第52話
「と言う訳で今日はデートよ!」
朝起きたら、姉ちゃんが目の前に跨っていた。一体、俺は寝ていたというのに何の脈絡があって“という訳で”となったのだろうか?
しかも、この元気さ……
今の俺にはこの大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべている姉ちゃんについて行くのは不可能だ。
どちらかと言うと朝型の人間ではあるのだがこのテンションは流石に無理だ。
「ふぁ~……姉ちゃん、なんでそんないきなり……」
「まさか忘れたとは言わせないわよ?」
「いや、忘れてはいないよ? だけどいきなりすぎる気がするんだよ。」
当然、デートの約束は忘れてはいない。
もし忘れようものならば一日中折檻が待っている。
例え寝ぼけていようと欠伸混じりで“忘れた”なんて言ってはいけない。
命がけで記憶の海から引き上げなければならない。
まぁ、一度経験しているからこういうことが言えるのだが……
流石にこれほど早い時間に急なセッティングは初めてだ。
「悠が悪いんじゃない!」
先ほどまでの笑顔が打って変わり、頬を膨らませてまるで子どものように拗ねる姉ちゃん。
俺は何か悪い事をしたのだろうか?
内容によっては折檻が待っているかもしれない。
必死に脳内で検索を掛ける……
「もしかして姉ちゃんのおやつのプリンを稲荷にあげた事?」
「犯人は悠だったのね……別に言ってくれればあげたのに……」
どうやら俺の自爆になってしまったようだ。
稲荷がプリンを見て食べたいとねだる(明確に声を出した訳じゃない)ものだから仕方なく残っていたプリンをあげたのだが後々、それが姉ちゃんのだと気付いたのだ。
しかし、それはあまり気にしていなかった模様。
じゃあ、一体俺は何をしたのだろうか?
本当に心当たりがない。
「ゴメン、分からない。俺何かしちゃった?」
「ダメよ……そんなに目を潤ませても……」
なんだって……
この手が通じないだと……
欠伸と悲痛な未来を想像する事で涙を意図的に流すこの手段が通じないなんて……
大抵の事はこれで許されると言うのに……
俺は一体何をしてしまったんだ……
「この機を逃せば悠、デート行かないでしょ? ずっと訓練ばっかりだし明日はもうオープニングセレモニーじゃない!」
確かに、俺は訓練に浸りきりだった。
それに明日はもうオープニングセレモニー
それが終わればデートなんてする暇があるかさえ分からない戦いの始まりだ。
だが……
「じゃあ、英傑の饗宴が終わってからでもいいんじゃ……」
「嫌よ! 我慢できないわ!」
横暴だ……
そう、言っている事は横暴も横暴……
しかし、責める事が出来ない。
何故なら、顔に出ているのだ。
いつもとは違う必死さが……
しかも、それを隠そうとしているのだ。
姉ちゃんが隠そうとしても尚、隠しきれない程の焦りを覚えている。
「分かったよ。取り敢えず着替えるから部屋から出て」
「分かったわ。私も準備してくるから!」
そう言い残し走り出す姉ちゃん。
おかしい……
顔に出ていた必死さはほんの少しだった。
勘違いの可能性の方が高かった。
しかし、着替えると言ったのにも関わらず姉ちゃんがそこに触れずに出て行った。
自惚れる訳じゃないが着替えると言うと姉ちゃんは絶対そこに触れるのだ。
大体、姉ちゃんは人の迷惑を考えない人じゃない。
言うならば、昨日の夜にはデートに誘ってきていただろう。
おかしい……
しかし、姉ちゃんは隠していたのだ。
必死に心中にある焦りを隠していたのだ。
それは何故か?
