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第53話

「あぁ、ごめんね。」

「いいえ、構いませんよ。仲よき事は美しき(かな)とも言いますし。」

「あら、ありがとう。」


 注文そっちのけで熱くなってしまった。

 流石にここまで、熱くなるとは思わなかったのか店員は戸惑っていた。


「ん~ どれにしようかな?」

「オススメはここオリジナルのフレーバーティーね。」

「じゃあ、それにしようかな。あとシフォンケーキで。」


 見覚えがあるという理由でシフォンケーキを選んだ。

 それに、姉ちゃんが作ってくれたという思い出まである。

 懐かしいな……


「オリジナルフレーバーティー2つとシフォンケーキ2つお願い。」

「オリジナルフレーバーティー御二つとシフォンケーキ御二つですね?」

「そうよ。」

「分かりました。少々お待ち下さい。」


 軽く礼をして厨房へ消えていく店員。

 にしても、姉ちゃんもシフォンケーキで良かったのかな?

 まぁ、別にいいんだけど……


「シフォンケーキ、覚えてたの?」

「まぁね……」

「あの頃の悠ったらそっけなくてすぐに追い払おうとして……」


 そう、懐かしいというのもシフォンケーキを作ってくれていたのはまだ姉ちゃんの事を信頼していなかった頃の話で、俺は親身になってくれている姉ちゃんに強く当たっていた。

 部屋に籠り、目に入ってくるもの全てを拒絶していた。

 けど、姉ちゃんは無理やり近寄ってきて……渋々離れていく時の顔はどこか悲しそうだった。

 そして、ある日シフォンケーキ持ってきたのだ。

 懐柔しようとしたのかと推測して食べてやるものかと食べ物のほとんどは拒んでいた。

 受け取るのは最小限の食事のみ……

 当然、その時も食べてやるものかと拒もうとしたのだが……


「いつもと違い手に怪我をいっぱいしてるのを見たら……」

「いっつも部屋に少しだけ持って帰っていたのに、初めて目の前で食べてくれた。しかも、感想までくれた……忘れないわ。」

「はは、結局は無愛想な顔でしかも小さい声で“ありがとう”だけだけどね……」

「私はあの一瞬に救われたの……」

「やめよう! やっぱり恥ずかしい! あの時は俺が全面的に悪かったから!」


 今思えばもっと感謝の気持ちを伝えるべきだった。

 あの時の俺はそれしか出来なくて……

 もう、あの時の俺に会えるなら殴り倒したい。

 そして伝えたい……

 こんなにも親身になってくれる味方がすぐ傍にいるんだと……


「オリジナルフレーバーティーとシフォンケーキになります。」


 俺が昔を思い出し悶絶していると店員がオリジナルフレーバーティーとシフォンケーキを運んできた。

 漂うフレーバーティーの良い香りとシフォンケーキの甘い匂いが漂う。

 その鼻腔をくすぐる香りに花の蜜に引き寄せられる蜂の如く目が釘付けになる。


「ありがとうね。」

「いえ、今後とも御贔屓にしてください。では、この最高のカップルに良い朝の一時を……」


 そう言って笑いながら恭しく一礼して去って行く。

 全く、あまりにフレンドリーな店な店も考えものだな……

 だが、良い一時は送れそうだ。

 当然、カップルではないが!


「じゃあ、いただきましょうか?」

「そうだね。」








「美味しかった~ また来たいね。」

「喜んでもらえて何よりよ。」


 いつもとは一味違った朝の一時を送った俺たち姉弟は会計を終え外に出ていた。

 時には、こんな朝もいいかもしれないと思う。

 結果、あんな時間でも誘われて正解だった訳だ。


「次は市へ行きましょうか。」

「分かった。だけど、市って何を売ってるの?」

なんでも(・・・・)、よ。」


 なんでも(・・・・)とは大きく出たものだ。

 しかし、そう言うにはかなり大きい市である事は間違いないだろう。


「にしても人が増えてきたね。」

「まぁ、こっちの世界の家庭においての一日は総じて早起きから始まるからね。」


 こちらの朝が早い事は知っていたがこれほどとは……

 歩く度に視界がどんどん人で埋まっていく。

 そして、人々が賑わう声が聞こえてくる事で理解する。


「もしかして、これのほとんどが市を目的に来てるの?」

「正解。なんでも揃うし、安いの。」


 これは本当に予想外も予想外。

 多過ぎる!

