第51話
「お~よしよし~」
「キューン!」
俺は今、屋敷に戻り稲荷と戯れていた。
撫でてやると気持ち良さそうに可愛い鳴き声をあげるのだ。
嗚呼、なんて可愛い生き物なのだ!
「あぁ、もう稲荷と結婚したい!」
「キュン!?」
バカな事を言いながら持てる限りの力で稲荷を抱きしめる。
もう戦いの後の最高の癒しである事は間違いない。
だがその時、部屋の扉を破らんばかりの勢いで開けて入ってきた人物がいた。
「結婚ッ!?」
人物と言うか、姉ちゃんだった。
もしかして扉のすぐそこで聞き耳でも立てていたのか姉ちゃんは?
「いきなりどうしたのですかミチ?」
「結婚って、言った! ユウが結婚って言った!」
なんで二回言ったんだ?
というか、ティアのさっきの言葉を聞くかぎり聞き耳を立ててはいなかったようだ。
となると、聞き耳も立てずに俺が結婚と言ったのを聞きとったと……
どんだけ地獄耳なんだよ!
「それは本当なんですかミチ!?」
「えぇ、間違いないわ! 実は血痕だったなんて事もないわ。ニュアンスもばっちりよ!」
「なんで分かるの!?」
思わず叫んでしまった。
内容を理解しているのか稲荷も驚いている。
「ちょっとした姉の嗜みよ。」
「それよりユウ! 誰となんですか!」
「えっ、いや……」
凄い気迫だ。
俺の両肩に手を置き、無表情は跡形もなく消え去っていた。
何故、これほどに鬼気迫る表情なのかいまいち理解できないが……
「やっと私と結婚する気になったのね! 大丈夫よ、立ちはだかる障壁の全ては私が排除してあげるから。ユウが心配する事は何もないわ。」
「姉ちゃんは姉ちゃんだよ!?」
決して、姉ちゃんは彼女でもなければお嫁さんでもない。
もしかして、姉ちゃんは“結婚”という言葉しか聞いていないのか?
“稲荷と”と言っていたはずだが……
「じゃあ、誰なの? お姉ちゃんは結婚なんて断じて反対よ!」
「さっきと意見が180度変わってる!?」
ついさっきまでやっと結婚する気になったと喜んでいた姉ちゃん。
だが今、目の前にいるのは般若がいるような幻覚に襲われるほど怖い顔だ。
何故、ここまで大事に……
「私も……反対です。」
ティアまで!?
いや、別に本気で結婚しようと思っている訳じゃないから構わないんだけどね?
ここまで反対されるとは……
「はぁ……取り敢えず、誤解を解く為に言っておくと、俺が結婚したいといったのは稲荷だよ?」
「キューン」
「え? イナリ? そうだったのですか……安心しました。」
手元にいる稲荷を見てティアは納得の声をあげる。
稲荷を撫でつつ姉ちゃんの方を見ると……
「稲荷って言うのは何処の女狐? ユウを誑かす女にはしっかりと身の程を叩きこんで……」
「いやいや、確かに女狐だけど止めてよ!?」
「ミチ、イナリとはそこにいる狐の事ですよ。」
そっとティアが稲荷について説明をしてくれた。
これで姉ちゃんの誤解も解けて……
「そう……あなたがユウを誑かす女狐ね? 動物であってもユウに結婚したいと言われるなんて……その命を持って償いなさい。」
「いや、償わなくてもいいじゃん!」
「でも!」
「でも!じゃないよ! 結婚なんて冗談だし、大体姉ちゃんはこんなにも可愛い生き物を殺すの?」
「むぅ……分かったわ……」
なんとか姉ちゃんの凶行を止めるには成功した。
姉ちゃんが稲荷を殺そうと俺がまた呼び出せば済む話。
だが、目の前で稲荷がお姉ちゃんに殺される光景は気分が悪い。
そんな光景は絶対見たくない。
「そう言えば、ユウ見てましたよ?」
「そうよ! 凄いじゃない悠!」
「ん? 何を見てたの?」
「さっきのシエルとの模擬戦よ!」
あぁ、さっきのやつか……
正直、負けた上に怪我した戦いだったのだ。
あまり、見られて嬉しいものではないのだが……
「何故落ち込んでいるのですか?」
「はは~、さては負けたのを見られて情けないとか思ってるでしょう?」
「……別に、そんなんじゃないし……」
嘘だ。
だが、素直に認めるのも癪だ。
少しくらい意地だって張りたい。
しかし……
「別に変な意地張らなくてもいいのに」
すぐにバレた……
呆れたような溜息を吐きながらも躊躇なく変な意地と判断した姉ちゃん。
もう、俺って嘘つけないんじゃないの?
大体、さっきの地獄耳と言い……
もしかして、俺のプライバシーって姉ちゃんに筒抜けなんじゃないか?
「なんでそう思うの?」
「悠? あなたが私に嘘を吐き通すなんて絶対無理なのよ? なんたって私は姉なんだから。」
得意げにそう言う姉ちゃんの言葉は嘘が混じっているようには思えない。
しかし、どういう理論だ?
