青き馬、馬主に戦慄する
ハーメルンの方で感想が来たのでその嬉しさのあまりパワーが増して書き終えることが出来ました…解せぬ。
BCターフ。BCクラシックにこそ劣るがそれでも米国最高峰の芝レースである。秋の天皇賞よりも格が上とされており、現在も世界芝最強馬2頭がこのレースに出ているのが何よりの証拠だ。しかもどちらも地元の米国馬ではなく、他国の馬である。
【ドラグーンレイトが逃げ、未だ先頭で直線に入りました。】
片や大逃げを主体をする日本馬、ドラグーンレイト。彼はかつて世界芝三強とまで言われたサイレンススズカの再来と評され、レーススタイルもサイレンススズカのように大逃げし、一息ついて一気に突き放すといった具合に酷似している。
【アブソルートが一気に飛んできた〜っ!】
もう片やアブソルート。父は2004年日本でグランドスラムを達成し、現在ではドバウィやガリレオ等と共に欧州種牡馬三強の称号を持つカーソンユートピア。その父から受け継がれた自在性のある脚、サンデーサイレンス並の勝負根性、雄大な馬格から生み出されるスピードとパワーを武器としている。
【アブソルートだ! アブソルート一着でゴールイン! 二着にはドラグーンレイト、三着争いに地元米国のカリフォルニアローラーか…】
またもやアブソルートが勝ち、日本古馬最強馬ドラグーンレイトは完全にアブソルートよりも格下となってしまった。だがそれでもアブソルートは世界最強馬とは言えなかった。今年誕生した日本の三冠馬の存在が彼の世界最強馬の座を妨害していたからである。
【次はJCに出走するようですが日本の三冠馬相手にどう立ち向かいますか?】
故に、アブソルートの馬主は答える。
【何、どうせドラグーンレイトと同様に逃げるしか能のない馬だ。リタイアだったけか? そんな馬にうちのアブソルートが負けるわけがないよ。】
それは明らかな挑発。アブソルートに絶対の自信があるからこそのセリフだった。
【では他の日本馬にマークすべき相手は…?】
【特にないね。もしJCに出てくるメンバーの中でアブソルートに先着したらその馬の調教師、騎手、馬主にそれぞれ5億円払うよ。】
「ふざけやがって!」
それをボルトと共に馬房で見ていた武田はブチ切れ、TVを消す。
『おいおっさん。そんなに怒るなよ…』
「怒らずにいられるか! ドアホ! うちのマジソンを見てもいないんだぞ!」
『そりゃそうだろ。片や伝説的名馬、片や2連敗中のGⅠ馬。どっちが上かなんて世間に聞いたら間違いなく前者の方を答える。』
「それにしても去年の覇者相手にあの態度だぞ?! 信じられるか!」
『なんなら勝って5億円貰おうぜ。ノーマークになればこっちの方が有利なんだしさ。』
それを聞いた武田は落ち着き、溜息を吐いた。
「…すまない。冷静さを取り戻した。」
「へえ、武田先生もそんなに取り乱すことあるんですね。」
そこへ現れたのはラストダンジョンの主戦騎手にしてボルトの主戦騎手でもある橘だった。
「橘…お前いつの間に?」
「まあボルトのことについて話があってここに来たんですよ。最もご立腹だったようでしたので声をかけようものなら武田先生の背負い投げを喰らいそうでしたのでかけられませんでしたが。」
「…そこまでいうか?」
「言いますよ。白帯の癖して赤帯よりも強いんですから危なっかしいて仕方ない…それよりもボルトの事ですが京王杯2歳Sの中に厄介な馬がいるって情報を聞きましてね。」
『厄介な馬? マオウみたいにキチガイ染みたフィジカルの持ち主なのか?』
「そんな訳ないだろボルト。馬自身よりも馬主や調教師がヤバいみたいで…」
「ほう…」
「火野から聞いた話なんですがその馬主さんは京王杯2歳Sに6頭出して有力馬達を潰すみたいなことを言っていたらしいです。」
『最高に最低な奴だな。』
ボルトのその言葉に武田は同意した。
「おそらくボルトも潰される可能性もあるので一応武田先生に報告しておかないと思いましてね…」
「なるほど。確かに注意が必要だな。でもまあ、風間さんに喧嘩売るなんてその馬主は馬鹿だよな。」
「ですね。」
