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第60話

「ったく! しつこいわね!」

「……分からない。どうやって?」

「知らないわよ! どうせ勇者には天使がついてるから~とかそんな感じでしょ、聞いたって分からないわよ!」


 シエルの瞬間移動はなんの落ち度もない。

 完全に視界から消えているというのにも関わらず屋根から屋根へ飛んでこちらに向かってくる。

 しかも、本人の魔力は多くないと言うのにも関わらず、一向に幻術に掛からないのだ。

 なんとか、オウエン・ベルナンドには掛けれているのだが……


「全く惑わされないわね……ここまで来ると気持ちが悪いわ……今までで一番気持ち悪いと言っても過言ではないわ。」

「なんで逃げるのさ、ここは戦いの舞台。しかも、本当に傷つく事は無い。これほどにお誂え向きの舞台も少ない。さぁ、血湧き肉躍る戦いを始めようじゃないか!」

「……きもい」

「なんでこの世界にはセクハラとかストーキングへの法整備がされていないのかしら……」

「はは! そっけないな」


 ひたすらに中央部から離れ外周部に向かい駆け抜ける。

 所々に現れる者たちは無視していく……

 少しでも後ろの変態と戦ってほしいのだが……

 どうやら期待は薄そうだ。


「何だよ! 魔法(アーツ)が使えねぇぞ!」

「邪魔だよ。君達……」


 あぁ……また一人一人と瞬殺されていく……

 分かってはいたが、全然役に立たない。


「はは! そろそろ諦めて……」

「待たれよ……」


 何故か良く耳に良く響く凛とした声。

 その声にはつい最近、聞いた事があった。

 その声と時を同じくして追いかけてくる変態(ゆうしゃ)の前を剣が飛んでいく……


「親子で揃って街中で婦女子を追いかけて喜んでいるとは、随分と愉快な性格をしていらっしゃる様子……」

「ははは! 誰かと思えば超越者達の宴(エクシード)序列第4位の久遠の淑女(ベアトリーチェ)じゃないか!」

「先ほどの言葉、撤回していただきたいものだな。変な勘違いを生んでしまいかねない。」

「ふっ、ベルナンド侯爵……おかしな事を仰る。変な勘違いを生む為に言っている。」


 不敵な笑いを浮かべ挑発するニア・フォルティナ……

 このタイミングでの登場。

 最高といっても過言ではない。

 そして、超越者達の宴(エクシード)の中でのこの二人の不仲は有名だ。


「撤回してほしくば、武を持って示せば良いだけの話なのでは?」

「ははは! 君はいつも愉快だな! いいよ、相手になってあげよう。」


 その言葉を皮切りにベルナンド親子対久遠の淑女(ベアトリーチェ)の戦いが始まった。

 大量の剣を宙に浮かばせて距離を取りつつ攻撃するニア・フォルティナ。

 得意の近接戦闘に持ち込もうとするベルナンド親子。


魔法(アーツ)を消す魔法(アーツ)忌々しい。」

「君の魔法(アーツ)はすぐに消えてくれないから面倒だよ。」


 その言葉通り、エドワード・ベルナンドの周囲の飛び交う剣は少しすればたちまち消えてしまう。

 戦力は序列と数の差があるにも関わらず互角の戦いを見せるニア・フォルティナ。

 しかし、それも厳しいのか多めに距離を取ろうとする為に物凄いスピードの戦闘を始める。


「……まるで嵐」

「言えてるわね……アレには本当の災害くらいしか太刀打ちできないんじゃないかしら? 悠が巻き込まれてないといいのだけれど……」


 そんな不安と悠を案じる言葉は悠には届かない。

 そう、ここで悠に彼らの存在を伝える事が出来ていれば……

 あるいは、未知とシエルがそのままニア・フォルティナに加勢していれば……

 悲劇は避けられたのかもしれない。








「ティア……なんか凄いのが近づいてきてない?」

「えぇ、確実に危ないのが近づいてきているのですが……どこに逃げれば?」


 近づく嵐の如き戦闘。

 粉塵が舞い、何かが無数に空中に浮いているのだ。

 しかも、規則的に動いている訳ではない。

 しかも、物凄い速度で動きながら戦闘を行っているらしく……

 どこに逃げればいいのかが分からない。


「仕方ない。もうそろそろ時間だろうしやり過ごせるでしょ……」

「そうですね。戦闘に夢中でしょうし静かにしていれば……」


 そう静かにしていれば……

 そう考えていたその時だった。

 その戦闘が見えてくる。

 戦っているのはあのニア・フォルティナと男二人組……


「凄いな……あの宙に浮いてる剣……どうなってんだ……」


 超高速で繰り広げられる戦闘は圧倒的で、既に消耗している身としては絶対に戦いたくない。

 今の俺の顔はあの戦いに圧倒され茫然としている事だろう。

 しかし……

 ティアの方からは一切、声が聞こえない……

 ティアはどう思っているのだろう?

