第55話
聞き覚えのある声が部屋に響く。
確かにその凛とした声には聞き覚えがある。
そこにいるだけであの擦り切れるような緊張感を与えるあの……
「むっ? 貴様はシンフィールド家にいた……名は確かカンザキ ユウだったか?」
「はい。」
「何故、貴様が……それに隣の貴女はミチ殿と見える。2人して何故ここにいる? 私はここに事件現場に居合わせた逢引き中の恋人同士から事情聴取して貰いたいと聞かれ、ここに来たのだが?」
超越者達の宴序列4位公都ミレティアス騎士団団長ニア・フォルティナ……
生物的直感が告げるのだ。
勝ち目どころか負ける未来しか見えない……
となれば、万が一にも俺が悪魔を宿しているとバレれば一瞬にして……
……死ぬ。
格が違うとはこういう事なのだろう。
「はい、事実に相違ありません。」
「ふはは、ミチ殿はどうやら根っからのエンターテイナーのようだな。面白い冗談だ。」
どうやら、姉ちゃんの言葉をジョークと受け取ったらしい。
特に気分を害した様子は無いものの……
俺たちが騎士たちに嘘をついていた事にはどう反応するのだろうか?
「どうも最近の騎士には冗談を分からない者が多くてな、報告にも恋人同士としかなかった。」
もう完全に冗談だと思っているらしい。
まぁ、それならそれで構わない。
事実、俺と姉ちゃんは恋人ではない。
もう俺はまともに目を合わせる事さえも躊躇う程のプレッシャーをひしひしと身体で感じる。
ティアの従者という立場のおかげで無口でも咎められていない。
むしろ、従者としての立場を弁えていると思われている事だろう。
「で、時間もあまりない、本題に入るが事件の事について何か知らないか? 最近は治安が悪くてな、恐らくどこかからの回し者がある事ない事吹聴しているのだろう。そんな輩を放置する訳にはいかない。不可解な事件もいくつか起こっているようで少しでも情報が欲しい。」
今回の事に関して言えばその件とは無関係だろう。
チンピラが図に乗った所を誰かが徹底的に潰しただけの事件。
まぁ、徹底的にという部分が問題なのだが……
それにしても回し者……か
他の国から内情を荒らして来たと言ったところか……
話の流れからしても不可解な事件も関係がありそうだな。
「恐らく、よくある小競り合いが少し悪化していただけではないでしょうか?」
「ふむ、やはりそう思うか……」
どうやら姉ちゃんは本当の事を言うつもりは無いらしい。
まぁ、もしもいちゃもんをつけられたらたまったものではない。
嘘がバレた時が怖いが……
「分かった。ならこの話は終わりだ。最後にダグラス殿は壮健か? シンフィールド家にはダグラス殿の他に出場出来そうな者は居ないだろう。」
「いえ……ダグラスはその、怪我をしまして……出場はしません。」
流石に、姉ちゃんに全ての受け答えを任せる訳にもいかない。
それに、この質問はシンフィールド家の者が答えるべきだろう。
「むっ? それでは出場者はどうするのだ? 行っておくが寄せ集めの傭兵や経験の乏しい兵などは家の恥を曝すようなものだぞ?」
「…………私が出場します。」
「なに!?」
その時のニアさんの驚きようはまるで俺を批難するかのような声だった。
しかし、それも無理はない。
この人の見ている今の俺はかなり弱いのだから……
「今回の英傑の饗宴はいつもと違い多くの強者に出場命令が出ているのだ! その中で貴様のような弱者がティア・シンフィールドの足を引っ張れば家の信頼の失墜に繋がるのだぞ! 只でさえ今回は力に注目されると言うのに……ティア・シンフィールドは何を考えている!」
その言葉は侮辱だ。
神崎悠への侮辱ならば甘んじて受け入れよう。
しかし……
「失礼ながら―――」
「む?」
「あまり舐めないで頂きたい。」
シンフィールドの家の者としての神崎悠への侮辱は許さない。
俺の出場を許したティアは間違ってなどいない。
「先程の言葉を許せば、従者として受け入れてくださったティア様に、ひいてはシンフィールド家に対して申し訳がたちません。」
「ふ、生意気を言う……しかし、それもそれ相応の力無くして言ったとあればただの戯れ言。」
その瞬間、身も竦むような威圧感が放たれる。
しかし、怯むわけにはいかない。
怯めばそれはシンフィールド家の恥同然。
「なんなら今、ここで証明しましょうか?」
「ふん、あまり図に乗るなよ? 思い上がった他家の従者を躾るのも一興だ。付き合ってやろう。」
一瞬にして一触即発の緊迫した状態になる室内。
ステラを呼び出さなくとも、憑依は使える。
少し後が怖いが、一方的にやられるよりましだ。
(失楽園―――憑依)
腰に鞘と祢々切丸がセットで顕現する。
それに手を添え、いつでも鯉口を切る事ができる臨戦状態。
相手方も腰の鞘に収まっている武器に手をかけた。
「ふん、武器を呼び出す魔法か……」
「わざわざ説明する義理はありません。」
「ならば、その身体に聞くまで!!」
殺気が爆発し互いに刃を抜こうとしたその瞬間だった。
一番早く動いたのは、俺でもなくニア・フォルティナでもない。
柊未知……姉ちゃんだった。
「双方、剣を収めなさい!!」
「黙れヒイラギミチ! 邪魔立てするなら容赦はせんぞ?」
「黙りません。それ以上するならば私は弟の味方です。」
「なに?」
姉ちゃんの激しい剣幕に剣を抜くことさえ忘れてしまう。
あまり見ない姉ちゃんの剣幕。
この顔をさせてしまった……
ニア・フォルティナさんは驚いた顔をしていた。
確かに俺と姉ちゃんの関係を伝えてはいなかった。
驚くのも無理はないか……
「まさか……姉弟、なのか……?」
「そうです。」
「…………今、傭兵ギルドと事を荒立てるつもりはない。柊未知の顔に免じて今は剣をひくとしよう。いづれ、戦いの舞台で実力は分かる事だ。口先だけではない事をそこで証明して見せろ。」
傭兵ギルド?
