第61話
「なッ……!?」
「くッ……ククク!! 面白いな! 嗚呼、似合わなさすぎる! そんな不吉な魔力でありながら愚者……にも関わらず天運に恵まれているとは!」
不吉な魔力……?
いや、どうでもいい……
もう疲れた……
今はただ、ティアを取り戻せた喜びを噛み締めて眠りにつきたい。
「まぁ、よい。また相見えた時にはもっと僕を楽しませてくれ!」
消えていく身体。
どうやら来た時と同じ現象からして、戻されるのだろう。
傷は治るとしても、この疲れはどうなのだろうか?
一足先に消えた青年と男。
少し遠くにいたニア・フォルティナも既にいない。
いるのはティアと俺だけ……
「ユウ……」
「ゴメン、今は無理かもだけど、後で少し話を聞かせて?」
「分かりました。」
そう言って微笑みを浮かべるのが精いっぱい。
しかし、今回は倒れずに済みそうだ。
もう、気を失っている内に運ばれるなんて無様は晒さない。
「ですが、最後に一つ……ありがとうございました。」
「いいよ。主の為に尽くすのが従者の役目じゃないか。」
それを最後に光に包まれる。
不意に見えた笑顔を見れた事はこの戦い一の戦果ではないだろうか?
そんな事を思いながら目を開く。
するとそこには、あの戦いが始まる前の英傑の饗宴だった。
少し違う事があるとすれば人が3分の2くらいに減っていると言う事と万雷の拍手や健闘を讃える声で溢れているという事だ。
「ははは……これは、すごいな……こんな拍手に包まれた事なんて初めてだ。」
「私もこんな事は初めてです。」
漏れだす乾いた笑い。
もう、体力が無い所為でティアぐらいしか声が聞こえない。
仕方がない。
この場に来ているであろうサラさんに後の日程は聞こう。
ついでに今日、名前が出てきた人たちの事も調べないとな……
とは言え、あの実況の人の言っていた名前だってうろ覚えだから効果があるかは分からないが……
「ユウ、どうやら終わったようです。帰って休憩としましょう。話はそれからの方がいいですか?」
「あぁ、頼むよ……もうぐったりだ。」
こんな状態で話すのは少し無理があるかな……
まぁ、ティアも待ってくれるのだ。
休ませてもらおうか……
そう思ったその瞬間……
「ユウ~~!」
人ごみをものともせず、現れた姉ちゃんとシエル。
シエルは半分引き摺られているけど……
あぁ、やっぱり姉ちゃん達も勝ったんだな……
安堵感から笑みが零れる。
しかし、疲労感はどうしても繕えない。
「あれ? どうしたの? ぐったりしてるわね。」
「いや、結構体力使っちゃって……」
「そうなの? じゃあ戻って少し寝る?」
「うん、ちょっとそうしようかと思ってた。」
「じゃあ、ぐっすり眠りなさい。起きた頃には私が何か美味しい物を作っておくわ。」
「うん、ありがとう。」
前から姉ちゃんは、こんな風に俺が不調な時はこうやって甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
嗚呼、その優しさは身に沁みて嬉しい……
だが、別に世話を焼いてもらう必要はない。
少し寝れば疲労も治るはずだし……
「まぁ、取り敢えずは、姉ちゃんとシエルにおめでとうって言うべきかな?」
「……この程度は当然。」
少し照れながら答えるシエル。
三者三様の様子を見せながらも帰路へとついた。
「…………ん、ん……」
屋敷へ戻って仮眠をとっていた俺。
まどろみからゆっくりと覚醒してゆく意識……
すぐさま、傍にいる人の気配に気がつく。
確か、姉ちゃんがずっと傍でいたからまだいるのかもと思ったら……
傍にいた気配の主はティアだった。
椅子に腰かけて外を眺めているその姿はとても様になっていて一つの絵画になってもおかしくはないほどだった。
やはり、ティアはどこでも絵になるな……
「どうですか? 疲れは取れましたか?」
「……うん、おかげでぐっすり眠れたよ。ずっといたの?」
「はい、ミチもいたのですが、少し話があるからと頼むと席をはずしてくれました。」
やはり、姉ちゃんもいたのか……
まぁ、いないのなら今は好都合だ。
ティアだって喜んで吹聴されたくはないだろう。
まぁ、姉ちゃんが吹聴するはずはないが……
「じゃあ、単刀直入に聞くけれど……何があったの?」
「……ここだけの話にしてもらえますか?」
「うん、絶対に誰にも言わない。」
「とは言っても、少し調べれば分かる話なのですが……」
そう言って俯くティア。
調べれば分かるからといって吹聴してまわる理由もない。
ティアが嫌がらないとしても俺は絶対に口外しないだろう。
「私の両親が陥れられた事は覚えていますよね?」
「うん、覚えてるよ。戦争の負けた理由にされたとか……」
「はい、私からすればこれ程までに屈辱的な事はないです……母と父は生きて返ってきた上位貴族達によって貶められました……諫める兵士たちを無視して無謀な案を通し、最後には敵前逃亡に果てに殺されたと……ッ!!」
