第十六話 ようやくの気づき
外の雨音で目が覚めた。昼間はあんなに晴れていたのにいつの間にか激しい雨が降っている。外は真っ暗。今が何時なのかもわからない。
ま、いいや。私はずっと眠っていたいんだ。
私は寝返りを打って窓に背を向けた。すると何か違和感があって目を開けると傍にニグリスが座っていた。
「───っ!?ニグリス!?」
私は驚いて飛び起きた。
「佳菜、おはよう。夕飯持ってきたよ」
暗がりでニグリスが微笑んだ、気がする。心臓がバクバクいってる。眠っている女子の部屋に無断で入ってくるなんて男としてどうなの?そう思うけれど咎める気にはならなかった。
ニグリスがテーブルの灯りを付けてくれて暖かな光が部屋に灯った。私はニグリスの向かい側に座った。落ち込んでいて食欲はない、と思っていたのにいざ食事を目の前にするとお腹が空いてくる。
「なんか私、いつもニグリスにごはん持ってきてもらってばっかりだね」
「そんなのいいよ」
暖かな光に照らされてニグリスは優しく微笑んだ。今まで私にこんなに世話を焼いてくれる人はいなかった。いつも一人で何でもやってきた。それに、人前で泣いたのももしかしたら初めてかもしれない。上辺だけの愚痴はこぼすけれど、心の奥底にある弱みは誰にも見せることはしなかった。
「いただきます」
私は食事を口にした。昨日、あんな状況だったとはいえニグリスに抱きしめられたんだよな、私。今更になって昨日のことを思い出す。なよなよとしていると思っていたニグリスの身体は意外にもしっかりしていて安心して身体を預けられた。私を撫でてくれた手だって思っていたよりもゴツゴツしていたな。
私はニグリスの手を見つめる。男の人なんだな。
ニグリスは私を日本から召喚した。その罪滅ぼしからこうして世話を焼いてくれているんだってことはわかってる。それでも、自分の存在を気にしてくれる人がいることは嬉しいものだな。
「今日、ちゃんと手紙置いてきたよ」
「異世界送還は成功した?」
「うん」
手紙=辞表。ニグリスもそれは知っている。
「何にもなくなっちゃったな」
わざと明るく言った。
「仕事が私のすべてだったから。上手くできてはなかったみたいだけどね」
「佳菜ならまた新しい目標を見つけられるよ」
「日本では三十代の女の再就職っていうのは難しいんだよ?どうなるかなぁ」
退職理由は異世界に召喚された、だし。面接でそう言っても誰も信じてくれないだろうな。
「ずっとここにいてもいいんだよ」
「え?」
ニグリスは真剣で少し苦しそうな顔をした。
「ご、ごめん。何でもない」
ニグリスはすぐに訂正して俯いた。ずっとここに、か。
「それもいいかもね」
ニグリスはハッと顔を上げた。ここは日本人と言うだけで私のことを重宝してくれる。それに甘えて過ごすのもいいかもしれない。しかし、私は上手くやれるのだろうか。今は良くても、会社のみんなみたいにここの人達からも最終的には「いない方が良い」と、言われるんじゃないだろうか。
気がついたらニグリスが私をじっと見つめていた。私は慌てて笑顔を作ったがニグリスは真剣な表情を崩さなかった。私は居心地が悪くなって、
「なによ」
と、冗談っぽく言った。
「無理しなくていいんだよ」
「え?」
ニグリスの言葉に私の顔からは笑顔が消えた。
「佳菜はいつも頑張りすぎてる。俺の前ではそんな辛そうな顔で無理して笑わないでよ」
「ニグリス……」
何でわかるんだろう。この緑色の瞳にはどんな私が見えているんだろう。私は歯を食いしばった。
「何でそんなに私の事気にしてくれるの?」
「何でって?」
「私を召喚した責任を感じてるから?昨日、私が日本で必要とされてないって突きつけられた時に一緒にいたから?」
ニグリスの顔が滲んでくる。情けない。私、こんなに弱くないはずだったんだけどな。
「佳菜だからだよ」
ニグリスはしっかりした声で言い切った。
「私だから?」
「佳菜がカーストゥン王国に来て一緒に過ごしてどんな人かわかってきたつもりだよ。責任感が強くて頑張り屋さんなところ、お酒が好きなところ、かわいいところ、優しいところ。素敵なところをたくさん知れたから何かしたいと思うんだよ」
「私だから……」
ニグリスの言葉が嬉しい。でも、それをそのまま信じられない。そのくらい私は年を重ねてしまった。
「でも、そのうち私のこと鬱陶しくなるかもよ。私がいなくなった方が嬉しいって思うかも」
「そんなことは絶対にない!」
ニグリスは食い気味に強く言って私の手をギュッと握った。
「短い期間だけど、俺にとっても他の先生にとっても生徒にとっても佳菜はかけがえのない存在になっているんだよ」
ニグリスの手に私の涙がパタパタと落ちた。なんで私にこんなに優しい言葉をかけてくれるのだろう。信じていいのかな。
「佳菜は頑張り屋さんだからきっと周りが見えなくなることがあるんだよね。でも、そんな時は俺がちゃんと叱ってあげるから。そうしたら絶対に大丈夫だよ」
こくり、と私は頷いた。ここまで私を思いやってくれた人が今までいただろうか。何でニグリスに「大丈夫」って言われるとこんなに安心するんだろう。それなのに、何でこんなにドキドキもするんだろう。
涙を拭ってニグリスを見ると少し照れたように微笑んでくれた。それを見ると私の心臓はキュウっと締め付けられる。
あぁ、私ニグリスが好きなんだ。この異世界の年下イケメンに私は恋をしてしまったんだ。




