↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/92

第54話

「「……うるさい」」


 地の底から響くような声。

 憤怒や憎悪などの負の感情が入り混じり、もはや先ほどまでの2人の仲睦まじい光景は存在しない。

 重なる2人の声はさながら死神……


「あぁ? 何だと?」

「オメェら、逆らう気か?」

「おいおい! 冗談は……」


 三人組の男たちは気付かない。

 虎の尾を踏みぬき、竜の逆鱗に触れた事を……

 柊未知にとってこの世で一番甘美な時間である悠との一時と言う神聖なる領域である“虎の尾”を踏みぬき、神崎悠にとっての“逆鱗”である姉への発言の数々……

 怒髪天を突く勢いで怒りのボルテージが上がっていた2人の理性は音を立てて壊れ去る。


「「ゴハッ……!?」」


 流石と言うべきか、義理とは言え姉弟なのか同じ瞬間、同じ事をした2人……

 それは原初的で単純明快な誰でも行える攻撃手段。

 …………殴るッ!


「はぁ……はぁ……失楽園(パラダイスロスト)」


 許さない、許してはいけない。

 俺の大切な家族に対し彼らは“上物”と言って下卑た欲望を抱き“楽しんで”“売り払う”と言った。

 どう差し引いても……許しておけるものではない。


「ハウンド、そこの男の右腕を喰え」

「ウゥゥ……ガウッ!」

「う、や、やめろおぉぉぉ! ウアァァァ!」


 悲痛な叫び声は殴られていない男の心をいとも容易く挫いた。

 声も出せず、尻餅をついている。

 まさに開いた口がふさがらないと言った様子。

 もはや、殴られた男の方は腕を肩から無くし血がダラダラと流れている。

 しかし、死んではいない。

 一体、何故生きているのかは知らないがこれでは生きていても同じ事。


「そこの物(・)を連れて早く消えろ。」

「は、はいぃぃぃ!!」


 無様に転げ回る姿は滑稽でもはや、手を下す気にすらならない。

 心は荒れ狂うマグマの如く煮えたぎっているというのにも関わらず、対照的に頭は驚くほど冷え切っている。

 いつの間にか姉ちゃんに叩きのめされていた男も一緒に走り去っていく……


「…………」


 憎き相手が視界から消えた事により感情の高ぶりも落ち着いていく。

 感情が落ち着く事により、狭くなっていた視野が開けていく……

 飛び散っている血痕、蘇る悲鳴……

 情けない声こそ挙げなかったものの身体が小刻みに震えだす。

 他でもない自分への恐怖故に……


「やっぱり、まだ慣れてないのか……いや、頭では慣れていないだけで身体は馴染んでいるというべきか……」


 ステラをから力を貰う代償。

 生来の気質でこうしているならまだしも、抑圧された感情を吐き出させるこの反動……

 感情ならいくらでも捧げれるが、記憶は残る……

 そして、その記憶から激情が生まれる……

 そんな普通の生活を送っていればまず起こる事のない事。

 それにまだ頭は慣れ切れていない。

 だが、身体は慣れてしまった。

 いや、もしかしたら無理やり馴染むように作り変えられたのかもしれない。

 そのちぐはぐな状態の俺はこんな残酷な行為を頭では許さず身体では実行する。

 そして、気付かない内に大切な人たちを傷つけてしまうかもしれないという不安が恐怖を生む。


「傷つけるのが怖い?」


 先ほどの地の底から響くような声ではなく、包み込むような声で問いかけてくる姉ちゃん。

 ステラの事は知らないのに、なんで分かるんだろう。

 聞いたところで姉ちゃんは“お姉ちゃんだから”と意味不明な理論を立てる事は想像に難くない。


