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第62話

 もうすぐ日も暮れようと言う頃合い。

 俺はサラさんの言葉に耳を傾けていた。


「私たちはティア様の父上様と母上様から頼まれていたのです。私たちに何かがあったらティアを頼むと……」


 戦場に身を置く上でいつ何が起こり、どこでどんな死を迎えるかも分からない。

 そんな身の上でティアを任せる相手として家に残る者に頼んだのだろう。


「しかし、私たちはティア様に何もできませんでした。私たちは“家”を存続させるのに精一杯で、ティア様の事を疎かにしてしまったのです。」


 家主を失い、スケープゴートにされたのだ。

 家を存続させるだけでも至難の業だった事だろう。


「そして、気づいた時には……もう、遅かったのです。ティア様は一人で変わってしまったのです。」


 人はいつか変わらないといけない。

 そうじゃなければ、障害を越える事が出来ないのだ。

 しかし、一人で……それもまだ子どもが……

 歪な方向へ変わる事は不思議なことではないだろう。


「ティア様の笑顔は消えました。私たちは守れなかったのです。あの言葉を……。ティア様に深い傷を残したままにしたのも、ティア様の感情を殺させてしまったのも私たちの所為です。」


 深い罪の意識……

 あの言葉を守れなかったと謝罪をすることも相手が死んだ今はする事は出来ない。

 そして、曲がってしまった鉄を曲げるのは、最初の時より難しいのだ。

 力を込めすぎると折れてしまう……


「そして、ティア様は仕事を完璧にこなす傍ら、事の真相を明らかにしようとしました。そして、犯人を見つけました。まさに、諸悪の根源と呼んでも過言ではないその存在の名前は……」

「オウエン・ベルナンド……」

「はい、ティア様は見つけてしまったのです。自分の奥底に燻る黒い感情の矛先を……皮肉なことにティア様はそれにより、生きる気力を取り戻しました。」


 確かに皮肉だ。

 憎き怨敵のおかげで今を生きる事が出来ているなんて……

 だが、それが指す意味は……


「分かったんじゃないでしょうか? ティア様の生きる活力……そして、その力の源である黒い感情……“復讐”です。」


 つまり、ティアは復讐を胸に誓う事で今を生きている。

 しかし、復讐がもし果たされたとしても……

 どうなるか分からない……

 下手をすれば、そのまま……


「しかし、オウエン・ベルナンドは侯爵……しかも、勇者が居ます。」

「勇者?」

「……詳細は公開されていないのですが、その者には公爵と同等以上の権力が与えられるのです。他の周辺諸国でも、いたと思います。」


 確か、この国の公爵は五家。

 それ以上の権力者は大公のみ……

 つまり、勇者はそれほどに高い地位なのだろう。

 しかも、その父も侯爵……


「つまり、ティア様の復讐は遂げられてはいけないのです。もし、復讐が遂げられた場合……良くて一生牢屋……死刑が妥当と言ったあたりでしょう。」

「はは……冗談じゃない。それじゃ、誰も救われない……救いが無さ過ぎる……」


 あまりの状況に乾いた笑いが出てくる。

 復讐を諦めた時……ティアは生きる気力を失う。

 復讐が果たされた時……ティアは殺される。

 性質が悪すぎる、こんな台本を書いた脚本家が居たのだとすれば、どこか性格がひん曲がっているのだろう。


「私たちに残された希望は、ティア様が“何か他の生きる理由”を見つけてくれる事です。もう少し、もう少し時間があればそれも実現したかもしれないですが……ユウさんと出会い、形を潜めつつあった復讐の炎も再び薪をくべられました。私たちにできるのはティア様を信じる事のみです。」


 ……手をこまねいて見ているしかできないとは……

 歯がゆい……

 自分のあまりの無力さに腹が立つ。


「今回は、ユウさんにも知って欲しいと思って言いました。どうか、ティア様を信じてあげてください。」


 信じる……信じるか……

 つまるところ……

 早まった行動をとらないでくださいということだろう。


「それと、話は変わりますが、今日の戦いは見事でした。次も頑張ってくださいね。」

「はい……ありがとうございます。」

「それでは……」


 部屋を出ていくサラさん。

 正直、今を戦勝気分で喜べる性格はしていない。

 俺は一体、どうすれば……何かできる事は……

 手をこまねき、指をくわえて待っている事しかできないのか?








「ユウ~~? 起きてる?」


 扉をノックし、小さな声で起きているかを問う姉ちゃんの声が聞こえる。

 先ほどの問題に答えは出ていない。

 しかし、それを顔に出しても何も解決しない。

 今は、明るく振る舞わねば……


「入っていいよ。」

「話は終わったのよね?」

「うん、終わったよ。」


 そう言って部屋に入ってくる姉ちゃん……

 後ろ手に何かを隠しているのが気になるが……

 嬉しそうな顔からしても危ない物ではないだろう。

 流石にこの笑顔で刃物を出されたら驚く……

 いや、笑顔じゃなくても姉ちゃんに刃物向けられたら驚くけどね?