根拠が全く分からない。
だが、聞いたところでまた同じような事が返ってくるだけだろう。
もういいや、諦めよ……
「それより、最後のやつ“居合い”よね?」
「えっ? なんで分かったの?」
俺自身、さっきの技に絶対の自信がある訳ではない。
しかし、目視だけでさっきの全てを見るのは不可能に近いはずだ。
それくらいの自負はある。
普通ならば、鯉口を切った音を認識するのがやっとのはず……
「忘れたの? 私は色々武道をかじってたでしょ?」
「多すぎて、一々何をやってたか覚えてないよ……」
姉ちゃんは頭の良さとしては中の上くらいで身体能力は上の上……
どちらかと言うと体育会系の人間だった。
しかも、武闘派も武闘派……
もう、やってた量が多くて覚えてない。
「えっーと、棒術に槍術、薙刀術は修めたわね。他にも剣術とか居合い……果ては銃剣術までかじってたわね。」
「流石にかじってただけで実際には出来ないよね?」
「無理無理、絶対に無理よ。あそこまで速いのは流石に見た事ないわ。ただ、知識としてはそれなりに知っているつもりよ?」
やはり姉ちゃんには武術において“天性の才”があるに違いない。
正直、元の世界の武術はこの世界においての戦闘力の平均ラインを満たしているとは言い難い。
それを実践ラインまで押し上げている姉ちゃんに武術の才がある事は疑いようがない。
しかも、少しかじっただけでアレを居合いと分かるのも……
多分、姉ちゃんは太刀筋も見えていたんじゃないか?
「私は全くあの一瞬の攻防を理解できていないのですが……」
「実際、やってたのはそこまで複雑なものじゃないんだよ。ただ避けて、太刀を振るっただけ。」
「そうね。複雑じゃないからって簡単って訳じゃないけど、それに本当ならあれから納刀までやって居合いなんだけどね。」
ティアは居合いなんて当然知らないだろうから無理もない。
少なくとも俺は西洋のような剣で居合いのような技を知らない。
「元の居合いとは少し離れてるけどね。ここまでしないと多分、実戦ラインに届かないから……それに、これは俺が考えたんじゃなくて祢々切丸の意思によって生みだされたんだけどね。」
「もしかしてあの太刀、意思があるの?」
「はっきりとした声では伝えてこないけど、なんとなく伝わってくるんだ。」
「それで素人のはずの悠があそこまで……」
どうやら合点がいったようだ。
色々な考えを巡らせ様々な憶測を立てている様子を見ると納得は出来たけど理解には及んでいないと言う感じだろうが……
まぁ、瞬時に理解なんて出来る訳ないし、まず魔法は科学的実証が出来ていない……
結局は、現実とどこかで折り合いをつけなければならないのだ。
しかし、姉ちゃんは自分の目で見たものを信じない人間じゃない、すぐに折り合いをつけるだろう。
「私もまた手合わせしたいところです。」
「居合いだけじゃ流石に勝てないよ。ティアが魔法を使われれば居合いなんてすぐに破られる。」
大体、ティアの技術とあの魔法が揃えば近接戦闘で負けるなんて事はまずないだろう。
勝とうと思えば同格の力で戦うか、範囲外を保ちながら遠距離攻撃で長期戦に持ち込んでスタミナ切れを狙うか……
どちらにせよ現実的ではない。
「それは過剰評価というものです。」
「ティアほどの武芸者を俺は知らないよ。」
「私もそれは認めるわ。剣姫と呼んでも差し障りないと思うわよ。」
「そんな……」
俯きながら頬を少し赤らめているティア。
最初は無表情でクールな感じかと思ったが、今では感情豊かなんだと思うようになった。
彼女がそうなっていたのは恐らく、幼くして家の当主になった事が大きいのだろう。
しかも、父と母は悪者扱い……
彼女が背負う責任はどれほどなのだろう。
俺には分からない。
愛する父と母が亡くなってしまったティアの気持ちは分からない。
だが、今を支える事が出来る。
今のティアを支える事が俺にとっての最大の恩返し。
どれほどにティアが強いかは知っている。
彼女は単体の敵、少数に無類の強さを誇る半面……
数の暴力には弱い。
いや、むしろ数の差を埋める事が出来る者の方が少ない。
剣姫と呼ばれることになったとしても有数の武芸者であろうと……
どこかで誰かを頼らなければならない時がいずれ来る。
その時、俺は命を賭してでも……
「キュン?」
「ニュン?」
ティアの足元と俺の手に居るジオと稲荷の鳴き声で現実に引き戻される。
心配するような鳴き声は魔法が無くとも感じられた。
自分でも分からなかったが心配させるような顔をしていただろうか?
「ジオ、どうかしましたか?」
「ニューン!」
元気な鳴き声をあげティアに擦り寄るジオ。
もしかすると、俺の気持ちを感じ取り一緒にティアを支えようとしてくれているのかもしれない。
事実、ジオと戯れているティアの顔はなんだか幸せそうで重い重責なんて背負っているとは到底思えない。
「稲荷ちゃーんおいでー」
すると、姉ちゃんが稲荷を呼ぶ。
確か、お姉ちゃんも狐が好きだったっけ……
動物園では狐の所で一番止まったり、一度飼うかどうかの話になった事もあったな……
満面の笑顔……
それこそ、軽くそこらへんの男を落としてしましそうな程の笑顔にも関わらず……
「キュ~ン~♪」
ずっと俺の元で頬ずりをしてご機嫌そうな声を出している。
俺自身、嬉しいのは嬉しい……
だが、これでは姉ちゃんが……
「私って、動物に嫌われてたっけ?」
そんな事はない。
少なくとも前の世界では最高の人気だった。
しかし、稲荷だけは見向きもしない……
「もう、なんでこんな時に限って好かれないのよ!」
「まぁ、許してあげて最近構って無かったから……」
本当になんでこんなに……
さっきから魔法を通じて直接頼んでいるのだが返事が無い。
聞こえてない訳は無いし……何故だろうか?
原動力と参考の為に評価や感想をもらえると嬉しいです!
これからも楽園の狂詩曲をよろしくお願いします!




