第50話
「……武器はどうするの?」
「持っているやつでいいんじゃないの?」
シエルは片手に大鎌を持っている。
特に練習用の大鎌が何処にあるのか、本当にあるのかさえ分からない。
それに使い勝手のいい物の方がシエルにとってもいいだろう。
「取り敢えずルールはどうする?」
「……任せる。」
「じゃあ、分かりやすく出来るだけ怪我させないようにって事で……」
「……分かりやすくていい。」
まぁ、正直な話。
色々付けると俺が縛られるだけだしね。
じゃあ、あっちは準備はもういいみたいだしこっちも準備するか……
(どうする?何を対価にするの?)
(喜びだけでいいかな……あんまり全力で行くのもあれだしいざとなったら追加で)
(分かった。行くよ……)
身体の奥底から湧きあがる力。
今なら岩くらい砕けそうな勢いだ。
だが、いくつも対価を払っている時に比べると数段劣る。
「……それが“取引”なの?」
「ん? 分かるの?」
「……なんとなくは」
周囲にも何かが起こったと思われる事があるみたいだ。
だが、ダグラスには気付かれていない様子を見ると個人差があるみたいだ。
今後、いくつか検証した方がよさそうだ。
「……けど、案外普通。」
これは意外だ。
シエルにするともっと悪魔は強い力を持っていると思っていたらしい。
(ふん、そう言ってられるのも今だけよ! 完膚なきまでに叩きつぶしちゃえ!)
いやいや、そこまでしないよ……
しかし、侮れては黙っていられないな。
「失楽園―――憑依 祢々切丸」
手元に現れる祢々切丸……
そして、確かに感じる祢々切丸の意識。
神経は研ぎ澄まされ、身体はすぐに臨戦態勢に入って行く。
「……! やはりその魔法は中々のもの……」
「御褒めに預かり恐悦至極……」
「……やめて気持ち悪い。」
おどけたように恭しく礼を言ってみたがやはり気持ち悪がられたか……
しかし、この会話で楽しいと喜ぶ事は無い。
だが、さっき少しだけ力が高まったのはどう言う事だろう……
「……先手あげる。」
「じゃあ、遠慮なく……」
相手は強い……
貰えるアドバンテージは貰うべきだ。
レディーファーストなんて今の俺に言っている余裕はない。
あの大鎌はどういう戦いをすべきかさえ分からない。
だから、勝つためには戦いのペースを常に自分が支配しなければならない。
「行かせてもらう!」
地を弾くかのような力で間合いを詰める。
そして今持てる限りの力で大鎌を切り裂こうと力を込めた大上段からの一太刀……
大鎌は切り裂かれ二つに別れる……
はずだった。
「ッ! やっぱりそうか!」
「簡単には折れない……」
そして、分かった事がある。
あの大鎌はとてつもなく重い……
それを軽々と振るう彼女にダグラスは疑問を抱いたのだろう。
「次は私……」
軽く鎌で祢々切丸を押された……
ただそれだけ……
だが、それだけでとてつもない力。
踏ん張ればただ体制を崩すのみ……
その力を受け止める出なく流されるままに後ろに跳ぶ。
「それは悪手……」
そう、まさに悪手だった。
本来なら、意地でも近距離……
自分の間合いでひたすら攻撃を仕掛けるべきだった。
次の瞬間、しっかりと視界に収めていたはずのシエルが突如消える。
そこで思い出す。
「瞬間移動かッ!」
「良い反応……」
ほぼ直感で俺は姿勢を低くする。
すると頭の上をまさに死神の鎌が過ぎて行った。
すぐさま攻勢に出る為に祢々切丸を華奢な足へ一閃。
「甘い……」
だがその一閃は鎌をくるりと回すようにして刃の無い方で受けられる。
否、弾かれたと言うべきだろう。
軽々と振るわれるそれは簡単に俺の一閃の威力を消し、そして弾く……
「ッ! 痺れる……」
もはや、痺れるだけで済んでいるのがおかしい。
本当なら祢々切丸を手放してしばらく戦えなかっただろう。
シエルと戦う上での絶対条件……
斬り結んではいけない。
そう、判断したのは俺かはたまた祢々切丸か……
口にする分には簡単だ。
しかし、そんな事そうそうできるはずがない。
「ただでさえ精神擦りきらせて戦ってんのに……」
「いい訓練の証拠……」
全くだよ……
良い訓練になっているのは確かだ。
だが、変幻自在の間合い持つ相手と斬り結んではいけないとは、ちょっと難易度が高すぎないか?