 これから戦でも始めようかと言わんばかりの数。


「悠、手繋ぐわよ?」

「えっ? それは恥ずかしい……って」


 こちらの言う事など元より聞くつもりはなかったのだろう。

 パッと俺の手を取る姉ちゃん。

 この歳で姉と手を繋ぐのは流石に恥ずかしい。

 だが、手も指も絡める姉ちゃんから逃げ出す事は出来なかった。


「諦めなさい。私には迷子になったら危ないと言う大義名分があるのよ。」

「大義名分って何を企んでいるんだよ! というか迷子って……」

「前科があるわよね?」


 確かに俺はこの街に来て一度、迷子になっている。

 つまり、今の姉ちゃんの言った通りでこれ以上ない程に立派な大義名分が姉ちゃんにはあるのだ。

 姉ちゃんがどんな悪逆非道な事を考えているのかは知らないが……

 俺は逆らえないのだ。

 大人しく手を掴まれている以外に選択肢は無かった。


「分かったよ……」

「それでいいのよ。大丈夫、本当に何もしないわ。お姉ちゃんを信じなさい。私はただ、可愛い弟との時間を大切にしたいだけなんだから。」

「それは嬉しいけど、可愛いはいらない。」

「もう、我が儘ね。そんな子に育てた覚えは無いわよお姉ちゃん!」

「今の会話の何処に我が儘と言われる要素があった!?」


 可愛いはいらないって言う発言の何処に我が儘と言われなければならんのか……

 大体、そんな子に育てた覚えは無いって……

 可愛いって言われて喜ぶ弟に育てるつもりだったのかよ。

 とんでもねぇ姉だな……


「まぁ、いいわ。運がいい事にすぐそこに茶葉を扱っている店があるじゃない。」

「ん? あっ、ホントだ。」


 姉ちゃんが指した先を目で追うとそこには茶葉を置いている屋台が見える。

 この先も市が永遠と続きそうなので忘れない内に目標を達成しておいた方がいいだろう。

 それにしても屋台の数は多く、姉ちゃんのなんでもと言う発言が大げさではない事を物語っていた。


「いらっしゃい。色々揃えてるから、じっくり見て行ってくれ。」

「ん~ 確かに種類が豊富だ。」


 実際、俺は紅茶にそれほど詳しい訳ではない。

 プロの人たちに比べるのもおこがましいくらいだ。

 少し齧っている程度で、言うならば軽い趣味程度の感覚。

 だが、簡単に分かる。

 この世界はやはり異世界だと……

 全く聞いた事が無いものがいくつもあるのだ。


「また今度調べないとな……あっ、だけどこの辺りは……」

「おっ、そこに目をつけるかい? それはこの店の売れ筋たちだよ。一度買ってさえもらえればすぐにみんなリピーターになってくれる。」


 そう言う男の店員……

 俺が目を付けたのは元の世界でも見かける事も多かった物だった。

 やはり、姉ちゃんやティアに飲んでもらう為に淹れるつもりなのだ。

 ならば、まずは無難に淹れた事のある物で行くべきだろう。


「ん~ ダージリンにキャンディ、ケニアの辺りが無難かな……オススメってあります?」


 やはり、ここはプロに任せるべきだろう。

 この地方の人たちの口に合う物と元の世界の人にとって口に合っているかも分からない。


「まぁ、キャンディとケニア辺りがいいんじゃないか?」

「じゃあ、キャンディを頼みます。」

「おう、分かった。量は……」


 取り敢えず、茶葉は買えた。

 他は屋敷にある程度は用意されているだろうから後は屋敷に戻って作るだけ……

 まぁ、忙しいからすぐには準備出来ないだろうけど……


「どうも、今後もご贔屓に」


 茶葉の屋台を後にするとある光景が目に入る。

 その光景というのは、武器販売の屋台や防具販売の屋台が並んでいるのだ。

 しかし、ここは一般人もたくさんいる。

 こんな場所に買いに来る人がいるのかと思ったのだがそれなりに繁盛している様子なのだ。


「武器とかあんな危ない物こんな所で売っても良いの?」

「ん~ あんまり認めたくないけど、あれはあった方が良いのよ。あそこで売っているのは殆どがどこかの弟子だったり駆けだしの鍛冶屋なのよ。そういう新人育成の場にもなるし、名前を売れたりと都合がいいの。」