俺に知られたくないからだ。
ならば、その通りに俺は気付かなかった……
そういう事にするしかないのだ。
だが、隠しながらも俺をデートに誘ったのだ。
つまり、完全な“拒絶”ではないという事。
それは俺に、今回のデートを通じて何かを求めていると言う事。
それが何なのかまでは分からない。
ならば、俺に出来る事は“支えになる事”
自分がいると、安心させる事。
「ゴメンなさい待った?」
「ううん、待ってない。今、来たところだよ。」
「ちゃんと覚えているのね。」
そう、今のはデートと言われた時の通過儀礼のようなもので自分が先なら“待ってない。今、来たところ。”自分が後なら“ゴメン。待った?”と言うように言われている。
「服も凄く似合ってるし、時間無かったのによく準備できたね?」
「まぁね、こんなときの為の一着や二着用意してあるわよ。唯一の心残りが化粧も何もしてない事ね。
」
「ん? そんなことしなくても姉ちゃんは綺麗だよ?」
「ッ!?」
顔を真っ赤に染め上げる姉ちゃん。
照れているのかな?
だが、事実姉ちゃんは化粧なんてしなくても本当に綺麗だ。
「うぅ……口がうまくなったわね……」
「今もうまくなんてないよ? 大体、その手のお世辞は得意じゃないって知ってるでしょ?」
「………………この弟は人の気も知らないで……」
「ん? 何か言った?」
「何も言ってない!」
お世辞も嘘も吐けば吐く程、中身が薄くなる。
特にお世辞はここぞという時に取っておけ。とどこかで教わった気がする。
事実、あの頃に何度も吐いた嘘は姉ちゃんには通用しない。
まぁ、そうそう必要になる事はないと思うが……
「もう行きましょ?」
「そうだね。朝もまだだし……」
「それなら丁度いいところがあるわ。」
そう言って俺の手を取って歩き出す姉ちゃん。
普段なら屋敷でティアたちと一緒に食べるのだが……
今日は姉ちゃんの誘いを受けたのもあるし、たまには姉弟水入らずで一日を過ごすのも悪くない。
「こうやって2人だけで出かけるのっていつぶりだった?」
「最後に行ったのは水族館だったわね。今でも2人で鰯の群れのところで息を呑んだのを覚えてる。」
「水族館、か……こっちではまず見れる事はないだろうね。そう思うと少し悲しい……」
こちらの技術は水族館を作れるほどに発達していない。
作られるとすればまた遠い未来の話。
あれが見れないのは少し悲しい。
今までは見ようと思えば見れたのでそんな事は思わなかった。
だが……
―――無くしてしまって、ようやく気付く―――
なんて、どれだけ人は皮肉なんだろうか?
やはり人間とは業深い生き物なんだろう。
なんて、柄にもなく感傷に浸って詩人のような事を思ってしまった。
「魔法を使えば再現は可能かもしれないわよ。いや、もっといい物が出来るわよ。きっと」
「そうだね。その時は一緒に……いや、その時を一緒に俺たちが作ろう。」
「ふふ、そうね。また丁度いい人がいたら声を掛けとくわ。って着いたわね。」
目の前に建っているのは小洒落たカフェ。
朝だと言うのに既に数人のお客さんが来ている。
もしかすると有名な場所なのだろうか?