「で、姉ちゃん。後ろに隠してるのは何?」

「ん~? 気になる?」


 何だろうかこの可愛さは……

 ここで、「いや、別に……」とか言える訳ないじゃん……

 それは、それでどんな反応をとるのか気になるが……


「うん、気になる。教えて?」

「ふふ、そこまで言うなら教えてあげない事もないわよ?」


 なんでそんなに回りくどい表現を……

 にしても、本当に上機嫌だな……

 本当に気になってきた。


「ふふーん! どう! 私の最高傑作よ!」

「……すげぇ! こっちでも作れたの!?」


 隠していたのはきな粉の掛かったわらび餅!

 凄い……こっちで作るには材料探しから始めないとなのに……

 しかも、ここは異世界だ。

 材料が同じ名前をしているかも分からない。


「そうよ。ユウと会う前に偶々、材料を見つけたの。」

「やっぱり、姉ちゃんは凄い! ねぇ、これって食べてもいい?」


 わらび餅は大好きな食べ物の一つだ。

 これを考え出した方には感謝の気持ちで一杯だ。

 正直、日本食というか、和食や和菓子はほとんど見かけなかったから諦めてたのに……


「バカね。悠にあげる為に作ったんだから、食べてもらわないと困るわよ。」

「やった!! 姉ちゃん大好き! 最高!」

「もう、そんなに気軽に大好きなんていったらダメよ。」

「ん~~ッ!! 美味しいよ! あれ? なに持ってるの?」


 手作りで、しかも、異世界でこのクオリティ……

 店でもだしたら儲けれるんじゃないか?

 しかし、何故、姉ちゃんはあんなものを持っているのだろう……

 よくは見えなかったが夫になるものとか妻になるものとか書いていたかのような……


「あら、反射で……」


 すぐにその紙を丁寧に畳んでしまう。

 何が書いているかは分からなかったが、ほとんどが埋められていたような……

 見間違いだろう……もし、俺の目が確かなら婚姻届と書かれていた。

 しかも、俺の名前と姉ちゃんの名前が書かれていた。

 やはり、戦闘の疲れが完全にとれていないのかもしれない。


「まぁいいや、だけど、ごめんね。高かっただろうし、時間も掛かったでしょ?」

「いいのよ。悠のそのキラキラ目を輝かせて喜んでいるところが見れただけでも充分よ。」

「ってことは、俺がわらび餅好きって覚えてたんだ……」

「なんなら、抹茶と粟おこしは無理なのも知ってるわよ?」


 もしかしたら、俺より、俺の事を知っているんじゃないか?

 自分の事をよく見てくれているんだと思うと嬉しく感じる。

 それに、喜んでくれただけでいいなんて……

 聖人君子だよ姉ちゃんは……


「はは、好き嫌いは直したいって思ってるんだけどね……」

「別にいいのよ。そうだ、わらび餅の材料の売ってる場所にまた今度行く?」

「いいね。機会があったら行こうか。」

「まぁ、いつでも私が作ってあげるから悠が作る必要は無いんだけど……」

「一人でも作れるようになりたいしね。」


 確かに姉ちゃんが作ってくれるのは嬉しいけど……

 自分でも作って食べてみたいってのがある。

 姉ちゃんがずっと傍にいるかは分からないのだから……


「一人、ねぇ…………」

「ん? 何か言った?」

「何でもないわ。他にも団子や色々な物がつくれるから、一度食べて欲しいなって思っただけよ。」

「えっ!? 団子!? それは餡子が……」

「もちろん、ついてるわよ?」

「もう、姉ちゃん最高! ってあれ? その紙は……」

「あら、また反射で……」


 一体、さっきからあの紙は何なんだ?

 深く突っ込んではいけない気がするから聞かないけど……

 まぁ、いいや……

 これで、沈んでいた心も少し持ち直した。

 姉ちゃん様々だな……


「あ、そう言えば! 仮面舞踏会(マスカレイド)あったでしょ?」

「あぁ、ティアが呼ばれてるあの……」

「そうそれ、参加条件が出たのよ。」


 あぁ、あの一般人でも参加する為の条件か……

 確かに、興味はあるのだが……

 そうそう都合よく……


「その条件が、英傑の饗宴(ヴァルハラ)の予選突破者から抽選で選ばれたペアだって。」

「えっ? じゃあ、俺も姉ちゃんも可能性があるの?」

「違うわ。私と悠も、抽選を無視で出れるの。どうやら、英傑の饗宴(ヴァルハラ)へ出場している貴族はペア同伴が絶対らしいわ。そして、私は、ギルドからペアで出てくれと言われたわ。」


 という事は本当の仮面舞踏会が見れるのか?

 それは凄いな……

 こんな貴重な体験はそうそう出来ない。

 にしても今日の姉ちゃんは吉報ばかり持ってきてくれるな……

 まるで、励ましに来ているかのようだ。


「まぁ、流石に予選は突破しないといけないだろうけど、今日の時点でかなりの数に絞れたようだし、次はそんなに厳しいものじゃないと思うわ。とはいえ油断は禁物だけどね。」

「ありがとう。けど大丈夫。油断はしないよ。」

「じゃあ、用事があるから少し行かせてもらうわ。夕食でまたね。」

「うん、行ってらっしゃい。」


 そのまま、部屋を出ていく姉ちゃん。

 来る予選後半に向けて身体を休め……

 そして、様々な出来事の整理を行うべく、夕食の刻まで静かな一時を送るのだった。


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