第65話
「そのくらいにしとけダグラス。本当に殺り合いたければ外に出な。ウチはヤンチャする場所じゃない。」
「分かってる。」
「ほら、いつものだ。あんたにはこれだ。」
殺気は飲み物を持ってきた店主の言葉によって消える。
俺も殺気を治める。
そこまで本気では無かったのか、あっさりと退くダグラス。
「で、理由は? まさか理由もなく慣れない芝居を打った訳じゃないだろ?」
「酷い言いようだな。認めたくないがその通りだ。」
「最初に言っていただろうが、愚痴を言いに来たって。」
そう言うとダグラスは持ってこられていた飲み物に口をつける。
予想が正しければかなりアルコール濃度が高いやつだぞ……
話しきる前に酔っ払わなければいいんだが……
「お嬢の事は聞いたんだろ?」
やはり、その話か……
この男の悩みになると言えば相当だ……
そうとなるとこの事しか思い当たらない。
「あぁ、ティア本人からも、サラさんからも……」
「なら、説明は不要だな……愚痴の内容はそれに尽きる。」
「だろうな……俺だって愚痴りたいくらいだ。」
正直、もう手の施しようがないと言ってもおかしくない。
しかし、だからと言って諦めることだってしたくない。
「恐らく、お嬢は近いうちに行動に出る。」
「それって……復讐にってこと?」
「あぁ、そうだ。」
つまり、運命の日は近づいていると……
しかし、近づいているからと言って何もできない。
だが、どうして行動に出ると分かったのだろうか?
「お前は知らないだろうが、お嬢が夜な夜な剣を研いだり、手入れをしているんだ。」
「…………」
「あんな顔して、既に相当追い詰められている。」
知らなかった。
ティアがそこまで追い詰められているなんて……
しかし、尚更止める事が出来なくなった。
もし、復讐を遅らせようとすれば……
良くて強硬突破……悪くて生きる気力を無くしてしまう。
そして、自殺……
「大人になって、いくらならず者どもを黙らせる力があったところで、お嬢を守る力は無い……託されたというのにッ! お嬢を救う為ならば煉獄の焔にも喜んで身を投げ出そう! だが、そんな覚悟も力がなければ意味はないんだ……」
自分の無力を嘆くダグラス。
額に手を当てて嘆くその姿は、とてもいつも様子からは想像のつかない姿だった。
だが、自分を嘆く気持ちは想像がついた。
ダグラスの感じている無力感は恐らく事情を知っている者ならば皆が等しく感じているだろう。
「ゲイルの頭だって、答えが導き出せていない。大体、止めれたとしても俺はこうなった事をどう詫びればいいんだ? こんな状況を生みだした責任の一端は俺たちにあるんだぞ。どれだけ足掻いても藁や蜘蛛の糸すら見つけられない。クソッ!」
「サラさんはティアを信じるしかないと言っていたよ。」
「サラのやつは甘いからな……お嬢を信じると言って耐えれる。実のところアイツが一番強いんじゃないか? 俺は無理だ。もう希望なんて信じられない。俺は何もしないつもりだ。となれば、近々復讐が滞りなく行われるだろう。」
「何もしないのか?」
何もしない。
実質的な敗北宣言だ。
屈辱だろう、苦しいだろう。
つまりは、最終的にティアの無事を祈る事しかできない訳だ。
「あぁ、正直なところ……気持ち的にアイツを擁護できない。それどころか、お嬢が関わっていなければすぐに殺してやりたい。それに、どっちだって結果は同じだ。なら、せめてでも、復讐はやらせてやった方が……」
本当ならば、俺はそんな事させたくない。
別に復讐の事は構わないと思っている。
だから、俺も復讐を否定はしない。
だが……復讐によってティアが不幸に……ましてや、命にかかわると言うのならば。
俺は、それを許容したくはない。
だが、復讐を止める術も復讐を止めた後の事も同じ事になってしまうならば……
そう考えるダグラスの気持ちも分かる。
だから、何も言えない。
「そうなれば、この家はおしまいだ。だから今の内にお前だけでもどこかに行け。」
そう言う事か……
そんな事の為に殺気まで放つなんて……
やはり、コイツはバカだな……
「正直、お前は腕っ節も、頭も、魔法だって恵まれてる。何にだってなれるだろう。俺は無理だ。もう、お嬢の元を離れられない。もう、お嬢に魅せられてしまった……他の所になんていけない。最後の一瞬まで、傍に居る事がダメな俺のせめてもの償いだ。多分、サラのやつも同じだろうよ。」
……2人とも
分かってしまう。
少なくとも2人は生きるつもりが無い。
もし、ティアが捕まれば自分の命を投げ出してでも助けようとするだろう。
もし、ティアが死ねば……2人は自ら命を断つだろう。
「最後の仕事だ。誰にも邪魔はさせない。」
恐怖が込み上げる。
ダメだ……これ以上は……
少しでも油断すれば身が震えてしまいそうだ。
「言っておくが、お前が付き合う道理はない。大人しく身を引け……誰もお前を責めないだろうし、お嬢もそれを望むだろうさ……」
ダグラスにとって、これは贖罪……
そして、最後の奉公……
俺に止める権利はない。
「俺はもう帰る。少しここで考えてろ。金は払っておく。俺からの最初で最後のプレゼントだ。」
そういって金を置いて店を出ていくダグラス。
体を襲う恐怖……
失うのだ。
俺は……ダグラスを……サラさんを……そして、ティアを……
嫌だ……怖い……
頭を抱える。
俺はまた姉ちゃんを失ったあの時のように誰かを失うのか?