ティアは最初こそ穏やかに話していたものの、徐々に隠しきれない憎しみが溢れ、声に怒りや憎しみが混ざる。
強く握りしめられているティアの握りこぶしからは今にも血が流れそうな勢いである。
「兵士達の諫言を無視? 無謀な案? 敵前逃亡? あまりの大嘘に自分の耳を疑いました。父はとても兵士達に厳しかったですが身分に囚われずしっかりと話を聞く人でした。母はとても優しくいつも最前線で戦う兵士達に差し入れをして労うなど、魔法に驕り後ろでふんぞり返っている者達のように最前線の兵士達を蔑ろにするような人でなく、深い敬意を払っていました。そんな2人が諫言を無視? 片腹痛いとはまさにこの事です。」
ティアの声にはさらに悔しさが滲んでいる。
ティアがどれほどまでに両親を愛し、愛されていたかが伝わってくるようだ。
さらに、ティアの口は尚も言葉を続ける。
「父は、戦術にも精通していました。時折、家にその手の専門家を招き、様々な事を教わっているほどでした。母はその手の事に疎かったとは言え、賢明な人でした。そして2人ともとても勇気がありました。一度、2人が出た戦いで負けて、行くも地獄、退くも地獄……投降なんて以ての外の撤退戦……しかし2人は殿を自ら買って出ていき見事生還した事もあります。」
殿……
進むより、退く方が難しいというのはもはや常識……
ましてや、殿などは死ぬ事が前提の部隊……それこそ無茶無謀と言わざるを得ない行為だ。
多くの人員は割かれず、孤軍奮闘しなければならない。
突撃よりもよほどの勇気がなければ出来る事ではない。
しかも、それを生きて帰ったというのだからその実力、勇気のなによりの証左だろう。
「それを……それを……ッ! ふざけないでください! 殿の事からしても父と母の国への貢献は素晴らしいものです! それを保身しか頭にない者達の戯言で! あまつさえ、命まで投げ出して戦った2人の顔に泥を掛けるような事を!! 死者に鞭打つかの如き所業……同じフラディアスの民とは思えません!!」
顔をあげ、感情を爆発させるティア。
涙を流し叫ぶように嘆くように声をあげる。
話を聞く俺の心までもが怒りで染め上げられる。
ならば、自分の父と母の話であるティアは……ずっと心の奥底に封じ込めていたティアは……
「あの男がッ! あの男がいなければそんな戯言が通るはずがなかったッ! 戦場で共に戦った者達の声も身分を理由に届かない……他の貴族のほとんどは脅されるか買われるかのどちらか……ッ! あの男、オウエン・ベルナンドだけは許さないッ!!!」
「そのオウエン・ベルナンドって言うのがあの場に居た男の名前?」
小さく頷き肯定の意を返すティア。
その怨敵を目の前にして深く封じ込められていた感情が爆発したと言う訳か……
これで納得出来た。
ティアがどんな考えを抱いているかも理解できた。
「…………少し口が過ぎました。頭を冷やしてきます。」
「……分かった。」
あのティアを実際前にして……
俺は遂に何も言えなかった。
引き止める事が出来なかった。
静かに部屋を出ていくティアをただ、見守る事しかできなかった。
そして、暫く自分の情けなさを悔いていると訪問者が現れた。
「ユウさん……御時間少しいいですか?」
「あぁ……サラさん、構わないよ。」
訪問者とはサラさんだった。
特に、何かをしていたわけでもない。
時間なら幾らでも割こう。
「先程の話、聞こえてきました。」
「サラさんは知ってたんだよね?」
ずっと暮らしていたサラさんが知らず、俺が知っているなんておかしい。
サラさんも知っていると見て間違いないだろう。
それに、あれだけの声を出せば嫌でも聞こえただろう。
「えぇ、知っていました。しかし、あれ程感情を人に曝け出すのはあの戦争以来、初めてじゃないでしょうか。」
「確かに、ずっと抑えていた物が爆発したみたいな感じだったから……」
「爆発するのも当然、ティア様は両親を亡くし、たった一人で家を支えなければという重責を背負い、良い領主であるために感情を殺しました。」
感情を殺す、か……
様々な人をなくし、辛い思いをしている少女には酷な話だ。
もっと、子供のように泣き叫ぶべきだった。
もっと、周囲の人に頼るべきだった。
もっと、様々な出来事を喜び楽しむべきだった。
しかし、領主として弱味を見せてはならない。
少女は幼くして人として酷く歪な大人になったのだ。
「それを……私たちは、支える事が出来ませんでした。ティア様の心が殺されるのを見ていることしか出来ませんでした。」
もう、取り返しのつかない過去に犯した過ち
償う術を失い、最後に行き着く先……
俺が答えは出すことは出来ない。
しかし、黙って聞くことは出来る。
俺は静かに始まったサラさんの話を聞く事となった。