 確かに、始めたばかりの駆けだしが個人の店を開ける訳もなければ……

 師匠の顔に泥を塗らずに弟子の腕試しも出来て名も売れる。

 言うなれば鍛冶屋としての登竜門の様なものなのだろう。


「他にも、客を見てみなさい。」

「えっ?」


 姉ちゃんの言葉に従い例の屋台に目をやる。

 とはいえ、姉ちゃんの思惑はまだ理解できない。

 分かる事といえば客の大半が武器をどこかに身に付けていて戦いを生業にしているものじゃないかという事のみ……


「大半が傭兵って事は分かるわよね?」

「まぁ、武器を持っているからなんとなくそうだろうとは思った。」

「じゃあ、身につけている武器の扱いを見てみなさい。ほとんどが鞘に包まれていなかったり、ボロボロの布切れみたいな物で覆っているだけでしょ?」


 確かにその言葉どおりで、ほとんどがボロボロの布切れのような物で覆われている。

 鞘に収められている物はほぼ見当たらない。


「もっと目を凝らせば、布きれの隙間から時々見える武器の刃は刃こぼれしていたり手にマメが出来た跡がなかったり……」


 口にされる事は全て的確で……

 段々と姉ちゃんの言いたい事が見えてきた。

 つまりは……


「傭兵なりたての初心者(ニュービー)なのよ。どうやら理解できたみたいね。」

「資金の少ない初心者はここで駆けだしが作る安い武器や防具を買っていくわけか……」

「そう、つまり街の戦闘力に直接つながる新人傭兵と武器や防具の生産者の育成及び支援の為にはうってつけってわけ。」


 確かに、街の防衛力向上の為に傭兵や武器や防具の生産者を育てる目的は達成される。

 しかし、それと同時に治安の悪化も起こるだろう。

 傭兵たちを見れば分かる。

 彼らが薄気味悪い笑みを浮かべ時折、薄暗い路地裏に消えていくことを見れば嫌にでも理解させられる。

 路地裏では表で売れないようなもの……それこそ奴隷だったり薬だったり……

 水商売だって行われているのだろう。


「仕方ないとは分かっていても、気分が悪い?」

「……はぁ、そんなに露骨に嫌そうな顔してた?」

「ううん、だけどどれだけ悠を見てきてると思ってるの?」


 何処までも優しい瞳で微笑む姉ちゃん。

 どうやら俺の気持ちは姉ちゃんに筒抜けのようだ。

 薬を使い、正気を失った者が辿る末路にそのとばっちりを受ける人々。

 金銭的問題、非合法な方法で捕まったりして奴隷に落ちた者たち……

 そして、金の為に身を売る者たち……

 欠片も受け入れる事は出来ず、胸糞悪い気持ちになる。

 ただ、そうあるしかない現実……

 自分勝手な正義感で動いて全て救おうと思えたらどれだけ良かったか……

 簡単に変える訳に行かない現実は知っている。

 それ故にこの行きどころを失った憤り、そして悲しみは積もりゆくばかり……


「悠の事だから理想を追い求める感情とどこまでも現実的な理性の板挟みになって辛いのでしょう?」


 その声は果て知らぬ包容力で満ちあふれていて、そのまま包まれてしまっていたいと思わせるほどの母性を感じさせた。

 全てを口にするまでもなく理解されている。

 もはや、姉ちゃんにとって俺の心は、思考は丸裸も同然なのだろう。


「だけど、ごめんなさい。悠の理想主義でありながらも嫌という程に現実を理解するという性格は知っているし、どれだけ辛いのかも分かるわ。けど私にはどうする事も出来ないの……」


 その声音はとても複雑だった。

 申し訳ないと言う謝意から自分を責めるかのような自責の念までも伝わってきた。

 気にしないで欲しい……

 そう言葉で伝えたところで謝る事も自責も姉ちゃんは止めないだろう。

 縛られ落ちていく心は隠す事が出来ないのだから……


「だから……私が傍で支えてあげる。悠を苦しめる全てを忘れさせて……」


 頭を撫でてその甘く蕩けるかのような声を出す姉ちゃん。

 そして、俺の背に手を回し抱きしめ……

 られる事は無かった。


「おい! お前! ちょっと金貸してくんねぇか?」


 手が背に回され抱きしめられる寸前……

 下卑た笑みを浮かべ、気分を害する為に発せられているとしか思えない薄汚い声が耳朶を汚す。

 顔すら見た事のない相手に金を借りる奴はいない。

 つまり、金出せこの野郎という訳だ。

 だが、この程度……軽くあしらって……


「おいおい! 待てよ俺らにも……って、そこの女、中々の上物じゃねぇか!」

「俺らが楽しんだ後に売り払っても……」


 最初の男の後に続き現れた2人組……

 その男たちの言葉は見逃せない……その言葉は頂けない……

 少し金出せというチンピラを相手に怒りを抱き本気で戦うつもりはなかった。

 しかし、後ろから来た男たちの言葉は触れてはいけない琴線に触れてしまった。




原動力と参考の為に評価や感想をもらえると嬉しいです!

これからも楽園の狂詩曲(ラプソディー)をよろしくお願いします!



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