『なんでだ?』
ボルトは意味がわからず武田に尋ねると武田が気づいたように手を叩いた。
「そうか、ボルトは知らねえのか…説明するか。風間さんはJRAを抑えることが出来る程の権力者だ。」
『そりゃどういう意味だ…?』
「4月に行われる大阪杯の格はGⅡなのは知っているよな?」
『確かにそうだな…でもそれが何だってんだ?』
「だがJRAは2017年に当時産経大阪杯という名称の大阪杯をGⅠに昇格させようとしたら風間社長が猛反対。風間さんが言うには大阪杯を昇格させても同じ距離のレースがあるドバイに海外遠征するキッカケが減るし、何よりも大阪杯よりも阪神大賞典の方がGⅠに近いレースだ。Wikipediaにも阪神大賞典のレースのうちのいくつかは独自の項目があるのに大阪杯はない…そんな理由で風間さんは全権力を使い、大阪杯をGⅠにすることを止めさせた。」
『そんな歴史があったのか。でもポープフルSもWikipediaに特定のレースの項目がないんじゃないのか?』
ちなみにどうでも良いが共同通信杯(GⅢ)には特定のレースの項目があり、それを理由にするにはいささか理由としては小さいとは言ってはいけない。
「風間さんは2歳GⅠはそんなに重視していない。むしろ古馬の長距離レースを増やしたいとか言っていた変人だからな…」
『時代を遡る人なんだな…あの人は。』
「話を戻そう。結局、産経大阪杯が変わったのは大阪杯という名称と賞金だけだ。国に逆らって勝った相手に普通の人間が勝てると思うか?」
『無理だな。』
「仕掛けて来るとすれば騎手である俺に賄賂を渡してくるか、6頭全てを使って妨害してくるかのどちらかだ。ボルト…出遅れたら妨害を受けて間違いなく負けるぞ。」
『その心配はねえよ大丈夫だ。』
「そうか…武田先生、スタートの練習を念の為増やしておいてください。」
「もちろんだ。」
かくしてボルトチェンジの調教にスタート練習が加わり、時が過ぎていった。
〜風間牧場〜
その頃風間牧場では…二人の男女がそこにいた。
「風間社長、京王杯2歳Sの有力馬の情報と例の馬主についての情報を集めてきました。」
一人目は女性。10人中10人が振り返るような美貌の持ち主でありながら何故か新聞社に就職した梅宮。新人故にまだまだ未熟であり、手柄も横取りされがちではあるがボルトチェンジの記事だけは執念深い。
「助かる。」
もう一方はボルトの馬主である風間。何代も続く資産家でありながら、大の競馬好きであり馬主。数多くの配合理論や相馬眼の技術を風間牧場長に叩き込んだ張本人でもある。
そんな二人が集まったのはボルトの京王杯2歳Sのことである。風間は常に競馬業界の情報を集めており、ボルト達が話題にしていた妨害者についての情報を掴もうとしていた。
「それでどんな馬が妨害するんだ?」
風間がそう言うと梅宮は紙の入ったファイルを渡した。
「馬主の名義や冠名こそ違いますがいずれも紅河が実質的な馬主で、渡したリストにそれが書いてあります。」
「その騎手と調教師のリストは?」
「調教師の方はこちらになりますが騎手の方はどれに乗せるかまだ決まっていないらしく、リストにあげられません。」
梅宮が更に風間にリストを渡すと風間はそれを見て目を見開いた。
「…」
「どうしました?」
「いや、なんでもない。それよりも騎乗騎手が決まり次第報告してくれ。」
「かしこまりました。では失礼しますね、風間社長。」
梅宮がその場を立ち去ると代わりに現れた牧場長が調教師の方のリストを見る。
「社長、このリストは?」
「ん? ボルトチェンジをウチに転厩してくれと希望している先生方のリストだ。ボルトチェンジの活躍が相当気に入ったんだろうな。」
「そうですか。でも武田先生のところで競走馬の人生を歩ませるんでしょう?」
「ああ…いくら大恩のある伊勢先生の言うことでもこれだけは譲れない。」
そう言って風間はそのリストに書いてある《伊勢慎一》の名前を見て溜息を吐いた。
BCターフの部分がダイジェストになりましたが勘弁してください。あくまでこの小説の主人公はボルトチェンジですから。