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「二人よ。」
姉ちゃんが二人だと伝えるとテーブル席に案内される。
品書きには幾つも見たことの無いものがある中で馴染みの深い物を見つける。
「紅茶もあるんだね。」
「貴族向けの物だと思ってた?」
「まぁね、庶民向けじゃないと思ってた。」
今までは元の世界で有ったものはほとんど貴族向けの食べ物。
紅茶も屋敷で出ていたし庶民にはあまり手の届かない物なのかと思っていた。
「まぁ、安くは無いけど一般庶民でも紅茶の茶葉は手に入るわよ。」
「また今度淹れてみるかな……」
一応はティアの従者なのだ。
紅茶くらい淹れれるようにならないと……
「ならこの後の買い物で買う?」
「けどそこらで売ってる? 茶葉なんて」
「売ってるわよ。今日は市が開かれてるでしょうし……」
詳しいな……
俺は初めてだし、突然の事だったからエスコートなんて出来そうにない。
「詳しいね。頼りにさせてもらうよ。」
「本当ならエスコートしてほしかったのだけどね。」
「流石に初めて来た街を案内は出来ないな……」
その言葉に姉ちゃんの顔が少し曇る。
何か申し訳なさそうな感じで口を開く姉ちゃん。
「ゴメンね。突然誘って……」
「別に特別何か用事が有ったわけでも無ければ、姉ちゃんから誘ってくれたんだから。本当なら俺が誘わないとなのに、感謝こそすれ謝ってもらうような事なんて一切無いよ。」
「感謝する筋合いも無いでしょ? 強引にしかも、急に誘って来て……こんなお姉ちゃんダメダメだね……」
やはり、何かおかしい。
今日の姉ちゃんはいつもと打って変わり弱気だ。
まるで、病気にでも掛かったようだ……
けれど、姉ちゃんにはそんなの似合わない。
「そんなこと無い。姉ちゃんは最高の姉ちゃんだよ。不思議に思ったり、驚いたりすることがあっても姉ちゃんを不快に思う事なんて無い。大体、デートに誘われて相手を嫌いになるなんて男いないよ。それが姉ちゃんなら尚更。」
「…………はぁ、今日は何だか悠に振り回されっぱなしね……やっぱり悠は最高の弟よ。」
姉ちゃんがその時浮かべた笑みはとても穏やかで相手は姉だと言うのにも関わらず不覚にもドキッとしてしまった。
「ふふ、照れてるの? なら一矢報いる事が出来たわね。」
「姉ちゃんだってさっき照れてたじゃないか……」
それなりに大人になったつもりなのに姉ちゃんにはいつも弄ばれてる気がする。
やはり、弟が姉に勝つ日は遠そうだ。
「仲がいいですね。カップルさんですか?」
その時、女性の店員が注文を取りに来たのか声を掛けてきた。
客が居るとはいえ、それも疎ら……
この世界ではこうやって客とコミュニケーションを取り、常連を増やそうと言うのも珍しい事ではないみたいだ。
「そうよ。よく分かったわね。」
「分かりますよ。あれ程仲が良ければ、とてもお似合いのカップルだと思いますよ?」
「ふふ、ありがとう。」
「ありがとう。じゃないよ!? 店員さん俺たち姉弟だからね!」
「えっ!? そうなんですか!?」
全く……
好きあらば変な嘘を周囲にばらまく……
油断も隙もあったもんじゃない。
店員さんもすっかり騙されている。
「似たようなものよ。」
「姉弟とカップルは二律背反と言っても過言じゃないと思うけど?」
「常識に囚われては駄目よ。何故、姉弟は結婚してはダメなの?」
「それは確か産まれる子どもに遺伝的異常が起きやすいとか学者や宗教が禁じてたからとか……」
学校で行っていた公民の授業で近親婚の話の時の雑談で聞いた事がある。
しかも、今や、それも大した理由もなく、当たり前の常識になっている。
「遺伝子異常は私たちの間で関係ある? 血の繋がりを越えて魂で結ばれた私たちに遺伝子異常は関係ないわ。」
確かに、俺と姉ちゃんに血の繋がりはない。
魂の繋がりはさておき……
俺たちに遺伝子異常は関係ない。
「それに、昔なら近親婚はよく高い身分で間々あったのよ? それどころか神の間でも近親婚がおこなわれていたのよ?」
確かに、昔なら純血を重んじる精神から近親婚が行われていた。
それに神の近親婚は有名な話だ。
「神の間で行われていたのに信者がそれを否定するなんておかしくない? それに、悠は私を差し置いて顔も見たことの無い赤の他人を信じるの?」
「でも、カップルとは関係ないよ?」
「カップルと姉弟……どっちも誰も割り込むことの出来ない究極のコミュニティじゃない。むしろ同じと言っても過言じゃないわ。」
「過言だよ!」
なんだよ究極のコミュニティって……
この話でなんでこんなに饒舌になれるんだよ……
「あの~ 取り敢えず注文いいですか?」
原動力と参考の為に評価や感想をもらえると嬉しいです!
これからも楽園の狂詩曲をよろしくお願いします!




