青き馬、スタートミスの原因を知る
有馬記念は波乱の予感がしますね……現実でも、この小説でも。
JC勝者、リセット。二着アブソルート、三着クラビウス、四着ラストダンジョン、五着マジソンティーケイ。勝ちタイム2分20秒1。
リセット舐めプの勝利。アブソルートの敗北。世界レコード更新。ドラグーンレイト故障。その他多くの情報が世界各地に広がった。
しかしそんなことはお構い無しに、武田厩舎にて武田の口からマジソン達について告げられた。
『マジソンが故障したから有馬を回避?』
「そうだ。万全な仕上がりだからこそドラグーンレイトほど酷くはないが、無理をさせ過ぎたんだ。だから放牧してそれを癒させる」
『先輩……大丈夫かしら?』
『そう言えばドラグーンレイトはどうなったんだ?』
「あいつか。引退だとよ」
『引退?』
「そうだ。足にボルト、お前のことじゃないぞ。そいつを入れなきゃいけないくらい足の状態が悪くなっていた。足にボルトの入った馬は前よりも走れなくなるから引退をしざるを得ないんだ。ドラグーンレイトほどの名馬なら尚更な」
『そんなことが……』
「それとミドル。阪神JFに出走する相手の中で強いのがいる」
『マオウじゃないでしょうね!?』
『マオウな訳あるか。マオウは牡馬。かつては牡馬のレースだったが今は牝馬限定の阪神JFに出られる訳ない』
「その通りだ。ゴールドシップ産駒のモーターボート。こいつが曲者だ」
『具体的には?』
「あの馬の厄介なところは並んだら絶対に抜かせない勝負根性の持ち主だ。瞬発力勝負でいきたいところだが、そうはさせてくれないだろうな」
『ゴールドシップって追い込みだろ。何で瞬発力勝負でいきたいんだ?』
「ゴールドシップは追い込みだがモーターボートは違う。あいつはメジロマックイーンのような先行馬だ」
『メジロマックイーンって確かマジソンの祖父さんだよな』
「そうだ。メジロマックイーンは天皇賞(春)を連覇し生粋のステイヤー。だがそんな奴でも超長距離で一度だけ負けたことがある」
『ライスシャワーね』
「知っているのか?」
『そりゃもう牧場でうんざりするほど聞かされたわ。ボルトも聞いたことあるでしょ?』
『まあな。牧場長にライスシャワーはうざかったとか、あいつさえいなければとか聞かされたな。グリーングラスのファンの癖に』
「あの人は……まあいい。それで、ミドルにはそのライスシャワーの走りを身につけて貰う」
『ライスシャワーの走りって何? それに今からだと遅くない?』
「簡単な話、徹底的にマークすればいい。マークして最後、タイミングを見計らって一気に突き放すんだ」
『凄い作戦ね!』
『だが同時に欠点もある。その馬が実力を発揮しなかったらそいつに勝つことは出来てもそのレースに勝つことは出来ない』
「それやタイミングは騎手の役割だ。俺達にやれることはミドルがモーターボートやその他の馬と馬体を併せても平気なように調教するしかないんだ」
『それはわかったが俺に乗る騎手はどうするんだ? 諏訪はミドルが乗るだろうし、橘はラストダンジョンの調教でいない。まさか空馬って訳にもいかないし、おっさんが乗るのか?』
「いや俺じゃねえ。俺はお前達の動きをみたいから別の騎手に頼んだ」
『別の騎手?』
「マジソンの相棒、高橋だ」
~美浦調教コース~
『なあ、おっさん高橋ってどんな奴なんだ?』
「高橋彰一。橘の一番のライバルで親友だ」
『親友? 同業者潰しの苛烈なこの世界でか?』
「同業者潰しとは上手いもんだな。まあ大体合っているからなんとも言えねえな……高橋と橘は騎手学校の同期で模擬レースで勝っては負けて、一進一退のトップ争いをしていたらしくそこから友情が生まれたって聞いたぞ」
『友情か。まるで漫画だな』
「現実の競馬がよっぽど漫画染みているよ。ボルト」
そう言って声をかけてきたのは橘や武田を大きく上回る長身の中年だった。
『……お前が高橋か。意外にデカイな』
「おう、来たか高橋」
「武田先生。遅れました」
「今回はミドルテンポとの併せ馬だ。さっさと行ってこい!」
「おっかなっ! それじゃ行こうか、ボルト」
『お前マジソンの騎手なのに相当歓迎されてねえな……』
「そりゃそうさ。前走のJCでクラビウスやダンジョンに先着されちまった上に故障させたからな。怒って当たり前だ」
『しかし気になることがある。聞いて良いか?』
「なんだよ?」
