第66話
「とても似合っています。」
「そうね。とてもよく似合ってるわ。」
俺は、今仮面舞踏会に向かう為の衣装を着ていた。
そう、今日は仮面舞踏会へ向かう日だ。
じきに日が暮れる。
その前に衣装を着ている訳だ。
しかし……
「この仮面……ちょっと恥ずかしいんだけど……」
目の辺りを覆うこの仮面は少し恥ずかしい。
ちょっと派手じゃないか?
いや、仮面舞踏会だったら俺より派手な人もいるだろうけど……
この仮面なんて言うんだっけ?
ファントムマスクだっけ?
「大丈夫よ。私も仮面は付けてるんだから。」
レース彫りの黒い仮面が姉ちゃんの目の辺りを覆っている。
果たしてこれで正体を隠せているのだろうか?
絶対に顔見知りなら分かっちゃうんだけど……
「私もつけてます。」
ティアは同じ色だが片方の目の周囲を覆う仮面で両目は覆っていない。
やはり、完全に立場を隠せているかと言えばノーだろう。
「2人とも似合っているからいいけど……」
「だから悠も似合ってるって言ってるじゃない。もっと自信を持ちなさいな。」
「ユウ、服はこちらです。」
おいおい……吸血鬼の仮装じゃないのに……
こんなに……
無理だ……
ハロウィーンでやってくれよ……
「嫌ならいいのよ。」
「姉ちゃん……!」
「私が無理やり服を剥いで着させてあげるから……」
「姉ちゃん……」
ダメだ。
姉ちゃんは味方ではない。
しかも、冗談を言っているような顔じゃない。
「分かったから……もう自分で着替えるから……」
「そう……残念。」
そのまま部屋を出て着替えに向かう。
諦めよう……
仕方のない事なんだ。
今日の仮面舞踏会くらいは……
「似合っているわよ。」
「もうどうとでもしてくれ……」
部屋に戻ると姉ちゃんとティアも着替えを済ましていた。
2人が纏うドレスはとても似合っていた。
普段から綺麗だと言うのにも関わらず、今日の2人はとても輝いている。
今日を選んで良かった。
「2人はとても似合ってる。」
「そう、悠に言われると嬉しいわね。」
「私も嬉しいです。」
その笑顔を見ていると決意が鈍る。
しかし、だからこそ、欠行はありえない。
これは決まった事。
「そろそろ向かうとしましょう。」
「ん、そうね。シエルは先に向かっているそうよ。」
確か、ティアが馬車を手配していたはずだ。
窓の外に視線を向けると馬車が待っている。
今日は馬車の手配が多いだろうによく頑張っているな……
「そう言えば、悠、風邪ひいてない?」
「ん? なんで?」
藪から棒にどうしたのだろうか?
俺には風邪を引くような心覚えなんて……
「聞いたわよ? 予選後半の日に夜遅くから出かけて、豪雨の中で傘もささずに帰ってきたって……」
「本当ですか? 疲れているのにそんな事をすれば風邪をひいてもおかしくないですよ?」
あぁ、あの日の事か……
確かに風邪をひいてもおかしくないかもしれない。
だが、バカは風邪をひかないのは事実だったようだ。
「大丈夫だよ。こんな大切な日に風邪をひいたんじゃ……悔やんでも悔やみきれないよ。」
それこそ、一生……
この日だけは絶対に万全でなければならない。
もし、風邪をひいていたとしても強硬しただろうが……
ひとまずはこの体に感謝だ。
「それならいいけど……」
「ですが、そんな遅くに一体どこへ出かけていたのですか?」
「えっ!? いや……少し買い物に……」
あの夜の事は話したくない。
ダグラスの話の内容は話せる物じゃないから……
もし、聞かれれば……
それにあの買い物の内容は……
「嘘ね。いや、買い物はしたのだろうけど何か隠してるわね。」
「ソンナワケナイジャナイカ」
おかしい……
今日は鋭さに磨きが掛かっている気がする。
いや、それこそ考え過ぎか……?
「夜遅く……戦いの後……もしかして!」
「分かったのですかミチ。」
「ねぇ、まさかだけど……」
もしかして、バレたか……?
疑うようなその声音は心拍数をあげさせる。
そして、その後に続いた言葉は……
「色街にでも行って女を買ったんじゃないでしょうね?」
「はい?」
勘違いだったようだ。
姉ちゃんの鋭さも昨日の事までは流石に分からなかったようだ。
まぁ、分かってたら怖いけどね。
しかし、浮かび上がった疑念が分からない。
「そうなのですか?」
「いやいや、そんな訳ないじゃないか。」
「戦勝記念に大人への階段を……」
「だから違うって! あの夜はダグラスと飲みに行ってただけだよ。」
「じゃあ、なんで隠すの?」
なんでこんな事を疑われているのだろう?
不名誉極まりないのだが……
確かに夜遅く出かけた俺も悪かったが……
「静かなバーだったから、あんまり吹聴するなって。」
「もしかして、ダグラスがそんな場所に誘って……」
「どうして色街なんかに……」
もうダメだ。
取り敢えず、馬車の中ではこの誤解を解く事だけを考えねば……
流石に色街に行ったと思われるのは嫌だ。
「豪邸だな……」
「まぁ、多くの人が集まりますからね。」
俺たちは仮面舞踏会の会場に到着した。
馬車から下り、建物を見るとかなり大きい……
大きな庭もあるし、外でパーティも開けるだろう。
所々にある彫刻など丁寧に手入れされている生垣など樹を見ればどれだけ力が込められているのか分かる。
「……やっと来た。」
「あぁ、シエル。よく似合ってるよ。」
仮面もしてドレスを着ていると言うのにも関わらずシエルと分かる。
一体、この仮面舞踏会は正体を隠すつもりがあるのだろうか?