あぁ、姉ちゃんは結構有名な傭兵だったな……
それで姉ちゃんの名前覚えも良かった訳だ。
「言われなくともそのつもりです。」
姉ちゃんにあんな顔をさせてここまでされて退かない訳にはいかない。
姉ちゃんのメンツもあれば実力の差が分からない訳でもない。
「では、これ以上用もないでしょう。私たちは帰らせていただきます。」
「あぁ、送りをつけようか?」
「いいえ、少し悠に話があるのでいりません。では」
それだけ言うと姉ちゃんは俺の手を少し強引に引き騎士団の本部を出ていく。
その足は早く、何も話さずに屋敷までの道を真っ直ぐ突き進んでいく。
だが、何が待っているかは容易に理解できた。
「悠、分かってるわよね?」
今、俺はひたすら引っ張られて俺の部屋まで来ていた。
俺は正座しており姉ちゃんは見下げるように立っていた。
つまり、俺は姉ちゃんの逆鱗に触れたのである。
「……ゴメンなさい。」
「ねぇ、なんで怒られてるか分かってる?」
「分を弁えずに喧嘩を売っ……」
「違う!! そこじゃない!!」
「……ゴメンなさい。」
言い終わる前に怒られてしまった。
その怒りは怒髪天を突く勢い…………
自分からの発言は謝罪以外は許されないという雰囲気。
「私は悠が相手を考えずに喧嘩を売ったから怒ってるの! 下手をすれば死んでいたかもしれないのよ! ここは元の世界とは違うの! こっちは偉ければ何をしても許されるのが当たり前のような階級社会なの!!」
確かに、どこかそう言う認識が欠けていたかもしれない。
いくらなんでも貴族相手にプライドを掛けて喧嘩を売るのはダメだったと今では反省だ。
「別にプライドを掛けるのがダメなんじゃないの! そうやって高いプライドをもってくれるのは良いの! けど、それは悠に生き甲斐を持って欲しいからで、それで死に急ぐならそんなプライド捨てて!!!」
「ゴメンなさい……」
かなり厳しい事を言う姉ちゃん。
プライドを捨ててと怒声を響かせる姉ちゃんはどこまでも本気なのだろう。
反論なんて出来ない。
だって言葉の所々に俺に対する優しさが滲み出ているのだから……
「喧嘩を売るなら相手と手段は考えてよ!!! どれほど私が心配していたと思ってるの!! 私、悠の時々そうやって無計画に取り返しのつかない事をする所……大っ嫌いだから!」
思いっきり突き離すかのような声音。
心に思い切り突き刺さる言葉。
ここまで俺の心を突きさすのは姉ちゃんの言葉ほどのものだろう。
「ねぇ、分かってるでしょ悠。私、怖いの……もう嫌だって言ったよね。悠と離れ離れになるのは絶対にいやなの! 悠が居なくなって分かったの! 悠のいない世界がどれほど空しいか! どれほど悲しいか! 怖いか! 辛いか……! 心臓が張り裂けそうで、悠と会う為の方法を調べる為と言って身体と頭を無理やり動かして心から目を逸らさないとどうにかなってしまいそうで! 狂ってしまいそうで……」
「姉ちゃん……………」
まるでありのままの心を曝け出すかの様に叫ぶ。
溜まりに溜まった心を感情を爆発させるかの様に……
そして、縋りつくかの様に抱きつく姉ちゃん。
「もう、嫌だよ……」
泣き出しそうな……いや、泣きながらそう吐きだす。
もう、何も言えない。
抱きつく姉ちゃんを抱きしめ返す事しか出来ない……
どうやって許しを請えばいいのかさえ分からない。
「もう、離れ離れは嫌だよ……今日だって嫌な予感がしたからあんな時間に誘ったの……」
泣き崩れていく姉ちゃん。
もう、軽率な自分を責めるしか選択肢は残っていない。
もしかすると姉ちゃんは俺の危なげな所をどこかで感じとっていたのかもしれない。
「もうどこにも行かないで……」
俺の胸を小さなか弱い手で握りこぶしをつくりポコスカと殴ってくる。
心がその一撃一撃で響く。
何度も俺は決意したのに……
あの顔を二度とさせないと……
なのに俺は……
「ゴメン……」
「バカ……」
ひたすら行われる胸への殴打は一向に止まず……
最終的にはそのまま眠ってしまった。
周囲も暗くなっていてずっとこのままの訳にもいかず、いわゆるお姫様だっこの要領で抱き上げて姉ちゃんの部屋のベットまで送って行った。
ただ、最後に……
「……大好き、悠…………」
「俺も大好きだよ。姉ちゃん。」
ベットで寝言を呟く姉ちゃん。
わざわざ返す必要はなかったが……なぜだか、今の言葉にはしっかりと返事をすべきだと思った。
ただ姉ちゃんの弟として親愛の言葉を送ろう。
原動力と参考の為に評価や感想をもらえると嬉しいです!
これからも楽園の狂詩曲をよろしくお願いします!