「……怖い、けどそれは姉ちゃんや大切な人たちを傷つける事が怖いだけで相手への同情の気持ちとかじゃない。」

「全く……」


 そう言って呆ような声をだす姉ちゃん。

 それもそうだろう。

 自分の身体も制御できないのかと呆れられても仕方がない。

 いくら優しい姉ちゃんとはいえど不出来の弟と呆れられても……


「バカね……」


 その言葉には一切罵りが含まれていない。

 むしろ、優しさが溢れていて……

 その後に心地よい温かさが俺の身を包み込む。


「ねえ……ちゃん?」

「悠が私を傷つけれると思ってるの? 今度の英傑の饗宴(ヴァルハラ)でならまだしも悠には絶対に無理よ。たとえ、洗脳されようと身体を誰かに乗っ取られても悠の身体が私を傷つけるのは無理よ。」

「なにそれ……」


 俺を抱きしめる姉ちゃんが耳元で呟いたその言葉は理解に苦しむものだった。

 洗脳されたり乗っ取られたらそんな保証どこにあるのか?


「私が今まで悠の本当に嫌がる事をした?」

「してないけど……」


 なんだかんだで俺が絶対に嫌な事は一切しない。

 喧嘩だってほとんどしないし、悪いのは俺の方だった。


「私は悠が心の底から嫌がる事を絶対に許さない。悠が嫌なら悠に傷つけられる者を私は許さない。私だって同じ傷つけられてあげない。分かった?」

「全く……どういう理論だよ……相変わらず横暴だな……」

「横暴なお姉ちゃんは嫌い?」

「……別に、嫌い……じゃない。」

「ふふ、恥ずかしがらなくてもいいのに……」


 あああぁぁぁぁぁぁ!!!

 物凄く恥ずかしい、姉ちゃんに抱きしめられて何だよこれは!

 耳元で囁かれる姉ちゃんの声、腕の中のぬくもり……

 今、心地よいとも思う自分の心すら恥ずかしい!


「そろそろ……」


 この場を離れようと提案しようとした時だった……

 すぐそこの喧騒の中から騎士の装備の衛兵たちが現れた。


「そこを動く、な……?」


 あれだけあいつらが悲鳴をあげていたのだ。

 衛兵を呼ばれてもおかしくはないだろう。

 これだけの人が集まる中……

 しかも英傑の饗宴(ヴァルハラ)に仮面舞踏会(マスカレイド)、超越者達の宴(エクシード)が近づいているのだ。

 警備もいつもより増強されているだろう。

 ここに衛兵が現れるのも当然の流れと言えば当然だろう。

 しかし、現場には飛び散る血痕があるのにも関わらず……

 そこにいるのは抱き合っている男女……

 拍子抜けだったのか衛兵たちにはうろたえるしか出来ない。


「取り敢えず……何があったか話を聞いても良いか?」


 うっ……

 何があったか……と言われれば絡まれて危険を感じた為に抵抗したつもりだが……

 相手は片腕を失い、こちらに実質的な一切被害は出ていない。

 元の世界ならば、過剰防衛どころか俺たちが犯罪者といわれてもおかしくない状況だ。

 だが、後悔はしていない。

 ここはどうすれば……


「あら、恋人同士の逢瀬を邪魔するなんて無粋というものではないかしら?」

「だが、逢瀬とは言われてもそこの……」


 恋人同士の逢瀬?

 いや、そうか……逢瀬って事で誤魔化すつもりか……

 だが、逢瀬とまで言わなくても……


「人目の少ない路地裏で、二人きりで抱き合って……これでも逢瀬じゃないって?」

「だが、そこの血痕は……」

「知らないわよ。彼は血が苦手なの、それで私が慰めていたの。良い感じの雰囲気になってきたっていうのに……」


 その言葉を恨みがましく呟く。

 流石と言うべきか姉ちゃんの言葉はとても自然で、誰が嘘だと思うだろうか?