「ッ!? ありがとう……」
顔を赤く染めるシエル。
しっかりとその姿を目に焼き付けなければならない。
あぁ、決意を鈍らせないでくれ……
「シエル、ちゃんと着てきたのね。」
「……そうじゃないと浮く。」
「それもそうね。私たちは本気じゃないから軽めの装いだけどね。」
軽めか……
確かに、言われてみればそうかもしれない。
周囲にちらほらと見える人達は本当に正体が分からない。
ちなみにだが、色街の疑いは一応、晴れている。
そんな不名誉……今はまだ被りたくない。
「では、行きましょう。」
「そうだね。ここにいても仕方がない。」
続々と馬車も集まってきている。
ここに居ては邪魔もなるだろう。
こんな所でひと悶着起こすのはもったいない。
「ねぇ、あれってドレスコードだよね?」
「そうよ。まぁ、気にしなくても大丈夫。別におかしい所なんて無いわ。」
「そう……?」
入口では黒服の人が。
危険物のチェックも行わチェックをしている。
当然だが、帯剣も許されていないれているようだ。
とは言え、そちらはあまり厳しくないようだ。
しかし、チェックする黒服の人までマスクする必要ある?
「もし、ユウがダメなら、私もダメですよ。」
「はい、次の方。」
そう言ってドレスコード兼危険物チェックが入る。
各自、無事に突破。
まぁ、貴族も来ているのだからこの程度は普通なんだろうが……
初めての事ゆえに緊張する。
「ふ~……良かった……俺だけ止められたらと思うと怖かった。」
「ふふ、本当にに悠は心配性ね。」
「逆になんで姉ちゃんは大丈夫なの……」
「私には経験があるのよ。」
本当に羨ましい限りだ。
それにしても、まだ始まったばかりと言うのにも関わらずそれなりに人も多い。
用意されている飲み物や食べ物も多い……
知っている物もあれば知らない物も多い。
本当ならそれに目を輝かせていたのだろうが……
目を輝かせる程に心惹かれない。
「ここは舞踏会だし。踊ってみる?」
「残念、俺は経験豊富じゃないから踊れない。」
「実は私もよ。相手が居なかったの。次までには踊れるようにしてよ?」
相手がいない?
姉ちゃんならダンスくらい引く手、数多だろうに……
誰か、決めた相手でもいるのだろうか?
「おぉ、ミチ君じゃないか! 最近の君はやけにイベントに積極的だね。何かいい事でもあったのかい?」
「傭兵ギルドからも出席? 随分と暇なのね。」
「酷い言いようだ。付き合いが悪い君が悪いんだ。何度ギルドへ呼び出したと思っているんだい?」
どうやら姉ちゃんの知り合いらしい。
聞く所、傭兵ギルドの関係者のようだ。
大体、よくわかったな……
相手は口元も覆っていて目が少し見えるだけなのに……
まぁ、声を聞けば分かるのかもしれないが……
「私がいいように扱われる駒になるとでも思っているの?」
「人聞きが悪いじゃないか、こっちとしても君の様な実力を持った人材とは仲良くしたいんだ。傭兵ギルドでは純粋な力が持つ力の強さをよく理解しているからね。」
「必要になったら行くわ。来ないと言う事は必要じゃないという事よ。」
姉ちゃん袖にしたよ……
ギルドの持つ力は相当だと思うけど……
それが必要ないって……
「結構、傭兵ギルドは大抵の物や権利は用意するつもりだよ? それでも必要が無いなんて何を用意すれば協力してくれるんだい?」
「私が欲しいのは悠と悠の幸福よ。あと悠の血判か心?」
「悠? 誰だいそれは?」
「私の最愛の人よ。」
「いつから俺は姉ちゃんの恋人になったの!?」
欲しいものの辺りで既におかしかったのに、放っておけば取り返しのつかない勘違いをさせるところだった。
大体、血判って何に使うの?
少し姉ちゃんが怖い……
「あら、弟でしょ?」
「それはそうだけども!」
「君がユウくんかい? その顔は確か……あの超越者達の宴の三人と……」
なんでこの人は知ってるんだ?
もし、ここにいるのなら英傑の饗宴にでているはずなのに……
「いや、見せてもらったよ。僕はここにも英傑の饗宴にもギルドの代表として招待を受けて見ていたんだが、君には声を掛けようと思っていたんだ。中々に面白いものを見せてもらえたからね。」
「はは……逃げてただけですけどね。」
「君は珍しい事を言う。あの2人を敵に回して生き残れたのは凄い事だよ? 普通なら瞬殺だろうね。しかも、お嬢様を攫っている姿は王子様願望を持つ女の子には受けたろう。もし、互角に戦えたら本にもなったろうさ。」
「ふふふ……! 愉快だわ。貴方は二つの勘違いをしているわ。」
姉ちゃんは本当に愉快そうに笑う。
男の人は何を間違えた事のか頭を傾げる。
そして、降参だと言わんばかりに手をあげる。
「分からない。降参だ。僕は何が間違っていたのんだい?」
「悠は充分、強いわよ? それこそ彼らと互角に張り合えるほどにね? その実力も見抜けない貴方がギルドの代表なんてね。」
「君がそこまで言うのか……やはり、僕にはそれほどとは思えない。」
同じくです。
俺もあれと互角に張り合えるとは思えないです。
「じきに分かる事でしょうからその時に後悔するといいわ。そして二つ目よ。」
「聞こうか。」
「私の目が黒いうちは他のどこの馬の骨ともしれない女を近寄らせるつもりはないわよ。」




