごく魅力的な女性だ。優しいし気も利くし落ち着く。見た目も女性らしくてかわいい。側にいたら好きにならないわけがない。ニグリスもナターシャのこと、好きなんじゃないだろうか。
突如浮かんだその推測に私の心はチクリと痛んだ。
「?どうしたの?」
じっとナターシャを見つめる私を不思議そうな顔を向けた。
「ナターシャ、モテるでしょ?」
「何よ急に」
ナターシャはふふふ、と笑った。
「モテないわよ」
「嘘でしょ」
「本当よ」
ナターシャの顔が少し曇った。
「好きな人にも全然振り向いてもらえないくらいだもの」
「好きな人いるんだ?」
ナターシャの言葉に即座に反応した。もしかしてナターシャの好きな人って……
「ニグリスじゃないから安心して」
ナターシャは優しく微笑んだ。
「なっ…なんでここでニグリスの名前が……」
私が動揺して顔を赤らめるとナターシャはくすくす笑った。
「佳菜達が羨ましいわ」
「羨ましいなんて……」
私からしたらナターシャが羨ましい。私もナターシャくらい可愛らしい女の子だったらニグリスに好きになってもらえたのかな。
「頑張ってね。応援してるわ」
頑張ってね、か。何をどう頑張ればいいのだろう。恋愛なんて十年ぶりくらいなのだ。その十年前だって告白されてなんとなく付き合ったのがスタートだったし。
その時、ガラッと勢い良くドアが開いた。
「あ!やっぱりここにいた!」
飛び込んできたのはニグリスだった。つい今までニグリスの話をしていたのでドキッとしてしまう。あぁ、そして今日もかっこいい。
「佳菜!これから七年生の課外授業について話し合いがあるから一緒に来てよ!」
仕事か、と内心がっかりしながら、
「わかった」
と、言って立ち上がった。こんな時にも可愛らしい笑顔を見せられればいいのに、私の仏頂面を恨んだ。
「ふふ、頑張ってね」
ナターシャはとても面白そうに笑った。その「頑張ってね」にはニグリスについてのことが含まれているのだろう。私は赤い顔でナターシャを軽く睨んでからニグリスと共に保健室を後にした。