すぐさま俺は一足で距離を取る。
当然このままなら悪手も悪手……
一度指摘された事を繰り返すなど愚の骨頂。
(失楽園)
だが、さっきのようにはいかない。
死角からの一撃が来るなら死角を潰せばいい。
丁度、真後ろ……
人間において最大の死角を無理やり呼び出した存在で埋める。
「トレントッ! その根で拘束しろ!」
そして一瞬にしてシエルの周囲から根が地を割り彼女を拘束せんと迫る。
近距離、中距離、遠距離において近距離と遠距離で有利を取ったのだ。
だが、トレントの根は一瞬にして切り刻まれていく……
それに負けじとトレントはすぐに根を復活させるがそれだけでは決定打足りえない。
「なかなか……でもまだまだ……」
すると、シエルの姿が消える……
今の俺だから気付けた……不自然な影に……
「上か!」
俺はその場から瞬時に飛び退く。
しかし、上から大鎌を振り下ろされたのはトレント……
その一撃でトレントは倒されてしまった。
「もう無茶苦茶だな……」
「何度も聞いた……」
「俺は初めて言ったんだがな……」
そうぼやくように呟く。
あぁ、これは訓練なんだ。
ならば、少し勝負にでても構わないだろう。
「ふぅ…………」
「……?」
精神統一……
身体の力配分を極端に変える。
必要な場所に必要な分のみの力を配る。
そして、俺は祢々切丸の“鞘”を呼び出し、その中に祢々切丸を収める。
「……?」
シエルが不思議に思うのも無理は無いだろう。
戦いを止めるなら一言言えばいい。
武器をしまうのならば元通りに消してしまえばいい。
何より、武器をしまうという降参の意味をなす行為と俺から漲る戦意はシエルの中で大きな矛盾を生んだはずだ。
それもそのはず、この技をシエルは知るはずがないのだから……
聴覚、視覚……と、全ての感覚器官をさらに研ぎ澄ましてゆく……
それこそ、存在しないはずの第六感さえまでも研ぎ澄まして……
通常の何倍も広がる知覚範囲。
片手は鯉口に、もう片方の手は一瞬にして抜刀できる位置
「初めて見る……」
俺にしても大鎌は初だ。
これで同じ条件……初見殺しの武器と技……
シエルも不用意に近づきはせず、集中する……
「…………ッ!」
瞬間、シエルの身体がかき消える。
ここからが勝負……
持てる力の全てを今から始まる刹那に凝縮する。
その刹那に勝負を決める。
俺はその場を動かない。
生き物とは総じて止めの刹那に油断を見せるものなのだ。
その刹那こそ最大の勝機!
そして、捕捉……
ギリギリの一瞬まで引き付け決定打に至る寸前に俺の時間は動きだす。
身体を横に逸らす……
そして……
―――シャリン―――
鯉口を切り……
―――抜刀
そして一太刀―――
二の太刀は無い……
次は無いのだ。
この一撃この刹那で決める一撃必殺の技……居合い……
二の太刀は迷いを生むのみ……
「…………」
「…………」
刹那は終わり訪れる沈黙……
殺しは無し、間違ってもシエルを斬れるはずが無い。
祢々切丸の刃は寸止めで首筋には触れていない。
だが、この勝負……
「負けたよ……」
「……最後は危なかった。」
実のところ寸止めなんて上等なものじゃなかった。
それは一目瞭然、手が震えているのだ。
つまるところ、ダメージが限界だったのだ。
これじゃあ、相手は殺せない。
そして、俺のすぐ後ろには死神の鎌があるのだ。
負け以外のなんでもなかった。
「あっ……」
その大鎌がどけられた瞬間、緊張の糸が解れたのか魔法やステラの力は消え失せ、身体が後ろに倒れ込もうとする。
しかし、俺がしりもちをつく事は無かった。
「……大丈夫?」
「あ、あぁ……なんとか……」
シエルは俺の手を掴み立ち上がらせてもらい、支えられる。
女の子に肩を貸してもらうなんて……
嗚呼、情けない……
もはや、男としての威厳(元よりあったかは不明)はボロボロだ。
しかし、ここでそんな事を口にだせば恥の上塗り……
されるがままに肩を貸してもらう。
「……あの武器、ミチの“ナギナタ”に刃が似てる。」
「まぁ、故郷が同じでその故郷での刃物ならこれが主流だったから……」
まぁ今時、日本刀で事件なんて無いだろうけど……
主流だった事に違いは無いし、これは日本が世界に誇れる技術だ。
「……それに、最後の技は聞いた事ない。」
「まぁ、故郷の秘伝だしね。」
居合いなんて人生初だし、秘伝なんて知らない。
この祢々切丸に押されるがままに身体を動かした結果だ。
「……分からない事だらけで気になる。」
ん~……
特に隠すつもりはない。
しかし、教える程の技量や知識は無い。
「……けど、それ以上にわくわくして楽しかった。」
「確かに楽しかった。また頼むよ。」
精神を擦りきらせ、手も痛む……
だが、楽しかった。
戦いが終わった今、確かに俺の心は戦いの合間に感じていた喜びに満たされていた。
「……最後の技、本当に凄かった。」
「初めてだったから、一か八かの勝負だったんだけどね……」
「……あれで初めて?」
コンマゼロ以下の世界だが、慣れてない所為でかなり遅かった。
避けるタイミング、少しの所作に至るまで……
全てが本元には程遠い……
「……後ろからの完璧な奇襲だった。」
「少しの風の音と流れの違いを感じた。」
「……冗談? 私、そう言うの分からない。」
「安心して、冗談じゃないから。」
あの時の俺の状態はいわゆる“勘”と呼ばれるものにも至るまで確信を持った認識が出来るようになっていた。
そこまで知覚能力が高められていた。
しかし、その範囲も本家本元には叶わない。
「俺からすればあんな重い鎌を振るう方が信じられないよ。手の痙攣が今でも止まらない。」
「……ごめんなさい。」
「いやいや!怒ってないって! むしろ手放しで凄いと思ってる。」
俺の言葉を悪いように受け取ったシエルがシュンとして謝る。
あぁ、どうも俺は気が回らない所がある。
本当に凄いと思っているのだ俺は、あの鎌は確かにセキリティで重くなる特性があるみたいだが……
あの時は確実に尋常じゃない重さを持っていた。
つまり……あの一見、華奢に見える腕には計り知れない力がある。
「……? なんで腕見てるの?」
「筋肉なんて見えないし怪我痕すらない……綺麗だなって思って。」
「ッ!? そんな事ない……」
あれ?これってセクハラと思われてもおかしくないんじゃないか?
シエルもなんか俯いてるし……
いや、大丈夫だ!確か俺も姉ちゃんに同じ事を言われたんだから!
原動力と参考の為に評価や感想をもらえると嬉しいです!
これからも楽園の狂詩曲をよろしくお願いします!