 まず、初対面の人が嘘と見抜くのは不可能だろう。


「だが、関係ないとは言えど少し話を聞きたい。本部まで来てここ数時間の話を聞かせてくれないか?」

「……分かったわ。けど、話せるのは逢瀬の内容だけしか出来ないわよ。」

「ははは、出来るだけ配慮するし話を聞くのは女性に任せよう。」


 苦笑いしつつそう言う衛兵。

 結局、詰め所で話を聞く事になってしまった。

 しかし、彼に疑っている様子は無い。

 本当に話を聞きたいと思っているのだろう。


「……本当に行くの?」

「ゴメンね。この衛兵さんたちがどうしてもっていうから……」

「こっちこそゴメン。だけど、血だけはどうしても無理で……情けないよね。」

「ふふ、そうやって怯えるあなたも大好きよ。可愛いわ。」


 俺だけ何も喋らないと言うのもおかしいと思い姉ちゃんに合わせる。

 血痕で怯えるというあたりから、幼い感じで怯えている演技(ふり)も加えた。

 まさか、俺があの血痕を生みだした騒動の中心とは思わないだろう。

 それに合わせてくれる姉ちゃん。

 本当にその声は妖艶で恋人同士での声音にしか聞こえない。


「あはは、これも仕事だから……」


 賑やかな市の喧騒をかき分けて行くと徐々に市から離れた為か人の数も落ち着いてきた。

 それにこの都市の中心である城に近づいているのだが、周囲が段々と綺麗になって行っているのが分かる。

 綺麗な装飾された馬車が通る事もままある事から中央付近と外周付近の貧富の差が如実に出ている事が分かる。


「さーて、到着だ。ここがフラディアス公国騎士団公都ミレティアス本部だ。」


 目の前の衛兵の騎士のような装備はそう言う事か……

 それにしても目の前の騎士団本部とやらは中々に煌びやかな建物だ。

 騎士団と言うからにはそれなりの地位を持っているんだろう。

 となれば、みすぼらしい外装にする訳にはいかない訳だ。


「では、ついてきて下さい。そこまで複雑な造りではないのですが、なにぶん広いものですから。」

「……はい、分かりました。」


 ついていく先では、絵画や壺、生け花など華々しいものばかり飾られている。

 それ以外にも鎧や剣なども飾られていた。

 しかし、それも装飾華美で恐らく実戦向けの装備ではないと思われる。


「「「「はぁッ!!! はぁッ!!! はぁッ!!!」」」」

「「てぃッ!!! やぁッ!!!」」


 少し中庭に目を向けると訓練風景が見える。

 剣の素振りをする者達……

 手合わせをする者達……

 正直な感想を述べさせてもらうならば何か物足りないような気がした。

 掛け声には気合がしっかり籠ってはいる。

 それにサボっている者もいなければ皆、やる気を漲らせていた。


 しかし、それはどこまで言っても見せる為に用意されたものをまるっきり真似たような感じがするのだ。

 いつも安定した体勢で型どおりに動ける訳ではない。

 その為より良くするためには手に馴染ませなければならないのだが馴染ませる為ではなくより型を綺麗に見せる事しか考えていないのだ。

 だが、自分はまだまだ若輩の身……

 彼らに何か言える立場ではないし、俺も彼らから学ぶ物があるに違いない。


「この部屋でお待ち下さい。」

「分かったわ。」


 案内された部屋は応接室のようで装飾された机を挟むように椅子を置いてある。

 つまり、ここに座れという事だろう。

 このような部屋に案内したという事はほぼ確実に怪しまれてはいないだろう。


「女の騎士が来るみたいだけど鼻の下伸ばしちゃダメよ?」

「伸ばさないよ! それどころか、なんだか寒気がするんだけど……」

「……ん?」


 なんというか、悪寒が走るというかなんというか……

 形容しがたい根拠のないものが込み上げてくる。

 あれ?そういえば前にも似たような事が……


「入る。」






原動力と参考の為に評価や感想をもらえると嬉しいです!

これからも楽園の狂詩曲(ラプソディー)をよろしくお願いします!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。