 そう思ってティアの事を見たその時……


 俺が見たのはまるで……

 憎い怨敵を見つけ、深い憎悪に囚われ……

 抑えきれぬ赤き憤怒が眼から溢れだしているティアの顔がそこにあった。


 俺が最初に抱いた感情は恐怖……

 あのティアをここまで変えてしまったのは一体何なのか?

 一体、何があればここまで彼女を怒らせる事が出来るのか?

 その眼の先には既に嵐の如きスピードで去って行く彼らの姿があった。


「嗚呼、見つけた……嗚呼、廻ってきた……」


 狂気を孕んだその声はとても深く重く黒かった。

 一体、これほどの憎悪を、怒りを、心のどこに潜ませていたのだろうか?

 ひたすら時間を掛けて磨かれ、洗練されたかの如き憎悪はもはや、常人のものではないと言っても過言ではない。


「嗚呼、やっと……やっと……殺せる……ッ!」


 もはや、潜んでいた憎悪は躊躇いなど見せない勢いで止めどなく溢れだす。

 そして、ずっと燻っていた憎悪はその矛先を得れた事を心の底から喜ぶかの様に狂気に笑みが混じる。

 嗚呼、と察する……

 もう、ティアには分からないのだ。

 ここが英傑の饗宴(ヴァルハラ)の造り出した空間だと言う事も……

 俺が隣に居ると言う事も……

 しかし、こんなティアを俺は見ていられない。

 一縷の望みに縋るように俺は声を絞り出し、肩に手を伸ばす。


「ティア! 待って!!」


 だが、その手は空をきる。

 ティアは既にそこには居なかった。

 もう、ティアは修羅の如き様子で駆け抜けていた。

 追いかけねば……

 そんな衝動に任せて自分も駆けだすがまるで追い付けない。

 恐らく、ティアは魔法(アーツ)も併用して走っているのだろう。


「俺も全開で使えれば……」


 何かに騎乗してならばもう少し速いのだが……

 しかし、ティアの速さは異常だ。

 グリフィンに騎乗したところで追い付けるだろうか?


「おい、アイツ一人だぜ!」

「クッ……邪魔だッ!!」


 くそッ!なんでこんな時に!

 こっちは急いでいるんだ!

 すぐさま祢々切丸を顕現させる。

 そして、相手の攻撃を軽いステップで躱して一閃……


「がっ……!?」


 下らないところでタイムロスをしてしまった……

 だが、ティアを追うほか俺に出来る事は無い。

 不平不満を呑みこみ今は耐える。

 しかし、不幸は重なるもの……


「アレを見ろ。こっちに来るぞ。」

「分かってる。」


 嗚呼、まともに相手をすれば手こずりそうな気がする。

 しかし、足を止めるのはもっての外……

 徐々に削られていく間合い。

 やるならば、今しかないッ!


「ああぁぁぁぁぁ!!」


 叫びと共に祢々切丸を思い切り投擲……

 近距離で戦おうと言う体勢でその速さはまず見切れるものではないだろう。

 まるで吸い込まれるかの如く一直線に飛ぶ祢々切丸は見事に喉を貫く。


「ガハッ!?」

「なッ!? 何だと!?」


 驚く片割れの男。

 もしも、後ろから遠距離で最期の攻撃なんて喰らいたくはない。

 少し掛かっても徹底的にここは殺るべき……

 喉に祢々切丸が突き刺さり、今にも倒れそうなその身体……

 祢々切丸をそのまま握り、唖然といった様子の生き残りの方へ振り抜く……


「ウアァァ!?」


 かなりの速度で倒したが……

 ティアは速かった。

 もう、接触は免れない……

 既にここからは先ほどの嵐のような戦いを繰り広げているのが見える。

 そして、そこに向かうティアも見えるのだ。


「ティア・シンフィールド!?」

「ん?」


 その速さ……まさに神速と呼ぶに相応しい速度。

 ティアのプレッジティアーズはそのまま最高速度で青年ではなく成人している男性の方へ向かって振りかざされて……

 不可避かと思われたその一撃は……

 青年の剣に受け止められたのだった。

 おかしい……

 絶対にあの青年の周囲に近づいた瞬間にティアの速度が落ちたのだ……


「ははは! 誰かと思えば神に愛されし戦乙女(ワルキューレ)か! 序列3,4,5位が三つ巴とは面白くなってきたじゃないか!!」

「ティア・シンフィールド、人の戦いに割って入るとは無粋と言うものではないか?」

「…………」

「まぁ、良いではないか! 嗚呼、これほどまでに闘争に心躍るのは久しぶりだ!」

「ふん、戯言を! 呑気な事を言っていられるのも今の内だ! すぐにその口黙らせてくれる! 創武破軍(ベネトナシュブレード)!」


 その言葉により、宙に無数の剣が出現する。

 まるで軍隊……一騎当千の魔法(アーツ)と言っても過言ではない。

 この世界での戦争において数よりも質……

 魔法(アーツ)を重視する傾向にあるのが理解できた。

 こんな事が一人で可能ならば、そうなるのも納得である。


「くッ……深淵刹那(ディレイ)