『リセットに乗っていた柴又って言ったか? あいつはなんで途中で止まったんだ?』
「インタビュー聞いてないのか? 柴又曰く、リセットだけじゃなく馬達の声が聞こえたんだと。それを聞いて動揺したのがリセットに伝わって止まってしまったらしいな」
『何だと? リセットも俺達と同じでお前達にも話すことができるのか?』
「そうだが……俺もあいつの声を何度も聞いている」
『リセットは何ていっていたんだ?』
「ちゃんと私を走らせなさい、柴ちゃん……だとよ。ちゃんと柴又が相棒だって認めた証拠だぜありゃ」
『リセットがねえ……でもその事は武田のおっさんに伝えたのか?』
「この調教が終わったら伝える」
『ところで、マオウについてどう思う?』
「マオウ……ああ、あいつか。現時点ではJCに出走したメンバーで勝てる」
『本当か?』
「有馬記念のオペラオー包囲網と同じように徹底的に馬を併せ、やる気を削がす」
『オペラオーはそれでも差しきったぞ?』
「奴はオペラオーじゃない。ディープインパクト産駒のマオウだ。ディープインパクトの弱点がマオウにも受け継がれていると考えればやれるさ」
『……俺もそう考えたことがあるが、通じるのか?』
「やってダメならそれ以外を考える。一度きりの対戦じゃないんだ。あいつと何度でも戦うことになるからな」
『まあそれはいいが俺はあいつの包囲網に参加出来ないぞ?』
「それこそない。今までのレースをみる限り、お前は包囲網に参加せざるを得ない」
『あ?』
「お前、ゲート苦手だろ?」
『ゲートが苦手なものか。むしろ得意な分野だ。そりゃ新馬戦は俺のミスだが、この前のレースはありゃ橘のせいだ。あいつがバランス崩してしまうからスタートが出遅れるんだよ』
「橘がバランスを崩すのか? らしくないな……」
『……それまで崩したことはないのか?』
「俺が知る限り、バランスを崩してスタートが出遅れたのはラストダンジョンだけだな。ダンジョンは元々先行馬だったんだが追込にしたことでその才能が花開いて強くなったんだ」
『だが俺はマジソン寄りの先行馬。今更ダンジョンのように追込にしたところで悪影響でしかないと思うぜ』
「だろうな。橘もそれを理解している。お前の弱点克服は出来ないが、自覚させることは出来る。武田先生のところにいくぞ」
『わかった』
ボルトが武田のところへ駆け寄り、高橋と武田の睨み合いが始まろうとしていた。
「高橋ぃ、何の真似だ?」
「武田先生、ミドルテンポの併せ馬の前にちょっといいですか?」
「何故、前なんだ?」
「ボルトにスタートの癖があります。それを見て貰うためですよ」
「スタートに癖だぁ? 馬鹿なことを言ってんじゃねえ」
「血統がコテコテのステイヤーであるにも関わらずボルトはスプリンター……それを補う為に武田先生が努力しているのもわかります。ですがそのせいで、スタートが苦手になっているんです」
「何だと?」
「あまりにも優れた身体能力で騎手がついていけず躓いてしまう。それが今のボルトがスタートを苦手にしている原因です」
「……続けろ」
「ラストダンジョンもその類いでダンジョンは周りに自分以上の末脚を持つ馬がいなかったから追い込みに脚質を変更出来ましたが、ボルトはそう言う訳にもいかない。マオウがいますからね。各世代を見てもかなりの豪脚を持つミドルテンポ相手に20馬身以上も置き去りにしたマオウに勝つことを考えるとスタートで遅れては勝てるものも勝てなくなってしまう。違いますか?」
「それは違いない。だがそれと今ボルトが併せ馬の前にやる関連性がわからねえよ」
『全くだ。高橋、解説してくれ』
「先生、ボルトがゲートに入るときは疲れている時ですか? 元騎手である貴方ならわかるでしょう。イレ込んだりしても大抵は疲れていない状態です。ボルトの場合、ターフを剥がしてしまうほどのパワーとスピードでスタートします。それ故にバランス感覚の優れている橘ですらバランスを崩し、スタートを遅らせてしまう……」
「あいつのバランス感覚が優れている訳じゃない。お前が下手くそなだけだ」
『いやいや、この長身でスピードを上げたマジソンに適切な処理を行えるだけすげえよ。あんたらの求めるレベルは異常だ』
「茶々入れないで下さい先生、ボルト……とにかくやらせて下さい!」
「そこまで言うなら仕方ないな。ただし一回だけだぞ」
「ありがとうございます!」
と言うわけで今年の投稿はこれで終わりです。また来年までお待ち下さいませ。