しかも、今回は失う事が分かっていたのに失うのだ。
無力感を抱きながら、いずれ訪れる喪失感の到来を怯えるのだ。
「クソッ……」
目の前にある頼まれていた飲み物を一口で飲みきる。
初めて飲むアルコール……
アルコールを飲んで嫌な事を忘れ自分勝手に振る舞う……
そんなのを嫌と言うほど見てきた。
なのに……俺は酔えない……忘れれない……
あの大人……あれは誰だったか?
俺はそんな大人に対しどうしたのだろうか?
「あっ……」
そうだ……
自分を差し出せばいいんじゃないか……
なんで俺は忘れていたんだ?
誰も信用なんてできない。
だが、大抵の事は自分を犠牲にすれば解決するじゃないか……
ぬるま湯に浸りたっていたいなど……そんな願望を捨ててしまえば簡単に解決できる。
いつから俺はこんなに自分の事を考えるようになってしまっていたんだ?
違うだろう。
何かが欲しければ何かを犠牲にしなければならない。
目的はティア達が生きる事……
「やる事が決まった……」
周囲に掛かっていた霧が晴れた気分だ。
道は見えた。
ならば、後はそこを進むだけだ。
「もう一杯くれないか?」
「何をだい?」
「渡されてた金で出せる限りで一番高いのを頼む。」
渡されていた金は使い切る。
それに、少しアルコールの力が欲しい。
今までの自分はおかしかった……
さぁ、この夜を持って俺は今までの俺を殺し、あの俺へ戻る……
これを飲んだら買い物に行かないとな……
「それと、薬を売っている場所を知らないか?」
「……隣の店だ。今も売っているだろう…………」
「ありがとう。」
今なら分かる。
ティアと姉ちゃんとロマリア帝国との戦争の話をしていたあの時に感じた……
狂っていると感じた理由が……
簡単だ。
あれは、あの時の俺は俺じゃないのだから……
もう、悩む必要はない。
「これが一番高いのだ。」
そうやって出されたグラスの中身を一口に呷る。
もう、ここに用は無い。
ならば長居は無用だ。
そのまま席をたち、雨が降りしきる外へと一歩を踏み出す。
「おい、傘があるぞ。使って行けよ。」
店主が何かを言っているのは分かる、
だが、今は必要のない事だ。
その言葉を無視して歩みを進める。
「はは……」
雨が降る夜の空を仰ぎ見る。
雨粒が目に入る事も躊躇わず目を見開き笑う。
「ハハハハハ!!」
そうやって狂ったように笑う。
大した理由なんてない。
ただ、この晴々しい気分には似合わないくらいに降る雨を滑稽に思っただけだ……
もしも、今のユウ見れば皆が分かっただろう。
ユウは遂に狂い始めた。
既に狂いかけていたと言っても過言ではないユウを繋ぎとめていたものは音をたてて崩ずれ始めた。
誰ひとりとして気づく事は叶わなかった。
崩れ始めたそれを止める事は出来ない。
完全に崩れ落ちるまでそれは止まらない。
嵐の到来を知らせるかのような激しい雨音が響くなか一人の人間が狂った。