黄昏混沌(カオストワイライト)


 流石にそれは無視できないのかティアは青年と男から一度距離を取り構える。

 次の瞬間、起こったのは剣の嵐……

 容赦なく全てを切り刻まんとする刃達は青年の周囲に近寄るたびに消えていく……

 消えきらないものは青年と男が叩き斬る。


 ティアに関してはごり押しもいいところ……

 魔法(アーツ)に任せた無茶な行動。

 全て、斬り、斬り、斬っているのだ。

 その剣筋は全て速すぎて目では捉える事が叶わない。


 一人の魔法(アーツ)が戦況を覆すのだとすれば……

 それを覆すのもまた一人の魔法(アーツ)……

 それを如実に表している光景と言っていいだろう。


 だが、魔法(アーツ)ひけをとらない程に魔法(アーツ)を扱う者達も異常だった。

 いくら、半分以上が消えているとは言え……

 周囲の時間を遅くしているとは言え……

 飛び交うこの剣を捌けるのは超人と言ってもいいだろう。

 案外、彼らが超越者と呼ばれる所以はそこにあるのかもしれない。


「だけど、俺はあんなティア見たくない。」


 どれほど強くてもあんなティアを俺は見ていられない。

 しかし、俺は弱く……

 敵は強い……


「覚悟を決めろ……俺……」


 あの中に嬉々として突撃を敢行するのは彼らと同じ超人だけだ。

 本能的な恐怖が身体を拘束して離そうとしない。

 そして、身体も離したがらない……

 だが、プライドは許さない。

 女の子の一人くらい……

 仲間の事くらい……

 大切な人の事くらい……


「救えずに何が男かッ!」


 自分を喝破する。

 さぁ、心を奮い立たせろ!

 戦って勝てなくとも、優れた頭脳なんてなくとも……

 救う事なら出来る!

 必要なのは速い足と心のたった二つ!


「なッ!? 貴様は!」

「ん? 今度は何?」


 剣の嵐……

 それが止んだ訳ではない。

 いや、むしろ時が経つにつれて激しさを増しているのだろう。

 だが、とてもゆっくりに見える……

 ティアのように時間を操りその中を自由に動ける訳ではない。

 世界(すべて)が緩慢なのだ。

 言うなれば、居合いの時の集中していた状況をさらに濃くしたような感じがするのだ。


 嗚呼、しかし、身体は思うように速くは動かないのだ。

 どれだけ身体をうまく逸らそうと躱す事が出来ないものは数多くある。

 その痛みはとても緩慢でずっと感じ続けるのだ。

 痛みを何倍にもされるまさに拷問のような一時……

 しかし、それに思考を割いてはいけない気がした。

 少しの集中の欠如がこの緩慢な世界を終わらせそうな気が……

 俺の思考は一つだけに染め上げられていた。

 ……ティアを救う。


「ひゃっ!? ユウ!?」


 嗚呼、この一瞬だけかもしれないが……

 俺はティアの中に巣くう憎悪に勝利した事を確信した。

 時間はまだある。

 ならば、これが終わればそれを聞こう。

 しかし、お姫様を助けても共倒れなんてしてしまったら示しがつかない。

 あと少し……あと少しだけでも……この緩慢な世界が続けば……ッ!


「嗚呼、ここまで興をそそられた日は初めてだ! あの愚者を見たか!! 身を守る術を持たず、我等の中に身を躍らせてきたぞ!!! しかも、今もあの目からは根拠の無い希望の光で満ち満ちているぞ!」

「度し難い程に愚か……逃がすものか……」

「いい機会だ。あの時の約束果たして見せろ!」


 緩慢な世界は崩れていく……

 流れだす血……

 悲鳴をあげる筋肉……

 無茶が重なりすぎたと言うほかない。

 だが、身体は動き続ける。

 どうせ、死にはしないのだ……駆けれるだけ、駆けろ!


 後ろから迫る青年と男の2人組と無数の剣……

 足を緩めればたちまち青年と男に切り刻まれることだろう。

 走り続ければ、飛んでくる剣の的になる事だろう。

 だが、既に身体中は顔から足まで血と傷で埋めつくされている……

 斬られていない場所など無い。

 今更、それが少し増えたところで気にしない!

 腕の中のティアにさえ刃が届かぬというならばいくらでも剣の的になってみせよう!


「ははは! いつまで持つかな!」


 まるで瀕死の獣をいたぶって楽しんでいるかのような声をだす青年。

 趣味が悪いなと思わざるをえない。

 黙っていろと声も出せない今、確実に距離が近づいている。

 迫る敗北……

 嗚呼、ここで負けるのかと諦めかけこちらを見つめるティアの心配そうな瞳を見た、その時……

 自分の悪運の強さを実感することになった。




[タイムアップです。終了条件が満たされている為、現時点での生存者が予選前半の通過者となります。]




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